【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第60話-夏が来る〜二人の協定

 親友と好きな人が同じだった。そんな時、どうするのが正解なのだろう。
 恋を取るのか、それとも友情を取るのか。そもそも自分でそれを選ぶのは傲慢なのかも知れない。

「協定を結ぼうぜ」

 裕は貴志をまっすぐ見つめて、そう言った。貴志は固唾を飲んで、協定の詳細が語られるのを待った。
 友情と初恋を天秤にかけているなら殴るぞ。裕の言葉が重い。
 でも確かに裕の言うとおりだ。大切な想いを天秤にかけることはできない。
 坂木さんを想うと、こんなにも幸せな気持ちになれるんだ。そんな大切な気持ちを裕も抱いているなら、それを裕から奪いたくない。貴志だって同じように、奪われたくはない。
 坂木さんが好きだ。そして裕は大切な友達だ。この二律背反しているこの気持ちは、一度親友同士の間で決着をつけないといけないだろう。
 貴志は静かに頷いた。
 裕の表情はいつになく真剣そのものだ。鼻筋を流れている汗は、初夏が醸し出す暑さのせいではないだろう。
 裕も本当に坂木さんが好きなんだな。
 譲れ…。その言葉が出ることだけが怖かった。だけど文脈から察するに裕の口からその言葉がでてくることはないだろう。

「なあ、貴志はモテるだろ?だったらオレが先攻でいいよな?」
 思わぬ一言に、怒りが湧くよりも先にずっこける貴志。
 その様を見て、裕は貴志から受けていた信頼が確かなものだったんだと感じた。そして貴志の想いが譲れないものだと言う事も、よくわかった。
「そう言ったら、お前はオレに譲ってくれるか?」
 これは虚しい問いかけだ。貴志の口から「ノー」以外の言葉が出ることはないだろう。
 案の定貴志は静かに首を横に振った。
「オレもだよ」
 裕は悲しそうに笑う。自分も譲れない気持ちなんだと伝えるためだけの、虚しいやり取り。
 裕にはもうわかっていた。
 3人で机を囲んで行った坂木先生の国語講座。あの時は等間隔に座っていた。だけど坂木さんの肩や指先は自分よりも貴志に近づくことが多かった。利き手の問題だと言い訳したところで、目線まで貴志に向けられてしまえばさすがに気付く。
 
 坂木さんはすでに選んでいる。オレたちはただ想いをぶつけるだけ。
 だったら協定の内容は簡単だ。
「オレがいくら貴志を大切な友達だと思っていても、お前がそうじゃなかったら親友とは呼べないよな?
 恋も同じだと思うんだ」
 裕は訥々と話し始めた。伝わる気持ちに齟齬があってはならない。真面目に話すのは久しぶりで、かなり緊張する。
「例えば…オレがここで貴志に遠慮して、坂木さんを諦めたとするだろう?
 でも坂木さんが、オレを好きだったとしたら?」
 我ながら虚しい例えをするもんだ。心の中で裕は苦笑した。
「貴志が告白しても、坂木さんとは付き合えないだろう。そしてオレは身を引いたわけだから、坂木さんもオレとは付き合うことはなくなる」
 想定される最悪のパターンを上げてみる。恋は片方の気持ちで成り立つものじゃない。
 だから誰かが身を引いたとて、丸く収まる話にはならない。
「大切なのは坂木さんの気持ちだろ?
 オレたちは坂木さんの事が好きだ。それはいつ、どちらが伝えても良い。
 応えるのは坂木さんなんだ」
 
 言葉にしてみたら単純な話だった。相手が応えてくれて初めて成り立つ問題で、自分が身を引くなんて傲慢な話だったんだ。
 裕は貴志に気づかれないように、小さくため息をついた。
 どちらが先に想いを伝えようが、この恋の行方は変わらない。好きな人の気持ちが自分に向かっていないことを、裕だけが気づいていた。
 それならせめて、二人には幸せな結末を迎えてほしい。
「協定の内容を言うぞ!」
 裕は高らかに宣言した。迷いのない目で、曇りのない心で、まっすぐに貴志を見つめる。同時に自分自身の心にもしっかりと目をむけてやる。
 貴志は裕の目をまっすぐに受け止める。貴志の心もすでに決まっていた。
 
 同じ相手を好きになった時、お互いに遠慮はしないこと。恋愛は相手の気持ち次第だから、振り向いてもらったほうが付き合う事。
 親友を思い身を引くような行為は、相手を傷つけるかも知れないから、絶対にしないこと。
 そしてこの協定は坂木紗霧との恋に破れたとしても、二人が親友である以上は永続的に破棄されないこと。
 これらの意味するところはつまり、
「好きになった相手の幸せを一番に考える。それがオレたちの協定だ」
 そう言って裕は言葉を締めた。そして拳を貴志に向けてまっすぐに突き出した。
 貴志も拳を固く握ると、裕に向けてまっすぐに突き出す。
 二人の拳がぶつかった。
 静かに風が吹いて、緑地公園の木々たちが爽やかに揺れる。深く色づきつつある緑の葉は青々と輝いている。
 木々のざわめきの中で、貴志と裕の笑い声が一際爽やかに響き渡っていた。
 

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