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『大人の本音だだもれ。』4話 30代オッサンを虜にしたのは美人が見せたギャップ【Web小説】

第4話 魅力はクール系美人だけじゃない

 得意先の高橋たかはしさんと飛びこみした居酒屋は、金曜日とあって混雑している。店員が気づいてカウンター席に案内してくれた。金曜日に予約なしで訪れたのに、席が空いていたのは運がいい。

 お冷とおしぼりが出され、メニューも受け取った。さっそく注文をしようと、おしぼりで手を拭きながらメニューを広げた。

「すみませーん、注文いいですか」

 聞き覚えのある声だ。

 飲みの席で知り合いがいると、なぜだか気まずく感じる。反射的に声がした方角を向くと、座っているカウンターの数席先に、派遣スタッフの汪花おうかさんがいて、手を上げて店員に声をかけている。

 職場では眼鏡めがねなのに今は外していて、一瞬、誰だかわからなかった。でもすぐに脳内データが引き出され、眼鏡なしの美貌に目が離せなくなった。

 汪花さんが……笑っている。

 ふだんの彼女は黙々と仕事に取り組んで真剣な表情をしている。挨拶と業務上の会話をする場合だけ言葉を発し、話が終わると雑談することもなく席に戻ってすぐに仕事に没頭する。そんな堅物の彼女がニコニコと笑って話をしている。

 隣にいるのは男か。会社の人じゃない。

 汪花さんはジェスチャーを入れながら楽しそうに話している。クール系と思っていたのに表情がコロコロと変わっていく。あんなに表情豊かだったんだ!

 周りがうるさくて聞き取りにくいのか、汪花さんは話のたびに連れのほうへ耳を寄せるから距離がとても近い。ずいぶんと仲がいいみたいだ。

 職場にいる彼女は集中して近寄りがたい感じがあるのに、ピリピリした雰囲気はまったくない。

 頬がピンクになってるからほろ酔いみたいだ。目が潤んでいて、唇は血色がよくなっている。艶めかしい色香もある……。

 あ、連れの男が俺に気づいたみたいだ。
 汪花さんの肩を軽くたたいたあと何か話してる。彼女がこっちを向いた。

 目が合った!

 会釈してきたけど……たぶん社交辞令だな。汪花さんは十住と気づいてないだろう。

 ずっと連れと話している。
 あんなに楽しそうに何を話しているんだろう?
 とても気になる……。

 汪花さんに気を取られていたら高橋さんが話を振ってきた。
 忘れてたよ、彼と飲みにきてたんだった。ちゃんと対応しなきゃ。

 高橋さんの相手をしていても、やっぱり汪花さんのことが気になる。
 横目でしばらく見てたら汪花さんと連れが席を立った。さっき挨拶したから声をかけてくるかなと期待したけど、話をしながら通り過ぎていく。

 汪花さんは会社だと敬語なのに、くだけた口調で話している。目が離せなくて追っていたら、ドアの段差に足を引っかけてバランスを崩した。連れが腕をつかまえて彼女を支えてくれた。

 汪花さんは驚いた顔をしている。連れが立たせると、彼女は安心した顔になって笑いながら彼の肩を軽くたたき始めた。

 連れはあきれた顔をしつつ汪花さんのポケットを指さした。意図に気づくと笑いながら眼鏡かけ、そのまま二人は店を出ていった。

 眼鏡をかけた汪花さんは見た目は職場と同じ顔だ。でもいつも見ていた冷静沈着な姿はどこにもなく、学生のようなさわやかな表情だった。まるで雰囲気が違う。

 なんだ、あの変わりようは。まるでネコみたいだ。

 ネコは気分のままに行動する。ふだんはツンとして体をさわらせてくれない。でも甘えたい気分になるとカワイイ声で寄ってきて、ゴロゴロ言いながら体をすり寄せてくる。このギャップがたまらない!

 数十分の出来事だったのに、彼女の姿が焼き付いてしまった。
 楽しそうに笑っている無邪気なところに、ふと醸し出される妖しげな色香。思い出すだけで得した気分になる。

 クールな人と思っていたけどあんなに表情が豊かだったとは。
 会社では見せない顔……。もっと近くで見てみたい。

 居酒屋で高橋さんと二時間ほど飲んでいたけど、俺はずっと汪花さんが気になっていて上の空のまま解散した。


 居酒屋の一件から俺は汪花さんが無邪気に笑っている顔が見たいという欲求にとらわれてしまった。

 毎日つまらなく思っていたのに会社へ行くことが楽しみで、隣にいる汪花さんがいつあの笑顔になるのかと、ちらちら盗み見している。

 ダメだ。会社だと仕事に没頭してて笑わない。
 どんな話題を振ればあのときの笑顔を見せてくれるんだろう?

 「天気いいですね」だと「そうですね」で終わり……。
 ってアホか! 話が続くようにしないとダメだろ!

 なら「居酒屋で見ました。楽しそうにしていましたけど何を話してたんですか?」とか聞いたら……。
 いやいや、いきなりその話題を振るのもアウトだろ。居酒屋で見ていたなんて下手すればストーカーっぽい。ヤバイやつだ。

 くそ~。ほかの社員の机みたいに、絵葉書を飾っていたり昼休みに読む雑誌や本などがあれば、好みがわかって話を振れるのに。

 汪花さんは私物を持ちこまず、会社の備品を使って仕事してるから話のネタが見つけにくい。まずは情報収集することから始めないと!

 話しかけるときは気を付けないといけないな。
 学生だと気軽に話しかけても問題ないけど、社会人の男が女性に声をかけると不審者と思われることがある。

 職場ではセクハラととらえてしまう可能性もあるから、言葉に場所、それにタイミングを選ばないと、会社での俺の立場が危うくなることになるかもしれない。

 ああっ! 社会人ってもどかしいっ。

 

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※小説投稿サイト『カクヨム』で投稿していた小説を推敲してnoteに公開しています。


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【動画の内容】※音あり(音声「🏝️」)


Web小説『大人の本音だだもれ。』

第1話

  • 【あらすじ】

  • 1話 会社の忘年会はなんのためにある?

第2話

会社に新しい人が来るときは期待してしまう

第3話

美人で仕事はできる。でもコミュ力がね

第4話

30代の枯れたオッサンをとりこにしたのは

第 4.5 話 小休憩(1)

物事に変化を与えるのはいつも「人」

第5話

朝礼で増員の発表があって職場の空気が変わる

第6話

自分より若いコが来て40代女性は焦りを感じてる

第7話

結婚願望はある。でも大っぴらには言っていない

第8話

仲が良くても酔っぱらいに向ける視線は厳しい

第9話

これまでの対応は社交辞令だったの?

第10話

本来の性格がわかるとき

第10.5話 小休憩(2)

モテる人っていますよね?

第11話

社内恋愛は避けてきたけど迷ってしまう

第12話

酔っぱらいの相手は大変

第13話

恋愛モードに完全に切り替わった

第14話

恋の作戦スタート!

第15話

勝利するには布石を打つ

第16話

俺の攻略マニュアルは完璧。恋の勝者は

第16.5話 小休憩(3)

会社の忘年会の裏側ではこんなことも

第17話

忘年会がスタートする前からモノゴトは始まっている

第18話

フラれても再挑戦! 諦めないこの男は策士だ

第19話

攻略するために選んだアイテムは「酒」

第20話

大人だから態度には出さない。でも脳内で叫んでいる

第21話

おじさんは若いコが心配だ!

第22話

強気で駒を進め今度こそあのヒトを落としてみせる

第23話

送り狼のピンチに騎士ナイトが参上!

第23.5話 小休憩(4)

オトナたちはどんな恋愛をしているのかな?

第24話

オトナの男の恋

第25話

嫉妬、羨望…。職場でもあること

第26話

「彼女」よりも「パートナー」を探したくなったきっかけ

第27話

人が強くなる瞬間

第28話 【最終話】

パートナーになったら絶対に彼女から引き出したい!



カクヨム
 神無月そぞろ @coinxcastle


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