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【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第57話-夏が来る〜裕と瑞穂
5月も終わろうかという時期になると、昼間はすでに暑い。しかし夕暮れからは激しく気温が落ちて、今はとても涼しかった。
貴志の家で定期的に勉強会をしよう。そう決めた帰り道、裕は瑞穂と並んで歩いていた。
好きな人を家まで送り届ける役目は誇らしく、そしてどうしようもなく切ない。
「なあ瑞穂。気持ちは固まったのか?」
修学旅行を終えてから、瑞穂の貴志に対する態度が変わった。だから裕はすでに気づいて
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第55話-春、修学旅行3日目〜初夏の足音を聞きながら
家に帰るまでが遠足です。
学校に戻り、貴志に送ってもらう道すがら。公園脇に設置されたベンチも、瑞穂には修学旅行先に変わりなかった。
修学旅行中に、もう一度ゆっくり話したい。まだ家に着いてないからセーフだよね?
瑞穂に促され、貴志はベンチに腰掛ける。重い荷物からひとまず解放されて、二人はホッと一息ついた。
瑞穂がゆっくりと貴志の隣に腰掛けて、空を仰ぐ。緊張が止まらない。でも、今はその緊張
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第54話-春、修学旅行3日目〜瑞穂
「北村くん、家まで送ってくんない?」
たった一言。たったそれだけを言うのに、どれだけの覚悟を決めただろう。
貴志の事を考える時に胸に湧き上がる違和感。裕の告白を機に気づいたその気持ちが、恋と呼べるものなのか、それとも…。
それを確認したい。その気持ちが理由で裕の告白を断ったのだから。
裕は多分気付いてる。私が北村くんと帰りたいって、そう思ってたこと。彼に背を押され、北村くんの前に立ったのだ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第53話-春、修学旅行3日目〜旅の終わり、恋の終わり
如月中学校ご一行様を乗せたバスが、河口湖畔のホテルを出発する。
理美は最後にホテルのエントランスを、道を挟んだ湖畔の庭園を目に焼き付けた。
さようなら。私の初恋が終わった場所。
きっとこのホテルの事を、私はずっと忘れないだろう。
ちゃんと悟志と向き合う決意が出来た場所。
いつかまた、この景色を見たい。曇りのない気持ちで、大切な人と。
もう間違わない。誰かを好きでいるということは、その
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第52話-春、修学旅行3日目〜紗霧の朝
朝風呂は6時から入れるらしい。修学旅行の間、紗霧の朝は風呂の解禁とともに始まっていた。
割り当てられた風呂の時間に入浴しない旨は、教師たちに事前に報告してある。同級生たちに体を見られないようにするためだった。
湯船に体を沈める。周りに人がいないため、眼鏡を外して素顔をさらすことへの恐怖心は薄れていた。元々彼女の視力は悪くない。むしろ眼鏡は邪魔なくらいだ。
幼さは抜けていて、気品があるの
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第51話-春、修学旅行3日目〜男子部屋の朝
朝が来た。目覚めは良いとは言えなかった。標高800メートルの河口湖で夜風に当たり、すっかり湯冷めした体が悲鳴を上げている。加えて和室の薄い布団に裕の寝相の悪さ。
貴志は目を覚ますと腹部の重みに身をよじった。裕がなぜか自分と交差するようにうつ伏せで寝ていて、二人で十字を形作っていた。
「裕…頼むから人の腹の上で寝るのは止めてくれ」
ごもっともな意見だ。叩き起こされた裕が貴志にあくび混じりの謝罪
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第50話-春、修学旅行3日目〜女子部屋の朝
眠い…。河口湖の水面に昇る朝日を眺めながら、瑞穂は両目をこすっていた。まるで猫のようなその仕草だけを見ると、男子たちは、あまりのかわいらしさに魅了されていたことだろう。あいにくここは女子部屋で、男子はいない。
そして瑞穂は2日間に渡る睡眠不足で驚くほどやつれた顔をしていた。目は腫れ、大きなクマができている。
「ふわあああ!」
大きな欠伸とともに大きく伸びをする。
瑞穂のあくびの声に刺激さ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第49話-春、修学旅行2日目〜理美④
理美は膝をついて泣きじゃくっている。
貴志の心を奪った坂木紗霧が憎かった。
貴志の隣は、誰もが羨んでいた特等席。それを手に入れた、坂木紗霧に嫉妬した。
そして紗霧がいなくなり、貴志の心は壊れてしまった。
いくら泣いたところで、それは何の解決にもならない。それがわかっていても、泣きながら謝ることしか出来ない。
出来ないのだ。
理美は泣きながら謝ることしか出来ない。貴志が、2年近く
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第48話-春、修学旅行2日目〜貴志③
最後に見た紗霧の顔は笑顔だった。目の端に涙を浮かべた、寂しい笑顔。その意味を知った時には、すでに彼女は貴志のそばにいなかった。
あれから1年半の月日が過ぎた。
夜風が冷たく体温を奪っていく。こんな風に心も冷めてくれたらどれだけ楽だっただろう。
水面の揺れる音だけが二人の間に流れる時間を教えてくれた。静かに静かに時間が過ぎていく。
その静寂を破るのは、二人の会話のみ。
「好きっていう言葉
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第47話-春、修学旅行2日目〜理美③
貴志の涼し気な笑顔を見たのは、いつぶりだろう。無理して作っている表情なのは、潤んだ目元が教えてくれている。
貴志の表情が消えて、激しい憎悪の目線を向けられ、しばらく無言の時間がやってきた。髪を振り乱し、頭を抱えた貴志の声にならない悲鳴は、しかし耳に、心に確かに聞こえていた。
思えば貴志が取り乱す姿なんて、ほとんど見たことがなかった。坂木紗霧を傷つけた。それ以外の理由で貴志が、我を忘れる程怒
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第46話-春、修学旅行2日目〜貴志②
貴志は、いまだかつてない感情の奔流に飲み込まれていた。気持ちが追いつかない。今の自分の気持ちすらわからなくなっていた。
紗霧がいなくなって良かった?
まさかそんな言葉が理美の口から出てくるとは思っていなかった。
紗霧がいなくなって、貴志は人生の意味を見失った。紗霧がいなくなった「あの事件」は言わば心の殺人なのだ。それを…。
「紗霧がいなくなって、嬉しかった。そう言いたいんだね」
無機質
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第45話-春、修学旅行2日目〜理美②
「私ね、悟志くんの事が、好きだよ」
湖畔の闇に吸い込まれるように、言葉が紡がれた。河口湖の風は穏やかで、理美の次の言葉をも包み込もうと静かに波音を立てていた。
「悟志くんは、貴志くんの代わりなんかじゃない。
ひとりの男の子として、好きなんだ」
貴志は黙って頷いた。初恋が失われることの痛みは、とても根深い。ひょっとしたら一生をかけても癒やされないんじゃないか?とすら思う。
それを乗り越えて弟