【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第43話-春、修学旅行2日目〜理美①

 河口湖畔を臨む庭園で、貴志はホットレモネードを理美に手渡した。日は暮れて、湖の輪郭はすでに見えない。庭園の灯りが反射して、ゆらゆらと揺れる様だけが、そこに水面があることを教えてくれる。
 静かだ。道路をわたって、宿に向かえば修学旅行の喧騒が待っている。しかしここには騒がしい中学生はいない。
 ここには理美と貴志の二人しかいなかった。
 受け取ったペットボトルが理美の手を温める。まだ五月中旬。標高800メートルの湖畔は肌寒い。「ありがとう」と受け取ったホットレモネードを口に含んだ。喉を流れる温もりが、やがて全身を心をじんわりと温めてくれる。
 貴志はブラックコーヒーを飲んでいたが、淹れたてでないものは、あまり好みではないらしい。
 静かな時間が流れていた。

「ごめんね、時間もらって」
 静寂を破ったのは理美の方だった。何から話すべきだろう…。頭では考えていても、気持ちがついていかない。
「私ね、貴志くんのこと、好きだったよ」
 そうだね、と貴志が頷いた。昨年秋の告白から半年。彼女の気持ちを受け止めることはなかった。
「悟志くんは、私がまだ貴志くんを好きだと思ってて…。それで修学旅行で想いを告げて来ることを望んでたみたい」
 貴志は理美の独白に黙って耳を傾けている。彼女の邪魔をしないためだ。
「人の気も知らないで…。ひどいよね。
 私も、悟志くんも」
 悟志と付き合ってからも、貴志への気持ちを断ち切ることはできなかった。それどころか、悟志の紳士的な態度を見るたびに、昔の貴志を思い出してしまう。坂木紗霧が、貴志から向けられていた優しい視線。それを彷彿とさせるくらいに、彼ら兄弟はよく似ていたのだ。
 悟志くんは貴志くんの代わりなの?自問自答をしても、未だにちゃんと答えは出せていない。ただはっきりとわかったことはある。
 自分の気持ちが悟志を傷つけてしまっていたこと。そして自分が思っていた以上に、悟志は理美を心から好きだと思っていたこと。
 向き合いたい。彼とちゃんと、向き合いたい。そのために、この想いはちゃんと決着をつけたい。
 下手をすれば明日から貴志はおろか悟志とすら一緒にはいられない。だけどそれも、悟志を傷つけながら一緒にい続けるよりは、はるかにましだと思えた。
「私ね、悟志くんの事が、好きだよ」
 河口湖の闇に吸い込まれるように、気持ちの吐露が始まった。
 静かな湖畔に二人の言葉だけが音を奏でていた。星が静かに二人を見守っていた。
 

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