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2022年3月の記事一覧

『ささやかだけれど、役に立つこと』 レイモンド・カーヴァー

『ささやかだけれど、役に立つこと』 レイモンド・カーヴァー

カーヴァーの作品は端正だ。
真昼の陽光が全ての像をくっきりと照らし出すように、彼の乾いた筆致は、名もなき人々の人生のそこはかとないおかしみや哀しみ、また悪夢をも描き出す。
その端正さゆえに、それが悪夢である時、彼の作品は衝撃的に残酷なものになる。
突然運命に牙をむかれ、なすすべもなく打ち砕かれる主人公たちは、同じくなすすべもなくそれを目撃するしかない読者の心に、衝撃的に焼き付くのである。

それぞ

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『断絶』 リン・マー

『断絶』 リン・マー

意識を喪失し、日常の行動をひたすら繰り返す無限ループに陥りやがて死を迎える。
中国から広がった治療法のない謎の感染症はあっという間にパンデミックを引き起こし。。。

2012年から2016年にかけて執筆され2018年に発表されたこの小説は、コロナウイルスを念頭に置いて書かれたものではない。にもかかわらず、不気味なまでコロナ禍と類似している事にドキリとする。

「〈終わり〉は、いかにもさりげなく、気

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『小説8050』 林真理子

『小説8050』 林真理子

息をつかせぬ展開。
細やかな心理描写。
そして鋭くリアルな問題提起。
集中力を途切れさせないまま一気に読ませる力作である。
—————

歯科医師の正樹には、中学生の時に登校拒否になったまま、7年間自宅に引きこもっている息子がいる。
このまま自分達が老いて死んだら、息子はその先どうなるのか心配だ。
また、長女が結婚しようとしている、その前に引きこもりの弟をなんとかして、と迫ってもくる。
正樹は、一

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『エルサレム』 ゴンサロ・M・タヴァレス

『エルサレム』 ゴンサロ・M・タヴァレス

窓から飛び降りようとする男。
余命わずかの女。
性欲に翻弄される男。

好きな向きにはたまらない出だしだ。

32章からなるこの小説の各章には一人あるいは数人の名前が記され、各章ごとに名前を記された人物の物語が進行する。
そして、章ごとのシーンと心理描写を追ううちに少しずつ、彼らの人物像とそれぞれのつながりが形成されていく。
はじめはバラバラと思われたそれぞれの物語は、糸が絡まるように繋がりはじめ

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半島

半島

『半島』 松浦寿輝

魔の時間。
この小説を一つの言葉で表そうとしたらこの言葉が浮かんだ。

半島。海と陸の境。
現世に倦んだ男が行き着いた半島で出会うのは、この世の人間でありながら別の世界の空気をまとう、どこか人間でないような印象を与える人々である。
小さな子供達と暮らす謎の中国人女性、人当たりの良さと剣呑さが同居する老人、その娘の、頭を剃り上げたダンサー、不吉な予言をする易者など、、、皆どこか

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神様ゲーム

神様ゲーム

『神様ゲーム』 麻耶雄嵩

「神様なんかに関わらなきゃよかった。」。。。

物語は主人公の10歳の少年の目線で語られ、言葉も、文章の体裁も児童向け文学のそれである。

しかし。

父親や同級生との子供らしいやりとりに異物が混ざるように、所々で毒々しい描写が顔を出す。
猫を狙った凶悪事件の詳細や、マガジンで連載中の、主人公が「アリを潰すように女生徒を殺しまく」るという漫画。
そして、なんだか禍々しい

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