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『大人の本音だだもれ。』9話 やさしさがほしくて演技した【Web小説】

第9話 困ってるのをみてどう反応する?

 電車の中、町家まちや汪花おうかが並んで立っている。汪花は町家の腕をやさしくつかんでおり、ゆれる電車内で支え続けている。

 町家は顔に出さないけど、歓迎会でのショックを引きずって気分は沈んだままだ。それでも一緒に乗り込んできた社員二人に、自分をいたわってくれないかと淡い期待を持つ。そこで眠たいフリを演じ始めた。

 ねえ、心配してよ、もっと私にかまってよ。

 目を閉じてコクリコクリと体をゆらしてみる。すぐ隣にいるというのに二人とも無関心だ。

 町家はやさしさを求めているが、二人からしてみれば迷惑にしかならない。酔っぱらいの相手は面倒なのでスマートフォンを操作して気づいてないフリを続ける。

 気づいてもらおうと、さらに大きく体をゆらすと、席に座っていた男性が支えている汪花に声をかけてきた。

「あの、座りますか?」
「ありがとうございます。でも座ってしまうと寝てしまうので。
 お気持ちだけで大丈夫です。ありがとうございます」

 男性の心づかいに汪花は申し訳なさそうな顔でていねいに断った。町家はいたたまれなくなって、もうこれはやり通すしかないと腹を決め、演技を続ける。

 汪花にもたれかかって眠さのピークがきている演出をした。すると彼女は嫌がるようすもなく、倒れないようにしっかりと支えてくれる。女性の力では支えられないだろうと踏んでいたので驚いた。

 汪花さんって意外と力強い。
 宝塚の男役みたいだわ。
 恋人に守られているみたいで安心する。

 汪花に罪悪感を持ったけど、このまま身を任せていたくて、駅へ着くまで体を寄せることにした。

 いよいよ降りる駅が近くなり、気づいた社員が汪花にそのことを教えると声をかけてきた。

「町家さん、もう少しで駅に着きます。
 降りますけど大丈夫ですか?」

 ここまできたら酔っぱらいを押し通すしかないわ。

 ぼんやりしているフリをしてうなずく。駅に到着すると汪花は町家を支えながら車両内を歩き、ホームへ移るときも足元に細心の注意を払ってくれた。

 一緒についてきた社員二人は、どこまでも迷惑をかける町家に冷めた視線を投げていて、いい加減にしてよという表情が見えている。たまりかねて広門ひろかどが口を開いた。

「もうここまででいいんじゃない?
 町家さん、帰れるよね?」
「ここまで来たなら改札の外までついていきます。
 あとは私だけでも大丈夫ですから」
「いや、そういうワケにはいかないでしょ。ったく。
 ごめんね、あなたの歓迎会なのに」
「困ったときはお互い様ですから」

 謝っているけど、広門が汪花に手を貸すようすはまったくない。

 会社で仲良かったから広門さんのことを友人のように思っていたわ。
 彼女も同じかなと思っていたけど……そうじゃなかったのね。

 わずかな期待も砕かれてしまい、悲しくて泣きたくなるのをこらえながら駅の改札を出た。

 結局、社員二人も改札の外までついてきていた。町家が歩き始めると、汪花が「タクシーを呼びましょうか?」と提案してきた。「大丈夫、大丈夫」と答えて足を進める。

 完全に酔いはさめているけど、酔っているかのようにフラフラと歩く。

 汪花が「やっぱり家まで――」と言ったところで、「汪花さん、もういいから」と広門が冷たく言い放った。突き放す言葉が刺さり胸が苦しくなったけど、こらえて最後まで演じ切る。

 元気よく、くるっと振り返ったら「じゃあねぇ~!」と大声で言い、バイバイして見せた。そのときに汪花の顔を見たが、彼女は心配そうな表情にやさしい笑みを浮かべて手を振り返した。

 きびすを返して家へ向かう。少し進んでようすを見るためにまた振り返ると、汪花はまだこっちを見ていた。心配しているフリではなく、本当に自分のことを心配している。

 私の浅はかさで迷惑をかけたのに……。

 大人は打算でやさしいフリをすることが多い。でも汪花のやさしさは本物だ。知り合って間もないのに、こんなに親切にできる人に初めて会った。

 こんなふうに心配されたのは、どれくらいぶりだろう?

 汪花のやさしさがしみて涙が出そうになる。でもそんな姿を見られるわけにはいかない。

 酔って気分がいいフリを続け、思い切り腕を振ってバイバイした。そしてすぐに背を向けて歩き出したら、あとは振り向くことができなくてそのまま足を進めた。

 

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※小説投稿サイト『カクヨム』で投稿していた小説を推敲してnoteに公開しています。


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Web小説『大人の本音だだもれ。』

第1話

  • 【あらすじ】

  • 1話 会社の忘年会はなんのためにある?

第2話

会社に新しい人が来るときは期待してしまう

第3話

美人で仕事はできる。でもコミュ力がね

第4話

30代の枯れたオッサンをとりこにしたのは

第 4.5 話 小休憩(1)

物事に変化を与えるのはいつも「人」

第5話

朝礼で増員の発表があって職場の空気が変わる

第6話

自分より若いコが来て40代女性は焦りを感じてる

第7話

結婚願望はある。でも大っぴらには言っていない

第8話

仲が良くても酔っぱらいに向ける視線は厳しい

第9話

これまでの対応は社交辞令だったの?

第10話

本来の性格がわかるとき

第10.5話 小休憩(2)

モテる人っていますよね?

第11話

社内恋愛は避けてきたけど迷ってしまう

第12話

酔っぱらいの相手は大変

第13話

恋愛モードに完全に切り替わった

第14話

恋の作戦スタート!

第15話

勝利するには布石を打つ

第16話

俺の攻略マニュアルは完璧。恋の勝者は

第16.5話 小休憩(3)

会社の忘年会の裏側ではこんなことも

第17話

忘年会がスタートする前からモノゴトは始まっている

第18話

フラれても再挑戦! 諦めないこの男は策士だ

第19話

攻略するために選んだアイテムは「酒」

第20話

大人だから態度には出さない。でも脳内で叫んでいる

第21話

おじさんは若いコが心配だ!

第22話

強気で駒を進め今度こそあのヒトを落としてみせる

第23話

送り狼のピンチに騎士ナイトが参上!

第23.5話 小休憩(4)

オトナたちはどんな恋愛をしているのかな?

第24話

オトナの男の恋

第25話

嫉妬、羨望…。職場でもあること

第26話

「彼女」よりも「パートナー」を探したくなったきっかけ

第27話

人が強くなる瞬間

第28話 【最終話】

パートナーになったら絶対に彼女から引き出したい!



カクヨム
 神無月そぞろ @coinxcastle


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