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『大人の本音だだもれ。』10話 お酒の失敗は最悪だ【Web小説】

第10話 職場での立場が変わってしまった

町家まちやさん、迷惑かけないレベルで飲んでください」
「大変だったんだから!」

 翌週、出社すると目が合った社員がすごい剣幕でやってきて非難してきた。頭を下げて何度も謝り、なんとか許してもらった。

 謝ったあとは、目を伏せて申し訳なさそうな顔をして反省しているように見せているけど、本当は社員たちを軽蔑している。

 文句言っているけど、あんたたちは何もしなかったじゃない。
 さも自分が介抱したかのように言ってきて!

 歓迎会で本当の顔を知ってしまい、申し訳ないという気持ちは少しもわいてこない。さっきも話を聞いててイライラしていたけど、同じ職場で働く人と気まずい関係になるのは面倒なので我慢していた。

 ここぞとばかりにマウント取ってきて。
 ホント、友人とまで思っていた私がバカだったわ。

 自分の席では顔に出そうなので給湯室で怒りを抑える。社員からどう思われているのかは、もうどうでもよかった。ただ汪花おうかのことが気になった。

 汪花さんにも同じようなことを言われるのかしら……。

 彼女から軽蔑されることを想像すると悲しくなってしまう。今さらだけど、みんなの注目がほしくて歓迎会で取った振る舞いが恥ずかしくなり、やらなければよかったと激しく後悔した。

 汪花の反応が怖くて出社してからできるだけ避けてきた。でも始業時間になったのでしぶしぶと席へ向かった。隣の席には汪花がいて、仕事に取りかかっている。町家に気づいて顔を上げた。

「おはようございます。よかった、無事に帰れたみたいで。
 女性なんだから飲みすぎには気をつけてください」

 町家を見た汪花は安心した顔で話したあと、すぐに仕事に戻ってこれまでと同じように軽快にキーをたたいて黙々と作業を進めていく。

 それだけ……?
 あんなに迷惑かけたのに、なぜ嫌みの一つも言わないの?
 なんでさわやかに笑って流すの?
 あなたは文句を言ってもいいのよ?

 出会って日が浅いのに一番人情がある。器が大きいとはこういう人のことをいうのだろう。

 ど、どうしよう、ドキドキしているわ。
 汪花さんって同性でも見惚れる美人だけど、性格は男前イケメンだわ。

 嫌われなかったことに安心したけど、迷惑をかけたことに気がとがめる。そこでおびをしようと昼休みに外へ出て、近場にある有名なたい焼き屋さんで、たい焼きを二つ買い、一つを汪花へ渡した。

「これ、よかったらどうぞ」

 小さな紙袋を受け取った汪花は「ありがとうございます」と言って袋を開けた。中をのぞくとパッと笑顔になった。すぐさま顔を上げてキラキラした目で「食べてもいいんですか!」と聞いてきた。

 汪花は目を大きく開いて頬がピンクになっている。実家で飼っている真っ白のふわふわ毛皮のスピッツと汪花が重なり、目の前におやつを差し出されて「待て」をしているように見えてきた。

 ちょっと待って! 鼻血吹きそうよ!!

 飛びつきたいのを我慢して律儀に「よしっ」を待っているスピッツのような姿は、仕事をしているときの汪花からは想像できない。子どものような無邪気さにキュンとなった。

「ど、どうぞ」

 どきまぎしながら言うと、汪花は好物のお菓子に飛びつく子どものように、急いでたい焼きを取り出すとうれしそうに食べ始めた。

 汪花は本当においしそうにたい焼きを食べる。一口食べるたびにニコニコと笑顔がこぼれていて、見ているこっちがほっこりする。食べ終わると満面の笑みで「ごちそうさまでした」と言ってきた。それから彼女はお店の場所を聞いてきた。

 このあと、職場周辺の甘味スポットをいくつか紹介した。意外なことに、汪花は甘いものが好きなようだ。仕事以外のことで彼女とこんなに話したのは初めてだ。

 汪花は興味津々といった表情で聞いており、スマートフォンで店の場所を検索して確認できたらうれしそうにする。彼女の通る声は心地良く、ひさしぶりに雑談を楽しんだ。


 夜、風呂上がりに肌の手入れをしながら、昼休みに汪花と話していたことを思い出していた。

 汪花さんって不思議。
 しっかりした大人の女性と思いきや、子どもっぽい部分もある。
 男前イケメンの汪花さんにはドキドキして、子どもっぽい汪花さんはかまってあげたくなるわ。

 なんだろう、この気持ち……。
 彼女のそばにいたいわ。

 はじめはライバル視していた汪花。マウントを取ろうと思っていたけど今はそんな気持ちはなく、彼女のことをもっと知りたい、近づきたいと思っている。

 会いたい人がいるから早く明日がこないかなと思うなんて、何年ぶりかしら?

 同性に対してこんな気持ちになったことはない。今の心境を不思議だと思っているけど、楽しいと思える現状が心地良く、自然と笑顔になっていた。

 

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※小説投稿サイト『カクヨム』で投稿していた小説を推敲してnoteに公開しています。


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Web小説『大人の本音だだもれ。』

第1話

  • 【あらすじ】

  • 1話 会社の忘年会はなんのためにある?

第2話

会社に新しい人が来るときは期待してしまう

第3話

美人で仕事はできる。でもコミュ力がね

第4話

30代の枯れたオッサンをとりこにしたのは

第 4.5 話 小休憩(1)

物事に変化を与えるのはいつも「人」

第5話

朝礼で増員の発表があって職場の空気が変わる

第6話

自分より若いコが来て40代女性は焦りを感じてる

第7話

結婚願望はある。でも大っぴらには言っていない

第8話

仲が良くても酔っぱらいに向ける視線は厳しい

第9話

これまでの対応は社交辞令だったの?

第10話

本来の性格がわかるとき

第10.5話 小休憩(2)

モテる人っていますよね?

第11話

社内恋愛は避けてきたけど迷ってしまう

第12話

酔っぱらいの相手は大変

第13話

恋愛モードに完全に切り替わった

第14話

恋の作戦スタート!

第15話

勝利するには布石を打つ

第16話

俺の攻略マニュアルは完璧。恋の勝者は

第16.5話 小休憩(3)

会社の忘年会の裏側ではこんなことも

第17話

忘年会がスタートする前からモノゴトは始まっている

第18話

フラれても再挑戦! 諦めないこの男は策士だ

第19話

攻略するために選んだアイテムは「酒」

第20話

大人だから態度には出さない。でも脳内で叫んでいる

第21話

おじさんは若いコが心配だ!

第22話

強気で駒を進め今度こそあのヒトを落としてみせる

第23話

送り狼のピンチに騎士ナイトが参上!

第23.5話 小休憩(4)

オトナたちはどんな恋愛をしているのかな?

第24話

オトナの男の恋

第25話

嫉妬、羨望…。職場でもあること

第26話

「彼女」よりも「パートナー」を探したくなったきっかけ

第27話

人が強くなる瞬間

第28話 【最終話】

パートナーになったら絶対に彼女から引き出したい!



カクヨム
 神無月そぞろ @coinxcastle


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