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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする

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恋愛小説です。  過去の傷からクラスメイトに心を閉ざした嫌われ者が、新しい恋によって前を向こうとする痛々しい青春模様を書いている…つもりです。  春…起承転結でいう「起」のパート…
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#恋愛小説が好き

【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第57話-夏が来る〜裕と瑞穂

 5月も終わろうかという時期になると、昼間はすでに暑い。しかし夕暮れからは激しく気温が落ちて、今はとても涼しかった。
 貴志の家で定期的に勉強会をしよう。そう決めた帰り道、裕は瑞穂と並んで歩いていた。
 好きな人を家まで送り届ける役目は誇らしく、そしてどうしようもなく切ない。

「なあ瑞穂。気持ちは固まったのか?」
 修学旅行を終えてから、瑞穂の貴志に対する態度が変わった。だから裕はすでに気づいて

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第48話-春、修学旅行2日目〜貴志③

 最後に見た紗霧の顔は笑顔だった。目の端に涙を浮かべた、寂しい笑顔。その意味を知った時には、すでに彼女は貴志のそばにいなかった。
 あれから1年半の月日が過ぎた。

 夜風が冷たく体温を奪っていく。こんな風に心も冷めてくれたらどれだけ楽だっただろう。
 水面の揺れる音だけが二人の間に流れる時間を教えてくれた。静かに静かに時間が過ぎていく。
 その静寂を破るのは、二人の会話のみ。
「好きっていう言葉

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第47話-春、修学旅行2日目〜理美③

 貴志の涼し気な笑顔を見たのは、いつぶりだろう。無理して作っている表情なのは、潤んだ目元が教えてくれている。

 貴志の表情が消えて、激しい憎悪の目線を向けられ、しばらく無言の時間がやってきた。髪を振り乱し、頭を抱えた貴志の声にならない悲鳴は、しかし耳に、心に確かに聞こえていた。
 思えば貴志が取り乱す姿なんて、ほとんど見たことがなかった。坂木紗霧を傷つけた。それ以外の理由で貴志が、我を忘れる程怒

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第46話-春、修学旅行2日目〜貴志②

 貴志は、いまだかつてない感情の奔流に飲み込まれていた。気持ちが追いつかない。今の自分の気持ちすらわからなくなっていた。
 紗霧がいなくなって良かった?
 まさかそんな言葉が理美の口から出てくるとは思っていなかった。

 紗霧がいなくなって、貴志は人生の意味を見失った。紗霧がいなくなった「あの事件」は言わば心の殺人なのだ。それを…。
「紗霧がいなくなって、嬉しかった。そう言いたいんだね」
 無機質

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第45話-春、修学旅行2日目〜理美②

「私ね、悟志くんの事が、好きだよ」
 湖畔の闇に吸い込まれるように、言葉が紡がれた。河口湖の風は穏やかで、理美の次の言葉をも包み込もうと静かに波音を立てていた。
「悟志くんは、貴志くんの代わりなんかじゃない。
 ひとりの男の子として、好きなんだ」
 貴志は黙って頷いた。初恋が失われることの痛みは、とても根深い。ひょっとしたら一生をかけても癒やされないんじゃないか?とすら思う。
 それを乗り越えて弟

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第44話-春、修学旅行2日目〜紗霧②

 修学旅行2日目の夜。宿の和室で修学旅行生達が騒いでいる。紗霧は一人、広縁で外を眺めていた。星も見えなくはないが、和室からの明りが邪魔をしている。炭酸水を口に含んで、テーブルに横たわるスマートフォンを眺める。貴志からのメッセージはまだ開いてもいない。
 星が見たいなあ。夜空いっぱいに広がる星が見たい。
 外は怖くて出られない。貴志が横にいてくれれば出られるだろうか?それはもう叶わない事なのだけれど

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第43話-春、修学旅行2日目〜理美①

 河口湖畔を臨む庭園で、貴志はホットレモネードを理美に手渡した。日は暮れて、湖の輪郭はすでに見えない。庭園の灯りが反射して、ゆらゆらと揺れる様だけが、そこに水面があることを教えてくれる。
 静かだ。道路をわたって、宿に向かえば修学旅行の喧騒が待っている。しかしここには騒がしい中学生はいない。
 ここには理美と貴志の二人しかいなかった。
 受け取ったペットボトルが理美の手を温める。まだ五月中旬。標高

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第42話-春、修学旅行2日目〜瑞穂①

 奥河口湖の湖畔に今宵の宿がひっそりと佇んでいる。近くにはコンビニすら見えない。だけど夕日に染まった河口湖はとても美しかった。残念なのは、宿から富士山が見えないことくらいか。
 和洋室の部屋に、男女分かれて二班ずつの6人構成で振り分けられ、生徒たちは一息つく時間を得た。
 洋室のベッドは二つ。和室に6人分の布団が敷かれる予定だった。
「ベッドの取り合いで部屋を壊されたら大変だもんね〜。中学生集まっ

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第38話-春、修学旅行1日目〜夜

 みなとみらいに戻った如月中学校御一行様は、部屋割り表に従って、それぞれの部屋に分かれていった。今日一日の疲れを癒やす、スパが併設された宿だった。
 楽しい思い出を重ねて、笑顔で喋り続ける者。無言で今日の思い出を噛みしめる者。
 そしてお通夜のような雰囲気の貴志たち。
 男女ともに3人ずつの6人グループ。宿は基本的に二人部屋。このホテルに6部屋しかないトリプルルームは激しい争奪戦になるかと思われた

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第33話-春、修学旅行1日目〜瑞穂②

 構えた銃にためらいはなかった。自分は今、悪い奴らをこらしめるヒーローなのだ。奴らは物陰から自分たちを狙ってくる。考えろ…。反応しろ…。そして射て!
 瑞穂は華麗な銃さばきで敵を打ち倒していく。隣で裕が小さく「さすが」と呟いたのが聞こえた。
「裕、右!」
 指示すると同時に敵が弾け飛んだ。
 中華街のゲームセンターで、瑞穂は裕と二人、ガンシューティングゲームに興じていた。
 観客が声援を送る。まん

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第30話-春、修学旅行1日目〜裕②

「お兄ちゃんの運命の人は二人いるようだね。そしてすでに、二人共出会った後みたい」
 占い師が貴志の手相を見ながら告げる。
 すでに出会った…二人?
 一人は間違いなく坂木紗霧だろう。だとすると、もう一人というのは、やはり瑞穂のことか。それはこの場にいる中で、裕だけがたどり着いている結論だった。
 貴志も、理美も「意外と近くにいる」の言葉だけを考えていた。紗霧が近くにいる。その可能性だけを。

「運

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第29話-春、修学旅行1日目〜紗霧②

 修学旅行生であろう集団が占いを受けていた。その姿を紗霧は横目で見つめる。
 普段なら気にすることもないそんな姿を目で追ってしまったのは、「たかし」と聞こえた気がしたからだった。
 貴志なんて名前の男の子はどこにでもいる。会いたいから、聞こえてしまっただけ。
 そう自分に言い聞かせる。
 そもそも彼はあんなに長髪ではなかったじゃないか。
 その長髪の少年が、自分の運命の人だとは気づかないまま彼女は

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第28話-春、修学旅行1日目〜貴志③

 結局貴志と二人で歩いても、瑞穂は彼に聞きたいことの半分も聞けないでいた。横浜中華街の土産物全般を取り扱う、横浜大世界の前で班のメンバーと合流する。
 そこに矢嶋の姿はなかった。理美と裕で他の班に合流するように勧めたようだ。彼女は喜々として班から離脱したらしい。
 集合は2時間後に関帝廟前。まだまだゆっくりと過ごせそうだ。ひとまず晩御飯を食べることにする。
 誰もが初めて来たため、お店の選択は貴志

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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第27話-春、修学旅行1日目〜貴志②

 パシフィコ横浜のプラザ広場で解散した、如月中学校修学旅行生一行は、それぞれの班に分かれて自由行動を開始した。
 昼食と夕食を済ませ、19時頃に戻って来るまで丸々自由行動となる。無論教師たちは管理責任を果たすため、あらかじめ提出された行動範囲に分散配置されている。
 バスを利用し、八景島シーパラダイスに行く班が一定数いたのは教師たちにとっても誤算だったらしい。翌日の午前の目的地だったからだ。

 

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