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邪道作家7巻 猫に小判、作家に核兵器 勝利者の世界 こちらのみあとがき付き

テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

栞機能付縦書きファイルは、固定記事参照


簡易あらすじ

強い奴はいい。斬り殺しても文句が出ないからな──────思うに、そんなに強者が気に食わないなら、懸賞金を掛けるべきだ。

その強者からの依頼に何をするか? 謀り、騙し、嘘を付き盗んだ挙げ句泥を投げ込んで金を奪う? 勿論、そうだ。何であれやれる事はやるべきだし、奪えるなら奪った方が、経済的にも良いだろう。

これぞ「エコロジー」というやつだ!! 


それが人の命であれ、無駄遣いはすべきではない。これはそういう物語だ。違った場合は金になる方を選んでくれ。振込先は私の口座••••••ないし、番号を知らなければおひねりを投げてもいい。

確か、1000ドルまでなら出来た筈だ。

ちゃんと調べろ。そういう機能があるのに、それを使わないなんて「大損」だぞ? なら私の口座宛に使うのが有意義な使用法てあって、かつご利益に関しては言うまでもない。

強盗、迫害者の始末、責任者の更迭、むかつく政治家どもへの「チキン・内部に黄金水」セットの(無論、金で投票数を稼いでご機嫌なパーティー当日に)提供サービスなどなら簡単に可能だ。

ある意味、犯罪こそ人間であり心の故郷とは悪徳だ。ならば納税記念として苛つく上司の排除や、口先だけの教師を(身に覚えの無い)女生徒との不倫疑惑をバラ撒きムショへブチ込むのが記念の品だ。

さて、あらすじは理解したな? 中身なんて真剣に見ている奴がいるのか謎だが、非人間なりに必死こいて書いた部分は保証しよう。


中身がない、自身がない、生きている意味が分からない。

そんな貴様に邪道作家だ。その点だけは、間違いない!!!




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 中身が無くても堂々としていろ。
 私を少しは見習え・・・・・・何一つ、文字通り「何一つとして」持たない私を。そんな人間でも何年も何年も馬鹿の一つ覚えみたいに作品を書き続けていれば、それなりに映えるものだ。
 まぁ、作品が、作家業が無くても私は何の根拠もなく空っぽの中身に自信満々だった気もするのだが、私に限っては「もしも作家でなかったら」は正直、論ずるだけ、無駄な気もするしな。
 はっきり言って作品を、物語を綴るのは大嫌いだがな・・・・・・疲れるし面倒だし、書きたくないのにアイデア、というか「書くべき事」だけは多すぎて、執筆の筆が止まってくれない。
 いい加減、嫌になる。
 少しは私を休ませろ。
 それが嫌なら金を払え。
 私の「作家業」は半ば、いや殆ど「解除不可能な呪い」みたいなもので、心臓を外したら生命が死ぬように、私個人のやる気がどれだけ無かろうが、「呼吸を止める」ことは出来ないように、辞めることは出来ない。
 忌々しい限りだ。
 本当に。
 「傑作の予感」がすれば否応無く筆を動かしてしまうのだ。面倒くさいが、殆ど本能的に指が動くので、抵抗は無意味だ。
 何とかならないものか。
 それを消したら、私は「私」で無くなるのだろうが。上手い具合に「執筆衝動」だけを抑え、快適な生活を送りたいモノだ。
 言っていて空しくなるが。
 不可能な噺だ。
 それが出来れば苦労はしない。
 それが出来れば・・・・・・私は作家をやっていまい・・・・・・背負った「業」とは、結局の所「外れない呪い」と同義と言うことか。
 忌々しい噺だ。
 忌々しい・・・・・・「業」だ。
 私はそもそも噺を読んで欲しいから書いているわけでもないしな・・・・・・読まれるだけ読まれて、金を払われないのであれば、泥棒にあったのと変わるまい。
 そんなのは御免だ。
 そんな読者ばかりの気もするが。
 「綺麗事」は必要ない・・・・・・幸福になれるかではない、ただの「勝敗」であれば、「一方より何も持たない人間」こそが、飢えと渇望で勝利を収める。私は勝利そのものに興味はないが、「分かり合うことが幸せ」などという、「私には適応されない、豊かな人間のルール」が心底気に食わないというだけだ。
 金だ。
 必要なのは、いつだって、金。
 綺麗事が私を救ったことは、 無いのだから。 綺麗なだけの言葉など、ただの飾りだ。
 私は実利を求める人間なので、そんな役に立たない戯れ言は必要ない。必要なのは現実に理不尽を、時には邪魔者を「排除」できる「力」だ。
 綺麗事はそれから考えればいい。
 今は必要ない。
 余裕ができて、初めて考えることだ。
 私の腹が満たされることなど無いことは、私自身が誰よりも自覚している。それでいい。構わない。満たされないなら食べ続けるだけだ。
 空っぽの中身で堂々と。
 面白いモノを求めて。
 それでいい。
 その方が・・・・・・面白い。
 こんな風にあれこれ手を尽くして「目的を果たそうとする」試みそのものが、「成るようにしか成らない」というこの世界にある「流れ」のようなものの存在を考えると、何とも無駄な気もするのだが・・・・・・私の場合、その「流れ」の中にいるのかどうか、疑問だしな。
 やれることをやるだけだ。
 いつだって。
 その結果屍の山がついうっかり築かれるかもしれないが、まぁ結果的に金になれば問題ない。少なくとも、私にとっては。
 作品のネタと金、得られる実利以外はどうでもいい・・・・・・気にするつもりすらない。
 他はどうでも良い噺だ。
 誰でも同じ事だ。上品ぶって気にしているフリをしているだけで、誰かのことを思い、心を痛める人間など、初めから存在しない。それこそ物語の中の世界にしか、「心優しい人間」など、いるはずもない。
 自身の利益を考えつつも、「良い人間」でいたいがために、誰かを傷つけたところで見ないフリをし、自己弁護する。
 それが人間だ。
 いや、この場合そういう人間が増えてきたと考えるべきなのか・・・・・・人間は千差万別のはずだがどうも、科学が発展し前述した「余裕」のある人間という奴は、かなりの度合いで画一的になりつつあるのだ。
 型にはまると言うべきか。
 数が多くなれば役割が増えるのも当然だが、考えずに動く「働き蟻型」の人間に、本来そうでない役割にまでも、影響されつつある。
 その方が楽だからだろう。
 それを人間と呼ぶのかは謎でしかないが、少なくともそんな人間が「進歩」や「進化」をするとは思えない。案外、人間は殺し合いによる絶滅ではなく、緩やかに思考能力を失って、退化し続けた果てに土に返るのかもしれない。
 なんてな。
 人間の「精神の成長」に「物語」が、仮に必要だとして・・・・・・「精神の成長」に「限界」はあるのだろうか?
 成長しようともしない人間も数多くいる。先述したその他大勢などがそうだが、私はこれを種族を維持するために必要な「機能」だと捉えている・・・・・・全人類が作家みたいに成ってしまえば、それはそれで問題だろう。
 役割がある、ただそれだけのことだ。
 だが、その役割も侵されつつある・・・・・・こんな時代だからこそ、私は「人間の精神の限界」を描きたいのだが、もし人間の精神が成長するなら、その先に限界なんてあるのか?
 成長すれば良いという噺でもないが、恐らくは際限なく自身の精神を成長させてしまった人間こそが「狂人」と呼ばれるのだろう。そして、そういう人間こそ、物語においても魅力を持ち、人を惹きつける「何か」がある。
 それを書くのが私の仕事だ。
 だから、考えねばならない。常に、だ。魅力のない登場人物が何をしようが誰も興味を持ちはしないが、魅力ある人物であれば、例え卵料理を作るだけでも絵になるものだ。
 思うに、自分自身に自覚的であることが条件なのではないのかと、私は思う。悪人か善人かではない。むしろ、悪であろうが己の目的のために邁進し続ける人間にこそ、輝きがある。
 強力な個性になる。
 読者共は羽虫のようにその光に惹きつけられる・・・・・・当然だ。「ああなりたい」あるいは「あんな人間がいれば面白い」それこそが物語を読む理由だろうからな。そして、強力な「悪」は、「結果」を強く追い求めるものだ。
 だが、物語に「過程」を重んじる、綺麗事を口から垂れ流す「主人公」という奴らは、大抵が結果そのものよりも、そこに至るまでの過程、人間の意志を尊重しようとする。
 吐き気がする。
 綺麗事に殉じて、綺麗に死んでいきたいのだろうか? と嫌悪する。何故、結果のために手を尽くす「悪」が負けなければならないのかと、私は物語を読む度に思うものだ。
 悪こそが。
 悪こそが、過程はどうあれ、本来勝てない相手に勝とうとする戦士ではないか。
 「過程」が正しければ「結果」はついて回るものだと抜かすのは簡単だが、それが事実なら誰一人としてこの世界に憤ったりしない。
 ただの綺麗事だ。
 そして、綺麗事を言うだけならば誰にでも、猿にでも、口だけなら私にでも出来る。
 思うに、自分たちが偶々裕福で持つ側にいて、それが「努力」であると信じたいが為に、自分たちが崇高で尊いものだと信じたいが為の身勝手でそういう綺麗事を押しつけるのではないだろうか・・・・・・世の理不尽を直視できないのだ。
 直視せずに、生きているのだ。
 そうじゃないか?
 でなければ「結果だけが本当じゃない」などと言えるはずがない。言えるものか。「結果」が伴わなければ意味がない。「良くやったな」と負け犬同士で慰め合うために、勝利を目指す奴なんてどこにもいない。
 上から目線の綺麗事だ。
 余裕があるからそんな戯れ言が言える。
 持つ側からしか、出ない台詞だ。
 そして「作家」という生き物は、それらとは逆で「持たざる人間」の究極でこそ、説得力のある台詞を書けるのだというのだから、何とも皮肉だ・・・・・・いや、そもそもがフィクションなのだから無論、知らなくても書ける。
 だが、不思議と理不尽に屈したことの無い奴が書く物語は、説得力がないものだ。
 私は別に物語に説得力を持たせたいわけでも無いので、本当にいらない手間でしかないが・・・・・・私は自分の作品を誉められたいと思ったことなど一度もない。傑作だと言う自負は当然あり、それを自認してはいるが、良く知りもしない誰かに、喜んでほしくて書くわけではない。
 あくまで金と充実の為だ。
 そんな私が、誰よりも「本物」の物語を書く素質があるというのは、皮肉としか言いようがない・・・・・・嬉しくもない。
 結局の所自己満足でしかないのだ。そして金にならなければ噺にならない。
 金は前提だ。
 金があり、その上で「過程」だとかそういう眠たくなるような「些末な」外堀を埋めていけばいい。やりがいや生き甲斐も、自己満足でしかないのだから、結局は自分に納得できるか、当人の心の問題でしかないのだ。
 そして私にはその心すらない。
 幾らでも自己満足できる。
 だから、本物なんて必要すらない。
 あるに越したことはないが、それだけあっても宝の持ち腐れも良いところだ。ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活、を豊かさとともに教授したいと願っている私からすれば、金がなければ前提から崩壊してしまう。
 金があれば平穏は買える。
 なければ、騒音は必ず押しつけられる。
 実際物語が書けるかどうかなど、それに比べれば大したことはない。私はちやほやされたくて書いているわけではないのだ。金の為だ。
 とはいえ・・・・・・「仮に」だが、もし、理由は何でも良い。ある程度「大金」と言える金を手にしたとして、まぁ宝くじだとか(あれは当たらないように出来ているので、あれこれ考えることを楽しむ娯楽だが)とにかく、「結果」のみを先んじて、手にしたとしたら?
 その時私はどうするのか。
 決まっている。まず本をその金で売りに出し、本を売るための宣伝をし、必要とあらば人を雇用して、有能な人間を金の力でこき使ってでも、私は私の「自己満足」人生の充実のため、いや変えられない「生き方」の為に、その金を使うだろう・・・・・・堂々巡りな気がしないでもない。 
 ともすればいつぞやの女に言われた台詞、何をどう足掻こうか、金を持とうが持つまいが、結果として行う行いは同じになる。という仮説が現実味を帯びてきて嫌な噺だ。無論、こんなものはただの例えであって、何の意味もない思考錯誤、言葉遊びのようなものだが。
 物語と同じく。
 意味のない「仮説」だ。
 仮の、噺だ。
 それとも、案外変えられるのか?
 「生き方」は変えられるのか?
 辞めることが、出来るのか?
 この物語はそれを知るための噺だ。だからこそ私は今回の物語に興味が沸いた。興味が沸いて、そしてそれを行動に移したとき、物語は生まれるからな。
 まぁ・・・・・・こんな風に「何かを求めること」で「幸福」に成ろうとしている時点で、歪んでいるのだろう。構わない。私はある意味「幸福」を求めてすらいないのだから。
 居場所など無くても構わない。世界の全てに、憎まれ恨まれ嫌われたところで、むしろ私には望むところでしかない。金、金、金だ。先立つモノを手に出来なければ進退窮まるだけだ。
 私は私が満足できればそれでいい。
 自己満足で構わない。
 本当の幸せは他にあるんだ、なんて押しつけられるのは御免だ。私の幸福は私が決める。幸福かどうかはともかく、金があれば満足できることは確かだ。
 欲望、というモノを本質的に持てない以上、その満足すら「人間のフリ」というか、借り物の、偽物の自己満足でしかないのだが、構うまい。
 面白ければ。
 それでいい。
 金がある方が、面白い。
 少なくとも不愉快には成らなくて済む。
 何一つ手に出来ない人間だというならば、当然の権利として不愉快なストレスくらいは排除したいだけだ。ストレスのない生活を生きるなど、人間の人生とは呼ばないのだろうが、元々非人間として生きてきた私に、今更「人間らしくあれ」など、鬱陶しいだけだ。
 愛も友情も勝利すら必要ない。「実利」とそれを活かせる環境下で、生きたいように生きられればそれでいい。
 自分で言うのもなんだが、私は非人間だ。
 だから、真実望むものなど無い。金があれば鬱陶しいストレスを回避しやすい、というだけだ。 あの女は私に「愛」だとか「人間らしい幸福」を進めたかったようだが、大きなお世話だ。例えあの女の正体が怪物だったとしても、怪物ごときでは私の考えはわかるまい。
 むしろ、怪物の方が人間らしくはある。何せ人間に混じれなくて悩んだり、人間を愛そうとしたり、あるいは憎んだり出来るのだからな。自分の存在が異端であることに耐えられない、というのは、私から言わせれば「正常な証」だ。
 私は何の罪悪感も、劣等感も、羨ましいという感情さえも、全く、抱くことは無かった。
 本来ならば「人間らしく」自分が外れた存在であることに悩んだり悲しんだりするのだろうが、私は生来「悲しむ」だとか「喜ぶ」ということ、それそのものが「不可能」なのだ。心がないことに憤りたくても、その「心」そのものが無い私には、悲しみようがない。
 悲しみたくても悲しみが感じ取れない。
 理解は出来ても共感できない。
 我ながら因果な人生だ。
 まぁ、私個人は自身が非人間だろうが化け物だろうが何でも良かったが、唯一「不満」と呼べるモノがあるとすれば、やはり「持たざる人間」は「それに応じた何かを持つ」という世の中の理からさえも、外れていたことだろう。
 被害者ぶるつもりはないのだが、少なくとも世の人間共の基準では、私のような人間には物語でもそうだが、体に障害がある代わりに金を持っていたり、悲劇にまみれている代わりに才能豊かだったり、何というか、「バランス」を取るために何かしら持つものではないのか、という点だ。
 まさか何一つ、強さによる弱さも弱さによる強さも持たず、生まれてくるとは計算外だ。元々計算などしてはいないが、何というか、配られたカードで戦う人生で配られたカードは白紙だった、というような気分だ。
 現実問題勝つために、そのままではどう足掻いても勝てない。それを覆すためにも「金」という「わかりやすい力」は必要だったのだが、しかしそれさえも上手く行かないものだ。
 全くもって嫌になってくるが。
 そういう意味では割に合わないから文句を付けているクレーマーか。まぁそのクレームが聞き届けられることはないので、何かしら勝つために方策を練らなければならないのだが・・・・・・それも、もう、飽きてきた。
 何をどう足掻いても、私が「勝つ」ことは出来なかったからな・・・・・・無駄な取り組みは嫌いだ。疲れるだけだからな。
 どうにもならない、運命。
 もし私がそういう運命のレールを走っているとすれば、どうしろというのか。誰かの手を借りようにもその「誰か」がいれば、私はここまでいらない苦労を食いつぶしていない。
 かといって策を弄して上手く行くことなど無い・・・・・・策を弄すれば労するほど、失敗する。
 失敗、してきた。
 私は。
 ずっと。
 そうだったのだ。
 だから無駄な取り組みを省き、合理的に勝つために何とかしようと思うのだが、しかしそう考えると「何をどう足掻いても無駄」な訳なのだから「私の行動」そのものに意味なんてない。
 どう足掻いても、全てが無駄だ。
 どうしようも、無い。
 それで諦められればいいのだが、諦めた所で、結局は私が苦しい思いをするだけだ。つまり結論としては、生殺しのように「死に続ける」ことこそが、私に出来る「唯一の人生」らしい。
 全くもって笑えない。
 それが事実なら、尚更。
 嫌な噺だ。
 だからこそ「金」の噺に戻るのだが、そうもそれも上手く行きそうにない。こうなったら開き直って、都合良く「幸運」が落ちてくる位しか、やることもないな。
 出来ることはない。
 やれることもない。
 成し遂げた先が、この様とは。
 人生とは、わからないものだ。
 当然、ただの皮肉だがね。
 作家である私に出来ることなど最初から書くことだけだ。それ以外を多く求められ、活かす機会など無かったところを見ると、無駄手間臭いが。 そんな私でも反復練習を積めばとりあえず「人間の真似」は出来るように成るというのだから、よく分からない噺だ。全く共感は出来ないが、日常生活に支障が出ない程度には「笑う」ことが出来る。無論、私には「楽しい」という感情も実際良くわからないのだが、これに関しては生活に支障が出る、というか他人に指摘されることが多かったため、仕方なく合わせる為に「修得した」といった感じだ。
 何が楽しいのか、全く共感できないが。
 練習を重ねれば、自然に行うことくらいは出来るようになった。練習を重ねるだけで気楽に出来ることと、どう足掻いても修得出来ないことがあると言うことか。
 原理はわかるが、やはり共感の出来ない噺だ。実際彼らだって本当に心の底から楽しくて笑っていたりするのだろうか? 心無い私にはよくわからないが、心があろうが無かろうが、この世界に心の底から笑えるような「面白い事」なんてあるのか?
 それこそ「物語」のような作り話、嘘八百に、現実には無い夢を見るのだろうか? そんなものは、何の価値もない偽物だと思うが。
 まぁ当人達の勝手か。
 とはいえ、問題なのは夢を見ることに金を払わない人間が多いことだ。本を読むことに対して、「ただで当たり前」という考えが非常に多い。作家と読者は利害関係はあるが、友達ではない。ただで何かをくれてやる義理など、ありはしない。 そう考える人間は殆どいないが。
 皆、己に都合の良い現実を見ようとする。迷惑な噺だ。少なくとも、夢を金に換えようとする、私のような詐欺師からは。
 終わり良ければ全て良し、とは思えないのだ。私には「過去」が無い。どれだけ調べても記録としか呼べない、どこへ行って何をしたか位しか、出てこない。
 「未来」も同様だ。私には最初から「幸福には成れない」という「未来」が決定づけられている・・・・・・不確定な未来など、尚更信じられない。
 「現在」だ。今、この瞬間に満たされなければ嘘ではないか。「いつか幸福になれるよ」なんて「嘘」は容認できない。
 あらかじめ敗北と苦痛が約束された私は、運命に打ち勝とうとしてきた。だが、運命で決められている以上、無駄だった。
 人間はいつか死ぬ。
 死に様が良ければそれで良し、と納得するつもりは更々ないが、一考の価値はあるだろう。
 自分の在り方について、考えることは。

  1

 綺麗事は言わない。
 何をやろうが、無駄なのだ。
 それでも人生は続くのだ。だから考えることを辞めるわけにも行かない。だから私は宇宙船の中で、ソファに座りながら考えていた。
 いい加減人間の真似をするのも飽きてきた。
 笑ったり泣いたり、喜んだり慈しんだり、その「真似事」はかなり上手くなったが、そもそもが必要に応じて身につけた処世術であり、元々私は人間という生き物に混じれない奴なのだ。
 理解は出来ても共感できない。
 寿命を延ばしたところで、あるいは金を稼いだところで、元々私のような例外が幸福になれるほど、この世界は優しくはない。優しくなくても結構だが、無い椅子には座れない。
 どう足掻いたところで、私は生きていても死んでいても「結果」同じだ。何一つ手には掴めず、ただ苦しむだけだ。
 心が無くても苦痛はある。それに見合う対価もないのに、耐えたところで苦しいだけだ。だが、私の意志は関係なく、物語は進む。
 いったい私にどうしろというのか。
 私の意志が関係ないなら、私とは関係ない場所でやってほしいものだ・・・・・・ただ平穏で充実した生活を送りたいだけなのだが、現実問題「幸福」には「権利」があり、権利を持たない人間は、決して幸福を掴めない。
 何をやっても、時間の無駄だ。
 どう足掻いても、勝てない。
「怖い顔しているな、先生」
「私はいつも、こういう顔だ」
「何にも悩まない、いやどんな事があろうと、精神的に折れたりしない、いや出来ない代わりに、人並みのモノが掴めない。だが先生は本来人間が負うべき「罪悪感」や「良心の呵責」というモノから解放されているんだ。贅沢言うなよ」
「言うさ。私は欲張りだからな」
「は、確かに」
「そもそもが、罪悪感のない人間など、幾らでもいるではないか・・・・・・お前の主張は、いささか以上に無理のある噺だ」
「そうでもないぜ。悪人であろうと、いや悪人だからこそ「人間関係」に悩んだりするモノさ。そう言う意味では、先生には「同類」と数えられる人間がどこにもいない。自分以外の何にも共感する事が出来ないから、自分以外の何かで悩むことは永遠にないだろう」
 それが良いのかは知らないがね、と無責任で適当なことを言うのだった。違法人工知能に責任を持つ義務はないので、当たり前の気もするが。
「下らん。それもやはり、該当する人間はいるだろうさ。私は特別ではない。私のような人間など幾らでもいる」
 はずだ。
 多分な。
 いなくても知らん。
「だが、狂ってはいる。そして狂人に理解者はあり得ない。真の意味で孤独だからこそ、先生は求めてもいない金を求めている」
「求めていないことはない」
「本当に? だとしても・・・・・・「やりがい」だとか「充実」だとか、全て「人間の物真似」でしかないじゃないか。先生に幸せなんて望めるはずがない。望む心がないんだから、当然だろう」
「だとしても平穏は望むさ。そしてその為に金は必要だ。それに対してあれこれ貴様に言われる筋合いは、ない」
「確かにな」
「人間はある程度「洗脳」されることで生きることを楽にする。それは「学歴」であり、「収入」であり、「美貌」であり、「基準」だ。それら社会にとって都合の良い「基準」を「常識」とすることで思考を放棄し、楽が出来る」
「だがよ先生。現実問題金なんて戦争が起こればただの紙切れだし、安定した生活なんて夢物語も良いところだ。世界は安定していないからな。だが不思議なのは先生がそれを自覚した上で「金こそが正義」だと掲げているところだな。実際、金なんてただの数値だろう? 銀行が持つわけであって、どれだけあろうが口座を封鎖されてしまえば消えてなくなる代物だ。それを知っていて、何故先生は金を求めるんだ?」
「面白いからだ」
「それは嘘だな。面白いかどうか、それは金の有る無しじゃ計れないものだ。金を持っている人間が、人生を謳歌している姿なんてむしろ少ないだろう。・・・・・・クリアし終わったゲームみたいなものさ。冷めるのは一瞬だ」
「だろうな」
「だからどうして、それで求めようとするんだ」「姿勢、としては面白いだろう? それに、実際大金で何かをしたことは無いのでわからないが、あるに越したことはない。戦争が起こったら起こったらで、そのときは別の目標を掲げつつ、金儲けに邁進するさ」
 金そのものはともかく、金儲けをあれこれ画策するのは面白いものだ。
 本当にな。
「トラブルを招くだけさ。ロクなことは無い。保証するぜ」
「何故だ?」
「わかっているのに聞くなよな・・・・・・貧乏人が襲われて殺されることは非常に稀だが、金を持つということは、分を越えた力を持つということだ。そしてそれは狙われる理由としては十分さ。少なくとも人を殺してでも金が欲しい奴は多いぜ」
「ならほどほどで求めるまでだ」
「変わらねぇな。普通、そこまでブレずにいることは難しいもんだが・・・・・・ある意味才能だよ」
 嬉しくもないが、才能かどうかは怪しいものだ・・・・・・少なくとも金になるから「才能」と呼ぶわけであって、誰でもそうだが息を吸って吐くことを競わないように、金にならない何かをもてはやすことはない。
「それに、仮にそうだったとしても、私が金と栄光を手にしては成らない理由にはなるまい。ただの言い訳でしかない。金が力なのは「事実」だ」 言って、私は笑う・・・・・・笑うと言っても私には「喜ぶ」ことは出来ない。だが、「狂う」ことはしている。狂喜、と言ったところか。
 狂っているが故の喜び。
 まさにそんな感じだ。
 狂人にしか理解できないし共感できない思い、というものも、またあるのかもしれない。
 少なくとも、作家たらんが為に、一ヶ月分の食事代を、本の代金につぎ込む奴は、そうそういないだろう。確か、ロリコン作家の作品で、やたらと値段が高かったのを覚えている。読者から搾取するという姿勢は買う身分では苛立ったが、内容はかなり面白かったのでまとめて買ったのだ。
 上から読んでも下から読んでも同じという、作者名は正直頂けなかったが・・・・・・中年のギャグセンスだ。面白くない。
 まぁ売れれば何でもいいのだろうが。
 自作自演のテロ行為で、保険金をかけたビルを吹っ飛ばして戦争を始める馬鹿な国もあるくらいだ。金の為なら、人間性は簡単に捨てられる。
 作家でも国家でも、節操がないのは同じだ。
名誉や己の才能に溺れてしまえば末路となるのは「未知」による破滅だが、幾ら実力があろうが、己の道に「結果」が伴わないのはいい気分ではない・・・・・・求めるのは「勝利」だ。
 栄光も金も、付随しているだけだ。
「いいか、ジャック。私はな・・・・・・「過程」に尊さを求める人間が、大嫌いだ。物事を評価するのは「結果」だ。つまり「金」だ。それを誤魔化そうとする奴は、汚らしい綺麗事を生涯吐き続ける・・・・・・「勝利より大切なモノがある」とか言ってな。「人間の意志」の美しさがあろうが、敗北してから立ち上がりそこにドラマがあろうが、折れない意志の強さがあろうが、関係ない。「結果」だけが「事実」だ。どれだけ言い訳をしたところで、その事実からは逃れられない。勝つことこそが正しく、力こそが絶対だ。金は全てに優先する・・・・・・私は「事実」から逃げる気はないし、誤魔化したりするのが嫌いなだけだ。誰に何を言われようが、曲げるつもりは生涯あり得ない」
 例え相手が神であろうが。
 優れたアンドロイドであろうが。
 人工知能であろうが。
 それ以上の何かだろうが。
 どれだけのその他大勢だろうが、だ。
 私の道は私が決める。
 必ず。
「夢を叶えることは美しくも何ともない。作家や漫画家に憧れる奴は幾らでもいるが、それになるだけなら誰でも出来る。漫画を書いていれば漫画家で、小説を書いていれば作家だ。問題はそれを金に換えられるかどうか、だ。金に換えられなければ、何もしていないのと変わらない」
「そんなもんかね。夢のない噺だ」
「下らん。夢なんてどこにもない。何であろうが「金にならなければ」成功者と呼ばれることは、決してないのだ。金、金、金だ。業界の常識を決めて己に有利なルールで他者を支配することも、夢を叶えることも、好きなことをすることさえ、金がなければ成り立ちはしないのだ」
「クリエイターに俺たち読者、観客は夢を見るもんだが、その最前線にいる先生みたいな人種が、誰よりも金の有る無しに縛られているというのは・・・・・・所詮夢や希望は嘘っぱちか」
「そうだ。物語に夢なんて無い。あるのはただ売れることを望む作者の我欲だけだ。あるいはそれは、編集部の傲慢なやり方による売上げの操作であったり、「名作か否か」はそういう「持つ側」の金を求める我欲で決まるのだ」
 所詮嘘八百でしかない。物語に力などないし、売れなければ誰も読みはしない。
 金だけが全てだ。
 金以外に大切なモノは何もない。
 金だけが、正しい。
 私の人生は「失敗」と「敗北」の連続だった。そして「成功」や「勝利」をついぞ得た試しがない・・・・・・そんな人生を送ったからこそ分かる。
 綺麗事だ。
 そんなものは。
 努力したとか信念があるとか、意志こそが尊いなど、言い訳だ。ならば何故「結果」が伴わないのだ。実際には、下らないゴミでも、上手く人を騙してでも、金を稼げばそれが正しい。
 事実、だ。
 私は事実だけを見ている。
 いつだって。
 逆に、「天才」だとか「挫折を知らない」人間というのは、希望「のみ」を見ている。だから途中脱落する奴が多いのだが、しかし凡夫でも、己にとって都合の良い未来を夢想し、転落する奴も多い。
 才能や豊かさ、あるいは幸運というのは、楽に人生を送れる代わりに「敗北したその先」に繋がることは決してない。そも、敗北というのは、誰でも最初は二度と立ち直れないのではと倒れ込むものであり、そうでなくては挫折とは言うまい。 その挫折が早ければ、そして多く経験していれば、慣れているが故に大した感傷も抱かず「次」へ活かすことを考える。逆に順風満帆で知らなければ、その挫折を永遠の傷にするのだ。とはいえ・・・・・・個人的な意見を言えば、挫折すればいいというものでもない。
 私のようにひねくれた「作家」が出来るだけだ・・・・・・挫折と敗北と苦痛と苦渋と執念と憎悪、そういう「悪の根元」こそが良い作品を作る。そういう意味では私の人生は「作家としては」恵まれているのだが、私は作家としてちやほやされたいわけでもなく、金が欲しいだけの人間だ。
 正直、迷惑な噺だ。
 楽な方がいい。
 人間的成長などいらない。
 そんな私が、人間の成長を促進する為だけにあるかのような「物語」というモノを書くのに、誰よりも適しているのだから、何というか、皮肉なものだ。
 他にもっと欲しがる奴はいただろうに・・・・・・世の中そんなものかもしれない。欲しくもないと思っている奴こそが、その道での「天分」を得る。無論私は作家としての天分など、邪魔なだけで欲しくもないのだが・・・・・・欲しい奴はいだろう。
 そして、そういう奴に限って、私の欲しがる金と平穏、そして人間的に満たされた生活を送っていたりするのだから、皮肉そのものだ。
 恐らく、いやほぼ間違いなく、「作家に成りたい」などと思う馬鹿は「非日常」に憧れを抱いているのだろう。だが考えても見ろ、非日常であるということは、日常の旨味を余すところ無く失うということだ。
 非日常を得ている奴で、喜んでいる奴など、私は見たことがない。
 そんな人間はいないだろう。
 大抵が破綻者か、狂人だ。
 面白くもない。
「ジャック。お前は物語の主人公のように、特殊な力で成り上がりたいと、思うか?」
「へぇ、主人公になら、大抵の奴は成りたいんじゃないのか? 物語の花形だろう」
「私は成りたくもない。大きな力と大きな責任など、眺める分にはいいが、実際背負えば重いだけだ・・・・・・英雄に人間は憧れるが、それは憧れるだけで、実際その役割を背負うとなれば、たまったもんじゃないだろう」
「選ばれた主人公、その「特別さ」って奴がそそるんだろうさ。凡人は皆そういうもんだろ」
「下らん。特別かどうかなど、己の主観でそう思いこんでいるだけだ。人間は人間だ。肩書きに惑わされているだけだ。何になるかは問題じゃない・・・・・・それで実利を得られるかが問題だ」
「先生が主人公じゃ、ヒロインは救えなさそうだな」
「救われることを前提とした女など、救うに値しない。見殺しにすればいいさ」
 主人公の仕事が誰かを助けることだとして、仕事ならば「好き放題やって金になる」ものだ。逆に誰かの都合や世間体で始めたことは、「やりたくもない上に面倒くさい」労働となる。仕事などというのは、それが形になれば成る程、他者からはそれの何が素晴らしいのか分からないものだ。適当にやって金にならなければ仕事じゃない。仕事とは、結局の所当人の自己満足で、如何に有意義に人生を遊べるか、である。
 生き甲斐ややりがいがあってしかるべきなのだ・・・・・・当人の生きたいように生きて、やりたいようにやれなければ、人の都合で動く労働だ。仕事に「立派さ」を求めるなど馬鹿の所行だ。誰だって仕事というのは、本人だけが人生を賭けていて周りからすれば遊びだからだ。
 だから私はそれでいい。
 作家業に囚われるつもりは、一切無い。
 私の為に、作家業があるのだ。
 当然のことだ。
 「この世の真実」程、役に立たないモノはない・・・・・・真実とは、力を持たないからこそ真実と呼ばれるのだ。従って「作家であること」に、自己満足するのは良いが、それによって何かを得られるだなんて自惚れてはいない。真実を貫き通した後には何もない。信念があろうが無かろうが、この世で力を持つのは「中身のない詭弁」なのだ。 意志を伝える、という点では「物語」ほど力を持たないモノもないだろう。それが素晴らしければ素晴らしいほど、現実の体験を元にされ、役に立たない「真実」を描いているのだから。
 物語に意味はない。
 物語に価値はない。
 物語に、力はない。
 所詮、下らない自己満足だ。
「先生は助けないのか? もし、悲劇のヒロインが現れたとして、見殺しにすることを「良し」とできるのか?」
「当然だ。誰かに助けられることを前提としている奴など、助ける価値もない。己の意志でやり遂げて、それでも届かなかったのならば、手助けくらいはしてやってもいいがな」
 無論、有料だが。
 金は貰う。
「先生は甘いんだか厳しいんだか」
「甘いさ。この世の理不尽を見過ごせる位には」 己に厳しく生きたところで、何も変わらないことを、知っている。
 無駄な行動は、すべからく無駄だ。
 精々、あの世に行ったときに、偉そうに「よくやったな」と、神だか悪魔だかに、上から目線で腹の立つ台詞を言われるだけだ。
 偉い、という奴はすべからくそうだ。口だけの奴の方が「権力」や「実利」を得て、しかもその上で「綺麗事」を口にする。だから世の中は永遠に良くならないのだ。
 悪循環というべきか。
 どうでもいいことだがな。
「生きる、ということは「恐怖や不安とどう向き合うか」でその形が変わるものだ。だが、どう向き合ったところで、「結果」が良くなるかどうかは、運不運の天秤に任される。「恐怖を克服し、生きる」ことは「尊い」かもしれない。だが尊いだけだ、現実的ではない。簡単に克服できないからこそ悩むのだ。それが出来れば苦労はない。「恐怖を打ち砕き、生きる」これは現実的だが、「力がある」ことが前提だ。出来る奴と出来ない奴がいる。「人間の意志の力とやらで、運命を覆す」これは私が試して無理だった。幾ら試しても「結果」は同じだった・・・・・・つまり、「尊い生き方」はあるかもしれないが、その生き方で生きられるかどうかは、生まれたときにその権利を得ているかどうかで、決まってしまうということだ。
「そのくせ、先生は諦められずに執念深く、同じ事を繰り返しているんだってから、恐れ入るぜ。学習能力がないんゃないのか?」
「確かにな。我ながら無駄なことをしている」
「そして、これからもそうするんだろう? 無理だよ、先生。先生はブレない人間であるが故に、自分の生き方では通じない、予め「敗北」が決まっているとしても、ほんの僅かな可能性・・・・・・・・・・・・常人なら見逃すような可能性ですら、見逃して、諦めることが出来ない」
「諦めるさ。妥協して、諦める」
「そう言い始めて何年立ったんだよ」
「もう忘れたさ」
 我ながら不愉快な身分だ。何で上手いこと諦めて妥協して、適当に生きられないのか。いや、私はそんな生き方に縛られるつもりはない。どう足掻いても無駄だというなら、諦めて適当に生きるのも、一つの手だ。
 考えておこう。
 真剣に検討しておきたい。
 金にならない作家を続けるよりは、マシだ。
 結局「無駄」だった、とそういうことか。笑えない結末だ。やるんじゃなかった。書かなければ良かった。誰が何と言おうと、私は自分の幸福を作家業で叩き潰すことが正しいとは思わない。
 絶対に。
 間違っている。
 もう嫌だ。
 吐き気がする。
 うんざりだ。
 だが、結局の所私の意志とは関係なく、この作家業は始まったものだ。少なくとも、もう私の意志とは関係なく続き、これからもそうなるのだろう・・・・・・私個人からすれば、迷惑な噺だ。
「着いたぜ」
 人工知能のかけ声に従って、私は空港を降りた・・・・・・いつもながら、先には薄暗い上に希望のない未来が、待ち受けているように感じられた。

   1

 私は・・・・・・「綺麗事」が大嫌いだ。
 「本物の意志」は「偽物の詭弁」よりも弱く、そして力を持たない。「これは厳然たる事実」。 ならば人間の意志の尊さがあるから、だからといって「結果が伴わなくてもそれ以上に素晴らしい「真実」を得られる」なんて戯れ言、そんな綺麗事には反吐が出るのだ。
 馬鹿馬鹿しい。
 綺麗事だ。
 遠回りであろうが、「意志」があろうが、そんなものは「過程の尊さ」を美化しただけだ。美しいかもしれないが、現実的ではない。
 現実には、「結果」が必要だ。
 結果がなければ、どれだけ美しい「過程」が幾らあろうが、「最初から何もしていない」のと、何一つ変わらない。
 作家も同じだ。
 売れない作品など、「白紙」であることと、結果的には「同じ」だ。そこに綺麗事を挟む余地など、どこにもない。
 「いつか巡り巡って報われる日が来る」などと、よく言えたものだ。「いつか」とは、いつのことだ?
 私は今、この瞬間に生きている。
 「いつか」などという曖昧な「嘘」や「誤魔化し」はいらない。相応しい「報い」が欲しいだけだ。
 ただのそれだけが、叶わない。
 難儀な人生だ。
 難儀な、「業」だ。
 作家というのは、どうにも手に負えない生き方のようだ・・・・・・今更後悔するつもりすらないが。「君はさ」
 白髪の女と、私はホテルのラウンジにいた。 「どういう時に、「大人になった」と思う?」
「・・・・・・自分の道を自分で決める。その決めた道を選んで歩く、ということが「大人になる」ということならば、十歳位の時には「大人」だった」 勿論、「大人であるかどうか」などに、意味はない。
「どうでもいいことだ。この世は所詮自己満足・・・・・・少なくとも社会的には、だが、「己の自己満足を押し通せる立場」に着くことこそが「立派な大人になる」と言える。要は社会的な「立派さ」に憧れているだけなのだから、そんな劣等感を持つ人間の「大人の基準」など、金で買える」
「君の基準が聞きたいんだよ」
「なら、無駄な噺だ。そんなのは「肩書き」や、「立派さ」に拘っているから考えるのであって、「大人とは何か」なんて考えている時点で、大人とは呼べないだろう」
 どうでもいいがな。
 作家とは何か、まぁ私は作家でなくても売り上げが上がればいいのだが、「作家らしさ」など人によって変わる基準について、詳しく考えることなど、ありはしない。
 だから私はこう答えた。
「どうでもいいもの、だ。F1を知らない人間がF1の名機について語られているような気分、とだけ言っておこう」
 私にとって、実利のない「見栄」など、どうなったところで構わないのだ。作家業にしたって、金さえあれば明日にでも辞めて良いくらいだ。また別の生き甲斐を探せばいい。なんなら明日から漫画家を目指しても、いや、作業量が多そうだし止めておこう。
 釣りを生き甲斐にでもすればいい噺だ。
 ラウンジと言っても、そこにいるのは金の使い方の荒い人間が多い。お上品な場所だからと言って、お上品な人間が集まるとは限らない、ということだろう。
 割と普通のカフェと、なんら変わらなかった。 これも先入観か。
 場所や肩書きなど、些細なことだ。
 偽ればいい。
 騙せばいい。
 変えればいい。
 つまりどうとでもなる「偽物」だ。そんなモノを有り難そうに求めるなど、愚かだ。求めたところで本質が変わるわけでもないしな。
「へぇ、変なの。普通人間は「ちやほや」されたいからこそ「成功」を望むものなのに」
「下らん」
 私が欲しいのは「金」であって、目立つことではない。極論、金さえあれば他はどうでもいい。 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活を、送れれば。
「転落した有名人が「また構って欲しい」などという理由で麻薬や殺人をしたりするのは、ただ単に「劣等感」に苛まれた未熟な精神だからだ。物事は「結果」が全てだ。過程にある「ちやほや」が、金になるのか?」
「ならないけどさ」
 けど、「普通」はそれを求めるものだよ、と、しつこく「普通」という形容詞を使うアンドロイド作家だった。
 普通。
 そんなものは当人の主観だ。
「なら普通でなくていい。劣等感など私には無縁極まるものだ」
「だから、どうして? 人間は誰かと自分を見比べて生きる・・・・・・劣等感が無いというのは、どう考えても異常だと思うけれど」
「違うな。見比べて生きる、ということが、おまえ達の言う「普通」なのだと、思考を世の中に浸透させているだけだ。他者の目線が気になるというのも、本質的には変わらない。「ちやほや」されたいなどというのは「何も為し得る気が無い癖に、夢だけは一人前」の証だ。私はそんなものはいらない。結果である「金」だけが欲しい」
 そしてそれで「平穏」と「幸福」を買う。
 私なら買える。
 買えなくても叩き買う。
 無理でも押し通す。
 不可能なら可能にする。
 それが、私だ。
「おまえ達の言うところの「夢」を叶えるというのは、「たどり着きたくない」から出る言葉なのだ。実際に「目指す何か」があれば、自然それに対して「どうしたら金になるのか」を考えるものだ。才能だけの愚か者でもない限り、だが」
 そういう人間は多い。
 成功はするが、「成功した後」あるいは「勝利した後の展開」と言うべきか。栄光を掴んだその先に、何のビジョンもない奴は多い。
 金を何に使いたいのかも分からないから、ドラッグや高級車、所謂「世間一般で高級とされる」ものを買う。これでは成功したところで、世間の「常識」の奴隷だ。
「夢を叶えるのは簡単だ、極論それを金で買えばいい。宇宙飛行士になりたければステーションを建設すればいい。だが、「在り方」というのは金以前、そもそも「普通の生き方が出来ない」からこそ「普通ではたどり着かない栄光」に、人間はたどり着くのだ。作家もスポーツマンも同じだ。「憧れ」から「ちやほやされたい」などという理由で始めたことが、輝くことは決して無い。純粋にそれ以外を選べなかった人間が、しぶしぶ叶えること、それが「夢の正体」だ」
「それは自分のことを言っているのかな?」
 意地悪そうな笑みを浮かべて、フカユキはそう言った。対して私は彼女のような「持つ側」には心を閉ざすことを日課としているので、奢られたコーヒーすら一口口に含んでそのままだった。
 誰にでも親しげにする奴は信用できない。
 それがアンドロイドでもだ。
「さて、私はまだ全く、作品で稼いでいないのでな。当てはまるまい」
「ふーん」
 はぐらかされて不満なようだった。私としてはやたら売れている作家が不満を抱えたり身の不幸に悩んだりしていれば、私個人としてはかなり気分がいいのだが。
 豊かな奴は嫌いだ。
 「持つ側」にいる人間というのは、「持たざる側」を生き物だとは思っていない。自分たちだけの狭い世界で生きている。
 その上で綺麗事を押しつけるのだ、さも当然のように。自然保護を飢えた人間に訴える一方で、彼らは所詮ただの自己満足の癖に、「皆の為」だとか「世界の為」だとかほざくのだ。
 お前達は私のことを人間だとは思っていない。 言ったところで、無意味だが。実体がどうであるかよりも、聞こえがよいかどうかで、人間の思いが届くかどうかは決まる。
 人間の意志の力などそんなものだ。
 たまたま「持っているか」で決まってしまう。 意志があれば「いつか」はたどり着くかもしれない。だが、私は老人になってから「よくやったな」と誉められたいわけではない。
 誰かの評価などどうでもいい。
 金になるかどうかだ。
 その他大勢に偉そうに評価の札を付けられ、屈辱を味わいながら生きたいわけでは断じてない。 それでは意味がないからだ。
 私は人の評価や意見に左右されるほど「人間」をやっていないが、しかし、それはゴミが散らかっていても歩けるが、あれば目障りだという事実が変わるわけでもない。
 だから目障りだった。
 「持つ側」の女の姿は。
 私のように相反するモノを求める人間からすれば、尚更な。私が求めるのはあくまでも、金の力による「ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活」を豊かに過ごすことだ。だが、物語を書けば分かるが、「傑作」というのは「苦悩」の中からしか、決して産まれない。
 ちやほやされたいだとか、誰かに誉められたいだとか、そういう気分で書いた作品は、それ相応のモノになってしまう。
 無論例外はある。幸せそうな顔をしながら「世紀の傑作」を書く人間だっている。だがきっと、そういう人間でも「普通考えないであろう苦悩」を描けているということは、それ相応の「経験」や「思想」があってこそ、成り立つのだ。
 才能などというモノで、何とかなる範囲を超えている。そういう意味では「物語」というのは、何の言い訳も出来ないほどに「当人の思想」が試されるものなのだ。
 だから、少なくとも作家は性格が破綻していたり、自殺したり、人間嫌いになる奴が多いのかもしれないが・・・・・・少なくとも「文字で物語を」となると、むしろそういう人間でこそ映えるのだから、ある意味当然か。
 漫画家は知らないが、作家は大体そうだ。
 表現方法が違うというだけで、比べること事態馬鹿馬鹿しいが、「作家」も「漫画家」もそういう例外的に「幸せそうな顔をしながら」傑作を書く人間は、どちらもかなり少ない。
「君はどうして自分を肯定できるの?」
「金がかからないからさ」
 事実そうだと思う。自分の道を信じるのに、金はかからない。元より、人間とは「己の歩いた道のりは正しい」と信じなければならないものだ。 誰に何と言われようが、己で己の道を信じなければ、開ける道も開けないからな。
 それが「生きる」ということだ。
 己の道のりを「信じて」進む。
 不確定で信じるに値せずとも、それでも人間にできることなど、精々そのくらいだ。
 やり遂げたなら、後は信じるしかない。
 信じたところで、裏切られ失敗してきた私が言うと説得力がないが、だが、それでも仕方あるまい。やることはやったのだ。
 少なくとも、そこに後悔はない。
 絶対に。
 それに、私は「人間の苦悩」すらも、既に支配下に置いている。仮に私が人並みに幸せ(想像もできないというのが素直な気持ちだが、まぁそれなりに豊かでストレスのない生活を送っても)問題なく「傑作」を書ける。
 書けるだけではなく売らなければ噺にならないがな。少なくとも「傑作」だから売れる訳ではないのだ。中身がないよりはマシだが。
 まぁどうでもいい。
 所詮読者が評論家気取りで判断するものでしかないし、金さえあれば読者の判断などどうでもいいというのが、素直な気持ちだ。
 実利を手に掴まなければな。
 私は冷めたコーヒーを遠巻きに眺め(冷めると不味くなるというのは、何だか中華料理を想起させる)目の前の女に視線を戻した。
 楽しければそれでいい、というタイプだ。有能な人間に多いが、要は世界をゲーム感覚で楽しんでいる。なまじ有能なだけに、生きることに手応えを感じられないのだ。
 楽そうで羨ましい。
 言っても仕方がないが。
 本当にな。
 現実には努力とか意志とか、そういったモノが金になることは決してない。遠回りな道のりは所詮遠回りなだけであり、それに価値は無い。どれだけ言い訳をしようが、世の中は「クズの方が儲かる」ように出来ていて、真実を貫いたところでそれが報われることなど無いのだ。これはただの事実であり、今更確認するまでもない、生きていれば誰にでも分かることでしかない。
 信念が金になることはない。
 そして、金のみが、価値あるモノだ。
 金を得られるのは偶々「幸運」であるか、あるいは「人を上手く騙すか殺す」かすればいい。世界は誰かを殺すことで、簡単に金が手に入るように出来ている。無論、「権利を持つ人間」でしか奪うことは出来ないのだが。
 「幸福」なんていうのは結局の所誰が成れるかは「予め決まって」おり、目指すこと事態が間違いなのだ。私のように選ばれなかった人間は、必死に自分を誤魔化して「コツコツト頑張っていれば幸せになれる」と、そういうこと、にして諦めて妥協して生きるか、あるいは適当に死ぬしかない。
 だから私は言った。
「自分を肯定できるかどうかに、価値は無い。偶々でも偶然でも「持つ側」にいるのかどうか?
 生きる上で大切なのはそれだけだ」
「君みたいに違ったらどうするの?」
「どうもできない。生きているだけ「無駄」だ。それでも「充実」したいのなら、私のように「何かを生き甲斐にするくらいのものだ」
「どうして君は、諦めきれなかったの?」
 どうしてだろう。
 世の中に期待しすぎただけかもしれない。
 ただの、それだけか。
「世界を過大評価していただけだ」
「している、でしょ? 今もそうだもの」
「見当外れだったがな。以外とシンプルに出来ていたようだ」
 何をどう足掻いても、無駄なモノは無駄。
 生きているだけ無駄でした。
 それでも、もう引き返せないというのだから、私ほど世の中から「へた」を押しつけられた人間は、そうそう居ないだろうと思った。
 へたを押しつけられたところで、それが何か、因果応報の法則で、私に良い事を運んでくることは決してないが。世の中に因果応報など有りはしない。そんなことができれば世の中に言い訳臭い言葉は蔓延しない。
 努力が足りないだとか。
 まだ報われるべき時ではないのだとか。
 その経験あってこそだとか。
 全てただの言い訳だ。
 世の中に言い訳する人間は多くいるが、世の中から言い訳をされるのはたまったもんじゃない。 聞き苦しい。
 いいからさっさと金を払え。
 金を払えない奴に、道徳を説く権利など有りはしない。金を払えない世の中に、世間的な正しさなど説かれても耳障りなだけだ。
 実際、良く口が回るものだ。そもそも「信念を持って行動している」人間はたくさんいる。だがそういう人間が報われないからこそ「理不尽」だと評されるのに、そこに何か「理由がある」みたいな言い訳は聞き苦しいにも程がある。
 お前等が無能なだけだ。
 無能を、行動している人間に押しつけるな。
 無能なカスが、まともな対価も払わないだけ。 ただの、それだけだ。
「作品なんて書くべきではなかった。書いたところで金にならなければ、何もしていないのも同然だしな」
「そう思う?」
「そうだ。どこに疑問がある」
「けど、人間は「実利」だけでも満足できないものだと思うよ? 繋がりとか名声とか、そういうモノ「も」なくては生きていけない」
「それは一般人の話だろう。私には関係ない」
「それもそうだね」
 金すらもまともに払われない世界で、いやそもそもがそういう「金以外の幸せ」などという嘘臭いものでさえ、私は手にしたことなど無い。
 それこそ言い訳臭いだけだ。
 こんなやりとり、それこそ無駄か。
 「真実に向かう」のは簡単だ。向かうだけなら誰でも出来る。問題は「到達するか否か」だ。
 所詮目的に向かっていることが崇高であるなどと言うのは綺麗事でしかない。「余裕のある」人間の言葉でしかないのだ。向かっているからと言っていつか到達することなど無い。向かうだけなら猿でも出来るし、何より死ぬ寸前に到達できてうれしがる人間など、いない。
 今、この瞬間に報われなければ価値は無い。
 向かい続けたところで到達できていない私からすれば、無駄な奴は向かうだけ無駄だ。
 最初から選ばれている。
 真実を手にして「良い」人間とそうでない人間は「厳然たる事実」として確かに有る。選ばれていなければ何をしても無駄なだけだ。
 無駄は無駄。
 勝てない人間は意志の強さに関係なく、無駄。 だから嫌いなのだ、綺麗事は。まるで頑張れば良いことがあるかのような戯れ言に、つきあわされる側からすれば迷惑極まりない。
 運が悪ければそれも無駄だ。
 何の意味もない。
「けどさ、君の物語は間違いなく誰かの心を動かしていると思うよ」
「だから、何だ? それに何の意味がある。私の貯蓄は殖えるのか?」
「増えないけどさ」
「なら」
「でも、全てに「結果」を求めるなんて盗作しているにも程があるよ。元々どうなるか分からないからこそ「結果」と呼ぶはずだけど」
「今まで散々わかりきった結果しか」
「だからさ」
 そう言って噺を区切り、紅茶を飲んでから、彼女は言った。
「これからもそうとは限らないでしょ?」
「限る」
「どうして、それこそ未来が見えるわけでも無い癖に」
「どうもこうもあるか、馬鹿馬鹿しい。お前は今まで散々金も払えなかった無能共に、札束が出せると思うのか?」
「そういう噺かな」
「そういう噺だ。何かに対して金を返す。その当たり前のことが出来ない世界に、金を払うことなど出来はしない」
 正当な評価などむしろ珍しいこの世界では、ただ理不尽にも運不運で金の多寡は計られる。そして「運不運」で動いているモノは、それが個人であろうが世界であろうが、信じるに値しない。
 軸となるルールがないからだ。
 いくらでも、ちゃぶ台を返せるではないか。
 実際、返されてきた私からすれば、何を言っているのかわからない。
 
 言い訳のつもりなのか?
 
 気持ち悪いとしか思わないし、生理的嫌悪感しか抱かないが・・・・・・汚いモノは汚い。世界を信じる、未来を信じる、だなんて、私には汚物を信じて舐める趣味はない。
 もう少し自覚しろ。
 おまえ達は、汚らしい。
 汚い。
 反吐がもったいない位に。
 醜くて、汚い。
 その上金も払えない癖に「信じて欲しい」なんて図々しいにも程がある。世の中には馬鹿しかいないのか?
 いないのかもしれない。
 ただの「事実」を見ることの出来ない無能しかいないこの世界で、マトモな人間は驚くほど少ないからな。夢の世界で大暴れ。それで生活が出来る「ただの幸運な奴」というのは有る意味、何を成し遂げたわけでも無い部分を鑑みるに、宝くじに当たっているようなモノなのだから、羨ましい限りだ。
 人生楽で羨ましい。
 何も考えない豚というのは。
 楽で。
 暇で。
 何か有ればヒステリーを起こし、文句をぶつけて金や地位でモノを言わせればいい。
 羨ましい。私も楽をしたかった。
「豊かになりすぎると逆に「刺激」を求めて転落するものだけどね」
「何だそれは? だからと言って豊かになるべきモノが成らない理由にはならない。そんな言い訳はどうでもいい」
「豊かになるべきモノ、か。傲慢だね」
 両手を組んでその上に顎を乗せ、にやにやと笑いながら彼女は言った。
「当然だ。やるべき事をやり遂げたなら、誰でもそうだ。当たり前のことだ」
「けどさ、「生きている実感」は間違いなく、豊かで満たされている「持つ側」には無いよ。満たされているが故の弊害と言うべきかな。天才なんかにもよく見られるけど、「何でも出来すぎて」達成感と無縁になり、結果スリル・・・・・・ドラッグだったりにハマって、廃人になる奴だっている」 その「事実」をまずは認めるべきだよ。ストローでジュースをすすりながら、彼女は言った。
 だが。
「それが何だ? 私には関係ない人間がどうなったからと言って、私が報われなくて良い理由にはならない。「理不尽」に対するただの言い訳だ」 馬鹿馬鹿しい。
 どうでもいいことだ。
 そんな綺麗事は。
 気高さも崇高さも人間の意志の力も執念も誇りも全て物語の中にだけある偽物だ。人間に気高さなどないし意志など何一つ変えることはなく、執念も誇りも全くの無力、だ。
 所詮綺麗事でしかない。
 どうとでも、言える戯れ言でしかないのだ。
「どうせすぐに飽きると思うけど?」
 金があることに慣れて、飽きる。
「飽きないさ。旅でもして楽しめばいい」
「旅をすることに飽きるんじゃないかな」
 あるいは、手応えでも求めるのだろうか?
 いや。
 どうでもいいことだ。
 この世は所詮自己満足。自己満足を押し通せて適当に生きられれば最高だ。
「同じ事だよ。金があるけれど「生きてる実感」だとか「生き甲斐」だとか「自分の生きている意味や価値」に拘る暇人と同じだよ。結局はお金なんてただの「嘘」だからね」
 金なんてモノは存在しない。
 どこにも。
 ただ金を信じる人間が居るだけだ。
 そして世界全ての人間が、それを信じているのだから問題有るまい。少なくとも私には。
 何の問題も生じない。
 何も。
 大体が生きている実感も何も・・・・・・私には泣きたいときも笑いたいときも、哀れみたいときも楽しみたいときもない。いや、全ての文字に「狂」を付ければあるのだが・・・・・・根底にあるのは全て「愉しみ」だしな。
 そんな私に「人間らしさ」を期待するなど、どうかしている。嘘だろうと何だろうとあって損はないからな。金、金、金だ。少なくとも人間らしさやそれに類するモノよりは、圧倒的に価値が有るものだ。
 少なくとも、私にとっては。
 価値は、ある。
「お金を信じるのは誰も信じていないからだよ」「結構。信じる価値のない有象無象よりも、金の方が価値のある本物だからな」
 私はそれで構わない。
 何の問題も生じない。
 私の世界は最高だ。
 金次第だが。
「・・・・・・確かに世の中には「価値のない偽物」が溢れているけどさ、君は現実を見すぎだよ」
「それの何がおかしい?」
 我々は現実に生きている。
 下らない倫理観や、価値観。既存のルールの中で「見知らぬ誰かの為」に生きている奴は、この現実を生きていないだけだ。 
 立派に合わせているつもりで、生きてすら。
 「人生」を歩んですらいない。
「誰かの為だとか、あるいは「正しい」と思いこんでいる価値観の押しつけだとか、現実を見てすらもいないクズには成れなかっただけだ。楽で羨ましいよ」
「その割には軽蔑している癖に」
「まぁな」
 相反するかもしれないが、まぁ事実だ。楽であることは羨ましい。だが、私は人間であって、猿でも豚でもないのでな。
 成るつもりもない。
 だから金だけ有れば自己満足には十分だ。
 自己満足でいいからひっそりと暮らしたい。
 それだけだ。
「君は欲張りなんだね」
「そうかな」
「そうだよ、だって「人間らしくなくてもいい」けれど「実利は欲しい」これって矛盾してない? 人間らしくなかったらお金にならないでしょ」「そうかな。とてもそうは思えないが・・・・・・人を人とも思わない外道の方が、結局は金を持つ」
「けど、どうせすぐ転落する。分かってる癖に」 そうだろうか。
 転落して失敗した人間が多いだけで、実際には人から奪った方が、それも「押しつけがましい善意」で奪った方が、繁栄はしている。
 要は「善意」に見えればいいのだ。
 根底にあるのが善意だと言い張れば、何をしても許されるし「結果」になる。
 例え中身が無くても。
 ただの虚構でさえ。
 現実には力を持つ。
 目の前の女は、まるで人間の女のように柔らかい笑みを浮かべ、
「君は理不尽が嫌いなだけの、ただの人間だよ」 と結論を出すのだった。
 ただの人間。
 そうなのだろうか?
 だとしても、やることは変わらないが。
 ひたすら狂ったように、続けるだけだ。
「それがどうした? 理不尽を好む人間など、世界のどこにもいない。当たり前のことだ」
「そうね。でも君は異常だよ。気づいている?」「それ位なら、よく言われる」
「いいえ、君はおかしいよ。だってこの世界全ての理不尽を変えたい、なんて聖人でも望んだりはしない。けど、君はそれを渇望している」
「当然だろう」
「ううん。人間は妥協して生きるもの。君は舵機強を一切許さない、なんて無茶な生き方をしているから、そうなる」
 大きなお世話だ。
 放っておいてほしいものだ。
「おかげで物語は書けている。問題ない」
「本当に? そんな生き方で人間が満足できるはずが、ないのだけれど」
「下らん」
 私を凡俗の基準で計るな。
 狂った人間というのは独自の判断で、己の人生を計るものだ。
 一般の基準など、スカの役にも立たん。
「私は「作家」だ。そして私の充実は「面白い物語」から得られる。金が有ればその充実した時間すらも買うことが出来る」
 人間基準の満足不満足など、必要すらない。
「君は普段「金が欲しい」って生き巻いているけど、そんな訳が無い。君みたいな非人間、本来全ての人間が生涯を賭けて欲するモノを、あっさりゴミのように捨てられる人間が、欲しいモノなんて有るはずがない。君は欲しいモノなんてないしむしろ、金の多寡によって決まる「理不尽を作ることのできる世界」に嫌悪感みたいなモノを感じ取っているのは確かだね。
 
 君は本当はお金なんて嫌いなんじゃないのかな
 最近はそう思うよ」
「違うな」
 即答できた。
 金が嫌いな訳がない。
 金があれば買えないモノも変えられないモノも無い。好き嫌い以前に、何かを求める以上前提、として必要不可欠なものだ。
 金が嫌いということは、水が嫌いで空気が嫌いと言うようなものだ。多く有れば、いや「どのような形で有って欲しいか?」を問うモノだ。
 綺麗な空気や汚い汚染水。そう区分けするもので、金そのものが嫌いになることなど、生きることから逃げるも同義でしかない。
 金は大好きだ。
 何でも買える。
「君はお金なんて好きじゃない。ただ、そうすることで「人間の真似」をしているんでしょ? 君は誰よりも人間の本質を理解しているけど、それは同時に誰よりも人間の在り方から離れているという事でもある」
「いいや。私は金が大好きだし、金で買えるこの世界は大好きだ」
「そう言っていないと自分を確立できない、いえ自分は誰よりも確立しているけれど、肝心要の心がないから、「それ」を「望む」ことができないんだね」
「そうでもない」
 勝手に被害者にされてたまるか。
 同情を金に換えるのは望むところだが、勝手に「哀れな奴」認定されるのは鬱陶しい。
「仮にそうだったとして、私には引け目も負い目も一切無い。むしろ望むところでしかない」
 面白いではないか。人間性を一切持つことが出来ない「業」そして「金の力」で「人間性」をあざ笑いながら圧倒し、生きる。
 面白い。
 それで十分だ。
 少なくとも、私には。
 楽しくて楽しくて仕方がない。
 世界は、最高に面白い。
 無論、金次第だが。
 運命などどうでもいい。オプションでしかないのだ。些細なものだ。非業の運命だろうが悲哀の運命だろうが、「金の力」で自己満足できれば、それは上々の人生だ。
 面白くて仕方がない。
「人間性があるか、ないか。実に些細なことだ。私は私個人が満足できて、適当に楽しめればそれでいい。面白い噺を読んで楽しめて、金の力で世を満喫し、目的意識で充実を図る。最高だ。これ以上望むものなど有りはしない」
「本当にそれでいいの? 君は人間の温もり、人間の温かさ、人間同士の繋がりが」
「いや、全く」
 虚勢でも何でもなく、やはり「いらない」としか答えようが無い。誰もがそれを望むと思うんじゃない。私には必要ないし、何なら物語の中にでも組み込めば良いだけだ。
 私はそれで満足できる人間なのだ。
「・・・・・・そう。けど覚悟してね。金があったところで、はっきり言って世界は何も変わらないよ? 今までと同じように、回り続けるだけ」
「構わない。何の問題がある?」
「生きてる実感、て言えばいいのかな。困難や、君の嫌いな「理不尽」があるからこそ、生きていることを実感できる。例えるなら、クリアし終わったゲームを続けるようなモノだね」
「それなら、また物語でも書いてやるさ。その体験を元にして、な」
「言っておくけど」
 しつこいくらいに忠告を繰り返すのだった。言っていることは分からないでもないが、あまりしつこいと疲れる。

「君の望むモノなんて、何も無いよ」
「だろうな。そしてそれで問題有るまい」
「どうして?」
「私は、身の回りの理不尽を排したいだけだ。金を使って、大きな何かを望んでいる訳ではない」「そうだけどさ」
 心配なんだよ、と彼女は言う。
 心配。
 久しくされていない事だ。
「手にしたところで、所詮意味のないモノだからね。究極的には口座を凍結するか、紙幣価値をなくせば終わるものでしかないのに、「金」を崇拝しすぎる人間は多いから」
「別に崇拝はしてないさ」
 ただあればすこぶる便利。
 ただのそれだけだ。
 妙な期待をしたりはしない。
「私個人の自己満足でしかない。「金が有ればそれで幸福」という自己満足のな」
 そして自己満足とは、その都合を押し通せて、初めて効力を発揮する。金による幸福論は、それを実行しやすいだけだ。
「・・・・・・今度は「もし金がなくなったら」に怯えて生きるだけだよ? 「金がない不安」が「金がある不安」に変わるだけ」
「だろうな。だが、「自分ではない誰かの都合」に人生を左右されることだけは、無くなる」
「政治や時代背景、世の中の風潮、幾らでも大きい何かに、都合を押しつけられる可能性はある」「だろうな。だが、数が減るのは確かだ」
「はぁ」
 呆れられてしまった。まぁ私も案外「口でそう言っているだけ」なのかもしれない。だが、それが金を手にしない理由に成るとも、思わない。
 少なくとも物語は買える。
 それは素晴らしいことだ。
 そこに問題があるとは思わない。
 絶対に。
 面白いからな。
「君は案外、ただ強情なだけなのかもね」
 今更、という気もしたが、「まぁ、そういうことだ」と適当に相づちを打っておいた。
 適当に合わせることに関して、私を越える者はそうそういない。
 と、思う。多分な。
 いても別に、困らないが。
「美味い料理も贅沢品も、高級な酒も良い女すらも、全て「この世の虚飾」ありもしない幻想でしかないことは、嘘で出来たこの私が一番よく知っているさ」
「なら、どうして?」
 それは純粋な疑問だった。少なくとも彼女には私が所詮この世の夢幻でしかない、金による豊かさを求める動機が、理解できないのだろう。
 構わない。
 所詮自己満足だ。
「その方が」
 楽しいから、と言おうかと思ったが。
「面白いからさ」
 と、私は胸を張って言うのだった。

   2

 「本物」とは何だろうか?
 生涯、その信念を胸に灯し、成し遂げるもの・・・・・・だが、その「本物」は間違いなく「金にはならない」のだ。
 金になるのは決まって「偽物」だ。
 中身が無く、それでいてもっともらしく、どうでもいいような人間の欲望に使われるため、消費・・・・・・そう、「消費」だ。使い捨てられるモノ。
 おまえ達はそれでいいのか?

 まぁ、いいのだろう。口ではどう言おうとも、中身のない偽物に、読者どもが満足しているのはれっきとした「事実」だ。デジタルゲームの福引きに財産をつぎ込み後悔する馬鹿がいるくらいだからな。案外、何も考えていないだけかもしれないが。
「世の中因果応報ですよ」
「何度も言わせるな。私はお前と違って未来が見えているわけじゃない」
 無責任な言葉を吐かれながら、私は神社の前で掃き掃除をする女に言った。
「いえ、「事実」です。物質には「元の場所へ戻ろうとする力」があります。破綻するモノはするべくしてなりますし、成就するモノは「成るべくして成る」ものです」
 それこそ何をどうしようとも、神の意志も人の意志すらも関係なく。そんな洒落ているのか微妙な言葉で、私を諭しているつもりらしい。
 馬鹿馬鹿しい。
 仮にそうだとしても、私からすれば見えない未来の不確定な要素でしかない。信じろと言うのも無理がある。
「どうせ人間はすぐ思い上がりますしね。一度や二度成功したくらいで「人生安泰」なんて思い上がりも良いところですよ」
「だからって一度も成功しないで失敗続きで良い理由には、成らないと思うが・・・・・・貧困や病がなければ人間は思い上がる、ということか」
「人間には不幸か貧困か、病が必要だ。なぜならすぐに人間は傲慢になるからだ。ツルゲーネフですね」
 よくそんなどうでもいいことだけは知っているな、と口には出さなかったが察したようだった。「三つコンプリートしている私は何なのだ?」
「良かったではありませんか。身の程を弁えられて」
 などと冷たいことを言うのだった。気分を害してしまった私も悪いのだが。
「・・・・・・実際、敗北を事前に知れる、というのは貴重ですよ。人間が失敗する大抵は、思い上がりによる傲慢さですから」
「嬉しくもない・・・・・・」
 だからって敗北と失敗を押しつけられてたまるか。と、思うと同時に、やはり成長しきっていない、例えば十万年前ほど前の、まだ地球で暮らしていた頃の自分が、大金を手にしたところであっさり破滅するかもしれないことを考えると、世の中良くできているのだろうか?
 だとしても嬉しくもないが。
 私は、今、金が欲しいのだから。
 平穏を買う為に。
「それは屁理屈だな。実際その通りなら苦労はしない。現に、「成功しか知らない」人種は、確かにいるのだからな」
「虚栄の繁栄ですよ。現実には彼らもアルコールを飲み過ぎて身体を害しているだけです。こと健康問題に関して言えば、それは顕著ですね」
 確かに。
 健康的な成金というのは、流石の私も見たことは無い。だが、彼らの生態と私の現状は、やはり何の関係もないものだ。
「言葉遊びなどどうでもいいさ。所詮口で回すだけなら、人間は何でも言えるものだ」
「・・・・・・まぁ、いいでしょう」
 これが今回の標的です。そう言って彼女はいつものように写真を取り出した。余談だが、この時代に写真はかなり珍しい。電脳世界にアクセスすれば、大抵の娯楽は叶うからだ。
 現実に夢を語る人間も、随分減った。
「・・・・・・パイプラインか?」
 そこには、資源供給用の大型施設が写されていた。どうやら、コストのかかる大型テレポーターよりも、安価なパイプライン構造を使っているらしい。
 時代が変われど、企業の気質は変わらないな。 現地の人間には大迷惑だろうが。
「ええ、そこへ向かって欲しいのです。そして、現地のガイドを手伝って欲しい」
「現地のガイド?」
「ええ」
 言って、狩人のような男の写真を取り出して、彼女はこう付け加えた。
「時代遅れの、老人です」

   3

 己の「誇り」を「仕事」にする人間がいなくなって、もうどれだけ経っただろう?
 時代遅れ。
 まさにそれだ。だが、時代に遅れているだけでそれらが「不要」かどうかは判別できまい。
 むしろ逆だ。
 資本主義経済が発達してからというもの、金を稼ぐというのは「言いなりの奴隷に満足する」ことへ成った。これは事実だ。少なくとも「何かを誰かに伝えたい」だとか「自分の信じることを生活の主軸にしたい」と考える奴はもういまい。
 道徳は金で買える。
 品性ばかりは買えないようだが、しかし、その品性のなさをルールにする権利は買える。
 何でも買える。
 買えてしまう、世界だ。
 無論世界がどうなろうと金を求める私の姿勢は揺るぐことはないが、こうも「中身のないモノ」が「大金」に変わる社会構造というのは、はっきり言って見るに耐えない。
 見苦しい。
 本来、それこそ何をするでもなく自然に生き甲斐とするべきものだが、それを受け継ぐ人間はどこにもいない。本来脈々と受け継がれるべき生き様を、ロクに引き継がなかったツケと言える。
 戦争だの差別だの搾取だの奴隷だの、そして何より「頑張ることを美徳」としたりして、そんな下らない、中身のない綺麗事を互いに押しつけ、馴れ合いとその場の勢いの善意で、物事を進めてきた、その末路がこれか。
 これで若い人間に何かを期待するのは無理がある。散々戦争だの植民地だのを作り上げ、そのくせそれらの責任を一切取るつもりもなく、何一つ改善せず来た人間が、「真面目にやればいいことがある」などと・・・・・・お前等の真面目は、ただの自己満足だろうに。
 真面目に奴隷で有れば、考えなくていい。
 だからだろう。真面目に奴隷をやって来た人間の世界の果てに、「己の道を信じる個人」の住める世界は無い。生き苦しい。 
 偽善と独善が臭すぎて。
 臭くて臭くてたまらない。
 考えない人間、いやそういう生き方もあの女の言に乗っ取って言えば、いずれは「報い」を受けるのだろうか? そういう事例は多いだろうが、しかしそれが「法則」なのかは定かでない。
 考えない人間を利用して美味しい汁を啜る人間に報い、か。些か信じられない。そういう人間が敗北するのは非常に稀だ。
 そして信じるつもりもあまりない。
 私には関係のない噺だ。
 物事は所詮「結果」ありきで語られる。結果がでなければ過程に何が有ろうが、誰も感心を払いはしないし、興味も沸くまい。
 華々しい結果だけだ。人間が興味を惹かれるのは・・・・・・そこへ行くと「物語」は過程を重んずるものだろうか? そうかもしれない。人間の苦悩や信念、その生き様を疑似体験するものだ。過程がなければ噺にならない。
 そういう意味では私の物語も、どこか偉そうに構えている誰かが、読み解いて満足するためにあるのかもしれない、なんてな。
「なぁ先生」
 といつもながら人工知能の分際で、人の思索を邪魔するのだった。今回は現地の惑星情報などを探らせているため、報告を先にしろと、思わざるを得なかったが。
 無論思うだけで言わない。
 大抵の出来事は言わぬが花だ。
 言うことを強要する馬鹿には、噺は別だが。
「世の中の不平等について、どう思う?」
「なんだ、急に」
 前振りが有ればいいって訳でも無いが。
 宇宙船の個室、そこそこ値は張るのだが、私は毎回この席を取る。無論、非合法な人工知能が話し出すからであり、それとは別に、移動中くらいは静かな時間を過ごしたい、という目的だ。
 その目的はあっさり瓦解したが。
 迷惑な噺だ。
「先生はこの世界を平等だと思っていないだろ」「当たり前だ。聞くが、いちいち聞くのも馬鹿らしいが、ジャック。「完全に平等な世界」が実現しているなら」
 もっとつまらない世界になっている、だとか、資本があり貧富がある社会構造の時点で妄言だ、とか、あるいは人間という生き物は「平等を壊すために生きている」だとか、そういうことを言おうとしたのだが。
「作家なんて世界に必要ない。作家は不平等の中から産まれるものだ」
 と私は答えた。
 不思議だ・・・・・・作家という肩書きに、それほど愛着があるわけでもないだろうに。
 たまたま、だろうがな。
「先生は不平等が嫌いなのか?」
「いいや、差別も支配も貧困も、あればあるだけ世界全体で見れば」
 豊かになる、と言おうと思ったのだが、あの女の言ではないが、世界全体の富も資源も、最初から総量そのものは一定だ。
 豊かになっていると、一部が思いこむだけ。
 世界の形は色眼鏡で変わる。
「いや、「持つ側」の目線で見れば、ますます豊かになるからな。だから問題は」
 問題は、何だ?
「・・・・・・私個人に関係ないところでやっているかどうか、だ」
 無論私個人の中に「理不尽への嫌悪感」が有るのは否めないが(それがなければ作家とは呼べまい)あまり私の個人的感情を教える義理も、特にあるまい。
 どうでもいいことだ。
 どうでも。
 少なくとも、ジャックに教えるかどうかは。
「どういうことだ? 答えになってないぜ先生。関係有るところでやっていれば、どうなんだ」
「・・・・・・作品のネタにするだけだ」
「そうなのか?」
「ああ」
 実際、するだろう。
 平等かどうか、私がどの位置にいるのか、それはどうでもいいことだ。「結果」だけを求めるので有れば、誰が有能か誰が豊かで札束に溢れているか、誰が売れている作家か、なんてことはどうでもいいことだ。
 無論私は豊かな人間が嫌いなので、突然頭が爆発して死なないかな位の気持ちは持つのだが、しかしそれだって思いつきみたいなものだ。
「平等も不平等も、見る人間の中にしかない。だがそもそも「平等」と言う言葉そのものが、有りもしない幻想でしかないのだ。民主主義の腐った典型的答えだな。多数決で物事を扱い続けたなれの果てだ。平等、などというのはな、

 それが有る様に魅せればいいんだ。
 
 実際に無くても問題ない。平等、だと思いこませればいい。誰かから何かを「搾取」したいときに使う言葉が「平等」だとも言えるな」
「そんなヒネたモノの見方、よくできるな」
「そうでもなければ「作家」をやっていないさ」 得意げに答えたが、しかしどうだろう。そうだったから、そんなモノの見方しかできないから、作家に成った訳では無い。
 金の為だ。
 あくまでも金の為に、やった。
 動機としてはそれで十分だが。
「調べた限りでは、だが。これから行く火星在住の原住民たちは、どうもそれを求めているみたいだぜ」
 火星、およそ十万年の歴史を保つ自然保護惑星だ。地球とは違って科学技術の恩恵が有るため、最低限の科学と同居することを選んだ人たちが、住んでいるという。
 狩りをして生きる人間が多く、動物の肉のみを食して生きる、まさに「原住民」という呼称がぴたり当てはまる連中だそうだ。
 原住民、か。
 しかし誰の土地になるかは、所詮金の有る無しで決まるものなので、誰が先に住んでいるかは、あまり関係ないのだろうが。
 まったくな。
 こんな時代でも「民族主義」は無くなっていない。そういった「心の支え」が無ければ自己を確立できないのだろう。そしてその割を食うのは原住民のみだというのだから、社会構造からして人間という奴は「誰かを踏み台にして」でしか、幸せには成れないのではないかと、思わざるを得なかった。
 何かを差し出すことが「美徳」であると信じる人間は多いが、事実はそうではない。敢えてすべてを差し出したところで、飽食の読者どもが金を支払うことはない。搾取して奪って美味しい汁を啜る人間こそが、得をする。
 楽で羨ましい噺だ。
 金を払わないで扱うサービスが主流になっているのは、そういう事実から来るものだろう。
 タダで美味しい思いをしたい。
 自分だけ美味しい思いを出来ればいい。
 人間の本質は、結局それだ。
 そのくせ、評価だけは一人前。デジタル世界が繁栄してからと言うもの、二次元の世界でだけは人並みに意見が言える人間が異常に増えた。安全圏から高みの見物を決め込んで、偉そうにモノを言う快感を、覚えたのだろう。
 自分たちが軽蔑している為政者と、やっていることは同じだと、気づかずに。
 中身がない人間という点では、同じだ。
 この火星でもそういう人間が増えているらしい・・・・・・要は中身よりも実利、本質よりも見栄えの良さというわけだ。こんな調子でどんどん世界がつまらなくなってしまえば、私としては商売上がったりもいいところだ。無論、そういうところにこそ、作品のネタになりそうな輩が、混じっていたりするのだが。
「求めている、か」
 迫害されたから、恐らくはそんな理由で求めているのだろうが、「その後」はどうするのだろう・・・・・・自由にも平等にも求めればキリは無い。
 私のように個人的な満足で自己満足できれば、別なのだろうが。
「いやだから先生。先生はもう少し、自分がどれくらい「化け物」なのか自覚するべきだぜ」
「・・・・・・? もてはやしたところで、何もやらんぞ」
 素直な感想だった。
「いや、もてはやしているんじゃなくて、先生は「怖い」って言っているのさ」
「前にも言われたが」
 ええと、誰に言われたのだったか。確か女だった気はするのだが。
 「怖い」か。
 それは「恐怖」ということだろう。
 されたところで、何が出来るわけでもないが。「先生は物理的にも「怖い」ぜ。そのサムライの刀があれば、有機物無機物を容赦なく区別無く、この世界から消しされる。その上、先生にはどんな個性も通じない。肩書きも産まれも能力差も、全て「引き剥がされ」ちまう。どんな言い訳も通じないし、理屈の上では、だが、先生を相手に回して生き延びられる存在は、どこにもいない」
「馬鹿馬鹿しい。いいか、そんな暴力面での役に立たない能力など、必要すらない。この世で最も役に立たない才能と言っていい。暴力など下らん・・・・・・腕っ節の強い奴を、雇えばいいだけだ」
「そうなのかい。けど「事実」だぜ」
「だとしたら、何だ? 今回の件に、何の関係があるというのだ」
「先生みたいに開き直った化け物ばかりじゃ、無いって事さ」
 普通にどうでもいいことで挫折して、立ち直れず、それでいて過去を悔やんだりするのさ、とジャックは言うのだった。
 確かに。
 登場人物が私のように、義理も人情も優しさも無い奴ばかりでは、一ページで噺が終わる。
 そういう苦悩する人間の姿、も作品のネタとしては、中々良いかもしれない。
 まぁ私は誰に何と呼ばれようが、目障り耳障りでなければ構わないので、「化け物」だろうが何であろうが、どうでもいい噺だ。
 興味はない。
 己の怪物性にすら、な。
 それこそどうでもいい噺だ。
 「過程」はどうでもいい。「結果」こそ望むものだ。過程にどんな謂われが有ろうが、結果が良ければそれでいい。
 私はそういう人間だ。
 今までもこれからも。
 結果、即ち金以外に、あまり興味はない。
 無論、それと作品のネタは別だがな。
「俺の身勝手な判断だが、間違いなく先生は人間じゃないね。保証するよ」
「保証されたところで、という気もするが」
「人間並みの幸福なんて、人間じゃない先生にはどうせ無理なんだから、いい加減諦めたらどうだってことさ」
「ごめんだな。人間かどうかはどうでもいいが、私は私個人の身勝手な願い、野望を叶えることを諦めたりはしないさ。「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」の為なら何人死んでも構わない。私以外の全てを犠牲にしてでも、必ず成就させてやるさ」
「・・・・・・何気に先生以外の全てが勝手に犠牲にされている辺り、本当はた迷惑な人だぜ」
「それで「私」が困るのか?」
「いいや。確かに。困らないな」
 こりゃ傑作だ、とでも言わんばかりに、彼は笑うのだった。
 笑われたところで変わるわけでも無いが。
 私の生き方は。
 一ミリも揺るがない。
 微動だに、するはずがない。
 私が好き勝手に動かすだけだ。
「私は他人を慮っているフリをして、無責任な説教を垂れて自己満足に浸るような人間共が、どうなろうと知ったことではないだけだ」 
 誰かの為だとか。
 何かの為だとか。
 これは君のことを思って言っているんだよ、後は本人次第さ、などと「口だけ」の馬鹿共へ、どんな影響が及ぼうが、知ったことではない。
 私には関係ないしな。
 逆に言えば、世の中にはそういう人間が非常に多いとも言える。実際、「誰かにそうするべきだと言われたから」進路や就職を決める。そしてその「結果」望んでいたものが全く手に入らずとも「口だけ」だした周囲には、何の責任も無い。
 偉そうに言うだけだ。
 何か彼らが責任を取ったり、指示している道へ繋がる手助けをするわけでも、無い。
 そんな人間共、人間でなくてもいいが、役立たずの代表格みたいなカス共が、どうなろうと知ったことではない。
 どうでもいい。
 どうせ、何をするわけでも無い奴らだ。
 何も出来ないから口だけ動かしているのかもしれないが。
 まったくな。
 馬鹿が栄える世界に成り下がったものだ。
 そういう奴らに限って「中身の無いもの」を、安ければ求めるというのだから、手に負えない噺ではある。
 「確か、火星には単一の「万能麦」が栽培されているらしいな」
「ああ、それも調べたが、とんでもないぜ。火星の豊かな土地を吸い尽くして、あらゆる食品に加工可能な「万能麦」を生産している。およそ280億トンほどな」
「そんなにどうするんだ?」
「先生はなじみがないかもしれないが、万能食品として広く愛されているのさ。元が小麦だから、あらゆる食品に加工が出来るし、栄養素も操作しているから、極論これだけでも、栄養は維持できるみたいだぜ」
「小麦だけ食べるのか?」
 ベジタリアン、という訳でも無いのだろうに・・・・・・もしその「小麦」に重大な欠陥でもあれば、どうするつもりなのだろう?
 きっと、何も考えていないのだ。
 私とは違って、「そういう人種」というのは、つまるところ「人生に何一つ大きな障害が無く、立ち向かう必要がなかった人種」だと言える。  だから彼らは考えたりはしない。
 失敗、それも取り返しのつかない失敗をしてから初めて、嘆いたり考えたりするのだ。
 今まで流されるがままに生きてきたことを、何一つ反省せずに、世の中に憤りをぶつけるのだ。 醜い、と素直に思う。
「一種類の万能食品に依存したモノカルチャーか・・・・・・そんなモノがよく維持できるな」
「破綻してきているさ。現地に住んでいる人間だって結構いるが、それらを無理矢理追い出して、田畑を焼き、そこへ田園地帯を作るからな」
「焼く? もっと良い方法があるだろうに」
「その方が安いからだろ」
 なるほど。企業も国家も、安く事を済ませるとロクなことにはならない。その事実を学ぶのに、どうやら数十万年では足りないらしい。
 単に学ぶ気がないだけだろうが。
「第二の地球候補、とも呼ばれているぜ。生物多様性の阻害による昆虫の大発生、それによる農作物の全滅が危惧されている。勿論、そんなことで企業も国家も、田畑をちょいと焼いて、原住民が何人か死んだところで、どうせ自分たちには関係ないし、好き勝手やってるみたいだが」
 力があれば何をしても許される。
 人を殺しても。
 人を搾取しても。
 綺麗事を押しつけても。
 口だけ横から出しても。
 土地を奪っても。
 人を売りさばいても。
 人を追いやっても。
 どれだけ奪っても。
 何をしようが、「許され」る。
 強いから。
 無理を通せるから。
 偉いから。
 正しさを、都合を押し通せるから。
 世の中そんなものだ。
 その程度の価値すら、無いだろう。
 理不尽とは「誰か個人」都合を押し通した結果とも、言えるのかもしれない。
 誰かが得をすれば誰かが損をする。無論、得をしている側は、自分たちのやっていることは正義そのものだと盲信しているし、むしろ自分たちが奪えば奪う程、「奪った奴ら」も「喜ぶ」だろうと思っているし、そして社会的に彼らは絶対的に正しく、それを止める方法はなく、理不尽でも何でも「力があれば」正しい。
 正しく、なる。
 正しさは金で買えるし、暴力で通せる。
 あるいは権威や権力か。
 持つ側の力、という点では、同じ事だが。
「先生は理不尽が嫌いな癖に、そういう所は変えようとしないよな」
「どういう所だ」
 主語を明確にしろ。
「意識的に他者を踏みにじる、今回の焼き畑もそうだが、そういう人間は心のどこかで「罪悪感」を持っているもんだ。けど、先生にはそれすらも無い」
「当然だろう。そもそも気にするならやらなければいい」
「それで悩むから「人間」なのさ。俺は先生がただ馴染めない化け物なのかと思っていたが、先生はかなり自覚的だ。その上自覚しながら周囲を巻き込む事に躊躇しないってんだから、物語における怪物のルールを逸脱しているって思うぜ」
「怪物のルールだと?」
「ああ。曰く「自身が人間に混じれないことに、違和感を覚えなければならない」だそうだ」
 私は自分以外を意識的に駆逐しても、何の良心の呵責も感じない。そもそも心なんて高尚なモノが有るとも思わないし、有ったところで考えることは同じなのだから、結果は同じだ。
 迫害されて泣き寝入りする怪物の噺というのは、どうしても共感できない。迫害する奴らを皆殺しに出来る癖に、「人間らしさ」に拘って、手をこまねいているような余裕有る人物には、到底仲良く出来そうにない。
 邪魔なら始末すればいい。
 混じる必要など無い。
 金の力で「支配」すればいい。
 それを道徳だとか人間らしさで誤魔化して、小綺麗にお上品にあろうとするあまり「結果」を取りこぼすような連中など、どうでもいい。
 結果が全てだ。
 つまり金が全てだ。
 だから私はこう言った。
「下らん。混じる必要などあるまい。大体が怪物というのは力がある癖に、それを有用に使えない連中のことだろう。そんな余裕有る連中と、一緒にされたくはないな」
「なら化け物とでも呼ぶべきかな」
「どうでもいい」
 呼び名など些細なことだ。人間と呼ばれようが怪物と呼ばれようが、化け物と罵られようが、金になるかどうか? 判断基準はそれだ。
 それ一つでいい。
 他は必要ない。
「所詮、私から言わせれば、だが、そういう奴らは結局の所「ただの人間」だったと言えるな。怪物性とは能力差で計るものではないという、良い例だ」
「なら、何で計るんだい?」
 私は答えた。
 基準にするならそれしか有るまい。

「心が「無い」か、どうかだろう」

    3

 何かを得ることは、何かを失うことでもある、という場合もあるらしい。
 人間の兵士はゲーム感覚で人間を殺すことは出来ない。どんな方法を使っても「心」がある以上「良心の呵責」が耐えられないそうだ。
 人を率先して殺しておきながら悩む、というのは、私には理解し難い噺だ。道徳みたいなモノに悩むのは、それはそれで人間の証って気もするが・・・・・・悩めば済むという噺でもあるまい。
 対して、アンドロイドにそんな感傷は無く、実に有用な兵器「だった」のだが、人間性を獲得し感情を手に入れた彼らは、人を殺すことに罪悪感を抱くように成ってしまった。
 今では無人ドローンが主流だ。それも流行みたいなもので、世論によってまた変わるだろうが。 自分で考えながら行動できる兵士、というのは無人兵器よりもかなり有用で使えるのだが、皮肉なことに種としての自負を手に入れたからこそ、彼らは戦いから遠ざかった。
 私には共感できない噺だ。
 そうやって罪悪感に押しつぶされそうだと、自分は良心の呵責に苦しんでいるのだとアピールしたから何だというのか・・・・・・それで死人が生き返るわけでもなし、必要とあらば他の生物を殺すことは、生物として何もおかしくないだろうに。
 不要な狩りを動物(まぁ人間も動物だが)はしないと聞くが、そもそもそんな事で悩むなら資源や豊かさを諦めて苦しんで死ぬしかあるまい。それが嫌なら殺した方が、豊かになれる。
 殺せば殺すほど豊かになる。
 この世界の基本だ。
 誰が何を言おうが、ただの「事実」だ。
 殺すことが罪悪だとか、そんな訳の分からない基準そのものが、世間に流された結果と言える。生物が生物を殺すことは、珍しくもない。
 罪悪感、なんて言うのは、当人が自分を慰めるために、誤魔化すため使っている麻薬みたいなものでしかない。何の意味も価値も無い。
 ただの自己満足だ。
 下らない。
 良くそれで満足できるな、お前等。
 他にやることはないのか?
 最近ジャックや他の奴らが、私のことを恐怖そのものみたいに語るのは、それが原因だろう。彼らにはどう足掻いても「心」が有る限り、だが・・・・・・そういうことを何も感じずに行うことは、出来ないらしい。
 それ位出来る奴はいそうな気もするが、まぁ言っても仕方有るまい。とにかく、そういうことだとしても、持ち上げられたところで私は何もするつもりはない。金なら払わない。それは確かだ。 心なんて有ってもなくても同じだと思っていたが、至極どうでもいい事で縛られているなと、そう思う。はっきり言えば、蟻を踏みつぶして殺そうが人間を切り捨てて殺そうが、同じだ。
 何も変わらない。
 勝手な罪悪感、その自己満足があるだけだ。
 どうでもいいがな。
 最近は何事も「ハイブリット化」が進んでいる・・・・・・元々は「優れた作物を作る」という名目で始められた「技術」だ。ハイブリット作物は染色体の形が異形と言って良く、平たく言えば「優れてはいるが、一代限り」の技術だ。後に続けることを考えないからこそ、優秀で優れた作物を増産できる。

 人間のハイブリット化。

 出来る。無論、理屈の上では、だが・・・・・・染色体以上で生殖能力は失うが、代わりに「恐怖を感じず、人間の限界を超えた人間」を「量産」できるのだ。中々実用化はされないかと思われたが、宇宙へ人類が切り出した頃から「法の概念」はバレないところを探せばどうとでもなるものへ変貌した。元々「バレないように」人体実験を行うのは「基本」だったが、広い宇宙空間でそれらを取り締まることは不可能だ。だからこそ今までとは違って、「バレなければ何をしてもいいし、金と権力が有れば絶対にバレることは無い」時代へと突入したのだ。
 今までで有れば、絶対にバレない、なんてことは不可能だったからこそ権力者でも捕まるケースが無いでもなかったが、その可能性は完全につぶされたと言っていいのだろう。現に、ハイブリット人間の売買(女と傭兵は高く売れる)が横行することとなり、今回のパイプラインが引かれているような未開の惑星では、それは顕著だ。
 
 人身売買も奴隷売買も、実に堂々と行われていた。
 
 私はその市場にいた。別に誰かを買うわけでも無いのだが、こういう場所でしか会えない人間がいるのだ。仲介屋、とでも言えばいいのか。この極寒の惑星の中で行動するには、それなりの準備が必要だからな。
 寒い。
 火星はどうやら冬のようだ。季節なんてあるのかも知らないが、この市場周辺ですら、少しばかり身体が冷えた。私は安く売られている少女や傭兵(恐らくあれらもハイブリット化によるクローンか元々奴隷だった奴らだろう)を眺めながら、火星の市場を散策した。
 別に私は良い子ぶるつもりもないので、まぁ普通だな、と思った。奴隷の売買など、人類の歴史を遡れば良くある噺だ。別に珍しくもない。
 弱ければ奪われるのは当然だ。
 弱く産まれたことを、呪う以外無い。
 逆に言えば強い人間、いや持つ側の人間が奴隷を買ったり売ったりするのも、当然と言える。持つ側が何をしようが、裁く存在は無い。そんなモノがあれば、人間は戦争をしたりすまい。
 持っていれば、何をやっても許される。
 それは真理だ。
 まぁ品性までは買えないようだが、私にはあまり関係がない。どうでもいい。良くある噺だ。
 売られた少女が食い物にされ死んだ方がマシな人生を送ることも。
 傭兵にされた男が使い捨ての駒のような人生を送り、無駄に死んでいくことも。
 良くある噺。
 別に珍しくもない。
 だからどうでもいい。
 少なくとも、私の興味は沸かなかった。
 理不尽など、どこにでもあるではないか。
 それが正される事なんて、ありはしない。
 正せることも、無い。
 それが出来るのは「持つ側」だけだ。
 そして持つ側の人間はそんなことはしないし、している風に見えても、実体は底の浅い偽善だったりするのだから、良くできた噺だ。物語と違って、世の中は「勝てるから勝てる」という、子供の言い分みたいなルールに支配されている。
 どうでもいいが。
 どうでも良くないのは、金だけだ。
 金だけが、重要なのだ。
 少なくとも、私にとっては。
 だからこそ有能な人間が「人生に手応えがない」などと抜かす理由は、私にはわからない。手応えが有りすぎて、むしろ何一つ絶対に上手く行かない、どころか普通の人間が普通に出来ることすら、まともにこなせない、私からすれば、だが。
 余裕有る人間の言い訳にしか聞こえない。
 ハイブリットだろうが生まれついてだろうが、有能で有れば人生楽ではないか。
 楽であるにこしたことはない。
 手応えだの何だの、そんなモノは余裕がある人間の我が儘でしかない。よくまぁそんな暇な台詞が溢れるものだ。
 勝てばそれでいいではないか。
 奴隷を売買しようが人間の尊厳を踏み砕こうが勝てば正義だ。いや、この場合正義かどうかはどうでもいい。正しくなくても構わない。実利が得られれば他など些細なことだ。
 そう考えているからこそ、こんな市場が開かれるのだろうに、不思議なことに読者という奴らは綺麗事を好むのだ。理不尽が知恵と勇気で覆されたり、意志の力で運命が変わったり、そういうあり得ない絵空事でなければ、納得しないのだ。
 訳がわからないが、分かる必要すらない。売れれば傑作だ。売れればそれでいい。内実など知ったことではないしな。
 それこそどうでもいい。
 意志の力で運命が覆せる、などという物語を好むような、現実を見てすらいない馬鹿共の思考回路などどうでもいい。金、金、金だ。
 だから今回もそういう「綺麗事」を描きつつ、読者が吐き気を催すような作品を書くための、作品のネタ探しの意味合いも強かった。このまま標的の所へ行くだけでは、些か味気ないだろう。
 だから、こうして非合法な市場などを巡回して時間をつぶしているわけだが。
 色々、いや「何でも」そこでは売られていた。当然だ。法律だの倫理観だのを守る必要がなければ、誰だってそうする。法治国家で法律が守られているのは、別に治安が良いからそう成っている訳ではない。ただ単に、守らなければいけない、から皆そうしているだけだ。
 その鎖が解かれれば、こんなものだ。
 喜々として、男は女を買い、女は男を買っていた。薬を吸う奴も珍しくはない。どころか、人間と動物を配合した所謂「キメラ」も作られて売られていた。クローン人間は大安売りされているし奴隷を手に入れるだけなら、ことかかない場所だと言える。
 ただの事実として、そう言える。
 まぁ、別にこれくらい、誰も「見ようとしてこなかった」だけで、別に珍しくもない。良くある噺でしかなかった。
 毒物や薬物、気に入らない奴を洗脳する機械類から、兵器や爆弾も普通に売っていたが、個人的には意外性が無く、正直つまらなかった。
 こんなの、良くあることではないか。
 どこでもやっていることだ。
 金の概念が有る場所なら、そしてそれを出来る人間で有れば、誰でも。
 やっていることだ。
 ただの事実だ。
 倫理観など、守らなければならない貧民の義務でしかないしな。
 人間を生きたまま家具にしたりもされてはいたが、如何せんアイデアだけなら大昔からある。あまり珍しいとは言えない。
 後は、精々が兄弟を殺し合わせたり、家族同士交わさせたり、「裏切りゲーム」と言うのだろうか。愛し合うもの同士を殺し合わせたり。
 もう少し物珍しいモノは無いものか。
 これではつまらない。
 読者も納得すまい、刺激が少なすぎる。
「発想が貧困な奴らだ」
 と愚痴をこぼしてはみたが、なら何か考えるのが作家という生き物だ。
 何かアイデアは無いものか。
「うへぇ。俺には耐えられないね」
 手元の端末の愚痴は無視して、考える。
 何だろうな・・・・・・生きたまま苦しむ姿を、いやそれこそありきたりだ。ならいっそ死体を痛めつけるとかだろうか? だが、死体は悲鳴を上げないし、正直途中で飽きるだろう。
「先生、良く平気だよな」
「ふん、下らん。「良くあること」だ。人類史を読みほどけば、これくらい珍しくもない」
「でも、実際に経験するのとでは別だろう」
「いや、別に?」
 何が違うんだ? 臭いか? 確かに、少し臭いコーナーも多いが。それはそれ、こういう市場だからこそ有る程度清潔に保たれている。
 個人的には清潔な部分には感心した。
「そこじゃねぇよ」
「下らん。倫理的に悪いからか? だが、そんなことを言えば、畜産なんて食べられないではないか・・・・・・やっていることは正直、これよりだいぶ酷いが、誰も気にすまい? 動物が幾ら苦しんで肉塊になろうが、自分たちは痛くないからだ。私も同じだ。むしろ自覚がない分、私などよりも、自覚無く畜産を笑顔で食べたり、あるいは植民地でのニュースを見ても、自分たちの食事に集中できて「怖い時代になった」とか、言える人間の方が、酷く非人道的だと思うが?」
「・・・・・・確かに、そうだけどよ」 
「事実、だ。おまえ達はただ「事実」を見ようともしていないだけで、これくらい普通にニュースを見ていても、良くある噺ではないか。目の前にそれが起きて、自分と関わりを持ったときだけ、こんな酷いこと許せない、だとか、よく言えたものだ」
「なら、先生はこういうことを許せるのか?」
「どうでもいい。私個人に不利益を出さないか、どうか。ただそれだけが重要だ」
「あんた最高だよ」
 他になにがあると言うのか。
 「文明人」ぶっていたいだけなら、自宅でやっていればいい。それを私に押しつけるんじゃない・・・・・・迷惑だ。
「あまりグロテスクを追求したところで、正直見苦しいだけだしな。見た目も重要だ。ジャック、お前も何かアイデアを出せよ」
「ええ、嫌だよ」
「いいからさっさとやれ」
「つってもな」
 と言って、煙草でも吹かしたかのような間を開けてから、奴はこう言うのだった。
「人間に、綺麗な部分なんて、あるのか?」
 思わず笑いそうになったが、こんな人前で笑いまくるのは礼節に反する気もする。気がするだけかもしれないが、まぁいいだろう。
「俺には正直、わかんねぇよ。愛だの友情だの、そういうのは先生の書くような「物語」の中でしか、お目にかかったこともねぇしな」
「意外だな。てっきりお前は、人間を擁護するものだと、思っていたが」
「今でもそのつもりさ。だが、こういうのを見たからって訳じゃない。俺は人工知能だからな、感傷はないさ。だが、人間が作るモノは美しくてもそれそのもの、人間そのものに「良い部分」なんて客観的に見ても、あるとは思えないんだよな」 客観視が得意な人工知能だからこそ、そういう結論にもなるのか。結論など事実に比べれば、やはりどうでも良いことだが。
「そうだな、少なくとも意志の尊さや勇気、愛情や友情、努力による勝利や知恵と英知による策略で、格上を上回る頭脳戦。こういったものは全て「フィクションだから」成り立つものだ。別に現実に有るわけではないし、意識したからそう成るものでもない」
「じゃあ、何で人間はそういう「物語」なんて読むんだよ」
「さぁな。私からすればどうでもいいが」
 我ながら作家の台詞とは思えないが、しかし実際、売り上げ以外などどうでもいい。
 私の目的は金であって、物語を書くのは事のついでと言ってもいいのだ。自己満足が出来れば、売り上げ以外などどうでも良さ過ぎる。
「夢を見たいからだろう」
 現実には夢なんて無い。「勝てる人間が勝ち、負ける人間は負ける為、勝つ人間の肥やしになる為だけに、存在する」という「事実」を、幼少期には大抵、持つ側でなければ実感する。
 だから物語を読むのだ。
 せめて夢だけは見たいから。
 この理不尽な現実にも、「いつか良い事があるかもしれない」と、そう思いこむ為に。
「つまり自分自身を騙して現実の痛みを誤魔化すためと言って良い。麻薬みたいなモノだ。鎮痛剤の役割が果たせれば、読者は満足する」
「・・・・・・何か、聞かなきゃ良かったぜ」
「事実、だ。事実から目を背けるのは勝手だが、それで私に怖いだの人間じゃないだの、詰め寄られても迷惑だが」
 文句を言われるのは目障り耳障りだ。ゴミが散らかっていて不機嫌にならないほど、私は懐が広くあるつもりも、特にない。
 邪魔なら始末するだけだ。
 相手が何であろうとも。
「夢とか希望とか、色々あるんじゃねぇのかよ」「だから、それは物語の中であるだけだ。疑似的に希望を魅せたところで、何か良いことが現実に有るわけでもない」
 これも事実だ。ただ希望のある結末を見て、ああだったらいいなぁと、そう思うだけだ。
「そんな、もんかな」
「世の中、そういうものだ」
 そもそも素晴らしいモノはすべからく高値がついている時点で、察するべきだ。この世界にある素晴らしさなど、所詮値札を付けられるモノでしかない。博愛の行動ですら、金がかかる。
 博愛によって笑顔が得られた所で、そんなモノは何も救いはしない。何かを救うのは金の力でしかないのだ。飢えも貧困も、根底にあるのは人の意志であり、人の心だが、それを物語が影響して変えた、などという噺は生憎、聞いたことが無いしな。
 現実には物資を金で買って送ればいい。
 それで病院でも作れば英雄さ。
 どうでもいいがな。
 それに、恥知らずで醜い、という人間の修正を調べるために、私はつい最近、少しばかり実験を行ったのだが、それを省みれば、人間の最も醜い部分というのは、その浅ましさだろう。
 こんな実験をしてみた。
 私の作品を無料で公開してみたのだ。無論、無料サイトで作家気取り、というか作家ごっこを死ている人間と、私の作品が同格な訳がない。読めば違いが分かる程度には、全てが違った。
 だが、それに対して金を彼らが払ったかと言えば、答えはNOだ。あとがき部分に口座番号を張ったりしてはみたが、なんと全員が全員、全く金を払わなかったのだ。
 最後まで読んで満足しておきながら。
 金は払わない。
 それでいいと思っている。
 相応しいサービスに金を払うのは当然だ。彼らが何故金を払わなかったかというと「払わなくても良かった」からだ。サービスの性質上そうなっているから。恐らくはそんな「言い訳」で自分を誤魔化し、勝手に満足しているのだろう。
 やっていることはただの泥棒だが。
 読者ですらない。
 だが、彼らは自分たちを「素晴らしい読者」だと思いこんでいるのだ。その上、評論家気取りで自分たちに相応しい態度をとれ、と浅ましくも要求することすら、出来る。
 分を弁えていないから。
 金も払わずそんなことが出来る。
 流石に怒りを通り越して唖然とした。人間って生き物はここまで「劣化」したのかと、愕然としたものだ。
 デジタルサービスの普及に伴い、人間は口と態度だけは「大きく出る」ことが出来るようになった。と言っても、それこそ「誰かに偉そうにしたい」というしょぼい欲求のなれの果てでしか無くそんな「デジタル上で態度の大きい人間」は、実際に試してみたが、「誰にでも出来ること」すら出来ないような、無能の極みだった。
 無能だから、吠えるのだろう。
 見苦しい限りだ。
 読者を気取っている、金も払わず本を立ち読みして、あまつさえ「無料サービス」なんて頭の悪いモノを喜んで使う馬鹿こそ、人間の最も醜悪な部分をかき集めた出来損ないだと、確信を持って呼べる。
 デジタルコンテンツにしがみついている人間など、生きていなくても良い。
 誰も困らないからな。
 ふと見ると、奴隷市場の人間達は、実に楽しそうに笑っていた。
 まるで自慢のペットでも、自慢するかのように・・・・・・実際そうなのだろう。
 彼らがどうの、と言うよりは、彼らの立場に立てるので有れば、きっと「今奴隷にされている」人間ですら、同じ事をするだろう。
 自分は痛くないから。
 自分が、不利益を得なければ、そんなものだ。誰でもそうする。程度の大小があるだけだ。奴隷にさえている側でさえ、きっと同じだろう。
 立場が違えば主張も変わる。
 やってることは同じだ。
 誰でも。
 まるで魚市場みたいだなと、何となく思った。まぁ魚も人間も同じ生物だ。間違ってはいまい。 売る側と買う側からすれば、同じだ。
 持つ側は何をしても「正しい」これは資本主義経済を認めた奴らの責任であって、正直私にはあまり関係がない。どうでもいいこtだった。
 だから別に救おうとも思わなかったし、哀れだとも思わない。窮地になった人間を助ける義務が倫理的にあるとか宗教家のボスなら言いそうだが生憎、私は別にどれだけ窮地でも誰かに助けられたことなど、ありはしない。
 私には適応されないが他の人間には適応されるルールなど、尚更知らん。
 勝手に助け合えばいい。私は利益だけを頂く。嘘臭い、いや「嘘そのもの」の偽善よりも、誰だって実利を選ぶ。女を買う人間も男を買う人間も根底にあるのは全ての人間が持つ「自分以外などどうでもいい」という心構えだ。
 だから知らん。
 勝手にやっていろ。
 まぁああいう類の人間が、ロクナ末路を辿らないのも有る意味「事実」らしい。私は直接見たわけではないが、所謂「ちやほや」と言うモノに、少なくともここにいる人間たちはきっと慣れてしまっているのだ。それは権力であり、名誉であったりするのだろう。
 思うに「人間性」というモノは「成長しない」と私は思う。別に酷い目に遭おうが、借金を繰り返す有名人の姿は枚挙に暇がない。そうではなく忌々しいことに、だが、敗北や失敗、私が味わってきたような「屈辱的な何か」というのは、人間に「分を弁えさせる」のだ。
 弁えるから、無理はしない。
 無論これは交渉事で手を抜いたり、弱気に出たりする、という意味ではない。ただ、意味もなく自分を偉いと勘違いしたり、簡単に言えば「足下が疎かになる」ことが少なくなるだけだ。
 分を弁える。
 あの女の忌々しい台詞通り、など。
 実に腹立たしい。
 とはいえ、私は彼らと違って別に今までの人生で、何か良い思いをしたわけでもない。そんな生き方を送っていれば、私は作品など書いていないだろう。
 だから関係のない噺だ。
 私の作品が金になってはいけない理由には、断じて成らないだろう。
 言っても仕方がないが・・・・・・あの女の言に従えば、そもそも虚実とも言える「金」とは、概念からして多くあろうが少なくあろうが同じ、ということになる。これは精神論とかではなく、実際的な問題として「金を多く持とうが、結局は保有するのは銀行であり、分を越えて使えばどれだけ持っていようが破滅するので、多く持つことには、「過程が違うだけで「結果」は同じ」であり、やはり意味のないことだということだ。
 それでも私は金が欲しいが。
 有るに越したことはないではないか。
 少なくとも、金がなくて満足するような人間性は、持ち合わせていない。というのも嘘なのか? だが、少なくとも「誰かの都合」でいいように扱われることは無いはずだ。有ったとしても、はねのければいい。
 私はどうでも良い連中のために、自分を犠牲にするつもりは毛頭無い。
 読者の事などどうでもいい。私は私の為に書いているのだ。だから、私の幸福が「他の何か」を優先することで、蔑ろにされることは決して、あってはならないのだ。
「先生はどうしてそんなに強いんだ?」
「私が強い?」
 ジャックが市場を眺めながら移動中の私に、そんなことを続けて聞いた。
「おだてても、何も出さないぞ」
 当然、どう持ち上げられようが落とされようが何も支払うつもりはなかったが。
「いや、むしろ俺は怖いよ。本当に怖い。先生はこの異様な光景を見て、どうして動じないんだ」
「私が動揺したら、世界は良くなるのか? ここにいる奴らが突然心変わりして、奴隷は解放されみんな笑顔になるか?
「ならないけどさ」
「なら、構わないだろう。現実に影響を与えられないなら、テレビ越しに見ているのと「結果」は「同じ」だ。無論私はテレビ感覚で生きている訳ではないが、文明人ぶって無駄な行動をすることが嫌いなだけだ」
「俺は先生に心がなくて良かったと思うよ。こんな行動が出来る人間に「心」があるとしたら、正直言って気持ち悪いからな」
「そうか」
 正直に意見を述べるのは自由だが、私の最低基準では、私に「舐めた真似」をする奴は、問答無用で始末しても良い、と辞書に書かれている。無論辞書の内容は私の気分によるモノだが。
 だから私はこう言った。
「それはそうとして、ジャック。私にそんな舐めた口を聞いたんだ。私は私に舐めた真似をした奴には、「当人の大切なもの」を無惨に失わせることが最近の趣味でな。23ギガバイトにも及ぶ、お前の電脳アイドルおっかけブログだが、たった今削除した」
 それも数十年分はあった。
 私は今日端末を二つ持って来ていたので、片方を使って消したのだ。
「・・・・・・まじで?」 
 人工知能もショックを受けるらしかった。
「何なら電脳アイドルそのものを、有能なハッカーに依頼して消し去っても良かったが、何、私とお前の中だ。舐めた口を聞いたツケは、この程度で構わないさ」
「いつか殺してやるからな」
「怖いな。その際は例の電脳アイドルも道連れにならなければいいが」
「・・・・・・わかったよ、悪かったよ」
「悪かったかどうかではない。態度の問題だ」
 それに、心がないと思うなら「もしあったら」云々の噺をして、私に舐めた口を利くんじゃない・・・・・・私がストレスに感じないように、丁寧に言えばいい。
 今回はたまたま作品の売り上げのことを考えていて気分が悪かったので、ただ八つ当たり的に、ジャックを虐めただけとも言えるが。
 細かいことは置いておこう。
 どうせブログなんて、また書かせればいい。
 他人事だから、どうでもいいのだ。
「はぁ・・・・・・まぁいいさ。最近、あのアイドルマンネリ気味だったからな」
「そうなのか」
 後々恨まれてもかなわないので、何か餌をちらつかせて懐柔しようかと迷ったが、本人が納得しているなら別に構わないだろう。
 どうでもいいしな。
 結局の所今回の取材の目的は「私に足りない何か」を求める旅でもあるのだ。無論、作家としてではなく作品に、だが・・・・・・それくらいの自負があるのは当たり前の噺で、語るべきでもないか。 私は歩を進め、とある仲介人の家へとたどり着いた。
 そこには「等価交換」という言葉がラテン語で書かれている看板があり、古くさくも懐かしい西部劇のような、時代から切り離された空気を纏っているのだった。
 

   4

「何か飲むかい?」
 私は誰かに賞賛されたいわけではない。ただ金が欲しいだけだ。「がんばったね」とか「よくやった」とかそんな中身のない戯れ言には興味は無いのだ。だから「等価交換」なんて看板を掲げている人間に、別に特に好印象を持つこともなかった。少なくとも、人生の晩節に「やっと成功できたよかったよかった」などと、言う気はない。
 そんなモノに意味はないと、知っている。
 私は自分を信じることに疑いはない。己の作品が傑作であることも知っている。だが、「運命」が信じるに値しないことも、また事実だ。
 やるべき事をやり成し遂げたところで、結果には何の関係もないことを、私は知っている。
「怖い顔してるな。まずは座りなよ」
「ふん」
 私は一応軽くテーブルと椅子を調べてから、腰を下げて座った。少し迷ったが、モカコーヒーを頼むことにした。
 美味い。
 苦いモノが美味いというのは、ただ舌がやられているだけかもしれないが。
 構わない。
 健康維持は努めている。この程度でどうこうなるような管理はしていない。あまり健康的すぎても免疫が弱まるしな。なんて、別に言い訳ってわけでもないが、まぁ構うまい。
 何が良いかは私が決めることだ。
「君って奴は相変わらずみたいだね」
 軽薄な男はそう言って、私の前へと座った。対面で誰かといると落ち着かないし、ゆっくりするときは大抵一人で過ごすので、個人的には早く噺が終わればいいな位しか、特に思わなかったが。「相変わらず? 何がだ」
「そうやって人間を辞めている所さ」
「ふん」
 別にそんなつもりは無いのだが。
 私は適当にやっているだけだ。
「どうでもいいだろう、そんなことは」
「良くないさ。ビジネスパートナーだからね、僕は。君の事には興味がある」
「生憎、こちらには無いな」
 どうでも良い噺でお茶を濁す趣味は無い。仲介人の男は言って、ハーブティーらしきものを炒れて、飲み始めた。
「うん、美味い」
「いいからさっさと話せ」
「つれないなぁ、そう急かすなよ。人生は長いようで短いんだぜ」
「何万年も生きている私からすれば、そんな下らん理屈は興味がないな」
 いや、何十万年だったか。
 あまりよく覚えていない。
 どうでもいいことはすぐ忘れる。
「君は長生きがしたいから彼女と「契約」を結んでいると聞いたけど、本当にそうなのかい? 僕には、死にたがりにしか、見えないけど」
「そうなのか?」
「うん。だってさ、君はどう考えてもこの世界に希望も夢も抱いていない。そんな人間が長生きして望むモノって、そんなのは身の破滅くらいのものさ」
「そうでもないがな。私が望むのは金による平穏と、充実した毎日だけだ」
「本当にそうかい?」
「ああ」
 欲しいモノなんて本質的に私は持てないが、しかし金が必要であり、あればあるほど嬉しいのは客観的な事実だ。別に散財する趣味も無いのだがしかし、好きなときに金を使えるというのは、実に良いものだ。
 逆に嫌いなモノはある。執筆だ・・・・・・不思議なことに「傑作」を書いているという自負がある瞬間ですら、あまり私個人の意志とは関係ない方向へ話が進むことが非常に多い。嫌なことがある方が良い作品が書けるという訳でも無く、「書くべき事」が発生したら否応無く書かなければならない、そんな衝動が起こるのだ。
 迷惑極まりない。
 操り人形のように書き続けたことも、一度や二度ではない。確かに充実のために私は作家をやっているが、別にその為に人生を投げ出すつもりは更々ないのだ。
 何事もバランスが重要だ。
 私が言うと、これほど説得力に欠ける台詞も、少ないだろうが。
「君はむしろ、金以外の全てを望んでいるように見えるよ」
 反対の事を言って当たっていたら儲けみたいな詐欺じみた、いわば当てずっぽうでそれらしいことを言っているだけだと、私は判断した。
 見透かした風を装うのは、そんなに楽しいのだろうか? 無論、私は見透かしていても本人が破滅するまで待ったり、知らないフリをしつつ当事者を苦しませる方法を考えるのが好きなのだが。 あまり人の事は言えないと言う噺だ。
「金以外の全てだと? 下らん。この世界には金の他には何も存在しない。愛も友情も勝利も夢も道徳も倫理も全て、ありもしない虚構でしかないものだ」
 実際、そんなものはどこにもない。
 紙上にのみ存在するものだ。
「この世にあるのは金だけだ。この世界は金すらも虚構で出来てはいるが、力と豊かさを兼ね備えるのは金しかいない」
 まるで誰か個人を指すように金を評してしまったが、まぁそういうことだ。金は所詮虚構だ。現実問題保有する大半は銀行のモノであり、また資本主義経済の中では「個人で多くの金を持つ」ことは実際出来はしない。
 銀行に預ける、という体で国が管理するものだ・・・・・・ビックブラザーをあり得ないと思っている奴は、どれだけ資本主義発足から民衆が管理され続けているかを、真面目に考えていないだけだ。 考えればわかることだが、考えない。だから気づかないのだ。
 全てを数値化できる時代はデジタル情報の発達から既に始まっている。本来軍用として扱われるはずだった「インターネット」は民間へと流され一国の管理を容易くした。世界を管理するのは未来を見据える優れた政治家の役目だったが、個人のカリスマ性、そして「信念」とでも呼べばいい「人間らしさ」よりも、「デジタルでの運営」が上回ったからこその「結果」と言える。
 人類は管理できる。
 いとも、容易く。
 人間の意志はコントロール出来る。これは大昔から存在する「技法」だ。オカルトでも何でもない。「集団心理」のコントロールなど、魔女狩りの歴史の遙か以前から存在する。
 催眠、洗脳、これらは「兵器」として石器時代から実用化されているものだ。集団を動かし、操る技法を類人猿は本能で学習し、磨き、後生に伝えてきた。だが、今ではそれらはデジタル情報として、伝達できる。
 誰でもその気になれば、使える技術だ。
 そんな気になる時点でどうかしていると思うがしかし、「権力」だとか「名声」だとかそういう中身の無いゴミを求めるのは、国家の習性と言ってもいい。現実には存在しなくても優越感が有ればそれでいいのだろう。どうでもいいがな。
 さて、そこで問題だ。
 全てがデジタルで支配できる時代に、金以外、つまり明確な力以外で、価値のあるものなんて、あると思うのか?
「君は、愛情とか友情とか、そういう綺麗なモノを、本当は欲しくないのかい?」
 下らん、「本当は何々が欲しくないのか」などと、三流の占い師みたいな言葉だ。私はそんなものは自己満足できる人間なので、いらない。
「いらないな。自己満足でいい。適当な自己満足で私は満足できるんだ。大体が、現実に愛だの夢だの希望だの、そんなモノを持ってみろ。疲れるじゃないか」
「じゃあ、いらないのかい?」
「いらないな。欲しがる理由も無い」
 そもそも、そんなモノを素直に求められて、それで満足できる人間なら、本など書くまい。
 普通に生きることで何も感じないからこそ、私は作家をやっているのだ。
 所謂「標準的な幸せ」など、必要ない。欲しがることがあるとも思わない。別に欲しくもないからだ。
 それが人間の求める幸福かもしれないが、別にいらないんだから押しつけないで欲しいものだ。 金だ、金。
 金だけ持って来い。
 理想だの信念だのは、溝に捨てて構わない。
 金だ。
 金だけが、重要だ。
 他は豊かで余裕のある時に「ついで」で求めればいい代物だ。ちょっと高い新鮮なウナギみたいなものさ。
 私からすればその程度だ。
「ふぅん、そうかい。なら、いいさ」
 などと考えていて、心底何とかせねばと思った・・・・・・こうしている今も、作品のことばかり、作家としてやることばかり考えている。
 私は適当に休みたいのに。
 金になればどうでもいいのに。
 嫌だ嫌だと思いながら嫌々作品を書くことの多い私だが、いい加減それにも対策を持たなければなるまい。具体的には、まだ案は無いが。
 書いて喜ぶのはどうせ読者だ。私には関係がない。読者の喜びなどどうでもいい。大して売れてもいないなら、作品などどうでもいいのだ。
 私個人の平穏と、作品の出来や傑作度合いは、驚くほど関係がないからな。私はどこか遠くで子供が虐殺されていることに、一々善人ぶって涙を流したり訴えたりする人間ではない。
 関係ないモノは関係がない。
 読者の都合など、知るか。
 考えて欲しいなら国の一つ位譲渡しろ、そうすれば考えてやっても良い。
 考えるだけだがな。
 無論、何も支払わないが。
 まさかファンサービスなんて、無意味で疲れることに、私が積極的な訳が無い。適当に猫を被ってやり過ごすのがオチだろう。
 それだって力は入らなさそうだが。
 無駄なことは嫌いなのだ。
 無駄だからな。
「金以外に大切なものね。まぁ、当人次第だろうね・・・・・・命よりも執念が大切な人だっているし」「つまらない返事だな」
 王道の回答ほどつまらないものは無かった。
「そんな小綺麗な回答しか出来ないなら、教師にでもなったらどうだ?」
「そりゃありがたいけど、生憎免許を持っていないよ」
「簡単だろう。子供を殴ればいい。そして飽きたら放っておけばそれで仕事成立だ」
「本気で言ってるのかい?」
 本気も何も、大体皆そんな感じだったがな。
 これも古い考えなのだろうか?
「少なくとも、人間人に何かを教えられるくらいになるまでは、相当な年月がかかるものだ。だが資格さえ取れば、つまり頭さえ回ればその権利だけは手に入る。何なら権利ごと買えばいい。それで安泰の生活を手に出来るなら、安いものだ」
「けど、教師って残業代でないんだぜ」
「しなければいい。さぼればいいのさ。少なくとも教師連中がサボりまくっているからこそ、世の中にはロクな人間がいないんだろう?」
「偏見だね、どーも」
 ポリポリと頭を掻き、彼は「そんなんで人生楽しいのかい?」と聞いた。無論「金次第だ」と私は答えたが。
「君とは相容れそうにないな」
「構わないさ。別に仲良くなる必要など無い」
「そうじゃなくてさ・・・・・・そういう「思想」は、僕には理解しかねることだ。理解できても、共感できそうにない」
「ほう」
 それは本来私の台詞だ。特許料金を徴収しようかと思わなくもなかったが、やめた。
 構わない。
 必要なら忘れた頃に回収してやるさ。利子付きでな。それに・・・・・・案外、私を見る他の連中も、そうなのかもしれない。
 それもやはり、どうでもいいが。
 参考程度にしか、ならなさそうだ。
 ダブルスタンダードの悪用は搾取する側の基本だ。そして私はそれを人生にも応用できるだけだ・・・・・・人間賛歌は尊ぶ、ただし現実的に有用な思想を優先する。政治と同じだ。自由な民主主義を尊ぶ。ただし秘密裏に検閲しつつ実行権利は握っておく。意見は聞くが実行する人間が決まっている以上、独裁となんら変わらないのが民主主義というものだ。私の場合、人間の尊さは認めるが、実在しないという事実を認めているだけだ。
 ただのそれだけ。
 現実には力が勝利する。ただし、私はこの世界の人間の美しさを「愛でる」だけだ。存在しないものでも愛でるだけなら趣味として構うまい。
 その程度の価値しかないとも言えるが。
 人間の本質など、その程度だ。
 私は私が生きやすければ、構わないがね。
「君は独りでいることが、怖くはないのかい?」「別に」
 どうでもいいよ、と私は答えた。
 実際、どうでもいい・・・・・・心ない私からすれば何故、いちいち仲間を求めたり、独りであることに苦しんだりするのだろうか。
 無駄ではないか。
 時間の無駄だ。
 そんな、至極どうでも良いことに、人生の思索の時間を使い切るというのだから、暇な奴らだとしか言いようがない。そんな暇があるなら金儲けの方法でも考えればいいのに。
「人間の幸福は人と繋がることなんだよ?」
「知るか。それはおまえ達の基準だ。私には関係があるまい。どうでもいい。そんなことより金が欲しい。金で私は「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を買いたいのでな」
「買ってどうするんだい? どうせすぐに飽きるし、手に入れたところで意味なんてないよ」
「くだらないな。そうやって道徳だの倫理観だの一円にもならない戯れ言を言っているのが心地良いのだろうが、私は違う。私は私個人だけで、自己満足して完結できる人間だからな。私個人の価値基準、自己満足こそが全てだ。まずは金。そしてそれから暇が有れば、それらしい適当な物語でも読んで、貴様の言う「人間らしさ」を疑似体験して適当に楽しみ、自己満足で満足するさ」
「それで君は満足なのかい?」
「誰もが、人間の理想とする「幸せ」を追い求めていると思うな。おまえ達にとっては価値があり良いのかもしれないが、私にはただのゴミだ。押しつけがましく、ただ迷惑なだけだ。私にとっては、幸福など金の力で如何に自己満足し適当に楽しめるかどうか、でしかないのだ」
 綺麗事の幸福は美しいのかもしれないが、わたしにそれを押しつけられてもただ迷惑なだけだ。 そんなモノはいらない。
 金が欲しい。
 金だけあればいい。無論、使える環境とそれを活かす環境があるのは前提だが。
「ふぅん、まぁいいさ。深くは聞かないよ」
「ならさっさと話を進めろ」
「これも性分でね」
「いいか・・・・・・「誰かに理解されたい」なんて甘っちょろい事を考える人間は「作家」なんて目指しはしないし、相応しくない。「己の道を信じて生きること」は簡単だが難しい。その他大勢の忌々しくも五月蠅い雑音は止まないからだ。例え状況や環境がどうなろうが、やり遂げたなら信じるしかない。無論、それが金になるとは限らない。しかしそれでも信じる。己のやり遂げたことを疑ったりはしない。疑う程度ならまだまだだ。私はこれが間違っているとは思わないし、思うつもりも毛頭無い。

 私が選んだ、私の道だ

 それが「生きる」ということだ。未来のことはわかりはしない。こうしている今も金に大してなっていないからな。だが、私はそう信じて突き進み、そして成功したとしても歩みを止めるつもりはどこにもない。信じる根拠は正直無い。どこにもない。だが「己を信じるだけ」なら金はかからないからな」
「それが、君の信じる理由かい?」
「ただの虚勢だ。現実には金にならなければ、痛々しい限りさ。だが、己を信じてやり遂げたなら後悔などありはしない。疑う余地も無い。世の中の方が間違っているのさ。見る目の無い馬鹿共だと、そう大声で吐いてやるしかない」
 所詮、男の生きる道など、そんなものだ。泥臭くあまり綺麗じゃない。個人的には舗装された道が良かったが、選べないならそれでもなんとかするしか有るまい。
 それで何ともなっていないので、説得力に欠けるかも、しれないがな。
 だが、「事実」だ。
 それもまた、「事実」。
 世の中そういうものだ。
「なるほどね。ありがとう、参考になったよ」
「どういたしまして」
 嬉しくもない。
 前言を翻すようだが、やはり金がある方が良い・・・・・・金も無いのにこんなことを言っても、正直空しいだけだ。
 だが・・・・・・確信を持って言えるのは「こういう屈辱的な状況」だから言える言葉もあるという事だ。成功した作家がどんどんつまらなくなるのはきっと、その気持ちを忘れるからだろう。
 無論、私は既に、環境などに左右されずに、幾らでも書けるのだが。
 そんな低いステージに、私はいない。
 いるつもりもない。
 書くべき事を、書くだけだ。
「コーヒーのおかわりを頼む」
「いいよ」
 まずは一息ついた。
 まぁここまで言っておいてなんだが、金にならない、結果の出ていない信条など信じるには値しない。そんな価値はない。
 世の中金だ。
 金で買えないモノは無い。
 夢も誇りも信条も、全て、買える。
 私には何も無い。
 何も。
 何一つ、ありはしない。
 そしてそれで構わない。人間らしさも人間の楽しみも人間の繋がりも人間の喜怒哀楽も人間の夢や希望も、別に必要ない。
 とりあえず金さえあれば満足だ。それをよく分からない理由で、否定される覚えもないしな。
「そもそも、人間の心理、愛情も友情も信念も科学の力で「数値化」できる代物だ。人間の感情こそが唯一絶対だという考え、それこそがただの思い上がりでしかない。所詮パターン化された行動でしかない」
「本気でそう思うのかい?」
「ただの事実だ」
 人間の思考も、有る程度パターンに分かれているだけだ。複雑化し、知らない種類が現れたとき人間は「個性」を感じる。とどのつまり個性など数がたまたま少ないケースであるだけだ。そして私はそれを参考に作品を書くだけ。
 それを認めたがらない奴は多いが。
 自分たちの「心」が、高尚だと、信じたいのだろう。やっていることはプログラムされたロボットが笑っていることと、大して変わらないのだが・・・・・・「代わりが効かない唯一の存在」であると信じたがる。
 代わりなど幾らでも効くこの世界で、代わりの効かない人物になることを、憧れるのだ。馬鹿馬鹿しい。数えるのが面倒なくらい大勢いるのに、代わりが効かないわけがあるまい。
 運命の相手は代替が効く。
 似たような人間は、必ずいる。
 この世に唯一の個性など、存在しない。
 現実にはそういうものだ。
 物語の中ですら、同じなのだから。
「私は編集担当と仲良くしたいわけでも、俺たちでやっていこうぜと仲間意識を持ちたい訳でも、皆々様のおかげでこの作品を出版出来ましたと、おべんちゃらを売りたい訳でも無い。ただまっとうに生きて、平穏に暮らしたいだけだ。金の力でな・・・・・・他はどうでもいい。それが間違っていると言うなら、大いに結構。私は誰かと仲良くしたり、読者に喜んで貰ったり、皆で力を合わせ誰かのためになること、など「どうでもいい」のだ。倫理的に正しいかどうかなど知らん。他でもないこの「私」の気持ちだ。それが間違っているというならば、私を生け贄にして楽しもうという奴らが何人死んでも構わない。この「私」が自分自身の為だけに始めたことだ。だからその為だけに、全ての力を注いできた。

 だからこそ、金だ。

 金は理不尽を払いのけることが出来る。まっとうに生きる為にも必要だ。何より「どうでもいい誰か」の思惑に、左右されることが無い。道義的に正しいかどうかなど知らん。どうでもいい。正しくなかったところで私は私の為に行動する。正しさなど所詮当人の都合だ。だから私の正しさを邪魔する奴は容赦しない。どれだけそれが正しそうで素晴らしかろうが、私の利益を奪う行為は等しく「邪悪」だ。小綺麗に偽善者でいるよりも、私は自分に正直でいるだけさ」
「成るほどねぇ、いや確かにそういう考え方も出来るには出来るさ。ただ、それを実行する人間は始めてみたよ」
「お前の人生経験が貧困なだけだ」
「はは、そりゃいい。そうかもしれない」
 軽薄なその男は色々積まなくていい経験まで積んでいそうな人間では有ったが、しかし、私のような人間とは、やはり違うのだろう。
 人間のあり方を否定する人間。
 そんな奴の考えが理解できるのは、同じ化け物だけだ。想像はできても共感は出来まい。
 別に共感など必要ないがな。
 金だけだ。
 感傷? 下らない。 仁義? 役に立たない。 倫理観? 搾取する為の方便だ。 常識? 業界の常識など、ただ自分たちに都合の良いルールを適応させているだけだ。遊び場の子供と同じでしかない。
 とどのつまり、皆自分の都合だけを考えて生きているのだ。他の誰かを考えたところで、その誰かは施した奴の事など意に介さない。
 自分だけだ。
 皆、自分の事だけを信じて生きている。
 私程度の自己中心主義など、小さいものだ。
 誰かがどこかで死んだとして、悲しんでいるように振る舞うことはあっても、悲しみはしない。ただポーズを取っているだけだ。誰かの不幸は所詮その当人の不幸でしかない。人間は誰かと悲しみや喜びを分かち合うことなど、最初から出来はしないのだ。
 それを受け入れない。
 自分たちを上等な生き物だと思いこむ。
 迷惑な噺だ。
 まっとうで無い人間がそうであることを自覚した上で、納得する道を粗探しし、歩んでいこうとしているというのに、だ。
 楽で羨ましい。
 自分たちのルールを押しつけて、それでいて自分たちは痛い目をしようとしない。出版社などその典型例だろう。販売代理店みたいなシステムの分際で、まるで自分たちの手柄であるかのように全てを横取りし、感謝を求める。
 そもそもがお前達が独占しているのが問題ではないか、馬鹿馬鹿しい。
 市場を独占して儲ければ何でもいいのだろうが・・・・・・そのお陰で中身の無い「白紙の方がマシ」な本は溢れている。その上別に書いている人間ですら別に本で金を稼ぎたいわけではなく、ただ誰かにちやほやされたいと思って「作家」になる。 狂っている。
 私などより、ずっと。
 しかしながら、私がどれだけ本を書こうが、結局の所力を持つ「持つ側」には勝てないということだろうか? そうかもしれない。少なくとも、今のところは勝利を収めていない。
 それに前提として「売れるから売れる」心理傾向にこそ、問題はあるのだ。人間全体の心理が未熟な限り、良い商品は必ず埋もれてしまう。

 売れても売れなくても儲かるようにする。そんな半端な気持ちの人間に、本は売れないのだ。

 売れても、所詮知れている。そして中身が充実することは、やはり無い。
 少なくとも目の前の一セントに敏感なくせに、ローンを組んで買い物をするような馬鹿共には、期待するだけ無駄だろう。目の前すら見えていない人間に、期待できる部分など、ありはしない。 ならば、無駄なのか。
 それも、「結果」で判断できる。
 世の中、そんなものだ。
 案外、私みたいな人間も、他にも大勢いるのかもしれないぞ・・・・・・異質だと思っているのは周囲のあいつ等だけで、普通にその辺に住んでいる可能性だって有る。少なくとも可能性だけで言えば何事でもそうだが、可能性が無いことなど、どこにもないのだから。
 可能性があるだけで不可能なことも多いが。
 生きるとはそういうことだ。
 不可能性で世界が構成されているなら、諦めて妥協するか、不可能を可能にしようと考える大馬鹿かどうかだ。私の場合、挑戦権そのものが無かったので、ルールの外側からのアプローチが非常に多く、いらない労力を消費しているが。
 面倒な噺だ。
 それこそ凡俗なら私のような異形の人生を、歩みたがったりするのだろうが、冗談じゃない。楽が出来るに越したことはない。平凡であるという事はつまり、平坦な人生であるということだ。無論私はそんなクソつまらない、死体があるいている方がマシ、みたいな人生は送りたくもないが、適度に充実して自己満足でいるなら、その点は解消できるはずだ。
 出来ないなら出来ないで、他の方法を探すが。 とはいえ、「生き甲斐」として、充実させるための自己満足でしかない「作家業」ふん、作家の業と読んで作家業が、どうにも離れなくなっているのは問題かもしれない。
 書きたくも無いのに筆が勝手に進むのだ。もう私の指が勝手に動いているだけかもしれない。そんな感覚であるのは確かだ。そしてその方が考えて書くよりは出来がよく、書き終わった頃には、いつのまにか時が過ぎているというのだから、何だか分からない噺でもある。
 金になればなんでもいいのだが。
 業というのは背負うことは出来ても、途中で投げ出すことは出来ないらしい。これは人類史上初の大発見だと言える。発見したところで、一円ドルにもならないが。
「弱さによる強みすら、本来有るはずのその方法ですら、私は全く上手く行かないからな。人を使えば有る程度事は運ぶのだが、それも結局は金になっていない。なにもかもが、上手く行かない。だがそれでも金だけは求めなければ。上手く行くかどうかこそ「どうでもいい」からな。成功も勝利も些細なことだ。どう呼ぼうがどうでもいい。問題なのは金になるか、どうかだ」
「いいねぇ。僕はそういう考えは好きだよ」
「嬉しくもない」
「君の考えは面白いな。きっと、僕が紹介するよう頼まれたじいさんも、喜ぶと思うよ」
「例の協力者か」
 どんな人間だろう。いや、想像はつく。時代遅れで、誰からも賞賛されず、それでいて夢見がちなのだろう。私との違いは実利より人間の意志を尊重している所だろうな。
 パイプラインの反対などをしている時点で、性格は分かる。現代社会に馴染めないのだ。遅れた考えだから、そりが合わない。
 要領が悪いだけかもしれないが。
 私は上手くやりたいものだ。
「彼ならここに住んでいるよ」
 といって、地図を取り出し机に置くのだった。今時珍しい。紙の地図なんて皆、もう使わなくなってしまった。デジタルの恩恵は何にでも広く与えられるが、それが突然使えなくなったとき、あらゆる自然現象や紛争で便利でなくなったとき、依存しすぎてパニックになるのだから、正直、考え物だ。
 自分で考えることを、やめるということだ。
 本質よりも実利を追求するとは、そういうことだ。無論、私は実利の方が欲しいのだが、どうせ作家なんてやっている時点で考えることはやめられないのだ。本質など考えたところで、結局は、中身の無い人間が勝利するのだから、綺麗事より実利を重視した方が、現実的ではありそうだ。
 ま、なんでもいいがな。
 私は平穏に暮らしたいだけだ。
「ふん、どれ」
 と見てはみたが、さっぱりわからない。いや有る程度は分かるのだが、距離や地形が大雑把すぎて、心配なくらいだった。
 だが、とりあえず「向かう先」は、決まった。 時代遅れの老人のいる場所。
 どうやら、そこが今回の作者取材の旅、そのターニングポイントであるらしかった。

   6

 努力に意味はない。
 極寒の吹雪に視界を遮られながら、私は老人の家のある方向へ向かっていた。こんな極寒の中で「根性論」ほど役に立たないモノはあるまい。
 人生も同じだ。
 努力しているから、とか、あるいはがんばっているから、とか。そんなモノに意味はない。どれだけ尊かろうが「結果」が「全て」だ。
 そうではないと言う奴は、摂氏マイナスのこの地獄のような環境で、鼻歌を歌いながら服を脱ぎ出すようなものだ。物事の本質を見ていない。
 過程ほど下らないモノは無いのだ。過程とは眺めて楽しむものであって、それが何かを生み出すかどうかとは、関係がない。
 努力しようが頑張ろうが、信念に殉じて前へ進もうが、「結果」とは関係がない。
 何一つとして。
 とはいえ、それでも結局は進むしかないのだ。例え極寒の中寒くて家に返りたいと思っていても「進みすぎた」人間というのは、良かれ悪しかれ引き返せるような中途半端な生き方をしない。
 もうどこへ引き返して良いかもわからない。
 それでも進む。
 やるしかあるまい。それで途中で倒れたとしても、無念は有っても後悔はない。無論、無念に倒れるのが御免被るからこそ、前へ進むのだが。
 寒い。
 苦しい。
 痛い。
 前が、見えない。
 未来に絶望しか、無い。
 それでも私は進んできた。だが、どうやら結果とは何の関係もなく、無駄だったらしい。
 未だに私は、勝利を掴めていない。
 持っていないという、持つ側にいないという、実に下らない理由でだ。
 うんざりだ。
 無謀だと思って一体、どれだけ歩いたことか・・・・・・もう覚えていない。それ位、私は長く、遠い遠い回り道を、歩いてきた。
 結果、何一つ得なかったというのだから、笑いすら起こらない。
 妙な虚脱感だけがある。
 無駄だったか、と。
 無論、現実問題歩みはもう止められない。いっそのこと拷問を受けているのと変わるまい。じわじわと真綿で絞められ、苦しいというのが何だったのか、忘れる位苦しみ続ける。
 いい加減、うんざりだ。
 理不尽も理不尽を作る人間も、それを容認する世界にも、うんざりする。だが、こちらがどう変わろうが世界は変わらない。世界は私のような人間には興味がないのだ。神がいたとして、人間を見守っているとしても、それは華々しい部分を愛でているだけであって、間違いなく私のことは、知りもしないのだろう。
 神なんてモノがあったとしても、やはり人間の醜い部分など見たくもないだろうしな。どうせなら簡単な、適度に失敗して適度に成功する、そんな小綺麗な人間賛歌を、好むはずだ。
 化け物の人生ほど、面白いモノも無いのだが。小綺麗な人間など底が知れるし見飽きている。だから私は人間の領分を外れて生きている「個性」の方が、面白く見応えがあると、感じるのかもしれない、
 だが、勝てない。
 いや、実利が掴めない、と言うべきか。
 掴むべきモノを掴めない。本来手にして然るべき当然の報酬を、中々手に出来ないのだ。困ったものだ。化け物は波瀾万丈に生きるかもしれないが、別に見せ物ではないし、何かを掴めない。それに持つ側の人間の方が、応援するのは楽だろうしな。
 まぁどうでもいい。
 神なんてモノがいたとして、それは関係のない噺だ。宇宙人(私は世情に詳しくない、というかテレビすらみないのでよく知らないが、だいぶ前から交流は有るらしい)と同じだ。いたとして、いなくても、やはり私の人生には何の関係もない・・・・・・神も悪魔も所詮自分の都合で動いているだけだ。良いイメージの権力者か、悪いイメージの権力者かの、違いでしかない。
 いてもいなくても、まるで等価だ。
 私の人生は一ミリも豊かにならない。
 関係がない。
 だから、どうでもいい。
 私の望む豊かさとは、関係がないのだから。
 吹雪で前が見えなくなってきた。まるで私の人生みたいだ。前が見えなく、そして大抵ロクな事がないくせに、希望は全て幻想だ。上手く行くと思ったら、それは持ち上げて落とすただの嫌がらせみたいなイベントでしかない。
 いい加減ワンパターンだ。もう少し面白く出来ないものか。
 今回の依頼にしたってそうだ。パイプライン建設など、どう考えても既得権益を守る為のモノでしかない。先ほどの努力が無意味というのは、そういうことなのだ。つまり「努力」という言葉は既得権益を守る為にある言葉で、何かを成功に導く言葉ではない。「努力義務」により改善しているというアピールの為に、作られた言葉だ。
 既得権益を守る為にある言葉だ。
 宇宙太陽光などの古いエネルギー施設が残されている理由も、それに起因する。国家は政治家の利益の為にあるのだから、当然だ。法的な措置を取ることで利益を得られるようにする。その為に今回のパイプラインも存在している。
 極々一部の人間の為に、社会は存在する。
 ともすれば私の試みなど無駄かもしれない。どれだけ物語を書こうが、世間全体がそういった風潮に左右されるのでは、意味がない。
 その答えも、恐らくその老人とやらは、私とは違う答えを出しているのだろうか・・・・・・どこにいるのかも分からない人間の為に、人生を左右されているという点では、気が合うかもしれない。
 火星には随分昔から住んでいるらしいが、文化水準はちぐはぐというか、狩猟民族が住む田舎惑星だったはずなのに、国家の利益のためだけに、文化レベルを無理矢理、頼んでもいないのに、上げられたそうだからな。
 誰かの為、現地に住む人間の為という詭弁の上で、パイプライン建設とそれに伴う現地の整備を終わらせてきたわけだ。補助金という名前の賄賂を差し出して、奪われた。いや、奪われたというのも違うのか。当人達の意志を、金と権力と暴力で「ねじ曲げ」た。
 羨ましい。
 他者の信条を、無理矢理だろうが何だろうが、変えることが出来れば、自分では無い誰かにへたを押しつけて、自分だけは利益を得ることが出来るではないか。綺麗事などよりも、私はそういう「搾取する側」に回りたい。
 綺麗事はいらない。結局のところこの世界に、因果応報などと言う都合の良いモノは無い。やったもんがちだ。誰を殺そうが踏みつけにしようがどれだけ他者に押しつけようが、結局のところ、美味しい汁を吸える人間こそが「結果」実利を得るのだから。
 吹雪の向こうに小屋が見えてきたところで、私は思考を中断した。
 細かい噺の答えは、そこに住んでいる老人が、教えてくれるだろうから。

   6

 パチパチと火が灯っていた。
 薄暗いログハウスの中で、私は老人と向かい合ってソファに座っていた。家は木製の癖に、やけに良いソファとテーブルを使っている。と思ったらどうもソファは狩りでしとめた動物の毛皮で出来ているらしい。テーブルは普通のガラス製に見えるが、案外これも作ったのかもしれない。
 時代遅れ。
 それを地で行っているらしい。まぁ、私のような作家が言うのも、らしくないか。
 作家など時代より早すぎるか遅すぎるかしなければ、つまらないものだ・・・・・・結局のところ「今ここに無い何か」を伝えることが仕事だと言って良いしな。
 だから誰とも相容れない。
 相容れるような奴は、作家失格だ。
 相容れるような思想など、物語に値しない。
 まぁだからって売れなくても良い訳ではないがな。売れるに越したことはない。いつだってロクでも無い作品が売れているのもまた、物語の特徴ではあるが。
 実際、「本物」とは認められないからこそ本物なのだ。レトリックに聞こえるかもしれないが、そうではない。「聞こえがよくて中身がない」モノが売れるのは当然だ。中身もなく自信も無い、自分で自分のことを考えられない人間こそが、いつの時代でも大多数を占める。この法則がある限り、「新たな常識を打ち出す本物」は、どんな分野であれ認められないことが前提になるのだ。
 悪い冗談だが。
 笑い死にしそうな冗談だ。
 冗談みたいな現実だ。
 そして、何も考えずに生きるなどという、恥知らずな生き方を良しとしなければ、誰だって異端になる。異端を求める凡人の話はよくあるが、私から言わせれば「何も成し遂げようともしない」ただのクズが、成り上がることなど有り得ない。 成し遂げた上で、認められるかどうかだ。それはそのまま「金になるか」と言って良い。優秀な理論を書き上げた科学者は多くいる。ただ単に、周囲に認める脳味噌がなければ、誰だって異端になるのが世の常だ。
 異端のまま終わるか、認め「させる」かだ。
 無論、選ばれなければどう足掻いても無駄だ。幸運がなければどんな人間でも、勝てない。私は今まで運に見放された人間が勝つ様など、未だかつて見たことがない。
 これからも無いだろう。
 運不運とは、そういうものだ。
 少なくとも、認めよう。私は勝てなかった。あらゆる方策を試し尽くし、手を変え品を変え、時には己で動き、時には人を使い、時にはあらゆる手段を行使した。

 だが、「運命」に人間は勝てない。

 それが証明されてしまった。面倒な噺だ。実利が有ればそれでいいとはいえ「敗北の運命」に、私はどうしても勝てなかった。
 何をどう足掻いても、上手く行かない。
 昔からそうだった。
 どう尽くしても必ず最悪の形になり、失敗から学んでも結末は同じだった。無駄は無駄。そう知りつつも諦め悪く何年も何十年も何万年も続けてきたが、無駄だった。
 皮肉なことに誰よりも「結果」を重んじることで「過程」を選ばず目的を遂行する作家は、物語で実利を手にするという「当たり前の報酬」すら手にすることは叶わなかったのだ。
 そのくせ、未だ作家業をやめることも、もうできないというのだから、生殺しも良いところだ。 読者の為ではない。
 己のために、書いたつもりだったが・・・・・・運命という存在は、どう足掻いても勝てない、変えられない。だが、それなら私の人生は「運命」で定められているからなどという理由で「無駄」に終わると言うことだ。
 実に腹立たしい。
 どうしろと言うのか・・・・・・私の意志が反映されない世界に、何かを期待するなど無理な噺だ。それでも私は止まることが出来ない。
 忌々しい。
 実に。
 最初から無駄だったという「事実」。そんな程度のことは子供の時から分かっていた。何か方法くらい有るだろうという考えは、甘かったのかもしれない。
「年寄りの話は長いぞ」
 そう言ってその老人は私の前に座った。顔に皺は入っているが、気力に溢れた顔つきをしている・・・・・・まるで兵士のようだ。動物の毛皮のコートを着ていて、狩人としての風格と威厳が、その古くさい格好からにじみ出ている。
 そんな印象の老人だった。
「構わないさ。そうでなくては作品の取材にならんからな」
「ふん、若いの・・・・・・あのパイプラインの件で呼ばれたのだろうが、「あれ」をどう思う?」
 私は出されたコーヒーを啜り、一息ついてから「燃料でも運んで、今時珍しいローテクな家電製品を売り出すんじゃないのか?」と、至極適当に答えた。
 だが、
「いいや、違う。あれは燃料なんて運んでいないのさ。目端は利くようだがまだまだだな。あれの中身は空洞だよ」
「何だって?」
 空洞のパイプライン。そんなモノがあるのか? いや、あったとして、それでどうやって採算を取るというのか。
 意味が分からない。
「そもそも、今時古くさい化石燃料による資源など、連邦の奴らは望んじゃいない」
「じゃあ、何だ? こんな辺境の惑星で、何を連中は取り出している?」
 その答えは恐るべきモノだった。
 老人は蝋燭の光に照らし出されながら、その恐るべき現実について語り始めた。
「今世紀初頭、新型振動核弾頭の開発に、銀が連邦は成功した。必要なモノは特殊なレアメタルとブラックボックス化した特殊理論。理論の方は、連中が実験を握っているが、必要な資源に関しては情報が割れている。採掘量と比例すればどのくらい作られているか分かってしまうからな。それでは意味がない」
「意味不明だからこそ、情報が確定されないからこそ、政治的なカードとして切れる、か」
「その通りだ。実際の採掘量はどうしたって「誤魔化す」必要がある。だが人道団体やエコロジストの手前、その本来の採掘量を大幅に減らす、その必要性が生じてきたのだ」
「成るほど・・・・・・政治的背景は理解したが、それでなぜ、こんな惑星でやる必要がある?」
「一つは、忘れられた場所だからだ。科学が幾ら進もうとも、自分たちの住んでいない土地に、興味を持つ人間は少ない。地球を追い出されたからというもの、人類は合理性を考えて行くようになった。地球も火星も、最早大昔の思い出でしか、ないのだ。いや、この場合忘れられて捨てられたと言うべきか」
「心理の盲点を突くわけか。いつの時代も変わらないな」
「物事の基本だからな」
 言って、彼もコーヒーを啜る。
 今時、豆で挽いたコーヒーなど、誰も飲まないだろう。インスタントやレトルト食品の割合は、およそ七割。つまり十人中七人は、生ゴミの心配を一切しなくて言い訳だ。
 だから青白くて健康的すぎる、ひ弱そうな人間の姿が、最近の主流だ。
「衛星の監視を逃れるという意味合いもある。どれだけ大がかりに物事をやろうが、所詮人間は、表面だけしか見ない生き物だ。監視と言っても表面上問題がなさそうに見えれば、誰も気にしない・・・・・・監視する衛星は高価で優秀でも、それを管理、運営するのは時給25ドルの兵士だからな」「ふん。それで」
「その核物質を横領し、独立しようと言う空気すら、この惑星には流れている。ゲリラもよく分からない奴らばかりだ。取って付けたように「自由」を求めるkょうさんしゅぎしゃによる自爆テロ、活動まで、活発になってしまった」
「ついこないだまで田舎だった惑星が、随分人気者になったものだ」
「冗談じゃない。結局の所、大国の下らない意志に巻き込まれただけだ。自分たちの目の届かない所では、残虐な行為も殺人も許される。権威を手にした人間の行動は、ワシが子供の頃から、まるで変わっていない」
「・・・・・・言っては何だが、どうせ無駄だろう? はっきり言って、仮に今回パイプラインを破壊したところで、また似たような事を始めるだけだ。理不尽に敗北することが定められているこの状況で、一体何がしたいんだ?」
「ワシは、意志を残したい」
「そんなものは、幻想だろう。お前が何を成し遂げたところで、すぐに、皆忘れる。流されて、飽きられて、それで終いさ」
「否定はせんさ。だが、脈々と受け継がれてきたこの自然を、太った金持ちが涎を垂らして美味い食い物を食べるために、利用されるのは我慢ならんだけだ」
「時代遅れだな」
 人の事は言えないが。
 だが、そう思うのだ。
 結局、無駄ではないのか?
「確かに、そうかもしれん。だがそうでないかもしれん。やることをやらなければ後悔が残る。ワシはただ、己に従っただけだ」
「やれやれ」
 精神論根性論。まったくもって御免被る。
 そんなものに巻き込まれるのは御免だ。だが、最後まで見届ければ、参考くらいにはなるだろう・・・・・・そしてそれを、作品に書くまでだ」
「私は科学技術には詳しくないが、テレポートだとかで、安全に移動させればいいのでは?」
「そうも行かんのだ。テクノロジーが進化するということは、それを管理する能力も向上するということなのだ。誰が何をテレポートしているか、非公開だが既にそれらを管理している」
「銀河連邦が管理しているのだから、やりたい放題ではないのか?」
「基本はな。だから臓器売買や麻薬密売などは、国家が主導して行っている。だが、ことが核兵器のような軍事機密になると、そういった販路を使うのは難しい。情報が流出した場合、現地の人間以外も、テロリズムを促進して活性化させ、奪おうとするだろう。事実、今回など情報規制をしても嗅ぎつける奴は嗅ぎつけ、独立運動に利用しようとしている。だから、仕方ないのだろう」
「自業自得だと思うが」
「そうだな・・・・・・過ぎたテクノロジーを持ちすぎたのかもしれん。ワシは別に民族としての生き方を強制するつもりはないが、だからといってハイテクにかかりきりでは、人間的な成長は決して、望めないモノなのだ」
「別に、誰だって成長したくてやっている訳じゃない。私は作家だが、売れればそれでいい。その最近の若い人間も「金になれば」それでいいのだろうさ。現実に自分が豊かかどうか。誰だってそれを気にするだろう」
「だが、豊かさは過ぎればただの傲慢になる。それは油断を生み、油断は悲劇を生む。ワシもお前も、油断できない状況下で生きてきた。だからこそ何かを成し得るのだと思う。ワシは意志を後生に受け継ぎ、お前は物語で人々に教えればいい」「ふん、下らん。金、即ち「実利という結果」がなければ、貴様の思想も私の物語も、誰一人として語り継ぐ事はあるまい」
「そうかな・・・・・・ワシはそうは思わない。確かにワシだって、見向きもされず今まで生きてきた。だが、だからといって意志が受け継がれず、消えてなくなる訳ではあるまい」
「現に、消えてるじゃないか。このあたりでそんなことを行っているのは爺さんだけだと、そう聞いているが」
 老人は何かを思い出したのか、目線をどこか遠くにやりながら、しかしこう言った。
「そうか、そうかもな・・・・・・あるいは、そうやって誰一人受け継がなくなったときこそ、人間の滅ぶときかもしれん。だが、若いの。ワシもお前も性分でやっているのだから、仕方有るまい。損を承知でやめられんからこそ、面白いモノも、またあると思うぞ」
「私はそうやって、実利を諦めて悟った風に妥協するのは、嫌いなのさ」
「・・・・・・本質を見失えば、合理化の果てにある国家のように、数値以外が見えなくなる。本当に大切なモノを見失う」
「下らん」
 所詮この程度かと、落胆したのかもしれない。まぁ年寄りに期待するのも勝手な噺だ。仕方有るまい。
「本当に大切なモノだと? 私にとってそれは金と平穏だ。美しいのは認めるが、だからって押し売りされる覚えもないな。人間の道徳など、クソの役にも立たん「持つ側の言い訳」だ。余裕のある人間だからこそ、そんな無責任な台詞が吐ける・・・・・・勝って初めて綺麗事を吐く権利が出来るこの世界で、綺麗事に価値はない。「結果」こそが「全て」だ。過程に尊さを問うなど、諦めている証拠だ」
 私はそんなモノいらないしな。
 お前たちからすれば高尚で美しくても、私からすれば役に立たないただのゴミだ。
 それを押し売られても迷惑だ。
「・・・・・・かもしれん。だが、ワシはそういう在り方が「性に合わない」のだ。だからこれは意地の問題でしかない。ワシはそれでいい」
「ふん、私は御免被るな。だから今回は協力体制と言っても、私は貴様と心中する気はない」
「構わんさ」
 所詮年寄りの自己満足だ。そう言って彼はコーヒーを啜り、また一息ついた。年寄りは理想と綺麗事を胸に死ぬのは良い気分かもしれないが、若者からすればたまったものではない。現実に美味しい思いをしている「搾取する側」本質よりも、実利を得ている人間の姿を皆が知っている。
 現実はその程度であることを、皆知っている。 だから過程に、本質に重きを置く人間など、破綻していると言って良い。
「所詮本質など、余裕有る人間に付属するおまけのようなものか」
「さて、な。それを判断するのはワシ等ではない・・・・・・周りが勝手に決めることだ」
「違うな、それは逃げだ。己自身で判断すればいいのだ。問題は、それに周りが付いてこれるかどうか、だ」
 無論私は自惚れているわけではない、ただ純粋にそういった自負を持たずして、どうやって事を成し遂げるのかと、強く思うだけだ。
 当たり前の事だしな。
 少なくとも、私にとっては。
「だから本質が受け入れられるか、どうかですら問題ではない。問題なのは金だ。全ての問題は人間の心から生じ、そして大体は金から発生するものだ。女の激情以外の問題は、大抵が金で解決できるからな・・・・・・どう綺麗に取り繕おうが、私は誤魔化せない。貴様は、「信念を金にする」為に手を尽くすことから、逃げただけだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 時代遅れの男が二人。
 室内で言い合って、お互いに思うことは自分たちの在り方だ。無論どちらも引かないし、どちらもそれを正しいと信じている。だが、どちらも淘汰される運命には、打ち勝っていない。
 それにどう応じるか。
 私が知りたいのはそれだったのだが、こうなってくると拍子抜けだ。精々死に様を派手に彩って欲しいものだ。そうでなくては作者取材の意味が無いからな。
 綺麗事はいらない。
 金が欲しい。
「じゃが、貴様の書く「物語」とて、中身のない偽物は淘汰されるだろう? そういうモノだと、思うがな。後の人間が伝えればいい」
「下らん。私は死んだ後に奉られるのなど、尚更御免だ。今、ここなんだ。今ここにいる「私」が豊かに成るために、全ての作品は在る。それが出来なければ私にとって、物語は価値がない」
「読者からすれば、そうでもないだろう」
「いいや、「私」からすれば読者が喜ぶかどうかなど、どうでもいいことだ。だから読者が喜ぶかどうかなど、私の価値基準には存在しない。皆の為になったから、などという言い訳臭い偽善臭のする言葉を吐く為に、私は書いていないからな」 淘汰されるかどうかさえ関係がない。誰かが私の物語を伝えて、意志が伝達したとして、それは私の財布の中とはまるで関係がない。
 驚くほどこの世界は、他者の犠牲と己の実利が関係ないように出来ている。
「巡り巡って、いずれはそれも、実を結ぶものだと思うがな」
「その理屈で行けば、私の作品はとうの昔に金になっているさ」
 大体が、得られて当然の報酬を得ることが出来ていない現状で「因果応報」など笑い話だ。
 後々から得るのでは意味がない。ただ単に、結果を出したことに大して、世界が鈍感なだけだ。それを言い訳されても困る。
 成し遂げた事に金を払うのは、本来当然だ。
 それを威張るな、馬鹿が。
 空気に踊らされて本を買う読者共など、とうの昔に見切りをつけている。金を払わない読者など関係ないただの他人だ。そして評論家気取りでキーボードを叩く奴は多いが、電子の世界でしかまともに意見も言えないようなカスを、喜ばせるために書いているわけでもないのだ。
 金の為だ。
 私の充実の為。
 私の為でしかない。
「それで、パイプラインの破壊が目的ではないのか? 話を聞く限り、資源が持ち運びされているようだが」
「ああ、そうだ」
 言って、彼は資料らしきモノを取り出した。
 そこには。
「・・・・・・何だこれは」

   7
 
 
 
 世界は金で出来ている。
 暴力が正しさであり、権力こそがルールを作る・・・・・・そして、愛は依存であり恋は身勝手であり友情は利用であり、銃を振り回す人間こそが持つ側に回り、搾取するからこそ豊かさが手に入り、人の尊厳を奪うからこそ幸福になれる。
 ただの事実。
 その事実から目をそらす人間というのは、どうも「完全なる暗闇」に弱いらしい。全く光のない坑道を歩きながら、私はふと、そう思った。
 古く使われていた坑道から、採掘場へ移動し、そこで事を行うのだ。犬ゾリでの移動は非常に堪えたし、暗い内に移動したので、一日以上完全なる暗闇に入っていることになる。
 変な昆虫だけが心配だが、まぁライトは持ってきているし、暗闇そのものは問題ではない。少なくとも、私にとっては。
 見せられたのは坑道の地図だった。
 こういう完全な暗闇を見続けると、世の中はクズに天罰などありはせず、人を食い物にすればするほど儲かるという事実、世の中の汚い現実をみようとしない人間からすれば、恐ろしくてたまらないのだそうだ。
 穴の中に刑務所を作る話もあったが・・・・・・完全な暗闇の中では大抵は発狂し、駄目に成ってしまう。精神が持たないのだそうだ。
 下らない。
 暗闇で発狂すると言うなら、最初から狂っていればいいではないか。それなら、私のように暗闇で参ることもあるまい。
 昆虫はイヤだが、暗闇そのものはむしろ好みではある。あまり光を浴びなさすぎるのも考え物だが、紫外線とかを考えれば暗闇の方がいい。
 完全な暗闇を進みながら、そんな事を考えていた。当然、あの老人も行動はしているのだが、今回は別行動だ。
 だからいるのは小うるさい人工知能だった。
「なぁ、先生」
「何だ。今地図を読んでいるんだが」
 この地図間違っているのではないだろうな。いざとなれば刀で掘り進めばいいが。
「暗闇を怖がらないのはどうしてだい?」
「さぁな。存外、いつも暗闇の中にいたから、ではないのかな」
 思えば私の人生に、光など射したことがあっただろうか・・・・・・無かったと断言できる。何も、なかった。暗闇の中、私は進んできた。
 華々しい光の道を歩く方が、楽で充実した生活が出来そうなものだが。
「そうかな、俺はそうは思わないぜ。どんな光だって永遠じゃない。だが、光の元を歩いていればそれを忘れがちになる」
 その点、先生は暗闇を知り尽くしているじゃないか、などとお世辞にもならんことをジャックは言うのだった。
「それが何だ? 知らなくても良いではないか」「いや、むしろ生きる上では知っておかないと、知らなかったときに抜き差しならなくなっちまうと、俺は思うね。予防注射みたいなモノだよ」
「役に立たないからいらないがな」
「そうでもないさ。生きる上で、理不尽に合わずに終われる人間は稀だ。そしてそれが「光り輝く道」を歩いてきた人間では、全く対処できないからな。一歩先は闇、とはいうが、まさにそんな感じだろう? 実際、若くして成功した人間ほど、先生の大好きな「金」の危険な部分を知らないで「投資」だとか金を貸したりだとか、「麻薬」だとかそういう「生きる上で危険なもの」を知らないで歩いている。歩くスピードこそ早いが、その分落とし穴に落ちやすい」
「なら、落ちないで歩けばいい」
「そうも行かないさ。人間って奴は分を越えた金や富を手にすると「自惚れ」という厄介な病にかかるからな。その点先生は、こんな上も下もわからない、普通の人間なら発狂する状況でも、慣れている、という異常な理由で難なくこなせる」
「嬉しくもない」
 そもそも、本質的に人間と「共感」できない私からすれば、「自惚れる」ことも出来ないのだ。「ある意味羨ましい。私は自惚れたくても、どう足掻いても「出来ない」からな。酒で前後不覚になることも煙草で自分を誤魔化すことも、女に溺れることも、私は「出来ない」んだ。なら、それに見合った「平穏」位は欲しいものだがな」
「そう言うなよ。だからこそ先生はこんな環境でも対応できるんだぜ?」
「別に対応したくもない。私は苦境で動じないために手を尽くしている訳ではない。私が、ただ平穏で豊かな生活で「自己満足」する為に、仕方なくその非人間性を、可能な限り役立てているだけだ。まぁ、実際私の性質が、私を豊かにしたり、役に立つことは無かったがな」
「そうなのか?」
「当たり前だろう。人間社会は人間が構築するものだ。世界のルールから外れた怪物、あるいは神と呼ばれるモノでさえ、同族がいる。究極的には同じ狂っている人間ですら「役不足」と感じてしまう私は、どんな場所にも馴染めないのさ」
「馴染めないが故に、悩みもしないじゃないか」「悩みはするさ。ただ解決する方法は有り得ないというだけでな」
 我ながら完全な闇の中で元気なものだ。ここで悩んだり困ったり、あるいは参ったりできれば、私ももう少し、人間に馴染めるのだが。
 中々上達しない。
 人間の物真似は。
 思えば、人間の物真似をして生き始めた時点で私は「非人間の狂人」として、歩みを進めてきた・・・・・・別にそれ自体に被害者意識を覚えるほど暇な人生は送っていないが、しかし、その分金を手に出来なければ「割に合わない」というのが素直な感想だ。
 割を合わせる。
 ただのそれだけの動機なのだろうか。
 この暗闇の先に求めるモノは。
 逆に暗闇を歩いてこなければ、自分で何かを変えようとする意識に欠ける、ということか? 残業地獄で死ぬまで働く人間みたいに。死ぬまで働いて苦しんで死ぬことよりも、その場所を離れて他でやっていくことの方が困難に感じるから、劣悪な環境を受け入れてしまう。
 環境も悪いが本人も悪い。
 アテが無かろうが、危険からは遠ざかるのは生きる上での基本だ。社会的な「立派さ」に囚われすぎて、思考を停止しているとも取れる。同情するのは勝手だが、環境が悪いからと言って本人が悪くない訳ではない。私のような悪人が環境を問わず産まれるように、そういった人間は、意識を変えない限り生き残れないだろう。
 会社に限らないのだが、例えとしてはそれがわかりやすい。一つの場所が駄目だったのに、変えようとしないで自滅する。あるいは変えることが恐怖なのか、挑戦権があるにも関わらず、逃げるのだ。
 そういう人間は多い。
 人生に「安泰」を求めるのだ。何かにすがって得られる「安泰」などどこにもない。寄りかかるなら己自身だ。あるいは、己自身で作り上げた何かに、もたれ掛かるのが良いだろう。
 周りがどう言おうが「己を通す」こと。
 過労死による自殺も人権侵害も、政治的な問題も組織間でのイザコザも、大体これが原因だ。
 通すことから逃げるからだ。
 同情の余地はない、なぜならそれは「生きる」ことから逃げたという事だ。生きる事と向き合っている私からすれば、実に腹立たしい。
 お前たちはそれでいいのか?
「全く、因果な人生だ」
「そりゃそうだろうさ。作家の人生に波瀾万丈がなければ、つまらないだろう?」
「波瀾万丈と言うより、ただの暗闇だったがな」「だからこそさ。暗闇の歩き方が分かる、そんな物語が出来上がるからな」
 ああ言えばこう言う奴だ。
 忌々しい。

 

「生憎、私は物語の善し悪しなどどうでもいい。売れるかどうかだ」
 傑作度合いは売れるかどうかと関係ない。
 作家業はあくまでも自己満足の手段であって、作家としての成長よりも、金が優先される。もし私が作家として成長しているというならば、皮肉でしかない。
「先生、「力」や「悪意」を考えないのは確かに論外だ。しかしそれらに頼りきりの人間は、同じ力に滅ぼされる。金も力も過ぎた量になれば、邪魔でしかないと思うぜ」
 過ぎた力は、いやそうでなくても「力」を持てば、敵対者に対する幻影を見る。誰かが攻撃してくるのではないか、そう考えて使いもしない警備システムを作る金持ちは多い。
「だろうな。だから私は私の平穏を維持し続けるだけの金があれば、それでいい」
「そんなこと有り得ない、というのは承知の上でなんだろうな」
「当然だ。究極的には、銀行が倒れればそれで終わりだ。だが、金が通用する以上、私は金の力で誰かに左右されたり私の平穏を邪魔されない、そんな生活を目指す」
「刺激のない生活なんて、死んでいるのと同じだろう?」
「自己満足だ。刺激だって自己満足で済ませるさ・・・・・・いずれにせよ、書いた物語の代金くらいは押収させてもらうさ。どんな因果、運命がそこにあろうが、それで私が傑作を書いたことに対する金が、支払われないことを肯定するわけでは、談じてないのでな」
「そりゃそうだ」
 大体が金融システムが崩壊するような事態になれば、どのみち悠長なことは言えまい。なら、少なくとも普段は平穏な生活を送ることの、一体どこが悪いのだ。
 金に頼りすぎて金がなければ生きていけないのではないか、という考えはこの場合当てはまらない。社会に属する以上、属さなくても、金がなければ何一つ成し得ないのは世の常だ。
 革命を起こすというならむしろ金以外を求めるべきだろうが、生憎私は革命家ではない。ただの作家だ。世界を変える何かがしたいわけではない・・・・・・世界の方向性を大きく変えたいならば、むしろ金をまるで持たず、本物の思想のみで人々に伝えるのだろうが、私には興味がない。
 別にしたくもない。
 私は、私の事以外はどうでもいいのだ。
 「同情」などという下らない自己満足で、自分が「良い人間」であろうとする人間は多いが、同情するだけなら猿でも出来る。豚でも可能だ。所詮下らない自己満足でしかない。
 誰かの為に何かがしたいって?
 なら、金を払え。
 例え誰かが殺されたとして、残った人間に必要なのは金だ。同情の声は耳障りなだけだが、金を手にすればとりあえず食べ物は食べられる。
 自己満足に偽善がしたいなら、どこかよそでやればいい。そんなのは子供の砂遊びと同じだ。
 人前でやるんじゃない。
 迷惑だ。
 デジタルマネーが流通してからはますます、持つ側が持ち持たざる側は持つことが出来ないように、仕組みそのものが動いていることを考えると案外、金というのは「持つ側」を豊かにする、ただそれだけの為にあるのではないだろうか。
 元より意味など無く。
 ただ持つ側が、搾取する側が、権力を持つ人間が「美味しい汁を吸うためにあるシステム」なのではないかと、思うこともある。
 実際そうではないか。
 何を成し遂げようがどれだけ労力をかけようがまるで関係なく「持つ側だから持つ」などという子供の言い訳みたいな理由で、豊かになるべくして豊かになる人間が「成功の法則」を説き、そしてさらに儲ける。
 生きることが馬鹿馬鹿しくなってくる。
 実際、この世界は真面目に生きることと向き合えば向き合うほど損をする。何も考えず豚のような人生を送るか、たまたま「持つ側」にいた豚の方が、美味しい思いが出来るのだ。
 ただの事実だ。
 だから、ともすれば全ての試みは無駄なのかもしれなかった。「持つ側だから持つ」なんて下らない理由で、ただの事実として、勝敗は決まってきたのだ。
 いままでずっと。
 そして恐らくは、これからも。
 ただ運の良い奴が勝つ。
 勝利する。
 美味しい汁を啜る。
 それが現実。
 だとすれば私に言えることは特にない。頑張って早く人生を終わらせるか、適当に消化試合として終わらせることくらいしか、思いつかない。
 勝てないなら意味などない。
 それが事実だ。
 押しつけるな。
「・・・・・・この調子では無駄そうだがな」
「なぜだ? 未来の事は先生だって、分からないだろう?」
「下らない。分かるさ。分かるからこそ変えようとしたが、無駄だった」
「予言者じゃないのに、なぜだい?」
「ただの経験則だ」
「けれど、これから先は違うかもしれないぜ。案外あっさり金と名声を手に入れる、かも」
「そんなことを期待できるほど、この世界はまともに動いていない。今まで散々だったモノが、期待してくれなんて図々しい。私はあらゆる方法で物語を売りに出したが、金を払う読者はいなかった。金を貸している心境と同じだよ。こちらはやるべき事をやり、金の支払いを待つ段階なのに、いつまで立っても支払われない。そんな滞納者に期待する点などない。つまりだ。私が言いたいのは、私がこんな目に遭っているのは、まごうことなき世界の悪意にさらされているからさ」
「世界の悪意?」
「少なくとも、私を幸福にしたくないのは確かだな。昔から思っていたが、私が苦しめば苦しむほど、誰かが儲かるのかもしれない」
「考えすぎだろ」
「現実にどうであれ、そう言って差し支えない状況にしか出くわしたことがない「事実」が問題なのだ。これが偶然だとは思わない。偶然というのは何十年も続くものではない。何にしろ、結果としてそうされているのと変わらないと、まぁそういうことだ」
 被害者意識、妄想の類と言うには、正直出来過ぎている感じが否めない。どう考えても偶然や環境で駄目になる限度を超えている。
 それ位、私は失敗、敗北「のみ」を、ずっと、産まれてからずっと経験してきた。
 一度も勝利できない、なんて異常だ。口にしたところでどうなるものでもないので、誰に話すでもなかったが。
 想像できるだろうか?
 産まれて、一度の成功も、一度の勝利も、少しの仲間も、些細な幸せも、些細な感動も、何一つ「絶対に」手に入らない。
 そんなモノを人生、とは呼ぶまい。
 ただの作業だ。
 実際、そうだった・・・・・・あらゆる方策を試し尽くし、運命に打ち勝とうとする「作業」だ。どう足掻いても無駄に終わるのだからやりがいも、あまりない。
 「絶対に勝てない」実利も成功も何一つ、どんな些細なことであろうが、無駄に終わる。
 今まで無駄に終わらなかった事は、一つもない・・・・・・異常だ。人間でなくとも、数学的に考えればそれこそどう足掻いても、例え負けたくても、ついうっかり勝利してしまうことは、あるというのに、だ。
 何一つ掴めない。
 絶対に。
 それが「事実」だった。
 こんなもの、幾ら何でも「偶然」だと考えるのは無理がある。子供の時からそう考えていたが、結局勝てないのでは噺にもなるまい。
 自分で言うのもなんだが「何者かの悪意」でなければ「世の中の仕組み」とでも考えればいいのだろうか? あるいはそれを「運命」と呼ぶとしたら、私の全ては無駄だった。
 この意志すらも。
 無い方がマシだった。
 それが「事実」だ。
 無駄なら無駄で、やりたくもないのだが。
 とどのつまり、私は私の意志とは関係なく、ただ罰ゲームじみた何かを押しつけられているだけなのかもしれない。あるいは、私という人間の魂とやらはもう抜けていて、肉体だけが動いているのではなかろうか。
 意外とありそうな話だった。
 こんな事なら頑張るのではなかった。もっと手を抜いて生きて、いっそ麻薬でも吸いまくり、金も借りまくって派手に破滅してやった方がスッキリしそうなものだが、まぁどうせそれにも邪魔は入るのだろう。
 それでは私が幸せになってしまうかも、しれないからな。無論、今更意味の無い噺だ。もしも、というのは暇つぶし程度の価値しかない。麻薬も借金も面倒事が増えるだけだ。いずれにせよ、分かり切っていたことだが、どうも、私が幸福になることは、無いらしい。
 「運命」で決まっているとしか思えない。
 そんな下らない理由で、全ては無駄だった。
 無駄なら無駄で、これからは適当に手を抜いて生きた方が良いのかもしれない。と、いうより他に出来ることなど無い。どうせ、事実として、何をやろうが、何を積み重ねようが、何を成し遂げようが、どれだけの信念があろうが、どれだけの時間を重ねようが、無駄に終わるのだ。
 今までうんざりし飽きるほど、それは経験してきた。今まで諦めずに挑戦し続けたことこそが、異常だったのだろう。
 頑張って諦める。ここまで、ここまで到達し、やり遂げて成し遂げた結末が、この様か。この程度の分際で「未来に期待しろ」などと、おこがましいにもほどがある。
 どうせ言っても無駄だがな。
 もしかして「言霊の力だ」とか、口に出しているからだとか、そんな下らない理由を言い訳でもするつもりだろうか? まぁその程度の方策は既に試し終えているが。
 何をやっても無駄は無駄。
 それが事実。
 今まで経験してきたただの現実だ。
 何一つとして信頼も信用も値しない。どうせ無駄に終わるモノに、期待する何かなど無い。無駄なのだから、精々人間の物真似をしながら、適当にこなす位しか、どのみち私にはその程度の行動の自由しか、手に出来ないのだ。
 挑戦権そのものが、私にはいつだって無い。
 勝負を挑む前から「お前は駄目だ」と言われて生きてきた。無論、無理に挑んだところで、やはり結果は同じだったが。
「なぁ先生」
「・・・・・・何だ?」
「先生は、結果がなければ、本当に価値は無いと思うのか?」
「なんだそりゃ」
 この期に及んで「他にも大切なモノがある」と言うとでも思ったのか? 漫画の読みすぎだ。
「無い。一切無い。結果がなければゴミ以下だ。それが「事実」だ。事実から目を背けても許される人間こそが、過程を求める。私から言わせればそんなことを言っている時点で、お前も「余裕がある持つ側」だと思えるがな」
「結果以外を求めるのは、余裕があるからかい」「そうだ。持つだけ持って、何の不安も無く、適当に生きて、いや「生きてすらいなくても」やっていけるくらいに、運がよい側の存在だ」
 だからそんな適当なことが言える。
 金以外の尊さを求めたりする。
 真面目に生きても、いないからだ。
 お前等こそ手を抜いて、生きている。
 それでも許されているだけだ。
「結局、それなのかもな、「幸運」か。運不運に見放されれば、無駄なのかもしれない。案外、どうでもいいところで誰が勝つか、負けるか、決まっているのかもな」
「本気か?」
「私はいつだって本気さ」
 事ここに至ればそう考えるしかない。
 ただの消去法だが。
「少なくとも、信念だとか意志だとか、そんなモノが現実に役立つ姿は見たことがない。あんなのそれこそ物語の中だけさ」
 現実にはどうでもいい人間がどうでもいい理由でどうでもよく勝利する。
 中身のないサービス。心に響かない本。綺麗事ばかりで嘘ばかりの内容。人類がそれらを望んでいるからこそ、そんなモノが発展したのだ。
 その他大勢が、と言ってもいいが。
 考えないで流される人間の意志、つまりどうでもいい下らない理由で、決まるものだろう。
 世の中その程度だ。
 期待する程のモノは、物語の中にしかない。
 世界は、金で出来ている。
 そして、底は知れている。
 世の中そんなものだ。
 昔は人情だの助け合いだのが必要な社会だったのかもしれないが、科学が進むにつれて、そんな役に立たないゴミが必要なくなった。昔は火事炊事を女がこなし、お互いを補い合う生き方が主流だったが、家電がありロボットがあるこの世界では、補い合いなど必要すらない。
 食事はレトルトでいいしな。
 「自分ではない誰か」を、社会構造からして必要としなくなっているのだ。私のような非人間でなくても、人間は一人で生きられる。
 金あさえあればだが。
 だから現代における補い合いとは、金の補い合いでしかない。そういう鬱陶しいモノと無縁であるためにも「結果」即ち金が必要なのだ。
 今ではそれも、空しく響くだけだが、
 言っても仕方がない。
 こういう時、絶望したり己の信条が報われないことを呪ったり「すべき」なのだろうが、生憎私は「したくてもできない」のだ。機械的に次へと移すしかない。「嘆く」ことが出来ない私には、そういう行動しか取りたくても取れない。
 難儀な話だ。
 本当に。
「こういう真っ暗闇を歩くとき、普通ならいつか光が射すと信じて、動くのだろうな」
「先生は違うのか?」
「生憎、今まで光など見たことがないのでな。別に射さなくていいから金だけでも欲しいものだ」 別に永遠に暗闇をさまよっても、それはそれで別に、全く構わない。問題なのは実利がそこに発生しているかどうか、だ。
 実利こそが納得になる。
 金にもならずお前はどうせ大丈夫だからと、暗闇の中をさまよわせられ続けて、それで満足しろと言うのがどうかしている。
 できるか。
 いいから金を寄越せ。
 話はそれからだ。
「それに、どんな場所であろうが、どんな環境であろうが、「人間らしさ」を全く共感そのものが出来ない私にとって、この世界は最初から完全なる闇の中だ。光などそもそもが、ありもしない幻想でしかない。世界は最初から闇そのものだ」
「歪んでるねぇ」
「そうかな。私はむしろ、正常なモノで世界が出来ていると信じ込んでいる人間こそが、現実にある歪みを見ようとしない考えで歪んでいる」
 世界に希望など無く、光などどこにもない。むしろその現実を見ずに「物語」などという夢一杯で現実味のない紙の束を買う人間相手に、商売をしようと言うのだから、そのまま勘違いしておいて貰った方が、楽なのかもしれないが。
 人間は死ぬ為に生きていて、国家は国民の為に無く、政治は搾取の為にあり、経済は富める人間の為にあり、他人との繋がりは利用する為だけに存在する。
 私からすればただの事実だ。
 その方が有利ではないか・・・・・・まぁ、有利や優勢と、勝利は違う。そういった下らない道徳を、守りながらでも勝てる奴は勝てる。
 だからあまり意味のない話だ。
 どうでもいい。この世が希望で溢れていようが絶望にまみれていようが、同じ事だ。「結果」が同じならばどうでもいい。問題はいつだって、金になるかどうかだけだ。
 道徳は金にならない。
 だからいらない。
「そりゃ先生だからだろう? 異常な人間には世界がそう見えるってだけじゃないのか?」
「いいや、そうじゃない。厳然たる事実として、この世界は醜く、手に負えない。だが所謂普通、普通の人間って奴らには、その醜さが認識できないし、したくもない。気のせいだと思っている。あるいは、実感がないのかもしれんが・・・・・・全ての事柄に対して「自分を誤魔化して」生きている人間が多いのだ。そして、自分を誤魔化して生きている人間が「普通」とされるこの世界は、異常とされる人間からすれば、自分たちより余程狂っているように見える」
「はぁん。よくわからないな」
「自分たちではそれを「基本」だと思っていても世の中の「基盤」はよく変わるものだ。流行が変わる度に疑問も持たずにそれに合わせる。それを繰り返していく。それを生きているとは言うまい・・・・・・生きることを諦めている」
「なら、先生みたいに個人で、確固たる自分を持つことが「生きる」ことなのか?」
「さぁな。どうでもいいさ。問題なのはそんなモノを押しつけられても迷惑だという現実と、それらを無視するためには金が必要だという事実だ」「俺にはわからねぇな。人間は一体何がしたいんだ?」
「劣等感と向き合えなければ「ちやほやされる」ことだろう。あるいはそれは金の力を使って「誰かに認めて欲しい」だとかな。私のような非人間でもなければ、大抵は「己の利益」のようでいて「集団の中での地位」を求めるようだ」
「先生はどうなんだ?」
「いつも言っているだろう。私個人の幸福さえ、平穏なる生活と豊かささえ確保できれば、他の人類が絶滅しても問題ない」
「人間の発想じゃねぇよ」
 そうかもしれない。 
 だからこそ、私個人の幸福を誰よりも何よりも優先できるのだが。そのために人間の思考回路から離れて行っているのだとすれば、皮肉な話だ。 だが事実だ。
 この「私」こそが至上だ。星の裏側で死にかけている人間を気遣って「良い人間」であろうとするような、そんな劣等感からくる偽善など、私は持ち合わせていない。
 別に持ちたくもないしな。
「おい、妙だぞ」
 坑道の果て、闇の奥からは光が漏れてきた。
 だが。
「何だ、あいつら・・・・・・」

   8

 豊かになるにはどうすればいいのか?
 答えは簡単だ。奪えばいい。搾取し、搾り取り奪い尽くし、ミイラになるまで汁を啜る。
 それで人類は発展してきた。
 これまでも、これからも。
 資源の問題は、どれだけ科学が発展しようが、そこは変わらない。「燃料」と言えばいいのか、エネルギー源になるモノがなければ、どんなテクノロジーも動かしようがない。
 無論、半永久的に作動する半物質エネルギーや真空素粒子によるエネルギー活用もあるにはあるが、如何せんコスト面を考えると、その辺の惑星から奪った方が早いのだ。
 何より、法の目を逃れる為だ。
 だから、資源開発は永遠になくならない。
 新型の振動核弾頭、こいつを動かすにはレアメタルを埋め込まなければならない。分子の運動を活発化させ、理論上は「生物のみ」を対象に殺傷する兵器、だそうだ。具体的には目に見えない放射線もどきがこのレアメタルからは出ているのだが、それを増幅し数百キロに及び拡散することで「生きているモノ」のみを、分子の運動を暴走させ、免疫不全を及ぼし殺すらしい。
 生物のみを殺せる。
 これは大きな利点だろう。
 建築物をいちいち壊していては、侵略は成り立たない。殺すにしても、死体を毎回荼毘に付す訳にもいかない。無駄な金がかかりすぎる。
 そこでこの「新型振動核」の出番というわけだ・・・・・・厳密には「死ぬ」のではなく「行動不全」になるので「流用」できる。倒れている肉体を集めて、臓器は売り、幾つか生かしたまま血液を採取することが出来る。これは大きい利点だ。
 人工臓器はデメリットが大きいからな・・・・・・それに資金も獲得でき、死体を増やさなくていい。一石二鳥というわけだ。
 いつの時代もそんなものだ。
 綺麗事の下には必ず、銃と血と悲鳴があって、初めて成り立つ。
 それが人間社会の正体だからな。
 ニコラ・テスラの提唱した「世界システム」はとっくに宇宙規模での応用が実用化されているが「資源」は別だ。単純なエネルギーとは違う。
 エネルギーはデジタルで管理、運営出来るようになった。だが、単純な電気エネルギー、あるいは熱エネルギーなどは「反物質」の力でどうとでも生産できるのだが、形の無いエネルギーではなく現実に希少な資源を作り出すことは、出来なくはないが金がかかる。
 特に、開拓した新たな宇宙空間で発掘した古代文明、あるいは未知の鉱物などは、解析そのものが時間がかかる事が多い。だからどうしたって多くは望めないし、また現存する技術で大量に生産できるならば、軍事的、政治的なカードとして切ることが出来ないだろう。
 どんな技術も、資源も、そして金も独占してこそ価値がある。皆で分け合えばこの世界に価値のあるモノは、存在しない。
 原子の構造を書き換え、新たな物資を作り出すこと「程度」なら、人類は簡単に実現した。困難なのはそれらの技術を「己の利益」と「周囲の反発」を買わないように運用することだ。
 技術が進歩してもそこは変わらない。
 世論を無視すれば弾圧される。
 どんなエネルギーも運用できなければ意味がないのだ。反物質にしたって幾度かの銀貨系レベルの消滅、運用失敗から宇宙の果てで、かつ馬鹿みたいに厳しい安全基準を通り抜け、それでいて結果を出さなければ、維持できない。
 皮肉なものだ。
 これだけのエネルギーを持ったにも関わらず、エネルギーが膨大すぎると、その分身動きがとれなくなる。いや、これは人間でも同じか。
 過ぎた才能を持つ人間(才能など何一つ欠片も持ち合わせなかった私には共感し難いが)は、周囲の期待、偏見の眼、勝手なイメージを魅せなければならないというジレンマがあるらしい。
 合わさなければいいではないかと、私のような人間は思うのだが、「才能」にすがる人間は、それを失えば自分は終わりだと、そう思いこんでしまうそうだ。
 金をため込むだけため込んで、適当にやめればいいものを・・・・・・持つ人間の考えはよくわからない。いや、自分で道を切り開かなかったツケが、当人に返ってきている、と言えるのだろうか?
 わからない。
 私は神ではない。
 作家だ。
 だから想像して適当にこき下ろすだけだ。
 人間は何十万年も欠けて宇宙の七割を支配するまでに至ったが、根本的な問題は何一つとして、解決するには至っていない。
 差別。
 戦争。
 飢餓。
 怨恨。
 嫉妬。
 中傷。
 見栄。
 貧困。
 傲慢。
 自惚れと分不相応。それらが問題を作り、そして問題の根底にあるのは「人の心」だ。
 そんな物騒なモノを持たなくて本当に良かった・・・・・・人間の心は問題しか起こさない。高尚な生き物ぶって、誰かを貶め辱める。
 何万年経っても進化しない。
 人間は成長しない。
 未だに戦争はするし、諍いは見栄と驕りから発生し、化学反応のように「他の人間」がいるというだけで、何かしら問題を起こす。
 殺して奪って争って。
 原始時代から何も変わらない。
 それが、人間だ。
 目的は生き方を固定し、自負は在り方を形作るものだ。だが、能力や環境にかまけて無目的に生きてきた人間は、精神が非常に脆い。
 だから進化しない。
 人間は本来、己で答えを出すものだ。だが、この世の中が何か自分たちに答えを示してくれるのではないか、と自分で探そうともせずに、何かを期待して漫然と生きる人間が増えてきた。
 人間は科学が進む毎に「劣化」しているのではないか? そんなことを最近考える。
 無論、言葉遊びも良い所だ。だが最近は善悪ですら、真面目に語られることはなくなった。
 科学は良いモノかもしれない。
 だが、良いモノが善ではない。
 その程度も考える事が、なくなった。
 人間は、どこまで行き着けばいいのだろうか。 どこまでも堕落してしまったのか。
 期待するだけ、無駄なのか。
「聞け、兵士達よ!」
 そんな私の考えをよそに、坑道の出口から見えるその男の姿は、まさに「革命家」という言葉が相応しく、所謂「希望」という存在を、この世界に魅せる人間だった。
 希望。
 つまりありもしない幻想だ。
 だが、それがあるかのように魅せることは出来る・・・・・・人を魅了するカリスマが、あってこそ、可能な芸当だが。
 出口からこちらの姿がバレないように、慎重に私は遠目でその演説を眺めることにした。
「我々火星の民は耐え難きを耐え、「民族独立」という大儀の為、今まで地に伏してきた。だがそれももう終わりだ・・・・・・新型振動核弾頭量産の為の形態は整った。我々は核武装と、そして銀河連邦の議席の三割を掌握した」
 物騒な話だ。もしこれが事実なら、第57宇宙大戦が起こっても不思議ではない。まぁ、長い目で見ればこの程度の殺し合い、人間同士が争うこと事態はさほど珍しくも何ともないので、驚くには値しない気もするが。
 いつの世もこんなものだ。
 民族。だが民族というのは所詮自分たちのグループ名でしか無く、民族浄化も民族戦争も、自分たちのグループが得をしたい。自分たちのグループが幸せならそれでいいと、我が儘を通すこととあまり変わらない。
 男の演説に感極まっているのか、あまり深いことは考えなかったであろう聴衆の兵士達は、そうだそうだ、と言わんばかりに頷いていた。
 わからん奴らだ。
 それを言っているのはあくまでも演説をしている男であって、お前達ではない。同調するのは勝手だが、それを自分たちの意志、みたいに勘違いして思いこむのは、間違っている。
 この場合道徳的に正しいかどうかは問題ではない。ただ単に、自分の考えで動かない人間というのは、ロクな結末を出さず、周囲に被害だけを及ぼすという、非常に迷惑な話だからだ。
「これからは、いや、これからも「資源戦争」の時代が必ず来る! そして、次世代エネルギーの供給源を確保しうる国家こそが、次代の軍事産業を担うのだ。軍事を征服するモノは、全ての経済を支配する。連邦制度が確立されようが、実態が変わるわけではない。ただ、暴力の指揮権が多数の意志によって決められるだけだ」
 まさにその通りだ。
 中々良いこと言うではないか。
「人間に相互理解など無い! 人間とは、争い、奪い、殺し合い、そしてそれらが遺伝しレベルで刻み込まれた獣の名前だ。施しも同情も、余裕ある人間の偽善にすぎん。現に、お前達は知っている筈だそ・・・・・・文化レベルの向上という名目で、我が物顔で支配地域を広める企業家の姿。そしてそれらの悲劇を知りつつも「自分たちには関係がない」と、悲劇を見ぬ振りで済ませる富裕国の国民共の姿を・・・・・・「平和」とは、「他の誰かが平和でない」ことが条件で成り立つものだ。故に、「世界規模での平和」などと歌うのは、ただ単に「自分たちに都合の良い世界」しか見ていない愚か者共の虚言にすぎん」
 まさにその通りだ。観客でもないのに、口笛でも吹いてやりたい気分だった。しかしそれどころではないのも事実だ。あの女・・・・・・何がパイプラインの破壊だ。それ以外のおまけの方が、厄介そうではないか。
 もしかすると、私を始末する、厄介払いするために仕組まれているのか? だとしたら「覚悟」するんだな・・・・・・このサムライ刀で殺せない相手はいないのだ。例え相手が神でもな。
 邪魔者は誰であれ「始末」する。
 今考えても仕方ないことだが。
「核の驚異とは、人間が愚かである限り無限に、効力を発するものだ。そして、人間が愚かでなくなる日など、ありはしない。核攻撃による武力行使、そしてそれによる「威圧と発言力」こそが、全てを支配できる。我々はまず近隣の銀河連邦軍北西基地を占領する。既に、内通者が洗脳兵器で現地の兵達を掌握済みだ。そして同時に北方の各拠点を核攻撃する。これで、指揮系統のみを消し去り我々は銀河連邦の三分の二をモノにすることが可能だ」
 実際にはそこまで簡単ではないのだろうが、この男が言うと何だか可能に聞こえてくるから不思議だ。それもまた、指導者に必要な素質だろうが・・・・・・どうしたものか。
 私は争いが嫌いだ。疲れるからな・・・・・・今回の依頼も適当に終われれば良かったのだが、そうもいかなそうだ。人間は「今自分が持っていない」からこそ欲しがる。平和も平穏も、既に持っている人間からすれば退屈なものでしかない。金も同じだ。持っていれば価値を感じない。札束を山のように持つ人間が、札束を大切にすることは、やはりないのだ。
 まぁ、私は「必要」だからというだけで、実際に「欲しい」と思っているわけではない。あくまで必要だからだ。そしてそれを「幸福」だと定義することで人生の指針を作り、自己満足で満足しようとしている。
 だから分からなかった。
 何かを欲する、というのは私には未知だ。欲しいモノなんて何もない。心も名誉も愛もいらないし、富はあれば便利だというだけだ。
 無論平穏を求める心は分からなくもない。だが私は「必要だから」求めるだけだ。本質が、きっと違うのだろう。
 彼らは尊厳の為に戦っている。
 私は、平穏と豊かさ、があれば人生を充実させ楽しく生きる為に「便利」だから求める。
 あるに越したことはないから。
 ただそれだけの理由だ。
 そこまで考えていたのだが、男の声が空洞の中に響きわたり、私の思考を中断した。
「民族は浄化されるべきなのだ。民主化によって貴様等が得られたモノは平和などではない。ただ馴れ合いと多数決で決められる、己の意志無き政治形態だ。「道徳的」に良いから決める政治が、民衆を救うことなど無い。泥を被り、罵声を浴びて、前へ進むことで初めて、血と肉と骨を踏み台にすることができ、そしてそれらが後々の肥料となる。それが政治だ。だが、「皆の意見」というわかりやすい思考放棄こそが民主主義の正体であると同時に、それは国民も平和と引き替えに、己の主張を持たないことを意味する。

 お前達には「自分」があるのか?

 確固とした信念が、国家を愛する思想が、あるいは他国を侵略する野望が、無い。大多数でまとまることを良しとし、個人で事を成そうとすることから逃げた結果だ。己の主張すらふやけてしまい、そこに己の意志はなく、ただ漫然と周りにあわせてこなす。それを生きているとは呼ばん。ロボットと同じではないか」
 問題なのは、この男の主張を聞いて、心動かされるようなその他大勢共は、その「自分のない」人間だからこそ、演説に歓喜しているのだ。
 そんな連中こそが、数の暴力で歴史を変えてきたことは如何にも皮肉だが、しかし数が多いだけでは歴史は変えれまい。
 どうも妙だ。
 言ってることは正しいかもしれないが、しかしそれで世の中を変えられる、いや国家転覆を実現できるモノなのか? 確かに、優れた指導者ではあるようだが、核を打ち込むだけで支配できるなら苦労はすまい。核を持つということは、それに対する対抗策も持つということだ。それに、仮に上手く行ったとして、議席を確保したところで、根底にある人間の意識が覆るとは、あまり思えないが・・・・・・どうなのだろう。
 革命で変わるのは社会構造だ。
 人間の心じゃない。
 だから、変えても何も変わらないだろう。ただ変えるだけでは駄目なのだ。環境と人間の意志は関係がない。それは、環境に関係なく産まれた私のような悪こそが、よく知っている。
 悪とは、生まれながらの悪だ。環境が良かったところで、私は何人己のために犠牲になろうが、やはり気にはしなかっただろう。心がないのは生まれつきだ。先天的な異常者は、確かにいる。
 緩い人間共には、それが分からないのだ。
 何か理由があるはずだ、完全な悪人などいないだとか、民主主義などという温い生き方を肯定する国家には、そういう人間が多い。
 異常者を許容できない癖に、多数決など笑わせる。ただ単に誰にも傷を負わさず、負わすならそれらしい理由を付けられる相手に負わし、大勢を生かすためという理由で、誰かの犠牲を良しとすること。
 それが「民主」の正体だ。
「民主主義、などというモノの正体を教えてやる・・・・・・結局の所、民主主義が発達した理由は単純明快だ。王政は貧民の怒りを買いやすい。かといって民衆主体では政治は回らない。だからこそ、「全員の意見が反映されている」と民衆が思いこむことこそが重要だった。現に、民主主義を掲げる全ての政治形態が、「金」と「人脈」があることを前提に、政治に関わる条件付けをしている。これは「公平」ではなく「公平感」を、馬鹿共が容認した結果だ。誰でも参加できる、という聞こえの良い口実こそが必要だった。何より多数の意見をまとめるという口実があれば、幾らでも改竄が効く。
 
 テロ対策という名目があれば何をしてもいい。 
 完全なる検閲社会を作り上げ、システム上政治に関われる人間を制限し、その上で「平等」を説くのだ。ほぼ完璧な支配形態と言っていい。人間を家畜のように管理するにはうってつけだ」
 大勢が望む、という大儀があれば、何人殺しても許される。罪悪感など無い。何せ「皆」が認めた「正しい」方法なのだから。
 国家は民衆のためではなく、国家の利益の為に存在する。そして「国家」とは、政治で金を稼ぐ人間のことであり、その集合体だ。国家の為というのは結局の所、国家を回す人間のためでしかないのだ。
 それを知らずに人生を終える奴も、多いがな。「人間というのは、いいか、人間とは他者を踏みつけて初めて「尊厳」を手に出来る。人間が人間であるためには、誰かが死ななければならない。今までその役目は我々に押しつけられてきた。だがこれからはその役目を、突き返さねばならん」 人を引き付ける演説とは、綺麗事を並べることではない。綺麗事で納得する聴衆も、それで自分に満足する政治家も、底が知れている。
 政治家とは、あらゆる人間を熱狂させ、そして非現実的な夢を魅せ、その上でそれを実現させると信じさせ、それでいて現実にその夢を
形にしてしまう奴のことを指す。
 今まで、恐らくは数えられる程度にしか、そんな人間はいなかった。政治家など、どこにもいなかったのだ。
 そこへ新しく、大望を語る馬鹿が出たのだ、人々が熱狂しないわけがない。夢を見ることに忙しい「兵士」という人種なら、尚更だ。
 拳を上げて同意を示す怒号が響く。
 と、そこで眼があった。
 合ってしまった。
「そこにいる男を連れてこい」

   8

「貴様が、「サムライ」か」
 環境とは関係なく、私は所謂「悪」非人間性を獲得した人間として、この世界に生まれたが・・・・・・そうでなくても、きっと人間性など獲得できなかったのではないだろうか。
 いいように搾取され、奪われ、使われ、奴隷のように扱われた人間が、何かを返すことが当然だとでも、この世界は言うのだろうか?
 ふざけるな。
 私の生き方は私が決めたものだ。だが、同時に環境に対して必要だから身につけたものでもある・・・・・・それに綺麗事を言われれば、腹立たしいことこの上ない。
 その点、目の前で私を見ている軍服の男は、中々好感が持てた。野望に燃える人間は、決して綺麗事などと言う勝者の戯言を言わないからだ。
 牢屋の鉄柵を隔てて、我々は向かい合っていた・・・・・・私はとりあえずベッドに腰掛けたが、男は立ったまま話を続けた。
「政治に興味のない若者を、貴様はどう思う?」「どうでもいいことは深く考えない。私のような興味のない人間からすれば、同意するね」
「茶化すな、貴様は選ぶに値しないから切り捨てただけだろう。まぁいい、良くないのは三権分立が何かも分からない人間が、政治の実権を握っていることだ」
「私もよく知らないがな」
 私はアナリストではないのだ。知識を詰め込んで評論家を気取るのは趣味じゃない。それを作品に活かせそうなら別だがな。
「知識ではない。本質を知るかだ。そして、意志の無い人間が、政治を握ることほど恐ろしいモノは無い。同情や憐憫で難民を受け入れ、最初はそれこそが「道徳的」だと流されて法案を進め、それでいて現実に無理だと分かれば諦める。恐ろしいのは始めるときには民衆が同意して同調しているという部分だ。道徳に乗っ取って動き、後から自分たちの利益を脅かしそうになれば、翻す。子供の約束だ。これを政治とは言うまい」
「なら、どうする?」
「独裁だ」
 独裁政権か。確かに現実的ではある。だが、独裁そのものを許さない「民主主義」の風潮を覆すことは難しい。
「自分たちで考えたくはないが、その責任を取りたくもないし、押しつけられる誰かを求める。そんな民主主義者が「独裁」なんて聞こえの悪いモノを認めるのか?」
「認めないだろう。だが、元より政治は民衆の意志で決められるモノではない。国家を牽引する人間の独断で決められるモノだ。国家を牽引することに対して必要なのは国民に媚びを売ることではなく、国家へ利益を出せるか、で決まる」
「恣意的な教育問題、か」
「そうだ。義務教育と言えば聞こえはいいが、実際には敗戦国への、いや戦争の勝利者が支配するに都合良く「情報操作」する為に、国民の一斉教育は開始されている。人類初の大規模洗脳、そのモデルケースとして「教育」が選ばれたわけだ」「だから理系がもてはやされるのか?」
 何となく聞いただけだったが「そうだ」と意外な答えが返ってきた。
「暗号、プログラム、人工知能なら軍事にも応用が可能だ。人間の心を教えるのが文学だとすれば理数は軍事を支える柱なのだ。国力を上げて研究を後押しする事は珍しくない。大学の研究結果など、そのまま軍事に流用できるからな。・・・・・・だがその結果、人間は学び、成長し、変わるという仕組みから外れることになる。「思惑通り」国家にとっては都合の良い「能力値が高く己で考えない人間」の大量生産に成功したわけだ」
「心など役に立たないとばかり思っていたが」
「そうだな、だが、政治に関しては別だ。己で考えない人間は利用されるだけだ。そして、利用することが出来れば、国民の総意をコントロールできれば政治形態は永遠に維持できる。それを実現したのだ。してしまった、と言うべきか」
 考えないから反発しない。
 百姓一揆のような、行動的な反発をする人間、その意志をそもそも発生させない、というやり口か。確かに、嫌と言うほど現実的な支配だ。
 私はむしろ感心した。
「もはや民衆のコントロールは定型化されていると言っていい。売れる映画のテンプレートがあるように、誰を政治家として動かすにしても、一定の手順を踏むだけでよいのだ」
 工場のライン作業みたいな話だ。本来国家を牽引する役割が、金とコネとやり方さえ心得ていればどうとでもなるという現状は、確かに異様だ。「それで、さっきの話か? それこそ現実的だとは思わないな。核弾頭を振り回すだけで世界経済を動かせれば苦労しない」
「その通りだ」
 と、返されて少し驚いた。
「最新鋭の軍事技術に真正面から勝つつもりなど最初から無い。真の目的は全ての軍事技術を掌握しているメインサーバのクラッキングだ。最新技術はことごとくが「電子制御」されており、人間の手を放れているからな。本来ならメインサーバに付け入る隙はまるでないが、核攻撃による防衛システムの破壊工作、及びそれによってかかる僅か二十秒ほどの隙に、クラッキングを完了させ、支配することが可能だ」
 電子制御による一元管理の隙を付くわけか。本来なら付け入る隙は無いが、核なんて大仰なモノを使い、他に意識が動いている間なら、可能かもしれない。管理するのは人間だ。いや、人工知能であれ核攻撃に対する対処と、サイバーテロに対する対処を同時に行えば、どうしたって演算のリソースを割かねばならない。
「無論メインサーバを支配するだけではなく、メインサーバから繋がっている銀河連邦の議事堂、その大型モニターから洗脳技術を駆使した映像を流すことで、議員の全てを傀儡化することが目的だ」
 現実に成功するかどうかはともかく、理論上ではこの方法なら銀河を、支配することが可能なのだ。それも、たった三日の間に
「それで何になる? 独立運動はどう完遂するのだ。まさか世界征服でもするつもりか?」
「逆だ。これを機に人間を解放する。もはや国家の恩恵など必要ないほどに、人間の文化レベルは進化している。本来は他国からの侵略に、対抗するための集団だった。だが、今なら民間の軍事力を雇用するだけで構わない」
 国家など最早必要ない。
 そう男は断言した。
「・・・・・・名前が民間に変わるだけだろう。国家が大企業に据え置かれるだけだ」
 そして資本主義による階級化社会を加速するだけだ。まぁ、現状でも十分そうなっているが。
「システムそのものを変えればいい。政治が腐敗するのはシステム上、そうしなければ生き残れないからだ。腐敗した人間が得られるようになっているのだから、腐敗するのは当然だ。全てを民間にした上で、社会構造そのものを変えればいい」「小分けして地域社会でも作るのか?」
「そうだ。全ての人間が確固たる己を持ち、それでいて大きな組織を必要としない世界、だ。無論経済に組織は必要だが、ここまで大きなモノは誰も必要としていない。組織拡大に制限をかけるだけでいい。そもそもが、デジタルが普及した時点で、実際に群れる必要など、どこにもない」
 確かに。
 デジタル社会が普及している以上、会社はもはや必要ない。個々人のアイデアを形にし、それをデジタルマーケットで売ればいい。だが、実際にはデジタル上でも売れている人間同士の交流、それによる利益拡大路線はなくならないだろう。
「だとしても、何十万人もが同じビジネスにもたれ掛からなければ生きていけない、という情けない現状からは脱出できる」
「そうしないと生きていけない奴らはどうする」「淘汰されるだけだ。サムライ、私は慈善事業家ではない。己で己を考えない人間が、淘汰されることは本来当然だ。淘汰されず、利用されることを良しとして、それを容認した結果が、貴様等の成してきた「民主主義」の醜悪な成れの果てだ」 大昔ならそれも可能だったのだろうが、今の人間に果たしてそんな生き方が出来るものだろうか・・・・・・いや、むしろ大昔なら完全に個々人を独立させることは不可能だったが、デジタルが普及した今なら「可能になった」と言うべきか。
 デジタル社会は個々人の強さを助長する。
 下らない戯言から世紀の大発見まで、等しく平等に拡散できる。その中で必要なものを作り出す人間だけが生き残り、駄目なら淘汰される。
 生存競争のデジタル化か。
 ぞっとしない話だ。
 男は話を続ける。
「生き残る・・・・・・これに必要なのは「強さ」ではない。「強かさ」だ。国家の生き残りもそうだ。戦争に勝ったからと言って実利が得られるわけではない。戦後処理が上手く行かなければ、試合に勝っても勝負に負ける。物事とは、一面だけ見ていても駄目なのだ。そして、多面的に物事を見られる人間こそが、これからの時代を生き残る」
「考えの堅い人間は必要ないと?」
「そうだ。アンドロイドという思考する労働力、あるいはロボット技術、ドローン、単純な事をやらせるだけならば幾らでも代わりが効く。人間よりも安く、だ。ロボットの無かった時代には、そういう「思考しない人間」も必要だった。だが、それらに代わるモノが出来た以上、人間社会に、彼らは必要とする場所はどこにもない」
 ただ票数を圧迫するだけだ、と男は言い切った・・・・・・確かに事実ではある。もう人間は人間を必要としなくなってきている。ロボットで幾らでも代わりは効く。いらないから、淘汰される。
 人気の無くなった商品が捨てられるように、人間も同じくいらなくなった人種は、捨てられる。 まさに真理だ。
 社会全体に対する考えなど、私個人の豊かさが守られれば、どうでもいいがな。
「現代社会では「現実的な方策」よりも、「環境や人権、悲劇の人々」という感傷的な理由こそが「政治的パワー」を握ることになった。結果、人々の道徳に対する考えは深まったが、現実問題、人が人を救うなど戯言だ。己の国家が得るはずの利益すら、それでは守れない。難民を受け入れるのは簡単だが、彼らを養うのは容易ではない。そもそもが、労働に使えるくらい能力のある人間であれば、難民になったところで国から声がかかるものだ。各開発の権威でも無い、ただの浮浪者を守る余力など、どの国家にもない。だが」 
「民主主義では実状よりも感傷が勝る、か」
「その通りだ。そもそも、民主主義、と言えば聞こえはいいが、その実態は民主主義ではない」
「どういうことだ?」
 民主主義なのに民主主義ではない? 何かのレトリックか?
「民主主義で政治を行う、と言ってもだ。その民衆は政治を詳しく知るわけではない。むしろ中途半端な表面だけをなぞるものだ。政治の実態を知らず口を出しているだけ。そして流行とでも言えばいいのか、「人道的な空気」が流れればそれを行えと喚く。それでいて普段は完全なる独裁を、認めてしまっている」
「民衆が政治を知らないのはともかく、普段独裁を認めている、とはどういうことだ」
「自己が喪失した人形に、政治を考える能力など無いという事だ。そして結局は政治家に押しつけておきながら、道徳的だとつつける時だけ声を大きくする。声を大きくして叫べば、何でも通るべきだと、驚くべき事に民衆の大半は、そう思っているのだ」
「・・・・・・結局、流されるだけ流され、いいように使われるだけだから、民主主義に意味はないと」「いや、もっと質が悪い。自分たちは政治に参加していると、思いこんでいるからだ。何より、民主主義形態が実質的な「独裁」である事実を、見ようともしない。民衆は何一つ政局を動かしてはいない。民主主義とは、民衆の意志が反映されているかのように見える政治、ということなのだ。別に民衆の我が儘が通るわけではない」
 確かに。
 道徳的な「綺麗事」を叫ぶ奴は数多くいるが、それで独裁政権を目指し、泥を被ってまで政局を振り出しに戻す奴は、あまりいないだろう。あまりいないのだが、たまにはいる。そして目の前の男は歴史の中でもほとんど見ることの無い、珍しいケースだったわけだ。
 全体主義の悪。
 それは思考放棄にある。
 皆で考えるのではなく、皆で考えたことにしただけだ。だから民主政治は何も生み出さなかった・・・・・・その場しのぎの道徳観だけだ。
「小綺麗な改革を歌うのは簡単だ、結果的に特権階級が太るように仕向ければ、票の獲得にも事欠かない。政治家の票ほど、金で買いやすいモノもあるまい。何せ、要は集団を動かし得る人間に、金を積めばいいだけだからな」
「それで、お前は革命を始めたのか?」
 少しの沈黙と共に、彼は「そうではない」と答えた。
「私は「人間」を変えたいのだよ」
「だから、淘汰する、と」
「その通りだ。目の前すら見えない人間が、国家の命運を握るようなこの異常な世界。これらは全て「持ちすぎた人間」がいるからこそ起こり得る悲劇だ」
「持ちすぎた人間?」
「金と権力を個人が、許容量を遙かに越えて、独占した結果産まれるのが「民主主義」だ。尖りすぎたモノは叩かれる。だが、全員の意志で動いているかのように見せかければ、その心配もないだろう?」
「それのどこが」
 問題なのか、と言い掛けて気づいた。確かに、これは大きな問題だ。
「・・・・・・実際には、その「独裁者」ですら、民主主義の全容を把握できなくなっている。個人で、国家レベルの運営など不可能だ。それが組織になったところで「独裁者」と「民主主義の代表」は似て非なるモノだ。己の意志ではなく、民衆の指示を伺いつつ、己の利益を考え、寄生して国家から汁を啜る」
「さっきと言ってることが違うぞ。個人で国家レベルの運用が不可能なら」
「いいや、独裁者、ここは革命家と呼ぶべきか。個人で国家を動かすのではない。国家全体に、その意志を伝播させるのだ。それが、政治だ」
 聞けば聞くほど高尚な話だ。
 場所が牢屋だというのだから、締まらないが。「・・・・・・さて、ここまで話を聞かせたが、貴様は私たちに協力する気は、あるのか?」
「生憎、先約があってね」
 人間は未だに「寿命」の本質的な克服は出来てはいない。デジタル世界で生き延びる奴もいるらしいが、それを生きていると呼ぶのかは微妙だ。 寿命とは、「運命」なのだ。だから克服できない。死の運命が、あらかじめ決められている。この世界、我々の言うところの「この世」で生きる上で、長く生き続けることに、人間の魂そのものが耐えきれないらしい。あの世とこの世を巡回することは、魂を綺麗にする上で、必要なのだそうだ。全て、例の女から聞いた話である。
 私の場合、それは若干特殊だ。「魂が無い」というよりは、推察する限りだが、私は「元々魂のある人間だったが、途中で魂のみが抜け、肉体と記憶だけが残った」言わば人間の抜け殻のようなモノらしい。だから私は死ねばあの世へ行くことも、恐らく無い。
 魂がなければ、その残骸の末路など、消えて無くなるだけだ。
 だが耐用年数がある以上、それを引き延ばさなければ、私に未来はない。そして、それを可能にするのは「人外」であるあの女だけだ。
「女の予約だ。断れないさ」
 私の意志とは関係なく、こう答えるしかなかった。元々誰かの意志に左右されない為に、作家になったというのに・・・・・・「寿命」という心臓を握られて、思うように動けないのは屈辱だ。
「なら、どうする? このままここにいるか」
「さぁな。今考え中だ」
 男は私の答えが不服そうに「それではな、サムライ作家」と言い残し、部屋を後にした。
 
 後には静粛だけが残された。

   9

 綺麗事の為ならば、何をしてもいい。
 それが社会と言うものだ。
 貧困のため飢えの為、あるいはテロリズム抑制の為、国民の為、よくまぁ出てくるものだ。
 そういう理由を利用することで、美味しい思いが出来るというなら、私も試してみたいものだ。生憎利用できるお題目はあっても、それをすぐに金にする、となると中々思いつかないが。
 何だろう。
 中身のない本でも書くか。
 延々と綺麗事を並べ、貧困の改善だとか、民主主義の素晴らしさだとか、ありもしない嘘を書き読者の自己満足を満足させるのだ。
 ありかもしれない。
 どうせ読者は何も見てはいない。
 何も学びはしない。
 何も期待できない。
 小綺麗な綺麗事を書き、それを金にする。以外と有りなアイデアだ。作り話で構わない。貧困の中で賢明に生きる少女だとか、そういう聞こえの良さそうなモノを書けば、金にすることは難しくなさそうだ。
 問題はそんなモノ、書いているだけで身の毛がよだつ点と、そして何一つ充実出来ず、自己満足として「やりがい」や「生き甲斐」には、出来ないと言う所か。
 とはいえ、それも視野に入れなければ。
 所詮世の中金だ。
 有りもしない綺麗事で、金になるなら安いものだからな。今まで色々あったが、金以上に大切なモノなど有りはしない。信用が無くても金があれば国政を握ることすら珍しくはない。金、金、金だ。金以外に大切なモノなど、何もない。
 それが社会だ。
 人間社会の有り様だ。
 つまり人間として生きようとするのであれば、人間性を捨ててでも、誰を殺そうと貶めようと、金を手に入れればいいということだ。人間として生きるために人間性を捨てなければならない。何とも倒錯して生き詰まった世界になったものだ。「火星って惑星はだな」
 牢屋を壊し、あの後私はこの迷路のような作業場を進みながら、私はジャックの火星に関する情報を指向性マイクで聞いていた。
 隠れながら進んでいるのに堂々と話が出来る。よく分からないテクノロジーもあったものだ。便利なので構わないがな。
「資源自体は豊富じゃないんだ。レアメタル採掘にしたって、特殊鉱物が取れる惑星は、他にあるしな・・・・・・」
「領土拡大のために、権利を主張している、ということか?」
「ああ。元々原住民が住んでいたんだが、まぁさっきの奴らだな。地下資源の採掘権利は銀が連邦が保有しているから、希少資源があるというのに原住民達の取り分は、恐ろしく少ない」
「確か、補助金が出ているんだろう?」
「それも妙な話さ。元々住んでいた人間を追い出しておきながら権利を主張する、なんて年寄りを追い出して家を乗っ取る子供みたいなモノさ」
「言い得て妙な例えだな」
「やってることは同じさ。軍事力にモノを言わせて、無理矢理侵略したと言い換えてもいい。その位強引に開発計画を推し進めている。しかも原住民への徴兵制度もつけてな」
「だから軍人ばかりだったのか」
 こんな惑星に兵士がああも沢山いる時点で、おかしいとは思っていたが・・・・・・予想以上に、この惑星の歴史的背景は深そうだ。
 話を聞くだけなら楽しいが、それを相手取るとなればたまったものではない。
「だから根深いのさ。原住民の恨みも、それに対するテロの意識もな」
「その割には、あの老人の話を聞く限り、最近の若者はそうでもないんだろう?」
「民主主義の弊害さ。補助金を貰えるから、じゃない。彼らは民族としての誇りや、理不尽を打破しようとする気概、という概念がないのさ。平和な時代に生まれた若者、それも利便性の多い時代に生まれた若者には、諦めと諦観がある」
「当然だろうな」
 その憤りも、その怒りも、その信念さえ、過去のモノなのだ。それも自分たちとは関係のない、昔の人間が抱いたものだ。
 意志は受け継がれない。当然だ。受け継がせようとする相手は、まるで関係ない人間で、関係のない若者からすれば、そんなよく分からない信念など、受け継ぎたくもない。
 だから、意志は脈々とすり減っていく。
 風化する。
 それが世の現実だ。
「未知の群生林も山のようにある火星では、植物も豊富に取れる。生物兵器を作り上げるためにもこの惑星は必要なのさ」
「毒か・・・・・・」
「ああ。何であれ未知のモノは金になる。それが毒なら尚更な。火星には植物も動物もまだ収集されていない種類が多い。軍事利用できる資源が山ほど埋まっている」
「だから、こんな騒ぎが起こる訳か」
「誰だって金が欲しい。そのためなら自然の一つや二つ、滅んでもいいと、連邦のお偉方は思っているんだろうな」
「そのお陰で地球から追放されたというのに」
 私は兵隊の一人を背後から刺し殺しつつ「懲りない奴らだ」と答えた。
「元々火星は「環境保護法」の名目で守られていたが、大規模な開発で表面的な自然を消し去ろうという動きもある」
「表面的な自然?」
 何だそれは。
 自然に表面も裏面もあるのか?」
「地上が駄目になっても、地下資源は変わらないからな。連邦側からすれば、未知の植物を兵器転用「し終わったら」核実験の失敗だとかテロリストの仕業だとか「ケチ」つけて、採掘の制限をなくし、火星が空洞になるまで掘るつもりだ」
「テロ活動を煽るわけだ」
「ただでさえ爆発寸前だった現地民の怒りも、それこそ核のように爆発したって訳さ」
「面白い冗談だ」
「ただの」
 事実さ、と私の言葉を取るジャックだった。
 守るべき自然を破壊することで、自然を守る為の法案を無視できるというのは、根本的に問題があるからだろう。どれだけ法案で縛ろうが、それを破る方法は必ずある。
 扱う人間の心に問題があれば、どんなルールも意味をなくすものだ。
 私はそれを、嫌という程見てきた。
 今までも、これからもそうだ。
 私の書く物語は「目線」の物語と言っていい。だからこうも色々な人間の「目線」が知れるのは有り難いことだった。人間の目線。アンドロイドの目線。現地民の目線。権力者の目線。そして、神の目線。
 物語をどの目線で楽しむかは、読者の自由だが・・・・・・多面的な見方が出来るように、なって欲しいものだ。
 そうでなくては面白くないからな。
 私は生まれながらに暗闇の中にいたが、べつにそうでなくても人間社会は闇の中にある。問題は札束の感触があるか否か、だが。
 どう見方を変えようとも、金がなければ人間に生きている価値はない。いや、価値を認められることはない、と言うべきか。金のない人間に、社会は人権を与えはしない。
 金が無い奴は、人間社会では人間ではない。
 ただの家畜だ。
 殺してもいいし奪ってもいい。射撃の的みたいなものだ。どれだけ傷つけようが、心が痛むこともない。
 世界が残酷なのではなく、人間が残酷なのだ。などと言えばそれっぽいのだろうか。まぁ、世界がどうあるかはどうでもいいことだ、問題はどんな世界であれ、適応できるかどうか、豊かさを実現できるかどうかだ。
 金で買える。
 ここにいる連中のテロが成功するかどうかですらも、金次第だ。ここの連中の怒りを静めるなら金を多く支払えばいい。
 金で買えなかったモノなど、未だかつて、資本主義社会が構築されてからというもの、無い。人間は変える。男も女も奴隷として買える。臓器も買える。人生も買える。兵器も買える。平和も買える。戦争も買える。夢も買える。希望も絶望も思いのままだ。金を使いこなせる人間であれば、という前提があるが・・・・・・金で買えないモノは、この世界に何一つとして有りはしない。
 世界は金で買える。
 品性すら、ルールを書き換え買う始末だ。
 ま、どうでもいいがな・・・・・・問題なのはあくまでも私個人の幸福であって、金を扱いきれずに破滅したり、革命の為に戦争を起こすその他大勢共がどうなろうが、知ったことではない。
 だが、今回の革命、実現すれば今よりは世界が住みやすくなるかもしれない。それは間接的にではあるが、私個人の生活の平穏にも繋がる。
 どうしたものか。
 このままパイプラインへ向かい、破壊しなければならない。これは前提だ。私個人の寿命、それを延ばし、世界を楽しむための。
 だから「パイプラインを破壊」しつつ「彼らのテロリズム、革命が成功する」ように仕向ける必要がありそうだ。
「テロに荷担する気か?」
「下らん。テロなどと、所詮呼び方の違いだ。堂々と殺しまくってる大国の流儀に、合わせるつもりなど毛頭無い」
「そんなものかね」
「そんなものさ。ただ「それらしい呼び方」に花瓶になっているだけだ。流行に機敏な乙女と、やっていることは同じだ。テロに対する姿勢、とか言って、爆撃を行い大量に殺戮し、ゲーム感覚でドローンを動かしても、罪悪感は無いのだ。自分たちがやっていることを「仕方ない」と思いこんでいるからさ」
 仕方がない。
 テロリストだから、悪人だから、任務だから、「仕方なく」殺す。
 殺人鬼よりも質が悪い。
「案外、ドローンを扱ってゲーム画面見て殺している奴らも、本音の所では罪悪感などどこにもないのだろう。でなければあべこべだ。画面を眺めながら殺すことが辛い、なんて泣き言言っているが、殺人は殺人だ。その事実から逃げているだけだ。任務のためとはいえ、辛いってな。この世界には善悪などどこにもない。法律でそう縛っているだけだ。だから残るのは厳然たる事実。

 人殺し。

 命令だろうが、国の為であろうが、兵士だからであろうが、関係のない国民が眺めているだけであろうが、同じだ。遠目で眺めるだけ眺めて手を汚さずにいる国民も、やっていることは同じ。それを支援していなくても「容認」しているのは事実だ。そして、人殺しをどういう形であれ容認できる奴が「正義」などと笑わせる。テロリストは確かに人殺しだ。だが同時に、おまえ達も残らず人殺しでしかないのだ。世界は金で出来ているがそれを構成する人材は人殺しで出来ている。人が人を踏みつけにして、人が人を殺さずして、人と人が支え合って生きていける、などと、人間はいつまで経っても「事実」を見ようとしない。事実を見ることもなくただ漫然と生きる、それも知らない人間が、何人死のうと知ったことではない」「酷い作家もいたもんだな」
「口に出すか出さないかの違いでしかない。善人ぶって口に出さないだけだ。どこか遠くの人間が何人爆撃で死のうが、誰も興味は沸かない。二・三日ニュースで取り上げられて、募金団体に寄付をして、話題にあがってそれで終わりだ」
 それでも自分たちが「良い人間」であろうとするのだ。
 おぞましい。
 こんなおぞましい生き物、人間以外に見たことがない。この世界からもし悪の全てを滅ぼしたいならば、人間を根絶するのが早いだろう。
 この世全ての悪は人間の内にある。
「この世界はな、ジャック。何一つとして信じるには値しない。裏切りがなければ前へ進まないし信頼を装えば失うだけだ。奪い、侵略し、犯し、啜り、搾取し、殺し尽くしてこそ、幸福になれるように出来ている」
「本気か?」
「ただの」
 事実さ、と言って私は進行方向にいた兵士を切り捨てた。
 
 
 

「こいつら、一体どこで武装を整えたんだ?」
「調べたら出てきたぜ、先生」
 言って、ジャックは端末の画面から幾つかのサーバ情報を取り出した。
「完全な検閲社会とはいえ、方法は幾らでもあるからな・・・・・・今やネットで買えないモノなんて、どこにもねぇよ」
「核兵器もか?」
「ああ。取り引きされているぜ」
 アナログ至上主義者の私からすれば、よく分からない話だ。今回の移動ルートだって、必死に地図を見ながら、半分ほどは第六感で移動したというのに。
「まぁ、核兵器に関しては取引量が少ないから、マークされやすいが、そいつらのもっているような旧式の銃なんて、学生でも買えるよ」
 取引が多すぎて追跡は不可能だからな、とジャックは言うのだった。
 私は先ほど串刺しにした兵士の装備を見る。プラスティック型のレーザー銃。金属探知機にひっかからないタイプの銃に、持ち運び可能な細菌兵器収納箱まで、腰にぶら下げている。
 これ一つで町くらいなら攻め落とせそうだ。
「国は何やってるんだろうな」
「さぁな。俺は人工知能だからな。でも腰低くして挨拶周りしている事くらいは、想像つくぜ」
 時代が変わったところで、やることが変わらないのでは進化したとはいえまい。どうも人間という生き物は、ハリボテみたいに外装だけ、科学技術だけ立派になってしまった。
 嘆かわしい限りだ。
 嘆いたところで何も変わらないので、やはり私にはどうでもいいことだがな。
 先ほどの民主主義の話ではないが、政治的能力よりも、「情」に流されて「良さそうな人物」に政治を託した結果、こんなふうに反発する勢力の対処を放置するというのでは、何の意味もない。 人間の脳は理想と現実の区別が付かない。だから政治で人を動かすときは「理想」を魅せて、あたかも良い未来があるかのように扇動する。その結果「現実に」何が起ころうとも、投票した人間の精神は「理想」の中で夢を見ているだけだ。
 都合の良い夢を。
 その場限りの情で動くと、ロクな結末を生まないと言うことだ。私自身も、今回は情などではなく、現実的な方向を見ている。
 民主主義を破壊し、独裁であれ何であれ確固とした思想はそれなりの成果を生む。無論、犠牲も付き物だが、私は犠牲になる人間に同情はしないし、偽善者を気取るつもりもない。どうでもいいことだ。
 通路を抜け、出口から外を見ると、そこには巨大な工業地帯が存在した。どうやらここでレアメタルの「出荷」が行われているようだ。
「どうするんだ、先生」
「決まっている。依頼内容は「パイプラインの破壊」だ。無理に戦う理由はない」
 ここは指定の場所に爆薬を仕込んで、崩落でも狙えばいいだろう。少なくとも当面は、ここでの採掘が不可能になるはずだ。
 幾らでも、パイプラインを破壊したところで、レアメタルを狙う人間がいなくなるわけではないのだから、幾らでも再度開発は進むだろう。だがそれは私には関係のない話だ。
 私は警備の人間を音を立てずに「始末」しつつ幾つかの場所へ奪った爆薬を仕込む。そしてその辺の工作用機械からケーブルを抜き取り、それを導火線の代わりに細工して仕込んだ。
 後は脱出するだけだ。
 丁度良いところにトロッコがあったので(恐らくは施設がハイテク化される前の名残だろう。これでレアメタルを外へ運んでいたのか)それに飛び乗り、警備の人間がこちらへ銃を向ける暇もなくなるように、導火線から着火した。
 がらがらと崩れ落ちる
 目的は達成した。後はこのまま外へ出るだけだ・・・・・・このまま何事もなければいいが。
「ところで先生。連中の革命運動、放っておいて本当にいいのか?」
「思想自体はマシな方だ。現存する民主主義と、やっていることは変わらない。暴力で事を押し進め、皆の同意があるかのように演出する。結果、国民に負担がかかる。だが、あの男は自覚があるだけまだマシだ。少なくとも、民主の波で綺麗事だけを並べているよりは、な」
「それだけかい?」
「ああ、実を言うとな、ジャック」
 私はもう眠いんだよ、と社会の混乱よりも己の眠気を優先する私だった。
 トロッコが外へ出るまで、後数時間はある。その間に少しでも睡眠を取り、これからに備えるとしよう。なに、政治も個人の活動も同じだ。綺麗事だけでは回らないし、実現するには金がかかる・・・・・・本当に何かを変えたいなら金の力で人間の意志を形にするしかない。あの軍人は多くの血を流すだろうが、「大局的に見れば」実利の方が多いのだろう。
 散々大局の為に己を犠牲にされた私が、いざ他の奴らがその割りを食うからと言って、支えてやる義理もない。
 それこそ因果応報だ、とうそぶきながら、私はトロッコに揺られるのだった。

 10

 泥を被らない人間は何も変えられない。
 綺麗事を述べる人間が、未だかつて世界を導いたことは一度もない。理想と現実は違う。どちらかしか、優先できはしない。
 現実に革命を起こすということは、罵声を浴びせられるという事だ。誰かに反対されることが前提だ。現存するルールで駄目なモノを変えようとしているのに、現存する人間達に賛成されるようでは、同調してなあなあで終わるだけだ。
 同調せず、相手の意識そのものを変え、そして己の思想に同調させなければならない。これは政治でも同じだ。国民に同調して同意を求めながら綺麗事で進める政治に、意味はない。政治家ごっこ、だ。ごっこ遊びでしかない。
 今までに無い思想を波のように伝播させるからこそ革命は起こる。まぁそれも口で言うなら簡単ではあるが、実現は実に難しい。適当な綺麗事を人間は好むものだ。現実より小綺麗な理想を。だから彼らにその意志が伝わることは、まず無い。 有り得ない。
 あったとしても、すぐ忘れる。
 だから政治の腐敗は無くならないのだ。指導しても無駄な国民の相手よりも、自分たちの利益を現実的に回収する方が現実的だからな。どうせ国民に何を期待しても無駄だ。どうせすぐに忘れるし、どうでもいいことで感情的になる。政治の基本すら覚えていない癖に、徒党を組んで抗議のデモだけは起こしたがる。
 相手にしなくて当然だ。
 相手にされるわけがない。
 綺麗事を言うのは簡単だ。そして簡単な事しかしなかった人間、口だけ出して現実に何を変えようともしない人間の言葉が、通って当然と考えている甘ったれた民衆の意識。政治のシステムそのものに問題があり、民衆の意識は高いだけ。これで政治家が金を求めないわけがない。
 デジタルなネットワークが、まるで活かされていないわけだ。集まるだけでは意味がない。集会を開くだけなら猫でも出来る。問題は未来を見据え、現実にどう行動を起こすかだ。
 暴動でも起こした方が早い。民衆などどうせ何をしようが何も出来ない。そう思われている事実こそが問題なのだ。民衆を舐めると痛い目にあうと、そう学習させればいい。
 痛い目を見なければ学習しない。
 権力者は大抵そうだ。
 どの世界でも同じだ。
「初めまして。私の名前はヴァチェスラフ・ホフマンだ。ホフマンと呼んでくれたまえ」
 出口周辺で護衛と一緒に待ち伏せていた大男、体格の良いその老人は、そういった「権力者」のイメージからかけ離れていた。フットボーラーのような体格に、兵士が好みそうな古くさい葉巻をくわえている。ここ数日待ち伏せされて捕らえられることが異様に多いが、何かあるのだろうか。 日頃の行いは良いはずだ。少なくとも金は寄付してやっているし、神社への支払いも多く、行ってきている。
 ああいう連中に金を払ったところで、無駄か。 現にまた、ホフマンとやらに拘束されるようだしな。
「勘違いしないでくれたまえ。君と争うつもりなど、私には無い。「サムライ」と戦うなど、愚かなことだ」
「なら、このまま見逃してくれないか?」
 このところ仕事尽くしだ。いい加減疲れてきた・・・・・・執筆は充実に繋がるが、過ぎれば毒でしかない。何か、リラックス出来るバカンスに、行くのも良いかもしれない。
「そうも行かないな。君には、まだ聞くことがあるのだ。ついてきたまえ」
 言って、空から飛んできた輸送機の中へ、私は彼と共に足を運んだ。内装は思いの外立派で、食べ物と飲み物、シャンパンまで完備されていた。「座りたまえ」
 言われたとおり私は真正面に座り、男を、ホフマンを見た。
 実に厄介そうだ。
 私が言うんだ間違いない。
 立場や思想、そう言ったモノを越えて、物事を判断できる人間だ。そういう人間は非常に強かで強い。私と違って立場もあるようだしな。
 権力をフルに使い、そういう人間が目的を持って進めば、拒める人間はいないのだろう。
「それで、何のようだ」
「いったはずだ。話があるとな」
 言って、彼は酒をグラスに注ぎ「飲むかね」と誘うのだった。「生憎飲めない」と断ると、特に残念がる様子もなく「そうか」とだけ答え、そのまま酒を一気に飲んだ。
「レアメタルの実状は知っているかな」
「実状・・・・・・新型の核兵器に使われているのだろう?」
「それもそうだが、それだけではない。レアメタルとはな「万能の杯」なのだ」
 順を追って説明しよう、とグラスを揺らしながら彼は続けた。
「そもそも、レアメタルとは「希少金属」のことだ。そのまま、流通量が少ないからこそ、高値で取り引きされる訳だ」
「それは知っている」
「ふむ、では君は「どういうレアメタルが」利用されているかは知っているかね」
「・・・・・・密輸品だろう」
「その通りだ。現在、流通するほとんど、君の持つ携帯端末などにも必要なレアメタルは、非合法に密輸されているモノで、多数を占める」
「希少金属なのに、どうしてそんな流通量を、確保できる?」
「それは簡単だ。希少ではないからだ」
「なに?」
 彼は空になったグラスに再び酒を注ぎ、
「希少金属の実態は、政府の公開している量と大きく異なる。実際には「金」いや「銀」と同じくらいの量は流通しているはずだ」
「どうやって」
 と聞きかけて、気づいた。そうだ、ここだって非合法な、表向きには採掘さえされていないはずの場所ではないか。
「貴金属の流通を握って、市場をコントロールでもする気か?」
「そんな小さな事は言わんさ。レアメタルはそのまま「軍事」へ応用できるモノが多い。今回のモノもそうだ。だから流通を握ることで、ある程度軍事力の逆算が可能だ」
 逆算。
 レアメタルの流通量から、兵器の質、量、携行されているであろう主力武器まで、わかるというのだろうか。
「そんな事が、出来るのか?」
「出来る」
 ホフマンは断言した。
「そも、使用目的によって違うレアメタルを使わなければならないのだ。何を多く取り込み、何を軽視しているか。それが分かれば誤差三百程度での判断が可能だ」
「三百って、何の数字だ?」
「兵器の数だ」
 つまりおおよそなら、戦闘機の数も四百〜七百位と、分かるわけだ。数が分かれば対策も取れる・・・・・・必然的に数の限界があるので、敵戦力がどこに重きを置いているかさえ、透けて見える。
「我々は今回の件で、君の上司。サムライの総元締めの真意を計るつもりだった」
「あの女の真意?」
 どういうことだろう。
 真意も何も、あの女はバランスを、
「そう、バランスを守り、邪魔者を排する。それがサムライの役割だ。だが、サムライをわざわざ敵に回す必要もない」
「それで、あいつらを扇動して、危機を煽り、サムライがパイプライン破壊に出向くよう仕向けたのか?」
「概ね、その通りだ」
 彼女のバランス基準を見極めることが、今回の目的だった。そうホフマンは語った。
「神の視点で「どの程度なら法に触れないか」これを見極めれば事実上、我々は何の気兼ねも無く開発を続けられる。サムライを敵に回すこともなく、むしろ敵対者が出れば自発的にサムライが向かってくれるように、な」
 世の中の仕組みそのものを味方に付ける。
 確かにこれが出来れば無敵だ。
 そうそう実行に移す奴も、いないのだろうが。「なら、何故私を呼び止めた」
「興味があってね」
 言って、ライターを鳴らし、葉巻に火をつけ、ふぅ、と煙を吐いた。
「君はあの女に仕えているそうじゃないか」
「雇われているだけだ」
 寿命のために。
 私個人の平穏な生活の為に。
「ふむ。君は確か「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を求めているそうだな」
「それがどうした」
「ストレスの存在しない人生を「生きている」とは言うまい。君はその矛盾に気づいているはずだ・・・・・・どうしてかね」
「なら、それなりに良い「刺激」を求めるだけだろう。スカイダイビングとかな」
「いいや、それも無駄だと分かっているはずだ。人生において「試練」はある。だが君はそれを排して「幸せ」になろうとしている。そんなことは不可能だと承知の上で、だ。君は、人生における苦痛、苦境、理不尽こそが人間を人間たらしめることを、誰よりも理解しているだろう」
 何故だ、とホフマンは聞いた。
 だが、その答えは簡単だ。
「いいか、よく聞け・・・・・・確かに人生において、そういったモノが無ければ生きている実感は掴みづらいかもしれない。だが、だからといって理不尽を容認する理由には」
「ならない、か。確かに。君の立場からすれば、そうなのだろうな」
 人の台詞を勝手に取るな。
 著作権侵害ではないのか。
「だが、分かっているはずだぞ。君は既に「生き詰まって」いるのだ。生きることに対して、生まれながらにハンデがある。幸福を実感すら出来ないまま、このまま永遠に生き続けて、恐らくはサムライとしての労働が上手く行く限り、君は死なないのだろうが・・・・・・君はそれでいいのか?」
「いつぞやも聞かれた台詞だがな」
 私の幸福は私が決める。
 誰かの基準など知らん。
 この「私」こそが基準。
「それは私が決めることだ。所詮この世は自己満足・・・・・・生憎私は面白い物語を呼んでいるだけで満足できる人間でな。何がいいか、何が悪いかは私が決めることだ。端から見てどう写ろうが、私は「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」の為に、邁進するだけだ」
「思考放棄か? 君らしくもない」
「いいや、そうでもないさ。どう足掻いても不可能な幸せを、どう自己満足するか。それはそれでやりがいのある取材内容だ」
 そして物語を書いていれば「自己満足の充足」を得られる。物語を読んでいれば「自己満足の生きる実感」を得られるだろう。
 要は、この世界をどう楽しむかなのだ。
 そして楽しむための道具は、金で買える。
「だから私は今まで通り「金」を幸福の基準として据え置く。これは私が決めたことだ。変えることがあるとすれば、それは私の意志だ」
 年寄りにとやかく言われる覚えもない。
 くつくつとホフマンは笑い、
「そうか、済まなかったな。謝ろう。君はどうも・・・・・・思った以上に愉快な人物のようだ」
 それが子供っぽいという事ならば、私にとっては誉め言葉だ。少なくとも「雰囲気が老けていますね」などと言われるよりはマシだ。
「さぁ、好きなモノを食べたまえ・・・・・・もっとも君には「好きなモノ」など本質的に持ち得ないのだろうが」
「あるさ」
 即答したことには自分でも驚いたが、まぁ事実なので良しとしよう。
「私は面白い物語が好きだからな」
 
 
 

   10

 早ければいい訳ではないのだろうに、私の執筆速度は日に日に早くなってきている。以前は数時間賭けて十ページだった速度が、一時間、三十分と、どんどんと速まって、止まらない。
 一ページおよそ二分。
 早いときはそのくらいだ。だから何だって話ではあるのだが、もし、これが「作家として成長」しているのだとすれば、私はどこへ向かうのかとふと、思う。
 いずれにせよ金になって欲しいものだ。
「あの老人の方は、捕まって死んだとさ」
 宇宙船の座席の上で、ジャックのその言葉を聞いたとき、私は彼がどんな気持ちで死んだのかを想像した。
 関係ない人間が何人死のうがどうでもいいが、あの老人は私に近いものがあった。
 時代遅れの人間。
 所詮、時代遅れは時代遅れで、淘汰されるしかないのだろうか・・・・・・時代に置いて行かれた人間は所詮、「要領」や「流行に乗る」人間には、永遠に勝てない、ということなのか?
 分からない。
 本当に、分からなかった。
 私には、わからない。
 無気力な人間、目的意識のない人間でも、有能であれば生きていける。そして、そういう人間は意外と多い。
 だが、それでいいのか?
 無気力にだらだらと生きる人間は責任を取りもせず、何かをやり遂げた風に装い、結果大きな迷惑をかけたところで、軽く頭を下げて「すまなさそう」に振る舞えば、責任は消える。
 それでいい訳がない。
 だが、それを肯定する人間、そして肯定する人間を後押しするように、そういう人間こそが、美味しい思いと勝利の愉悦に浸っている。
 だから、皆諦めているのだ。
 最初から、やはり無駄だと。
 挑戦もせずに、いい気なものだ。
 楽で羨ましい。苦悩は深く考えず、考えないから悩みもしない。思考放棄で楽に生きる。それが人間だ。
 だからつまらないのだが。
 人間は、つまらない。
 人間をやめた奴の方が、面白い。
 今まで何度、そのつまらない連中に飽き飽きし作品を捨ててやろうかと思っただろうか。もう覚えていない。覚えられるような道のりは、歩いてこなかった。
 結局、金にならなければそれも無駄足だが、何か価値はあるのか? あったとして、金にならなければ、やはり無意味だろうが。
 無駄かもしれない・・・・・・「運命」で敗北が決定づけられているからこそ「時代遅れ」なのだとすれば、何の意味も価値も有りはしない。
 無意味で。
 無価値で。
 無駄だ。
「・・・・・・結局、あの老人といい、現地の人間達といい、大きな仕組みの前では無力だったな」
「確かにな。原住民が幾ら努力しようが、どう行動しようが圧倒的な「力」の前では、無駄だ」
「端から見れば美しく感じるだけで、やはり運命に立ち向かうことは愚かなのだろうな」
「先生は立ち向かわないのか?」
「立ち向かって、無様に負けた。この上ないくらいにな。私は「傑作」を書き上げ、やるべきことを成し遂げたが、世界は何も変わらなかった。あの老人も同じだ。憂い、行動し、変えようとしたところで、負けることが決まっていては意味がないだろう」
「運命、か。先生は信じているのか?」
「さぁな。あるかどうかは知らないが、そう言わざるを得ないような状況に、敗北してきたのは、ただの事実だ」
 信じるも信じないもない。
 ただの、事実でしかない。
 私はソファに全体重を預けつつ、考える。
 もう何万回考えたかしれない位、この問題については考えてきたが「負けるべくして負ける」などというふざけた答えこそが、私を取り巻く環境なのだ。どれだけ手を尽くそうが、どれだけ積み重ねようが、どれだけ時を刻もうが、勝てない。 勝った試しがない。
 漫画のように意志を貫いたところで、それを受け継ぐ人間など、実際にはいはしない。ただ独りで延々と一つの方向へ向かってきた。
 それも、無駄だった。
 勝てないなら、価値なんて無い。
 過程に意味を求めるだなんて、言い訳だ。本当に過程に価値があるならば、その意志が結果、形にならなければ嘘ではないか。
 世界の理不尽に対する、言い訳。
 うんざりだ。
 理不尽こそが勝利する現実から目をそらし、それでいて綺麗事を押しつける。馬鹿馬鹿しい。そんなことをしている暇があったら何故、理不尽が得をするような社会形態にするのだ。
 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 気持ち悪い。
 汚物が・・・・・・「道徳」を説こうとする。そしてそれを支援する世界。本当に「気色悪い」。
 汚らしい雑菌が「努力すれば成功する」と、馬鹿の一つ覚えのように叫ぶことを良しとして、それを支援する。何も考えない人間ほど何もしなくても上手く行き、そしてそれを肯定する世界。
 汚い。
 お前達は「汚い」んだ。
 せめて自覚しろ。
「最初から無駄だと分かっていながら、挑むことを私はやめられなかった。やるべきではなかった・・・・・・何もかも無駄だった」
「それでいいのか?」
「いいも悪いもない。私の意志が「結果」に反映されたことなど、一度もない。この世界は、どうも私個人の意志を踏みにじることで、何か利益でも出るらしい」
「諦めちまうのか?」
「諦めるも何も無い。どうしようが同じことだ。むしろ、私はもっと賢く生きるべきだったのだろうな。頭が悪かった。だから諦めきれずに無駄な試みをやめられなかった。だが、今にして思えばもっと早く諦めておくべきだった。どうせ無駄だということは、子供の頃から知っていたはずなのにな」
「・・・・・・・・・・・・」
「無駄だと知りつつ、挑戦することにも、もう疲れてきた」
「それでも・・・・・・書くことはやめられないんだろう?」
「ああ。だが、それも頑張って諦めるべきなのさ・・・・・・諦めずに、屈辱を耐え、成し遂げた結果がこの様だ」
 この様で続けるべきだという考えは、ただの綺麗事でしかない。才能の有無や、運不運。あるいは環境や生まれ、そういったあれこれで、人間は成功できるかどうか、決まる。
 だから当人の意志に意味はない。
 何の価値も生み出さない。
 ただ「無駄」な足掻きだ。
 足掻くことをやめなかった私が言うのだ。間違いない。全ては、無駄だった。
 金に物語がならない。それは物語を書いた過程も、結果そのものも、書く姿勢も、その在り方すら「何の価値も無い」と判子を押されたようなものなのだ。サインでもいい。とにかくお墨付きって奴だ。
 金にならなければ価値など無い。
 それは私がよく知っている。
「けどさ・・・・・・慰めるわけじゃないが、およそ人間が「価値がある」って定めるモノは、大抵何の価値があるのかわからんようなモノばかりだぜ」「確かにな」
 ミロのビーナスも、あれを本当に「芸術だ」と思っている人間は少数派だろう。皆が素晴らしいと称えるからそう思うだけだ。
「だが、言った筈だ。金にならなければ価値はないのだ。それらだって、金になっているからこそ「価値がある」と定められている」
「そうか? 芸術家なんて、金にならない基準ばかり、見ていそうなもんだがな」
「・・・・・・いずれにせよ、私には関係のない話だ。私は金の為に書いている。金にならなければ意味なんて無いさ」
「価値はないかも知れないが、意味ならある」
「そうかもしれない。だが、私に金を運んでこない、という確固たる現実がある限り、私にとって作品とは「ゴミも同然」なんだよ」
 厳しいねぇ、とジャックは嘯いた。その内この人工知能は口笛でも吹くのでは無かろうか。
 今となってはどうでもいいがな。
 もう全てが、どうでもいい。
 元より、どうでもよくないのは金だけだ。
 金だけが。
 現実に力を持つ。
「意味、いや価値の無い旅路だった」
「人間なんてそんなもんだろ。そもそもが、人間に価値がないんだから、人間の行う事なんて、価値のない破壊行為でしかないのさ」
「そうかもな」
 私には心がない。だからこういう時「絶望すべきだ」と分かっていても絶望できない。
 虚脱感すら感じられない。
 だから嫌なのだ。
 やり遂げて、成し遂げて、得られるモノは正真正銘何も有りはしない。
 自身の内にさえも、だ。
「さて、どうやって筆を折るべきか」
「無理だろ。先生自身が一番よく知ってる筈だ」「ああ。だが、やるしかない」
 必要に応じて、やるしか。
 だが、この場合折ったところでもう意味はない・・・・・・元より私の歩いた道に「金」という結果が付随しない以上、何もかもが無駄だ。
 無駄。
 私自身の意志すら関係なく、また次の試みも、無駄に終わるのだろう。
 今までと同じように。
 これで何かを「信じろ」などと・・・・・・違う言語で話されているのかと、戸惑うだけだ。
 信じるモノなど有りはしない。
 全てが全て、信じるに値しない。
 物語すらも。
 運良く金を掴むかどうか。それが生きることの全てだというならば、金そのものも、所詮信じるには値しないということか。何せ、持つべくして持つ人間が持つならば、そんなモノは権力者に媚びを売る人間と、やっていることは同じだ。
 金は金のあるところを好むと言うが、ならば金そのものすら信じるには値しないのか。
 何を信じるべきか。
 己を信じた結果、私は何一つ得られなかった。己を信じて突き進んだ人間が、何かを掴むのは、所詮フィクションの中だけ、いやこの世界は元よりフィクションのようなモノなのだろう。勝てるから勝利し、負けるから無駄に終わる。そんな子供の言い分みたいなルールが大昔から続いている・・・・・・質の悪いジョークだ。
 品性の無いジョークこそが、この世界の本質なのだ。だから、本来「美しい」とか「尊い」とされるものは、あくまで観賞用であって、現実には存在さえしない。
 それが「事実」だ。
 ただの「事実」。
 厳然たる「現実」だ。
 生きることに価値はなく、意志を貫くことには何の意味もない。私は「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」を目指してはいたが、案外私が、心を持たずに生まれたその時から、何一つ得られず苦しみ続け、全ての試みが無駄に終わることさえも「運命」とやらに組み込まれていたのかもしれない。
 運命。
 実に忌々しい言葉だ。
 結局、それなのか。
 無駄だから無駄。
 そんな子供の言い分。
 それで全ては水泡に帰すのか。
 今まではそうだった。それを変えようとした。だがその試みすら無駄だった。
「私が生まれたことは、どうも間違いだったようだな」
「己の事を卑下しない先生にしては、珍しいな」「卑下ではない。私のような人間は、その性質からして「生きる」ということが「出来ない」のだ・・・・・・幸福になれず目的は果たせず、金を得ることも出来ない。それを生きているとは言うまい」 むしろ「生きない為」にあるかのような生態だろう。死人の在り方だ、そしてそれでも構わないと思おうが、結局は目的も果たせず、何一つとして届くことがない。
 いてもいなくても、同じ。
 私の意志と関係なく。
 私はそう、出来ている。
「やれやれ、参った。本当に参ったな。どう足掻いてもどうにもならない、か。言葉遊びとしては面白いが、実際には無茶を押しつけられただけだな、これは」
「いいじゃないか、面白そうで」
「面白くもない」
 他人事だと思って適当な奴だ。まぁ、私もこの現状を「嘆く」ことすら、もう出来なくなっているのだから、案外私という人間は、それこそとっくの昔から「生きていない」のかもしれない。
 どうでもいいが。
 金さえあれば・・・・・・この文言も空しい言葉だ。 まぁ今の私に気になることは、カルシウム不足で歯茎がやられないかとか、そういう至極どうでもいいことだ。何を考えてもどう足掻いても無駄という状況そのものは昔から変わらない。
 何もかもが無駄なのは今更だ。
 再確認しただけだ。
 これからの行動に関しては、考えることを放棄するかもしれないが。考えたところで、策を弄したところで、上手く行ったことは無い。
 一度も。
 ならばどうでもいいだろう。どうにもならないならどうにもしないまでだ。虫歯にでも気をつけながら、適当に生きることを頑張るとしよう。
 手を抜いて、もっと手を抜いて生きることを意識しつつ、生きるとしよう。何せ、何をどう足掻いたところで「無駄」なのだから。
 私は頼んでおいた暖かいミルクを飲み干し、ゆっくりと眠りについた。どうせ私が手を尽くそうが私の未来は暗闇だ。考えるだけ馬鹿馬鹿しい位時間の無駄だ。
 さして期待も出来ない未来のことを考えると、このまま目を覚まさなくても覚ましても、どちらにしても同じ、何か期待できるモノなど有りはしないだろう。
 未来に絶望はしないが希望も持たず、ただ期待できないであろう結末だけを見据えて、私は特に何の感慨もなく眠りにつくのだった。

   11

「と、いうことで、老人は運命に敗れ、私もお前達に良いように掌の上で踊らされ、行動することの無意味さを改めて思い知ったわけだ」
 満足か? と私は女に聞いた。神社の境内、ではなくそこから少し外れた所にある、茶飲み屋で私たち二人は並んで座っていた。タマモは、どうやらあまり茶菓子を食べまくるよりは茶を飲んで風景を眺めるタイプのようで、私と違い、鯛焼きをむやみやたらと食べ、団子を何串も食べるようなことはしないらしかった。
 花より団子だ。
「あなたらしいですね。それ」
 と言われて、どうやらその事を指摘されたらしいことに私は気づいた。当然だ。花を眺めて何の意味がある? 下らない。
「そうでしょうか」
「そうだ。今回の件にしたって、結局はあの老人も私も、大きすぎるモノに左右されただけだ。何か一つとして変えてはいない」
「確かに、それはそうですが」
 人間独りの力で、何かを変えられるなんて思い上がりだからではないですか、とタマモは続けて指摘した。
 だが。
「いいや、何かを変えられるのは「力」だ。権力であり財力であり、意志だとか仲間がいるかどうかなんていうのは問題ではない。結局の所物理的に変えられる力が合れば、誰でも変えられる」
 今回の件も、民族としての誇りが弱かったとかそんな問題ではないのだ。ただ単に、「弱いから負けた」だけだ。逆にあの老人に権力と財力があれば火星はこうも良いように利用されなかっただろうし、私も本を売る「力」があれば、作品の出来、すら関係なく、金に変えられるだろう。
 世の中そんなものだ。
 尊さ、とか意志とか、誇りとかそういう綺麗事を表面だけで見るから惑わされる。どんな思想であれ関係ない。金があれば「正しい」し、金にならなければ「悪」だ。
「だから強いていえば、今回老人と私が権力だの既得権益だの、私たちには関係ない人間の意志に振り回されたのは、ただ単純に弱いから利用されて使い潰された。ただのそれだけだ」
「貴方はそれでいいのですか?」
「私の意志は関係あるまい。綺麗事の為に言葉の逃げ道を確保しようとするなよ。私の意志など関係ない。ただの「事実」だ」
 弱ければ抵抗しても無駄。
 持たなければ成し遂げても無駄。
 運命が悪ければ、やり遂げても無駄。
 ただの、事実だ。
 それを覆そうとして、あれこれ画策してきたというのだから、我ながら無駄なことに時間を費やしたものだ。弱ければ、そして、持たなければ何をどう足掻いたところで無駄だという事実は、生まれたときから知っていたというのに。
「まったくの「無駄」だった。ジャックにも言ったが、私も何とかして「筆を折る」ことを考えなければならないだろうな」
 無駄だからな。
 金にならないなら、別に書きたくもない。
「それは嘘でしょう。貴方が、利益や実益の為に本を書いているとは思えない」
「だとしても、同じ事だ。無駄なことに力を注いだところで意味なんか無いからな。この世は金だ・・・・・・そして、金にならないモノに価値はない」「貴方は」
「良くないさ。だが、私の意志は関係あるまい。私がどう思おうが、どうしようが無駄は無駄。ならばさっさと適当に、終わりを迎えるその日まで生きることを「こなし」続けるだけだ」
「そういう生き方を、一番嫌っていたはずです」 確かに、と私は茶飲みを置く。
 だが、何をどう足掻いても無駄ならば、出来ることなど何もない。私の意志すら関係なく、消去法でそういう方法しかあるまい。
 それを知っていながら、私は今まで無駄な試みを延々と繰り返してきたというのだから、我ながらよくまぁ、諦めなかったものだ。
 それも無駄だがね。
 何の意味も価値も、有りはしなかった。
 さっさとくだばってやりたいところだが、私は死ぬことすら出来ないのだ。それこそ「運命」で決められているのかと言うくらい、私はどんな方法でも、いや「どんな苦しい目に遭おうとも」死ねない。
 ただ苦しむだけだ。
 それももう、うんざりだ。
 だとすれば私の試み、私の意志、私の労力、私の思想、私の行動、私の信念、私の誇り、私の物語の全て、は完全に無駄で、価値のないゴミだったわけだが、ならば当然私に生きる意味など、その動機となるモノは無い。そもそもが、私の意志が蔑ろにされるというのに、私がそれを率先してやろうと思うはずもない。
 だが死ねない。
 そして、何とか出来るように足掻いたところでそれも無駄だというならば、消去法。そう、消去法で「こなす」しかあるまい。
 他に何があるというのか。
 口でそれらしいことを言うだけなら簡単だ。だがそれで私の本が売れた試しがない。
 文句があるなら金を払え。
 話はそれからだ。
「それにしても、今回の依頼はあれでよかったのか? 革命運動は止める必要がないので放置したが、あれでは大勢死ぬぞ」
 内容にないからと放置したのは私だが、依頼内容に人命救助がなかったのも、また事実だ。
「構いません。私の役割はあくまで「バランスを保つこと」ですから。個々人の不幸に関しては、関知するつもりはありません」
 成る程、そういうことか。
 神の目線からすれば、残酷な答えすらも、全体のバランスが取れていればそれで「良し」と出来る内容でしかないのだ。その割りを食って、私みたいな人間がどれだけ憎悪にまみれても、全体の幸福度数は満足行くからそれでよし。
 普段から意見が合わないわけだ。
 そんな奴と、私のような人間が、気が合うわけがない。何事も被害者からすれば、加害者の言い分なんて下らない言い訳以下でしかない、とそういうことか。
 冗談じゃない。
 だが、それを言っても無駄だろう。結局の所何が正しくて何が素晴らしいか、それを決めるのは「持つ側」だけだ。「持たざる側」が何を言おうが、何をしようが、力がなければ全て無駄。
 それが真実だ。
 この世の事実。
 だから私個人の意志は関係ないし、その被害を被った人間達が何を考えようが、どれだけ意志を貫こうが、何を叫ぼうが無意味で無価値だ。この女の言に乗っ取るならば「世の中のバランスのために」必要だからというクソみたいな理由で、好き勝手蹂躙されるのだろう。
 犠牲になることが運命づけられていたのだ。
 ただの、それだけだ。
 結局、人間は運命には勝てないし、何をしようが全て無駄、ということが今回の取材から証明されてしまったわけだ。いや、私のような人間が生きている時点で、それは証明されていたのだろう・・・・・・どれだけ生きようがどれだけ努力しようがどれだけ信念を貫こうが、「幸福になれる権利」は決まっている。幸福を目指し獲得する、などと人間の思い上がりだったわけだ。
 チケットを持っているから幸福になれるのだ。 持たない人間には目指す資格すらない。
 事実、私はそうだったではないか。
 幸福に対する挑戦権、すら無い。初めから幸福になれるかどうかは「持つ側」に生まれるか「持たざる側」に生まれるかで決まっている。
 物語と同じだ。
 悪役は幸福にはなれない。主人公達を成長させ途中で殺され「彼らを満足させるため」だけの生涯を終える。どう行動しようと、どの物語も結末は同じだ。
 持つ側が勝利する。
 持たざる側は、「勝ってはいけない」のだ。
 存在そのものが「持つ側」を引き立てる為に、あるといっていい。だから持たざる側の努力など主人公達が活躍する為のモノでしかない。
 間違えた、と言うわけか。結局それなのか。私は自分の意志で運命を切り開こうとした。だが現実にはそんな意志そのものが無意味であり、出来ることと言えば終わるまでの間どう消化試合をこなし続けるか、だったのだ。
 それを、思い上がった。
 貫き通せば、成し遂げれば、やり遂げれば結果に繋がるのではないか? そんな風に考えてしまったのだ。それこそ物語の読みすぎだ。
 何かをして報われるのは「持つ側」だけだ。
 通常、努力も労力も無駄に終わる為にある。
 いや、それも違うのか。
「どんな形であれ、成し遂げたことは形になる。だが、それと金になるかは別問題だ。形になったところで、金にならなければ何の意味もない」
 今回の件にしたって、そうだ。結果的に、私はいいように使われただけだ。あの老人にしたって何一つ変えてはいない。
 結果が全てだ。
 だから、結果を伴わないのであれば、最初から何もしていないのと同じなのだ。あの老人も私の作家業も、結果が無い。
 意志だけでは何もないのと同じだ。
 私は傑作を書いたが、売れなければ書いていないのと同じだ。今回、意志は結果に関与するのかを調べる意味合いもあったが、やはり個人の意志なんて何の関係もなく、大きな力のみが、大局を動かした。
 個々人の意志は、今回の結末には関係ない。
 ただなるべくして成っただけだ。
 私が関与しなくても、案外あの鉱山は取り壊されていたのではないだろうか。革命を起こした後となれば、あんな物騒な施設は邪魔でしかない。彼ら自身の手で壊されていたのではないか。
 女はぐうの音も出ないようで、黙っていた。まぁどうでもいいがな。負け惜しみのように「それでも」と彼女は続け、
「それでも・・・・・・人の意志には価値があります」「あるかもしれないな。で、それが何だ?」
 金になるのか?
 ならないよな。
 だから、どうでもいいことだ。
「まぁいいさ、どうでもな、お前の綺麗事に興味はない。そう思うならそう思えばいい。押しつけられるのは御免なので、独りでやっていて欲しいがな」
「そうでしょうか・・・・・・私は、結果のみを求めた人間の破滅する姿を、よく知っています。だからこそ「過程」に価値がないとは思えません」
「そうかもしれない。だが、それとこれとは関係がない。過程に価値があったとして、それが結果にならなくてもいい理由には成らない。お前の言葉は一々言い訳臭いな。過程に価値を求めるのは勝手だが、結果が伴わないモノに「良い過程があるから美しい」などというのは、傍観者の戯れ言でしかないのだ」
 当人からすればたまったものではない。
 冗談ではないのだ。
 そんな事を言われるために、やってはいない。「そうでしょうか」
「そうだよ。その程度の現実も見ないで生きられるというのは、お前が「持つ側」だからだろうな・・・・・・楽で羨ましい」 
「別に、私は」
「いや、いいさ。お前の意見などどうせ役には立たない。綺麗事は「持つ側」の特権でしかない。私には関係ない世界の話だ」
 さて、行くか。と私は腰を上げようとして、女に服を捕まれた。
「貴方は」
 言って、俯きながら女は続けた。
「それでいいのですか?」
「良くないさ。だが、私の意見は関係あるまい。今回それが証明されたことだしな。適当に今後を消化することでも、消去法で考えねばな」
 掴んだ手をはたき落とし、私はそのままその場を去った。
 いつも通りだ。
 理不尽に屈する、といういつも通りの結末で、私はとりあえずの幕を閉じるのだった。

   12

「人類のテクノロジーも、頭打ちらしいぜ」
 帰り(ホテルに泊まりに行くだけだが)の宇宙船で、ジャックはそう言った。
「人間という品種にも、限界が来ているということだろうな。元より、経済面の数字ばかり大きくなって、根本的な社会問題は何一つ解決しないで放置してきたのだから、当然だろう」
 人間という生き物。だがアンドロイドが生まれ自我を持ったこの時代に、果たして人間は必要だろうか?
 要らないと思う。
 それもまた、「事実」だ。
 アンドロイドが世界を覆い尽くしたところで、根本はあまり変わらないと思うが。何せ、彼らが人間に近づき、追い越すという事は、人間以上に欲深くおぞましい生き物が生まれることに他ならない。
 争いが起こるのは「心」があるからだ。いっそ全ての生き物から心を消し去ってしまえば、世界も平和になるに違いない。
 少なくとも静かには成りそうだ。
 尊さなど幻想だ。心があるが故の素晴らしさなど有りはしない。何一つとして心が素晴らしいなどという妄言を肯定する言葉には成らない。
 人間の心は邪悪そのものだ。 
 全ての悪がそこにある。
「テクノロジーなど、利便性を追求するだけのモノだからな。テクノロジーそのものが何かを生み出すことはない。それを扱う人間次第だ」
 つまり何の期待も出来ない、ということだ。
 私には人間としてあるまじき事に「思い出」が存在しない。きっとこれからもないだろう。だから「私個人の実利」と「私個人の平和」さえ手に入れば、他はどうでもいい。
 テクノロジーに人間がどれだけ溺れ、足下を救われようとどうでもいいことだ。ただ、テクノロジーに限らず人間は「成長」を止め、体制のみで保とうとする習性がある。きっと、成長を全人類が諦め、前へ進むことをやめたとき、その時人類がどれだけ栄えていようとも「滅び」への道を、転げ落ちていくのだろう。
「テクノロジーは利便性を高め、あらゆる困難を打破したが、結果困難のない世界を作り上げたからこそ、成長しない人間が多数を占めるようになったのだとすれば・・・・・・何とも皮肉な話だ」
 私の求める「困難の克服」を人類はテクノロジーの力で達成した。だが、その結果精神的な多様性は減り、自律思考能力の無い人間が生まれた。 どうにもちぐはぐだ。
「先生は困難そのものを嫌う節があるが、困難が全くない人生を送った人間なんて、そんなもんさ・・・・・・困難は確かに厄介きわまりないが、全く困難が存在しなければ、それは成長しないことと同義なのさ」
「ふん」
 だからといって困難そのものを肯定するつもりはないし、無いに越したことはない。だが、全く無くても成り立たない、という事実は認めよう。 困難もストレスも、無ければ人間は生きている実感を掴めないものだ。無論、私には生きている実感など必要ないが。
 私は生きていないしな。
 適度な自己満足の充実があれば、構わない。
「困難を克服すること、あるいは困難を受けて、耐え凌ぐことで「成長」できると」
「その通りさ。山も谷もない環境では、人間は自分自身が生きていることを自覚できない。無論谷だけでも駄目だが、山だけでも駄目なのさ・・・・・・平坦な道では歩いているかすら実感できない。そして山だけでは足下がおろそかになり、下へ落ちる可能性を考えることをやめてしまう。ある意味谷の底にいる先生は、油断しないし慎重に考えられる」
「そんないいものじゃないさ」
 谷の底と言うより、私は同じ道にいないのだ。 道を歩く権利が、まだ手に入らない。
 未だに、手に出来ていないのだろう。
「言葉遊びよりも、私は実益が大事でね。金になれば何でもいいのさ」
「商いでもすればいいじゃないか」
「仕方あるまい。私は作家として歩いてきた。もう戻れないところまで、な。作家として勝利できないならば、私は私を作り上げてきた「作家」としての部分を否定される、ということだ。否定されたところでどうでもいいが、だがそれ以外の部分で今更、勝利は望めそうにない」
 今更言っても仕方ない話だ。まぁ、これから先目指すのもありかもしれない。作家なんてさっさと筆を折って廃業し、屋台でも開こうか。
 それもいい。
 どうでも、いい。
 何か金になりそうな事を考えておこう。
「作家として歩いてきたんではなく、作家として歩いていきたいんだろう?」
「だが、それも結果が出なければ無駄なことだ。精々儲かりそうな商売でも始めるさ」
 金があれば平穏は買える。そして幸福など所詮自己満足でしかない。
 適当に自己満足し、生きる。
 金の力で。
 それもいいかもしれない。
 実にガキっぽいことで悩んでいて、青春みたいではないか。そういうことにしておこう。精神年齢が老けているなどと、そんなモノは誉め言葉でも何でもない。ただ「老けていますね」と言われるようなものだ。子供が背伸びするならそれでもいいが、生憎私は若さに拘る男なのだ。
 子供っぽい悩みで悩んでいる。
 そういうことにしておこう。
 「運命」を「克服」する、などと、如何にも子供っぽいではないか。克服できないからこそ運命と呼ばれるというのに、それを克服し、敗北の運命があるならばそれを塗り替えよう、などと。
 我ながら子供っぽい考えだ。
 それを実行するのだからどうかしている。
 まぁ・・・・・・悉く失敗してしまったが、な。
 物語は、金にならなかった。いや、この先金になるかもしれないが、しかし、未来の可能性など考えていたら、どんな不可能ごとも可能になる。 ただの妄想もいいところだ。
「作家として、金を儲け、それなりに充足した生活を送りたかっただけなのだがな」
「何だよ、先生。もしかして今回あった老人が、何もかも無駄に終わったから自分に重ねているのかよ?」
「そうではない。ただ、客観的な事実として、そういう人間が敗北する、敗北しかできないのだ、と再度思いしらされただけだ」
「敗北するから挑戦しない、なんて先生の言葉とも思えないな。毎度、不可能事に挑戦している男が吐く言葉とは」
「不可能を可能にするために、私は作家などという生き方で固定しているのだ。それが無駄に終わり、金にならない今、落ち込むのは当然だろう」 実際には落ち込んですらいないが。
 できないのだ。
 そういう、人間の行動が。
 だからこそ、金だけは確保したいのだが。
「不可能を可能に、ね。不可能は不可能だろう」「ああ。だが、やるしかあるまい。そのまま放置すれば、私にとってはこの世の全てが、不可能なままだったからな」
 生きることが不可能。などと、しかし現代社会ではありがちな問題ではあるが。個々人の幸福よりも「社会全体」の幸福こそが優先される。だからこそ「個人」として「幸福」を勝ち取ることは社会全体の幸福を敵に回すことに他ならない。
 だから険しい。
 難しい。
 それでも、不可能ではないと思っていたが。
 どうやら、間違いだったようだ。
 私の人生は、最初から終わっていたのか。 
 それとも。
「成し遂げれば見える景色も変わるかと思ったがやはり、何も変わらんな」
「金を手にしたところで、それは同じだろう」
「だろうな」
 だが、出来ることは変わってくる。
 だからこその「金」だ。
 金は不可能を可能にはしない。だが、個人を助長し、力を与え、扱い方によっては望む方向へ、確かな道筋を持って進むことが可能だ。意志の力でもそれは可能だが、金による現実的な橋渡しがなければ、物事を形にすることは、出来ない。
 先に進むためには必要なピースだ。
 それこそが、「金」だ。
「十億人くらいなら、年内に売れると思ったのだがな・・・・・・」
「目標高すぎだろ」
「馬鹿が」
 私は言った。
 私だからこそ、言ってのけた。
「目標を低く設定して高く飛べるか? だからお前達は間抜けだというのだ。目標とは所詮越えるためにしかない。どうせ越えるなら天高く、だ」「上を見るのに、金はかからない、かい?」
「まあ、そうだ」
 先に言われてしまった。まぁいい。誰が言おうが同じ事だ。問題なのはそれを実行に移すか、だからな。
「言うなれば私の試みは、物語のキャラクターが「自身の役割を無視して」己のやりたい役割を作り上げるようなものだ。役割そのものが与えられていないと言ってもいい、いや、役割を与えることを忘れられた「私」が、役割を作り上げようとしたからこそ、失敗したのかもしれない」
 今更どうでもいいことだが。与えられた、いや与えられなかった運命を覆すとはそういうことだ・・・・・・何もないところから己の物語を作り上げる暴挙、と言っていいだろう。
「ふぅん。よくわからないけど、要は先生、また無茶な挑戦をしたって事か?」
「まぁ、そういうことだ」
 どちらかといえば「挑戦権」を得る為の戦いだったと言っていい。だが、それも、終わった。
「幸福を得られないなら幸福を得られるキャラクターになればいい。だからこそ私は生き方を固定し、充足と豊かさを在り方として捉え、それを目指し続けたわけだが・・・・・・役割に無いキャラクターでは、どうあってもたどり着けないらしい」
 金を得ることすらままならない。
 得る側としての立ち位置を持っていなければ、得る事は出来ないのだ。私がそれを証明した。してしまった、と言うべきか。
 どう足掻いたところで「持つ側」に居ない存在は「持つ側」に回ることは出来ない、ということなのだ。ただただ奪われるしかない。
 それを享受するか、妥協してその奴隷としての人生を受け入れる、いや諦めるかだ。
 下らない役割を押しつけられてしまった。
「でもよ、ただ役割を受け入れた人間と、先生とじゃ違うと思うぜ」
「なんだそれは」
 同じではないか。
 「結果」は「同じ」だ。
 何もしていないのと変わるまい。
「先生は形はどうであれ、それを形にしたじゃないか。物語を誇りに思えばいい」
「生憎、私は誇りなどいらない。金だ。欲しいのは金であって、それ以外に意味はない」
「人間の人生なんて、どうせ百年か二百年か、先生は何万年か生きているらしいが、それだって宇宙全体からすれば小さいもんだろう? そんな短い時間の中で、紙だのチップだの集めたところで子供がコレクションしているカードを集めているのと、そう変わらんと思うがね」
「私の場合、それにもう一つ、先ほど言った試みも加わるがな」
「どういうことなんだ?」
 興味があるらしく、しつこく聞いてくるのだった。話す機会がなければ適当に話を終わらせようかと思っていたが、まぁいいだろう。
「言ってしまえば、作家にあるまじき、そして物語にあるまじき冒涜行為だ。無論、私は何かを冒涜したところで何の罪悪感もないので、問題なく実行に移せたが」
「それで?」
「要は、だ・・・・・・「私」は元々、モブキャラと言って差し支えない役割を与えられた人間だった。だがある日、何の動機付けも無いというのに、私は「作家を目指す」という大きな行動を始めてしまった。本来、私が作家として行動する未来などどこにもなかったにも関わらず、だ」
「つまり先生は「物語のあらすじ」を無視して動き出したキャラクターみたいなモノなのか」
「そういうことだ」
 無論、それだけでは意味がない。
「だから私は・・・・・・まずは自身のキャラクター性を「書き換えた」と言っていい。運命を克服しようとする、というのはそういうことだ。物語で例えるならば、キャラクターが自身のプロフィールを勝手に書き換えたようなものだ」
 それでも「運命」には届かなかったが。
 無駄な事は無駄だった。
「本来成功する未来がない、のだから、通常の方法では成功しようがない。たとえば、だが・・・・・・物語に限らず、現実の成功者というのも「たまたま運良く理解者と巡り会えた」り「賛同する同士と小規模ながら行動を移す」ことは、ままあることだ。それは彼らが成功することがある程度決まっていたからに他ならない」
 成るべくして成る。成功者、勝利者の運命を、過去のデータを通して読めば、誰にでも理解せざるを得ない事実だ。
 だが、私にはそんな運命はない。
「私は、恐らくだが、本来の史実であれば「作家を目指すこと」すら無かったはずの、物語で言えば「戦いに巻き込まれる事すら無いはずの村の住人」みたいなものだ。「心の欠落」という「どうしようもないバグ」を放置した結果、私という人間が出来上がった、と言えるのだろう」
「話だけ聞いていると、先生の異常性が際だってくるな」
「そうか? まぁいい・・・・・・いわば「自我を持ってしまったNPC」と言ったところか。役割すらも「越える」為に行動し、「狂気」を軸として、勝つために進み続ける。恐らくは、私が唯一なのだろうな」
 どうでもいいが。しかしジャックは引っかかったようで「何が唯一なんだ?」と聞いてきた。私は説明は面倒だから嫌いなのだが。
 言っても仕方がない。
 説明してやるとしよう。
「言ってしまえば「物語そのものを変える」事が出来るキャラクター性だな。今回の件も、私でなければ本来は「老人と結託」して「革命を止める為に行動する」とか、そんなあらすじだったのではないかな」
「?・・・・・・なら、先生の目的は達成できているんじゃないのか?」
「いいや、私は物語そのものに興味など無い。変えようとしているのはあくまでも、私個人の未来が豊かであるかどうか、だ。周囲が変わったところで、私個人には関係あるまい」
「なんだかはた迷惑なキャラクターだな」
「知ったことか。私は、私の為に行動するだけだ・・・・・・言ったはずだぞ、私以外の人類が絶滅しようが、私個人が豊かなら知らんとな」
 実際、知ったことか。
 私の未来には関係ない。
 座席のソファにぐったりと身を預けつつ、私は続けた。
「・・・・・・まぁ、それも無駄だったがな。私個人の運命が、どうもこの世界にはあらかじめ存在すらしていないようだ。だから私は勝つことが出来ないし、負けて実利を得ることすら、できない」
 弱い人間が他者を利用して美味しい汁を吸うような真似も、強い人間が立場や肩書きで他者を、己の糧とするような真似も、「出来ない」のだ。 したくても出来ない。
 出来た試しがない。
 何かしら邪魔は入る。
「苦しみ続けるだけだ、だからあの女にも消去法の選択肢と、伝えたのさ」
 私の意志とは関係なく、私の未来は決まっているのだ。それも、無惨な何も無い道と言う形で。 むしろ「決められなかった」と言うべきか。だからこそ私の生きて歩いた道には、本来人間であればあって当然のモノすら「何一つ無い」という異常な結果が出るのだろうが。
 異常だ。
 幸福があり不幸がある、それが人生というものだ。だが、私には幸福は「一つも」無かった。比喩でも何でもなく私の今までには、何一つとして無かったのだ。「生きていて」幸福が一つも経験できないなどという「異常」そして「不幸を感じとれない」が故に苦痛はあっても不幸はなく、そして「何をどう足掻いても、何事においても絶対に勝利できない」などという、異常。
 負けることはあるだろう。だが、どんな人間でも勝つことはある。私には一度もない。あり得るか? 何一つとして、例え石を投げるだけでさえも「勝利できない」などという人間が。
 バグだとしか形容できない。
 それ以外に言葉がない。
 私はそういう「人間?」なのだ。
「なるほどな。事情が込み合ってて原因までは分からないが、先生も相当こじれた扱いを受けているんだな」
 同情するぜ、と言われたが、同情は要らないから金が欲しいというのが本音だった。
 本当にな。
「内面を変えるだけなら簡単だ。狂気を身に纏えばいい。だが、現実的に物質で何かを必要とするなら金が必要だ。こればかりはどうしようもないからな」
 それをどう足掻いても手に出来ない、だとするならば、結局は無駄な試みだったという事だ。
 ただのそれだけだ。
「例の老人もそうだが、どうも「時代遅れ」の人間というのは、実利を獲得しにくいらしい」
「自覚はあったんだな」
 驚いたぜ、とジャックは嘯いた。
 私は頼んでいたコーヒーを飲み干し、一息ついてからソファにもたれ掛かる。こんな時でも、やはりコーヒーは美味かった。例え長い年月を費やしたモノが、やはり客観的に見て無駄だと証明された後でも、同じくだ。
 それに私は無駄だからと言って諦めることも、出来ないのだ。したくても出来ない。だが、このまま無駄に終わる事が分かり切っているのだ。無駄なことに時間を費やすよりは、「頑張って」諦めなければ成るまい。
 諦める事に労力が必要とは、割に合わない話だ・・・・・・実際、私のような人間が在り方を諦めるなど無理なことなのだが、それでもやるしかない。 同じ所でぐるぐる回り続けるよりはマシだ。
 亡霊のようにさまよい続けるよりは。
 かくして邪道作家は筆を折るのだった、適当に妥協して残りの時間を適当に潰してこなしましたとさめでたしめでたし。と出来れば楽なのだが、具体的に、何をすれば筆が折れるというのだ。
 全ての事柄を作家として吸収し続けてきた以上最早私に「作家でない部分」なんてあるのか?
 無い。
 無いからこその「私」だ。
 だが、その在り方も結局無駄だったわけで・・・・・・堂々巡りだな、どうも。考えて解決する類の問題では無いのだろう。
「結局、あの火星の住民は滅ぶ運命なのか?」
「さあな。少なくとも私にはそう見えた。大きな権力や陰謀の中で、あの老人も私も、完全に無力だった。その中で何か「意志みたいなもの」がどう作用するのかを探る意味合いも今回の取材にはあったのだが、結果、何一つ影響は無かった」
「人工知能の俺には分からない話だな。それこそ結果的に「大きい何か」に依存して生きればいいじゃないか」
「そうだな、そうかもしれん」
 私やあの老人のような「己の道を持つこと」が最早現代社会には不要なのだ。だから淘汰され、迫害され、何よりも成功しない。
 それが当然であるかのように。
 あらかじめ決められているかのように、だ。
 面倒な話だ。
「運命、か。人間賛歌が描かれるモノを手がければ、必ず考えるテーマではあるが・・・・・・実際、最初から最後まで結末が「決まっている」ならば、物語のキャラクターの葛藤に、意味も価値も有りはしない。それを見る側が楽しいだけで、それを見る側が心躍るだけで、実際にそれを実行する側からすれば、道化もいいところだ」
「確かにな。けど、人間賛歌、「苦境の中で光り輝く意志」は見ていて心躍るぜ」
「下らん。実際にやる側からすれば、綺麗事ばかりホザき、その方が道徳的に正しい、などと言う気持ち悪い身勝手を、押しつけられているだけだ・・・・・・実際に行動したことのある人間からすれば現実を知らないガキの台詞だ。口だけの奴ほど、そういう御託を大切にする」
 実行したことも無い癖に、だ。
 大仰な口を叩くだけなら簡単だ。誰にでも出来る作業でしかない。だが、実際に何かをやり遂げようとすれば、綺麗事の下らなさにすぐ気づく。 人を騙した方が得だ。
 人を殺した方が得だ。
 人を欺いた方が得だ。
 人から搾取し、騙し取り、奪い、暴力で事を進め、誰を何人踏みにじってでも、実利が得られれば人間は幸福になれることに、気づくのだ。
 困難も対して経験せずに生きてきた人間だけだ・・・・・・道徳だの、倫理観だの、努力論だの、精神論だの、因果応報だの、下らない。
 夢がみたいならベッドの上でやっていろ。
 現実に勝利する方法を模索する側からすれば、たまったものではない。だが、そういう馬鹿ほど「たまたま運良く持って」いたりして、幸運だけで勝利を収める。結局、どんな馬鹿であろうが、どんな信念を持とうが「持つ側」にいれば勝利できて、居なければ無駄なのだ。
 だから、意味も価値も無い。
 適当に「こなす」だけだ。
 それ以外にやることなんて、やれることなんてありはしない。
 全てが全て、勝てるか負けるか、最初から決まっているのだ。
 ただのそれだけ。
 足掻くより諦めた方がマシだ。
 これからは適当にこなすとしよう。
 どうせ無駄なのだから。
「運命を切り開く物語、というのは「それそのものがそういう物語」なのだろうな。だから、負けるべくして負ける人間は、あの老人のように良くわからないまま敗北するしかないのだろう」
「だろうな。負け役担当が勝ったら、勝つ役担当が困るだろうし」
 そんな、ものか。
 それならそれで適当に流されるだけだ、何をどう足掻いても仕方がない。とはいっても、その考えたかに乗っ取れば、私に出来ることは何一つとしてないのだが。
「でも、金を手にしたところで、結局は他の事で悩むんだぜ? 金を手にしたところで、問題の多い人生という根本的な問題は、変わらないと思うがね」
「そうかもしれない。だが、金のない悩みよりは金のある悩みの方が、解決のしようもあるということだ。金のある人間の悩みは大抵が精神的なものでしかない。精神的な悩みなど、自己満足で解決できる。だが、物質的な悩みは、現実問題金がなければ解決できない」
「そうかな、金に困らない人間ほど、大きな悩みを抱えている気もするけどな。金を持ってさらに大きい悩みで悩むか、金を持たずに小さい悩みで満足するかじゃねぇの?」
「金の無い悩み、というのは当人だけでは済む問題ではない。それは飛躍だな。金を持つ人間でも悩みはあるかもしれん。だが、金のない悩みよりはどうとでもなる問題だ。金が無くてもあっても同じ、などと言うことはない。金を扱いきれない半端者が多いだけだ」
 金そのものに悩みなど付随しない。
 悩みを解決するためにあるのが「金」だ。
 扱いきれていないだけだ。
「そうなのかな・・・・・・まあ先生が言うなら、きっとそうなんだろうさ」
「そうだ。そして・・・・・・金で買えない物は無い」「愛とか友情とかあるじゃないか」
「下らん」
 存在もしない物に、夢を見ているだけだ。
 そんな物はありはしない。
 どこにもない物を振りかざして、金で買えないなどと・・・・・・暇そうで羨ましい。
「買えない物など無い。友情も愛情も、存在さえしない架空のモノだ。絵空事を買うために、金は存在しているのではない」
「けどよ、先生には買いたいもの、いや欲しいモノなんて何もないんだろう」
「まぁな」
「いや、まぁなじゃねえよ」
 それじゃ意味ねぇだろ、とジャックは言ったが・・・・・・そんな訳が無い。
「確かに、運命は遠回りであればあるほど、人間を成長させるものだ。金に関しては、いや金という概念そのものが、その「遠回り」を避けるための「チケット」と言っていい。本来は求めるべきではなく、むしろ率先して成長し、その果てに掴むべきモノだ」
「そこまでわかっていて、何で拝金主義者なんだよ、先生は」
「当然だ。私は別に成長など「どうでもいい」からな。さっさと「結果」いや「実利」を手にして平穏に暮らしたいだけだ。そして、私個人の平穏の為であれば、何人死のうがどれだけの被害が出ようがどれだけ本筋からはずれた行動であろうが他でもない「私」がそうしたいが故の行動だ。それを「綺麗事」や「絵空事」あるいは「誰かの都合」で阻害されたくはないだけだ」
「けど、それはきっと「作家としての成長」からは外れると思うぜ?」
「構わない。金さえ手にしてしまえばこちらのモノだ。大体が、既に書くべき事も書きたいこともあらかた、書き終わっている。既に作家としてやるべき事の大半は終了している段階だ。これ以上の作家としての成長は、むしろ蛇足だな。あろうがなかろうが、結末には関係あるまい」
 後は私個人の自己満足だ。それこそが、本来の目的でもあるわけだしな。
 目的意識による充足。
 それがあれば十分だ。
「そこまで意識的に狂えるってんだから、やっぱり先生は恐ろしいね」
「どうでもいい」
 ・・・・・・まぁ、私はお化け屋敷のアルバイトではないので、恐れられたところで何とも言えない。それは所詮、見る側の感想でしかないからな。
 どうでもいいことだ。
 どうでも良さ過ぎる。
「本来なら、金などと言うのは「国家」が保証して然るべきモノだ。最低限の生活を保障するからこそ、誰もが税金を払い、豊かさを享受したければ仕事を興す。だが、国家が責任を取らなかったところで、誰も文句は言えない。言ったところで無視すればいい。国家という枠組みのみが残り、金だけは請求するようになってしまった。貧困層の生活を保障せず、金を巻き上げるだけの国家、そんなモノは誰も必要としていない。この世界は責任を取らなくても良く出来ている」
 だから社会問題は無くならないのだ。無くす気がないのだから、無くならないのは当然だ。
「そうなのか?」
「先進国であれば、な。無論、国家としての義務なんて果たさなくても構わないから、当然のように無視するがな」
「労働に身をやつしていない人間が、飢えて死ぬのは仕方がない、ってぇのが資本主義社会なんだろう?」
「その通りだ。しかし間違っている」
「どういうことだ?」
「労働もそうだが、そもそもそれらを保証しないなら国家など必要あるまい。何より、その理屈で行くと、国家に属する理由など無い」
「確かに、国家が金だけ貰う制度はどうかと思うが、貧困層へ支援したとして、労働していない、あるいは出来ない人間達へ金をばらまくのは、問題にならないのか?」
「国家である以上、それは当然の義務だ。全ての人間の生活を、管理して保証する。だからこそ皆金を払う。それが出来ないならば国など必要すらない。貧困層を、あるいは労働につけない人間を養うのが嫌ならば、独裁政治にするべきだ。民主主義などと歌って金だけ貰い、美味しい思いをしている人間がいる世界で、労働していないから金を貰うのは間違っている、などと、説得力が足りないな」
「それもそうかもな。実際、先進国は福利厚生、最低限の生活の保証がされている所が多いな。でもそれだけでは経済が成り立たなくないか?」
「豊かな暮らしをしたい奴は、勝手に自分自身のビジネスを始めるさ。本来なら成し遂げた人間が豊かさや利便性を享受する。そうでない人間も、最低限の保証を行う。それが「国」だ。仕組みに騙されて言いくるめられているだけだ、だから、搾取と拝金主義が横行するわけだ」
「今はそうじゃないのか?」
「資本主義社会は「既得権益」を守るためだけに運営されてしまっている。持つ人間が酒を浴びるほど飲むために運営されてしまっているのだ。だから、何か成し遂げた人間ですらも「持つ側」にいないというただそれだけの理由で、何一つ得ることが出来なくなっている。お前達の言い分では「頑張らない奴に豊かさは許せない」とかなのだろうが、逆だ。頑張ったところで、あるいは頑張らなかったところで、「持つから持つ」などという子供の言い分が通ってしまっている」
「・・・・・・労働をして真面目に生きれば、豊かな生活が出来るってのも」
「ただ、その方が都合が良いだけだ。自分たちに都合の良い仕組みから、精神論と根性論という、中身のない言葉で誤魔化しているだけだ」
「それで、社会は回るのか?」
「回るさ。下が支える。無論、奴隷として、当人達の意志は関係なく、な」
 搾取して、こき使って、騙し通す。
 現在の国家形態はただの「大規模な詐欺集団」だ。何の保証もなく人が死に続ける中で、当人の意志など言い訳もいいところだ。
 本人次第。
 そんな言い訳が通ると、本気で思っている。
 それでどうにかなるなら、この世界に問題など一つもなく、社会構造に不満を言う人間は、独りとしていないだろう。だからこそ、問題しかこの世界にはなく、社会構造は人を苦しめ、金も払わないくせに作品を読もうとする馬鹿共が増えるのだろうが。
 そして、世界というのはそういう「クズ」こそを支援するものだ。そういう人間には世界が味方してしまう。不思議なものだ。だからこそ、現実にはあり得ない展開の多い「物語」を読む人間が多いのだろうが。
 世界に信じる価値など無い。
 信じられるのは金だけだ。
 その金すらも、「品性」と「人間性」を捨てた人間の元に、集まる。案外、この世はそういう奴らを中心に、少なくとも経済に関しては、回っているのだろう。
「私ももっと下品に生きた方が良いのかもしれんな。その方が現実的に金になりそうだ」
「具体的にどうするんだ?」
「そうだな・・・・・・まず誰かを騙さなければな。給料も払わず、人間性を貶めて、自殺する人間がいたら「根気が足りない」とヒステリーを起こし、客の人体を破壊する作物を安く売り、それでいて商品自体も偽装し、肩書きに固執して偉そうに振る舞うのだ」
「先生には無理だ」
「・・・・・・まだ分からないではないか」
 言っても仕方ないが。まぁ、そういう立ち位置に座れるようなら苦労はしない。いや、案外そんな適当な考えこそが金を生むのか?
 だとしたら品性を捨てるところから始めた方が早そうだ。金を持って太っている人間の特徴は、大体それであっている。
 世の中そんなものだ。
「それに、私は本当に何もしていない人間は、別に死んでも構わないと思っているしな」
「掌返しか?」
「いいや、生きるべき人間が死ぬ、この社会を嘆いているだけさ」
 ただの独り言だ。
 だから意味なんてないし価値もない。
 嫌な世の中になったものだ。
 本当にな。
「いっそ、安楽死を取り入れればいい。生きる上で目標すら見つからなければ死に、そうでなければ支援する。その方が面白そうだ」
「面白い面白くないより、実利で生きているんだろうさ。それも個々人の利益だから、そうでない人間の利益には無頓着だ。結果、先生みたいな人間が食いっぱぐれるのだとすれば、確かに面白くない世の中だ」
 まぁ世の中そんなものさ、とジャックは適当にまとめるのだった。
「人間は多くなりすぎ、それでいて成長しなさ過ぎた。テクノロジーが頭打ちにならずとも、人間自体がもう期限切れなのさ」
「人工知能の俺が言うならともかく、それを先生が言うと、何だか末期って気もするが」 
「とっくにそうだ。末期を終えた後、とでも言うべきか。個々人が惰性で生きている現代社会では人類という品種も「惰性」で続いているだけだ」 何ら変わらない。
 ただ、続いているだけだ。
 続けるだけなら放っておけばいい。
 何もしていないのと、同じではあるが。
「過去、何一つとして若者に「残さなかった」そのツケが来ている。口に出すのは簡単だ。だが現状の社会を築き上げた人間達が、自分たちの残したツケを払わず、偉そうに振る舞うだけの社会では、こうなって当然だろう」
「確かに、無気力な奴が多いな」
「労働だからさ。本来「誇り」を、形はどうあれ当人たちの誇りを金に変える錬金術。それが仕事と呼ばれるモノだった。だが、時が経つにつれ、中身を重視する人間がいなくなり、中身の無い仕事、「何をしているのかさえ不明瞭」な労働形態が定着し、それをロボット任せにし始め、労働、そう、まさに「労働」だ。仕方がないからやっているだけ・・・・・・それで目に光が灯るはずもない」「確かになぁ。先生みたいにギラギラしている人間なんて、むしろ少数派だしな」
「ああ。私みたいな人間はむしろ、はじかれる。際だった個性よりも、従順な奴隷だ。それで自立性を磨けなどと無茶を遠そうとする。それも、口にする奴は大抵自分のない人間ばかりだ」
「先生が労働問題に興味があるとはな」
「何を言う。作家など大手出版社の奴隷になるか独り孤独に戦うかしかない。名声を求めて作家を志す馬鹿者が多いが、作家を志しておきながら、税理士の雇用すら考えていないというのだから、どうかしている」 
 あるいは、とっくに世の中はどうかしてしまったのだろう。中身のない人間は多い。誰が言ったのかも分からない「規範」に従い、行動する。命令もされていないのに従うロボットだ。

 私からすれば、お前達こそ人間じゃない。

 私こそが「人間」だ。
 人間の、あるべき姿だと、そう信じている。
 あるいはそれは「非人間」として、か。
 この「私」が、間違いだとは思わない。
 思うつもりもない。
「私は大した奴ではない。才能にあふれたり、まして人に出来ない事など出来た試しがない」
「そんな変な物語ばかり、書いているのにか?」「そうだ」
 自信を持ってそう言える。
 私は、出来ることしかしていない。
「私がしていることは単純だ。「生きる」というテーマと真摯に向き合うこと。ただそれだけだ。物語を才能で書く奴はいるにはいるが、私の中にそんな便利なモノは無かったし、才能では書けない物語というモノがある。人間の心に「食い込んで離さず」影響を与え、それでいて「狂気に満ちた」言葉を伝える。書きたい事も書くべき事も、私にとっては同義だ。

 お前達はそれでいいのか?

 そう問いかけることが、物語の本質だ」
 多分な。
 私は真理を知る賢者ではない。だが、物語とは大抵が「教訓」を学ぶものだ。楽しみつつも、生きる上で必要な「何か」を吸収する。それが出来なければ意味があるまい。
 金にはなるかもしれないが、キャラクターのデザインで売っている物語など論外だ。物語とは、その内容だけで心を惹きつけ、捉えて離さないものであるべきではないか。
 その方が・・・・・・面白い。
 だからこそ、読む価値がある。
 それこそが、物語だ。
 この世全ての娯楽に勝る、人類の愉しみ、生きると言うことを豊かにするモノだ。
「私はこの「私」以外のことは何一つとして考えてはいないからな・・・・・・私からすればお前達凡俗の方が狂っているが、それこそどうでもいい。問題なのは私の幸福だ。私の充足だ。私の自己満足だ。そのためなら何万人死のうが構わない。私以外の全てを生け贄にしてでも、この「私」が満足する結果を追い求めるだけだ」
「最悪だな」
「まさか。我ながら道徳的な良い人間だと、自負しているよ」
 これは本当だ。思想はどうだか知らないが、私はそれほど悪人をしている訳でもない。
 ただ人のことを勘定にすら入れないだけだ。
 それを最悪と呼ぶのかもしれないが。
 構わない。
 どうでもいいしな。
 どうでもよくないのは、そう。
「だから金だ。金で買えないモノは無い。いや変えられないモノはない、と言うべきか。私個人の世界のために、とりあえず変えてやるとしよう」 己の道も選ばず、「金になれば何でもいい」などと「生きる」事から逃げる馬鹿も多いが、私はそういう訳には行かないのだ。
 金、金、金だ。
 そして・・・・・・物語。
 作家という在り方だ。
 それによる自己満足。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏。
「どんなに足掻いても、どう行動しても無駄だとしても、先生はやるつもりか?」
「当然だ」
 自分でも驚いた、私はこんなにやる気に満ちた人間だったか・・・・・・いや。
 変えられないだけだ。
 生き方を。
「最初から無駄だと言うことは、生まれる前から分かっていたさ。無論、金を求めることは続けるし、私は不可能だとは思っていないが」
 それでも続ける。
 だからこそ、続けるのだ。
「それが」

 「私」だ。









あとがき

さて、ここまで読んでいる奴がいるのか謎だが、一応書いておこう。
思うに、ここまで読んでいるなら当然札束で支払うべきであり、そうでない輩なら殺されて文句は言えない。むしろ、不埒極まる輩はさっさと淘汰すべきであって、人間なんぞ中身のない詐欺術で稼ぐ男や、認知はしていないが金は寄越せと言う女と同じ程度に数がある。ならばそのような奴らは殺されて当然だろう。

そんなだから、電子賭博だの玉打ちの台に消えるのだ。

恥ずかしくないのか? それが「強者」として語られる人間の姿か?

情けない奴らだ。思うに、訳分からん念じるだけで願いがどうのという話を信じる暇があったら、まずは身だしなみを整え鏡にウインクし、実用品を見栄えのする物へと買い替え運動と健康に気を配れ。

言っては何だが、貴様らの言う「神仏」とやらは、みすぼらしい浮浪者に力を貸すか?──────無理だと思うぞ。連中は面食いだ。

不細工がもてはやされることは、犯罪業においても皆無だ。

いや、一人いたかもしれない。浮浪者のフリをする事が得意で、風景に紛れ込んでの情報収集が得意な奴だ。名前は確かエリンジェットと呼ばれていた。彼の特技はと言うと、観光客に親切な案内人を気取り、主に集団での軍事侵攻や厄介な探偵に対して道ならぬ道へと「案内」するのだ。
というのも、基本的に「外部からの客」というのは、例え犯罪でも歓迎されない。なので、あらかじめ設定されてある狩場へとそういった連中を誘い込み、男ならば奪い女でも奪う。とどのつまり強盗だが、貴様らはもしや同業か?

だとすれば死んで当然だ!! 金も払わずに、奪うだけとは。

あんな奴でさえ、私から物語を買う時には、それなりの金を払ったぞ••••••浮浪者のフリで稼ぐ犯罪者以下だと知れ。大体が金は使う物であって、貰って使わないのであれば、そんなのはただの紙屑だろうに。

何であれ使ってこそだ。命も、尊厳すらも。

使うからこそ「強者」なのだ。強度ではない。力や才能があったところで、何かと泣き言吐かす輩は弱者の部類だ。少なくともそういう奴を騙して奪うのは得意であり、別段奪われて当然だろう。というのも、結局のところ強かろうが弱かろうが、それを「使いこなす」事こそ肝要なのだ。例の案内人だって戦闘能力は皆無だが、それはそれとして立場を利用する術には長けていた。

さて、貴様はどうだ? 利用するだけか? 盗むだけか?

違うというなら払えるだろう。それが「大人」というものだ。

自分で判断し、自分で考え、自分で価値を決めるのだ。何かある度に値段を表示される曖昧な貴様らと違い、私は常にそうしてきた。


最も、それを悪事に使い、叩かれることの方が多かったが。

まあ、綺麗なだけの奴の言葉に説得力なんてありはしない。
これも「読者の為」だと言っておこう!! 言うだけならタダだ。

そう、盗み、奪い、騙し、それもこれも「読者の為」だ。なんて綺麗な言葉だ!!
とりあえず「何とかの為」と、叫びながら殺す連中の気分が分かったぞ!!!


さあ、ここまで読んだからには貴様らとて「同類」だ。もう、後戻りは出来ない。

同じ犯罪者同士、まあ人間なんて大抵がそんなもんの気もするが••••••仲良くしようじゃないか、仲良くな。

さあ、金を払うのだ。それが為すべき事柄だ。

そして、人間性など捨ててしまえ!! そうすれば、今悩んでいる悩みなど消えてなくなる事だけは「保証」しよう。


実際にやった「私」が言うんだ、間違いない!!!


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