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ニューヨークの美術大学とテニス

アメリカの大学について、学業から生活、スポーツまで、興味ある人は読んでください。

SUNY PURCHASE COLLEGE

アメリカに移った2年目は大学に行きました。SATの点数とテニスのレベルの関係でD1(Division 1)の学校は厳しかったので、D3で学業の奨学金をもらう選択をしました。(D1はスポーツで奨学金がもらえる、レベルの高い学校で間にD2がありD3の大学は学業で奨学金がもらえる)
大学で何を学ぼうか悩みましたが、美術が好きで得意だったので、アートの大学でテニスのチームがある大学に絞りました。
結果、第二志望のニューヨークの美術大学 SUNY (State University of New York) Purchase College に合格し、奨学金も少しもらい、テニスもすることになりました。

特徴

SUNY Purchase大学はニューヨークのマンハッタン中心部から1時間弱のWhite Planes という場所にあり、慶応ニューヨーク校の近くでもありました。
冬はマイナス20に達することもしばしばあり、夏は30度にもなるくらい季節の違うを感じる場所でした。

SUNY PURCHASE 大学はアメリカ全国でアートのレベルは上位30にでもあり、いろんなアーティストが集まった場所でした。 美術大学にきて初めて知ったのですが、美術に関係する人、特にダンサーは大半が同性愛者ということに驚きました。(笑)(男子の90%はそうだったそうです(笑))
他にも個性あふれる人が多く、今まで見たこともないような人たちも沢山いました。女子なのに脇毛を生やしている人や、ぷっくりしたお腹をわざと見せるように出す服装や、ピンクの髪、ピアス、タトゥーなど様々なユニークな人たちがいました。これもアートの一つなんだなとも思いました。

Feminism(sexism 反対、女性差別反対)を主張する人がすごく多くその理由で服装や見掛けが今まで見たことのない人が多かったというのもありました。女子はブラジャー着ける必要はない、女子だから毛をそらないといけないというのは間違ってるなどの意見を持ってる人たちが少なくはなく、いろんな意味でびっくりしました。


授業

僕はDrawing and Painting のメイジャーで入学しましたが、Freshman year (一年目) は絵を描いたりする以外、単位を取るための必須科目があり、毎日かなり忙しい日々でした。
レクチャー系の授業以外は基本4時間授業で、精神的にもきつかったです。
レクチャー以外のアートの科目はどの授業も発言やトークをするのが必須で、自分は人前で喋るのが特に苦手だったので、苦でした。絵を描く授業でも、最初の1時間、長い時は2時間、宿題でやってきた生徒の作品を一人ずつcritique(批評)する時間があり、Visual Art という授業に限っては4時間丸々話し合いをするだけということがほとんどでした。
もちろん物を作ったり、イラストやパソコンでやるアートの仕方を学んだりなど楽しい授業もあり、そのおかげで生き延びることができました。
レクチャー系の授業以外、どの科目も膨大な課題がでました。
1日3,4時間やらないと間に合わないくらいでした。多い日には夜中の3時までずーっと課題をやるということもありました。

どのアメリカの大学も同じかはわかりませんが、僕の大学は欠席や遅刻に厳しく五分か十分以上授業に遅れてくると遅刻とみなされ、3回繰り返すという一回欠席したのと同じ値でした。
欠席は3回まで許され、3回以上するとその授業の単位はもうもらえない、つまり脱落とみなされました。病気などの理由があって欠席や遅刻するときは一応特別扱いでしたが、それ以外の時は時間前に授業に行き、きっちり授業を受けるのが必須でした。(レクチャー(講義))の授業はそんなに厳しくありませんでした)

さすがアメリカの大学、毎週金曜日になるとどこかしらでパーティーがありました。僕は先輩や友達に誘われたら行く程度でした。パーティ好きな人にとっては最高だと思います。

スポーツ

アメリカの大学は日本と違って、サークルなどがなく、授業のほかにはスポーツのチームで人と仲良くなる様でした。
D3の大学であれ、スポーツのチームはかなり力が入っていて、コーチ含めてみんな真剣でした。僕はもともとテニスチームにリクルートとして入りましたが、その他にも競泳のチームにも招きがかかり練習、試合に出たりしました。
テニスも水泳もそうでしたが、テクニックやスキルの上達をしようというよりは試合をして試合に慣れるという上達がメインでした。練習もテクニックを磨くことではなく、団結して練習という感じでした。つまり大学でテニスをしてもそんなに劇的な変化は遂げられないということです。本当になるべく早くプロになりたいと考えてる方は大学に行きながらはお勧めしません。

大学で一番楽しかったのはスポーツでした。D1の学校と違って練習量やレベルはかなり違いましたが、チームの熱意、団結力は負けませんでした。みんなが団結し、真剣にチームメイトを応援するからこそ絆や楽しさがありました。
チームが勝った時はみんなで本気で喜んで、円陣組んだり、負けた時もお互い励ましあったりして、水泳もテニスも個人競技なのですがチームスポーツの様な感じでした。
試合はナショナルトーナメント出られる前の大会があり、地域で束ねられてるコンフレンスがありその中のチームと対決しました。最初の方は練習試合が多く、途中からNCAAトーナメント(ナショナル)に出るためのトーナメントが始まります。 僕たちの学校はコンフレンスの準決勝まで行き、惜しくも一度負かしたことのある大学に負けてしまい、ナショナルに行くチャンスを逃してしまいました。しかしそこまでの道は本当に楽しく、本当に良い思い出になりました。

生活

学食は学校の敷地に三箇所あり、一つはベジタリン、一つはいろんなファストフード(ブリト, サンドイッチ、バーガーなど) や寿司が集まった場所、そしてもう一つはバイキング形式のダイニングホールでした。学食の制度は面白く、学期ごとにポイントがあり、そのポイント内で買えばお金は払わなくてもよく、ポイントを使い切ったりポイントでは買えないものは実際に買わなければいけませんでした。ポイントは学費を払う時に、学食費の枠があり、そこで三択くらいの学食プランが選べます。選んだ内容によって使えるポイントが違うような制度でした。
ダイニングホールの食事は毎日色々な食べ物があって楽しみでしたが、そんなに好物というか美味しくなかったので、気分や距離でどこに行くか決めてました。

寮は、一年目の生徒たちは男女同じ寮に住み、男女で同じ部屋というのはありませんでしたが、隣や向かいの部屋などでした。基本3, 4人部屋で、二段ベッド二つでした。ぼくは運良く他のルームメートが入学しなかったため、兄と2人で広々と部屋を使えました。
2年目からは2人部屋か1人部屋になり、三年目からは校内のアパートに住める感じでした。アパート以外にキッチンはなかった為、自炊などはアパートに住んでない限りできませんでした。

アメリカはいろんな人種の人が多いので、アメリカ人じゃないからとか言う理由で目線や態度が変わることはなく、イギリスの時とは違い誰とでも話しやすく感じました。 日本人も全校に10人くらいいて、みんなで仲良くなり居心地のいい環境でした。


終わりに

ニューヨークの大学に一年行って学んだことは、美術面以外にたくさんあります。周りは先輩ばかりで、立派な大人たちでした。年上と接することで自分も大人になれた気がしましたし、外国にいるという不慣れな気持ちはほとんどなくなって、そういう意味では一段階大人になれた気がします。
授業の一環で、発言しないといけないことで、人前でかなりシャイな自分も少しはましになりました。
人見知りはまだありますが、人前と言ってもみんな同じ人間だから緊張することはないという考えが持つことができました。
毎日忙しく大変かつ充実した一年を過ごし、楽しかった一年の大学生活でしたが、自分の夢を叶えるためには大学に行きながらテニスをしてもダメだという結論を出し、大学を中退してスペインに移ってテニスに専念することを決意しました。

本格的に始まったテニスだけの日々について、これから記載していきたいと思いますが、インスタグラムも更新しているので、是非フォローお願いします!
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不可能を可能にする。17歳からテニスを始めて、グランドスラムに出るという夢をかなえるそんな僕の人生をお伝えできればと思います!なぜこんなに遅くからこの夢を持ったのか、それまで自分はなにをしてたのか興味のある内容にしていきたいと思います。どうかサポートをよろしくお願い致します!
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