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#忘れられない恋物語
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第71話-梅雨が来た〜告白…そして
1年1組の教室は音のない世界だった。しんと静まり返った放課後の教室に、今は貴志と紗霧の二人だけ。
止まったような時の中で、その流れを感じさせてくれるのは自らの呼吸と鼓動のみ。鼓動は痛いくらいに早い。呼吸は荒く、何度も酸素を求めて息を吸い込むのに、まるで高い山の上にでもいるかのように苦しくて、満たされない。
音のない教室で、自分の呼吸と鼓動だけが、やけにうるさく感じる。
貴志と紗霧はお互いの
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第70話-梅雨が来た〜胸騒ぎの放課後
貴志が登校すると、1年1組の教室にはすでに裕が待っていた。
「放課後、自習するんだろ?オレも付き合うよ」
今日貴志は坂木紗霧に告白するつもりでいる。裕には昨夜の間にそう告げていた。
まさか告白に立ち会おうというわけでもあるまいに…親友の意図が掴めずに貴志は困惑していた。
「貴志が思ってる以上に、女子たちがお前の想い人を勘ぐってるんだ。
好意が攻撃に変わると怖いから、あからさまに坂木さんを待
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第69話-梅雨が来た〜それぞれの夜
今日は木曜日。北村貴志は自室で一人勉強していた。内科医の母が夕食を作ってくれるのは午後診療のない木曜日だけだった。
夕食の準備をしなくても良いことよりも、母の作った料理が食べられることが嬉しかった。貴志と言えど中学1年生。まだまだ母の味は恋しいものだった。
「貴志、母さんには言うなよ?」
PCの画面越しに父が訴えかけてくる。言うとか言わないではない。
「言えないよ」
リモート通話で父から告
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第67話-梅雨が来た〜少女たちの闘い
梅雨が近い。日に日に気温が上がり、蒸されるような湿気がシャツを、スカートを肌に貼り付けてくる。厳密に言えば如月中学校の制服は袴スタイルのパンツなのでスカートに見えるだけなのだが。
坂木紗霧は学校近くの緑地公園でベンチに腰掛け、本を読んでいた。
木漏れ日の光量は読書にちょうど良く、暑さも軽減してくれている。湿気とは裏腹に風は爽やかだった。
もう半月もしたら読書を外でするのは厳しくなるだろう。
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第61話-夏が来る〜紗霧の2年前
住宅地の明かりがかき消した星空を窓から眺めながら、紗霧は炭酸水を飲み干した。
炭酸の刺激が駆け抜けた喉から、恍惚のため息が流れるように吐き出された。右肘をそっと撫でる。つい数時間前、北村貴志に触れそうになった右肘を。
そして次は落胆のため息をついた。
国語の解釈を教えて欲しい。そんな貴志のお願い事を今日果たしてしまった。
貴志があの講義で満足してしまえば、もう彼に頼ってもらうことはなくな
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第60話-夏が来る〜二人の協定
親友と好きな人が同じだった。そんな時、どうするのが正解なのだろう。
恋を取るのか、それとも友情を取るのか。そもそも自分でそれを選ぶのは傲慢なのかも知れない。
「協定を結ぼうぜ」
裕は貴志をまっすぐ見つめて、そう言った。貴志は固唾を飲んで、協定の詳細が語られるのを待った。
友情と初恋を天秤にかけているなら殴るぞ。裕の言葉が重い。
でも確かに裕の言うとおりだ。大切な想いを天秤にかけること
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第59話-夏が来る〜貴志と裕の2年前
坂木紗霧の短い授業を終えて、貴志は大満足だった。国語の理解が進んだし、何よりいつもの机の間隔よりも近くに紗霧がいたのだ。すぐそばに、いたのだ。
裕にバレないように、余韻にひたる。
裕は隣で、紗霧が雑談交じりに話していたポイントをマーカーで強調している。その姿を貴志は片眉を上げて観察していた。
俺が教えても、メモひとつ取らないくせに。そう思いつつも、裕が教えたことをちゃんと覚えてることは
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第58話-夏が来る〜貴志と紗霧の2年前①
林間学校を終えた如月中学校は、慌ただしく実力テストの準備期間に差し掛かっていた。
昨日までの仲間はすべてライバル。毎回のテストが来年のクラス分けに影響してくる。
わざわざ私立中学校の受験をしたくらいだから、生徒たちは必然的に中高一貫コースに進むことを目標としている。
その資格を得るのは7クラス中でたった2クラスのみ。成績順でクラス分けされる以上、授業のレベルもクラスにより分けられている。す
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第54話-春、修学旅行3日目〜瑞穂
「北村くん、家まで送ってくんない?」
たった一言。たったそれだけを言うのに、どれだけの覚悟を決めただろう。
貴志の事を考える時に胸に湧き上がる違和感。裕の告白を機に気づいたその気持ちが、恋と呼べるものなのか、それとも…。
それを確認したい。その気持ちが理由で裕の告白を断ったのだから。
裕は多分気付いてる。私が北村くんと帰りたいって、そう思ってたこと。彼に背を押され、北村くんの前に立ったのだ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第53話-春、修学旅行3日目〜旅の終わり、恋の終わり
如月中学校ご一行様を乗せたバスが、河口湖畔のホテルを出発する。
理美は最後にホテルのエントランスを、道を挟んだ湖畔の庭園を目に焼き付けた。
さようなら。私の初恋が終わった場所。
きっとこのホテルの事を、私はずっと忘れないだろう。
ちゃんと悟志と向き合う決意が出来た場所。
いつかまた、この景色を見たい。曇りのない気持ちで、大切な人と。
もう間違わない。誰かを好きでいるということは、その
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第52話-春、修学旅行3日目〜紗霧の朝
朝風呂は6時から入れるらしい。修学旅行の間、紗霧の朝は風呂の解禁とともに始まっていた。
割り当てられた風呂の時間に入浴しない旨は、教師たちに事前に報告してある。同級生たちに体を見られないようにするためだった。
湯船に体を沈める。周りに人がいないため、眼鏡を外して素顔をさらすことへの恐怖心は薄れていた。元々彼女の視力は悪くない。むしろ眼鏡は邪魔なくらいだ。
幼さは抜けていて、気品があるの
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第51話-春、修学旅行3日目〜男子部屋の朝
朝が来た。目覚めは良いとは言えなかった。標高800メートルの河口湖で夜風に当たり、すっかり湯冷めした体が悲鳴を上げている。加えて和室の薄い布団に裕の寝相の悪さ。
貴志は目を覚ますと腹部の重みに身をよじった。裕がなぜか自分と交差するようにうつ伏せで寝ていて、二人で十字を形作っていた。
「裕…頼むから人の腹の上で寝るのは止めてくれ」
ごもっともな意見だ。叩き起こされた裕が貴志にあくび混じりの謝罪