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伊藤緑
2019年9月11日 15:20
一 出産というものに初めて違和感を覚えたのは、私が中学生の頃でした。あなたが産まれたときです。 風が吹けば田んぼに緑の波が立ち、昼間は蝉の声が、夜はクビキリギスの声がする、そんな夏のことです。当時二十代後半だった叔母が、元気な赤ちゃんを、あなたを産み、私の家にやってきたんです。 あなたを抱く叔母と、その隣に立つ旦那さん、叔母より一回り年上の私の父、そして母。大人たちはみんな破顔していまし
2022年3月19日 22:08
詰まりかけのシンクが、流れていかない薄い水が言うんです。何かを見ようとしている目、その目の焦点は合わないものだと。曖昧な視線だけがその何かを見ようとしていると。まっすぐな目玉に何も感じないのは、その目が恣意と概念と乱交しているから。それを見せびらかしながらも平気でいるから。虚ろに輝く、色のべったりと塗られた瞳だけが何かを映そうとしている。だから震えるくらい、そうした目に指を入れたくなるんだって。
2022年3月13日 19:15
言葉は本当に過保護です空と会うことも緑と遊ぶことも川と喋ることも決して許してはくださらないんですから
2022年3月10日 22:36
心に根を張って一切を吸い取っていく明るい言葉より夜気の響きのなかでしか生きられない暗くて小さな言葉のほうが僕は好きです
2021年12月21日 01:15
地獄だねってつぶやけば地獄だねって微笑まれてふって笑いやり取りは終わるそれでじゅうぶんなのだから微笑しながら生の地獄を認め合うこと存在とのやり取り存在としてのやり取り
2021年10月26日 15:35
真実はその一切を簒奪された。今や目玉の好みが真実を騙り、可能性の半身が影武者として真実を演じている。死を逃れた真実は流浪の身となった。同じように流れている肉の目に真実は映らない。仮に真実がその名を訊かれ、本当の音を口にしようものなら、せせら笑いと嘘つきが響く。怒声が石という衛兵を駆り立てるだろう。偽りの君主による圧政。こぶしに残っていたわずかな自由さえ、完全に奪われてしまった。けれど肉は気づかな
2021年9月27日 15:57
他人が着せようとしてくるあなたらしさなんてシャツも自分らしくなんて靴下も個性なんて下着も全部誰かを夢を希望を妄想を願いを身勝手さを妄信をただ無理矢理働かせて作ったものそんなものに腕を通したらはいてつけてしまったらあんまり暑くてくらくらしてあふれる汗のきらめきその光を錯覚してしまう錯覚させられてしまうそうしていずれはもっともっともっとって自分からたくさん着込
2021年10月18日 17:53
可能性に恋しちゃっててその片面しか見ることができない可能性可能性って名前をたくさん呼んでみてはとろとろ表情溶かしてるでも愛してるわけじゃないから可能性の裏側は見ないし仮に見えても見てないふりしてきらきらしてる面だけが可能性ってものなんだってそう信じて信じられてて信頼なんかしてされちゃって可能性は愛されてないただ一方的に好かれてるだけ見やすくて心地よい片側だけが
2021年9月20日 20:23
水の奥底で丸まっている夢が吐き出した一つの小さなあぶくとして浮かび水面でぱちりと弾けてそうして消えていくこと
2021年9月19日 14:51
眠りは救済に最も近い形式だと強く思いながら眠り続けてふっと目が覚めたとき夢のかけらとして胸底に残っているのはふたたびの睡眠に対する希求ではなく安らかさを破られたことへの怒りでも憎しみでも恐怖でも悲しみでもなくまぶたを閉じ続けていたことへの後悔ばかり
2021年9月8日 18:37
汚れた川にすねを撫でさせ冷たいよってその子は笑う川面より濃く夕影が剥き出しの太ももで輝いているその子はくるくる回っては水を蹴っては追いかける閃くコウモリ追いかける斜めにお尻を下ろしたまんまこっちとあっちの境目でぶくっとぶくっと息をしている薄くてやせたヘドロに逃げただけどその子の起こした揺れがけがれの息を乱れさせなんだか酔って気持ち悪くて顔を上げたらその子は笑い
2021年8月13日 23:51
向かいの人の植物の開いた花のどぎつい色はよく見えるけれど自分がきつく抱いている影の落ちた花の色はよく見えない花が咲いているという事実は変わらないのに自分のそれは美しく相手のそれはひどく醜いそう信じて疑わずに花びらむしれと叫びながら自らの花唇は決してむしらないむしることなんて想像さえ
2021年8月5日 19:23
私の言葉はあなたのこだま私の声をこだまに変えてあなたはにこにこ笑ってるよかったぁって気持ちいいって表情崩してとろんてしてるあなたは響きを選んで捨てて残したものだけこだまに変える自分の言葉で上書きをして臭う表現吐いてはきゃっきゃ残されちゃった私の言葉はどれもぜぇんぶ死骸になったあなたにこだまに変えられ死んだ深い本当綺麗に哲学こだまの色彩どれもがさつで数秒後には落ちて
2021年7月10日 01:00
何かしなくちゃやらなくちゃって焦りや苛立ちに言われるがまま時間という土を踏んでそこに芽吹いている緑も這っているミミズも全部ぜぇんぶ潰してく焦燥感は命令だ意味や価値ってご主人様のその権威に権力にひれ伏して今日も明日も疑いなく疑いなく従い続けるんだね