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書評

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#歴史

伊与原新(2020)『八月の銀の雪』新潮社

科学に基づいた様々な現象を題材にし、人々の温かな生き様を編み合わせたエピソード集。「科学的」と言うと、なんだかお堅い遠い世界の話に思えるが、私たちの住むこの世界を研究対象にしてきたわけだから、当たり前のように日常に溶け込んでいることに気づける一冊でもある。

毎日何気なく触れ合っているこの世界が、実は壮大な仕組みで数多くの見えない歯車が噛み合わさって動いていること、その中に私たち人間も位置づけられ

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逢坂冬馬(2021)『同志少女よ、敵を撃て』早川書房

生きる意味とは何か。戦争という極限状態におかれた人間の心の移ろいを丁寧に描写する中で、少しでもこの問いの核心に近付こうとする物語であった。もちろん答えは得られない。それでも読者は主人公たちとともに歴史の大河を渡りきったとき、一握の勇気を手にしているだろう。

戦争ほど人の人生を狂わせるものはない。奇しくも本書の戦場が、今また現実の戦場となっているこの時代に、我々日本の読者が受け取るべきメッセージは

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塩野七生(2010)『日本人へ リーダー篇』文春新書

世界がテロと闘っていた米ブッシュ政権当時の国際政治環境下にあって、古代ローマを扱う歴史家がその含蓄とともに国際情勢と日本の置かれた環境を分析するエッセー集。驚くべきことは、現在のウクライナ侵略を巡る国際政治の有り様と世界が何ら変わっていないように思えること。

賢者は歴史に学ぶというが、ローマの歴史に学んだ著者の、今の我々からしたら一昔前を論評する本書に、また我々も学ぶところが多いというのは感じ入

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加藤陽子(2016)『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』新潮文庫

日本が第二次世界大戦に至る過程でどのような経緯を辿ってきたのかを、仔細にかつ普段は注目されることの無い部分をも取り上げて解説したという意味では、学術的価値のある一冊。一読の後、知識が増えるのは間違いない。

しかしながら、著者が日本学術会議の会員に任命されなかった理由もすこし理解できるなというのが読んでいて思った率直な感想。つまり、文中に戦前日本に対する感情的な嫌悪が多く表されており、残念ながら思

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御厨貴・渡邉昭夫(1997)『首相官邸の決断:内閣官房副長官 石原信雄の2600日』中央公論社



オーラルヒストリーの試みから生まれた貴重な一冊。普段からベールに包まれている政権中枢の役割や動きについて往時の時代背景も含め詳細に記述している。つまるところ最後は「人」であるという結論も説得力がある。

内閣官房は政府の最も中核にある組織であるにもかかわらず、だからこそ各省に比べてその仕組みや機能がはっきりと定まっていない。さらに最高権力者の隷下にあるだけに最も変化を求められ得る。国の組織とし

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日本経済新聞社編(2017)『日経大予測2018 これからの日本の論点』日本経済新聞出版社



この時期に読むと、まるで答え合わせのような楽しさがあった。驚くのは、多くの予測が的を射ているということ。世界は基本的にはゆっくりこれまで通りの流れ方で動いているのだろうか。人間が歴史から学び予測できるくらいには。

ただまぁそれでも、全くこの執筆時点では予測できていなかった大事件も何個か起きているわけで、そうしたイベントで歴史は絶えず綴られていくのでしょう。この国の行く末や如何に。来年がまた楽

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藤原正彦(2011)『日本人の誇り』文春新書



主に歴史認識の問題について、どちらかといえば当時の日本を擁護する立場で書かれた新書。歴史とは、史実そのものではなく、後の時代を生きる者によるある種の創作であることは避けられない以上、様々な見方があって然るべきだろう。

自国の過去や伝統に誇りを持つことが出来なければ、社会の発展も目前の課題解決もままならなくなるという主張には完全に同意するところだ。我々はチーム戦。チームに誇りを持とう。