【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第33話-春、修学旅行1日目〜瑞穂②

 構えた銃にためらいはなかった。自分は今、悪い奴らをこらしめるヒーローなのだ。奴らは物陰から自分たちを狙ってくる。考えろ…。反応しろ…。そして射て!
 瑞穂は華麗な銃さばきで敵を打ち倒していく。隣で裕が小さく「さすが」と呟いたのが聞こえた。
「裕、右!」
 指示すると同時に敵が弾け飛んだ。
 中華街のゲームセンターで、瑞穂は裕と二人、ガンシューティングゲームに興じていた。
 観客が声援を送る。まんざらでもないが、今はそれもただの雑音。敵の気配を鈍らせる。
 完全なる二人の世界に瑞穂は落ちていった。なぜだろう、悪くない。
 裕と二人ならどんな事でもできそうな気がした。裕と二人でいることが、心地良いと思うことなんて、瑞穂にとってはすでに当たり前になりつつあった。
 じゃあこのもやもやは何?私、何にもやもやしてるの?
 一瞬の迷いが引き金を遅らせた。その隙を裕がカバーする。
 いつもそうだ。どんな時でも、困ったときは裕が助けてくれる。私も、北村くんも…裕に助けてもらってばっかりだ。
「もうすぐラスボスだ!気を抜いたら死ぬぞ!」
 裕の語気が強くなる。本気だ。彼は本気でこの戦いを切り抜けようとしている。
 今は迷っているときではなかった。敵を倒す。それだけを考える。
 やがて観客たちの歓声がひとつになった。画面にはエンディングロールが流れている。
 銃が手に馴染みすぎて、手から離れなくなっていた。トリガーを引きすぎた指が震えている。
 切れる息。心からの安堵感。きっと裕と一緒にいれば何度でも味わえる感覚だろう。

 対戦パズルゲームに興じれば、一瞬の油断もならない大接戦が待っていた。純度の高い戦いに胸が踊った。
 しかし純白のテーブルクロスにこぼされたコーヒーのように、もやもやは広がるばかりだった。
 裕の集中力がいつも程ではない事に気がついてしまったのだ。その理由がわからない。
 同時に自分の集中力もどこか足りていないと感じる。
 もやもやが止まらなかった。
 自分たちに向けられた歓声の中から、「カップルさん」と聞こえてくる。付き合ってないんだけどね…。でもそれも悪くない…。そのはずなのに、なぜか胸にちくりと刺さるものがあった。

 ガンシューティングの快進撃がよほどのインパクトだったのか、ゲームセンターにいる間は、必ず誰かしらの目線を感じた。人によっては声をかけてくる。
 時の人となった中学生カップルは、人気者になった。
 裕と瑞穂。二人共規格外に明るい性格で、声がかかると二人して両手ピースで応えるのだ。誰もが彼らに熱狂した。
 悪くない。むしろ最高だ。最高の気分だ!なのに何だろう、この心の中に引っ掛かるものは。
 その正体が瑞穂にはわからなかった。

 フロアを変えると、クレーンゲームの密林に迷い込んでしまった。目移りする魅力的な景品たち。その中でも大好きなキャラクターのぬいぐるみに出くわした瞬間、瑞穂は今までの人生を悔いる事になる。
 クレーンゲームは苦手なのだ。なぜこの弱点を克服してこなかったのか…。物凄く後悔した。なぜなら、今目の前にあるぬいぐるみは関東限定のデザインだったのだ。
 今取らないと二度と出会えない。でも自分の腕では絶対に取れない。
 ちらりと裕の顔を見やると、裕が肩をすくめるのが見えた。どうやら裕も苦手らしい。
 ここに貴志がいれば、彼なら取ってくれるのかも知れない。だけど今、彼のそばには理美ちゃんがいる。頼みになんていけない。
 そう思うと、また胸がもやもやとした。
 それが瑞穂の大きな勘違いだなんてことは、彼女には知り得ないことだった。
 
 裕と瑞穂がパズルゲームをしている間に、ゲームセンターの外では中学生の痴話喧嘩が大きな話題になっていた。貴志と理美である。そしてちょうど今この時、貴志と理美は互いに背を向けて別行動を取ったのだ。
 ひょっとしたら中華街にいるかも知れない、貴志の初恋相手を探して。
 貴志の初恋を知らない瑞穂には、それは想像すらできない事だった。
 貴志の弟と付き合っているはずの理美が、どんな気持ちで貴志に迫っていたのか。瑞穂にはわからない。だけれど、あの二人の態度にはただならぬ仲を感じていた。
 やっぱり胸がもやもやする。

 ぬいぐるみを前にシュンとした瑞穂。そんな姿を見ると頑張るしかない。それが裕と言う少年だった。しかも、
「うるうる…お願いしま〜す」
 世界一可愛い女子が、目の前で目をうるませて、両手を合わせて懇願しているのだ。ここで頑張らないと男じゃない!ジェンダーレス社会?だったら言い換えてやる。好きな人にお願いされて頑張らないなんて、人間じゃない!
 この方が炎上しそうだな。なんて鼻で笑い、裕が120%の集中力を発揮して筐体に向き合った。
 ゲーム中幾度となく見た、裕の真剣な横顔。普段のヘラヘラした態度からは想像もできない、凛々しい表情。
 裕は真面目にさえしていれば、顔立ちも整っているし、かっこいいと思う。何より底抜けに明るくて、底抜けに優しい。
 もしもこのぬいぐるみを取ってくれたなら…。それは「ぬいぐるみが欲しい」よりも、違う感情なのかも知れない。
 裕からもらった何かが欲しいだけなのかも知れない。
 苦手らしいクレーンゲームを頑張ってくれている裕。アームが今、ぬいぐるみを捉えて、ああ…アームが弱い!
 持ち上がらなかった。いや、タグに、アームが引っかかっている。
 おもむろに持ち上がるぬいぐるみ。裕のガッツポーズ。全てがスローモーションに見えた。
 裕に思いっきり抱きつきたくなる衝動が、瑞穂を襲った。さすがにそれは裕も嫌だろう。気持ちに急ブレーキをかける瑞穂。
 嫌なものか。裕が嫌がるわけがない。もしも抱きつかれていたら、裕は今日という日を人生最高の日だと感じただろう。幸福に空すら飛んだかも知れない。しかしそれは、裕の感情。瑞穂にはわからない。

 ぬいぐるみを筐体から取り出そうとして、裕はそのまま膝から崩れ落ちた。
「頑張りすぎちゃったぜぃ」
 緊張が解けた瞬間、体中の力が抜けたようだ。
「嘘でしょ…。なんかゴメン」
 裕がそこまで根を詰めてぬいぐるみを狙ってくれたなんて、思ってもみなかった。しかしきっと逆の立場なら、瑞穂も同じくらい頑張っただろう。
 もしも好きな人の喜ぶ顔が見れるなら。ん?なんでこんなにももやもやするの?
 一通りゲームセンター内を練り歩き、満喫した二人は出口に向かう。
「いいぞー中学生カップル!」
 そんな声援に見送られながら、二人はゲームセンターを後にしたのだった。

 カップル…。それも悪くない。
 裕がどれだけ自分を信頼してくれているか。それはゲームを通して伝わってきた。一瞬の判断が生死を分ける戦いの中で、本当に息のあったプレイができたと思う。
 裕がどれだけ自分のことを見てくれているのか。それもゲームを通して伝わってきた。対戦ゲームのときは容赦なく、自分の死角を狙ってくるのだ。普段のわずかな癖さえお見通しの様子だった。
 裕といると、楽しい。相性はきっと悪くない。何度か交際をほのめかす冗談を言われるたびに、胸が熱くなるのを感じた。
 裕が「好きだ」と言ってくれたら、それはとても嬉しいんだろう。むしろそれを待っている自分がいる。
 なのに心に引っかかるものがある。

 裕がぬいぐるみを差し出してくる。受け取る時に瑞穂の指が、裕の指にそっと触れた。
 胸の高鳴りを瑞穂は感じていた。裕がもし、自分のことを好きだと思ってくれていたら…。
 その答えが、あれ?なんで?わからない。昨日まで待ち望んでいたはずの言葉を、今は聞きたくない。怖い。
 自分の気持ちがわからなくて、怖い。
 裕に返事ができない。お願いだから、今日は言わないで…。

「あのさ、これからも…こんな風に一緒に遊んだりしないか?」
 ああ…言わないで欲しかった言葉だ。二人きりの時を見計らって、わざわざ言われたのだ。いくら瑞穂でもその意味くらい、わかるつもりだ。
 もっと一緒にいたい。また一緒に遊びたい。でも、その気持ちは本当に裕と同じなの?
 心の中をもやもやが埋め尽くす。
「いいよ。今度はみんなで遊ぼう」
 こんな言葉でごまかせる状況でないのはわかってる。わからないのは自分の気持ち。
 裕が好きだ。でもその「好き」が、どんな「好き」なのかが、自分でもわからない。
 違う。わからなくなったのは、多分…今日だ。
 お願い裕…続きを言わないで。

「オレ、瑞穂が好きだよ。
 付き合って欲しいんだ。二人で遊びに行くような、関係になりたい」
 言われてしまった。もう…逃げられない。

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