シェア
財前ぜんざい@オリジナル小説
2018年7月31日 19:58
「遅かったじゃん! おみおみ~!」 道場の真ん中で大きく手を振る赤毛の彼女は、先日と変わらず元気な様子だった。隣にいる晃は、申し訳なさそうにこちらへ頭を下げた。 彼らへと歩みを早める雅臣は、明らかに不機嫌そうだった。「俺たちよりも先に予約を取ったのは、お前らだったのか」 雅臣の口調は、もはや怒りに近かった。「そうよ。私たちが貸し切りで予約を取ったの。本当は晃と憑依時の確認をしよう
2018年1月15日 22:01
「亜理、お前なんでここにいるんだ?」 ドアを開けた赤い髪の彼女に、雅臣は尋ねた。彼は明らかに動揺していた。いつもより早いその話し方が、物語っている。赤い髪を二つに結った彼女は、私よりもが小柄だったが、気の強そうな大きい瞳が、身体の小ささを補って堂々として見えた。「何でって、おみおみが今日の会議の資料、本部に置き忘れてたから持ってきてあげたの」 腕を組み、私の隣にいる雅臣を見上げながら
2017年10月23日 23:53
稽古を終えると、私は雅臣の車の助手席に乗り込んだ。彼らのマンションから私のアパートまで、さほど距離はなかったが、練習の後はいつも彼に送ってもらっていた。 今日もそのはずで、私のアパートへ向かうつもりだった。だが彼が車のエンジンをかけてすぐ、私のお腹が凄まじい音を立てて鳴った。まずい、と思った頃には既に遅く、何とも言えない沈黙が流れた。 しかし、意外にも雅臣は嬉しそうに「お前、ちゃんと腹も減る
2017年9月19日 22:41
あれから動悸や吐き気、眩暈に襲われることはなくなった。不安になる要素もなくなり、抗不安薬を飲むのもやめた。 本来あるべき健康な生活を、私は取り戻しつつある。しかしそれでも、心にぽっかりと穴が空いている状態は変わらず、未だ喪失感は消えない。 雅臣と薙刀で手合せをした後、私は彼ら三人に問い詰められた。薙刀での私の動きが、ただならぬものであると感じたらしい。 私は初めて、別れた彼
2017年7月17日 18:19
僕が密かに想いを寄せていた女の子は、とても不思議な子だった。 僕の高校は、一般クラスと第一特進クラス。そして第二特進クラスが存在した。第一特進クラスは成績優秀者が在籍し、第二特進クラスは少し離れた校舎の南棟に教室があった。南棟は家庭科室や音楽室などがあり、実践科目を履修する時以外、一般クラスや第一特進クラスの生徒は立ち入らなかった。 第二特進クラスは謎に満ちていた。どこの中学校の出身か
2017年5月27日 00:14
彼と河川敷へ夕日を見に行ったのは、たった一度きりだった。のちに私は彼から別れを告げられる。 私は彼を忘れるために、彼の好きだった茶色の髪を黒く染めた。彼の好みに合うよう、今まで髪を染めていたのだ。自分の茶色の髪を見ていると、彼の理想に近づきたいと努力していた自分が、容易に思い出された。 だから髪を真っ黒に染めた。塗りつぶすように。 着飾ることもやめた。彼の隣で輝くという目的を失った私は、
2017年4月23日 19:39
「ねぇ、聞こえてる?」 私は「聞こえているよ」と彼に返事をした。いくら風が吹いていても、こんなに近くにいるのだから、彼の声が聞こえないはずがない。「寒くない?」 彼は私の手の甲を優しく撫でた。彼の手はいつも汗ばんでいる。「汗、かいてるよ」と私が言うと、彼は「ごめん」と微笑み、洋服の裾で手を拭って、私の手の上に自らの手を重ねた。 夕暮れが広がる空の下。私たちは河川敷の芝生に座ったまま
2017年2月28日 01:02
誰も動こうとはしなかった。まるで時間が止まったかのように、道場の隅で審判をしていた清水も、その様子を見ていた圭も、目を見開いたまま動かなかった。雅臣は面の中から私をじっと見つめていた。彼の瞳に、もう攻撃の意思はなかった。ただ、何が起きたのか、頭の中で今までの試合の流れを反復しているようだった。 止めていた呼吸を、私は再開する。粗い息遣いが道場の中に響き渡った。もう、決着はついた。審判である清
2017年2月16日 20:48
私はメンを狙う。私の身体はスネを打った時の前傾姿勢を保つのが、今の筋力では難しい。そのため、雅臣にスネを狙われた時、防御も回避もできず、生身を打たせる結果となった。ならば、無駄な体力を使う必要はない。執拗にメンを繰り出せばいい。そして、おそらく、雅臣も私の動きを見て、私がスネを苦手としていることに気がついた。「そうだ紅羽! 生意気な雅臣をぶっ潰せ!」 応援にしては汚い言葉で圭が私に叫ぶ。
2017年2月5日 21:56
私は頭を働かせる。彼との今までのやり取りを、私は分析する。 ある程度予想はしていたが、彼の力は私とは比べものにならないほど強い。想像より遥かに打撃が強かった。なるべく彼の技には触れたくない。薙刀で受けるのも危険だ。あの重たい一撃を薙刀で受けたとして、もし連続技で立て続けに違う場所を狙われたらどうする? 重い一撃を受けてから彼の速い攻撃を防ぐには、今の私では防御が追いつかない。彼のペースにはま
2017年1月26日 18:59
単純な技だけでは、彼に勝つことはできない。何か大きな作戦を組み、時間をかけてそれらを敷いて行かなければ、勝利に辿り着くことはできないだろう。 あぁ、なんでこんな時に。 また動悸がした。強いものではなかったが、少し気を緩めば先ほどのように呼吸が苦しくなるような気がした。 なぜ、なぜ私は、いつもこうなるのだろう。何かをしようとした時、必ず私の心臓は邪魔をする。私の心臓は私の行動を制限する
2017年1月6日 17:15
「よし、紅羽。準備はいいか?」 面をつけて立ち上がり、薙刀を持つと、私は十二メートル四方のコートに足を踏み入れた。まだ動悸がしている。苦しい。面をつけた視界は狭くなり、顔を守っている面金はまるで牢屋の鉄格子のように見えた。 コートには先に雅臣が準備をして待っていた。防具を付けた長身の彼は、やはり迫力がある。薙刀を本格的にやっていた現役時代の頃、私は何度か男子と手合せや試合をしたことがあった
2016年12月30日 16:51
準備体操を終え、道場の隅で防具を付け始めた私は、既に顔から血の気が引いていた。少し身体を動かしただけで、動悸と冷や汗が止まらない。道場の床に座っているというのに、地面が揺れ動いているように感じた。こんな状態で、本当にできるのか。不安が大きく私の心を支配していく。「そうだ! 雅臣が言ってた『剣道の防具じゃ足りない』って、一体何が足りないんだよ!」 道場の真ん中にいた圭は、私にではなく向かい
2016年12月26日 18:06
稽古着に着替えて戻ってくると、圭が道場の中を裸足で意味もなく走り回って遊んでいた。その様子は、到底同い年とは思えないものだった。「お! 紅羽が戻って来た!」 圭が走り回っているスピードのまま、私のところへ駆け寄って来た。「それが薙刀の道着かぁ! 袖、剣道の道着に比べて短いんだな!」 指摘され、私は自分の腕に目をやる。半袖の道着にはゴムが入っており、二の腕で自由に調節できる。「