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連作50首「ゆめの検証」
笹井宏之賞落選作です。
ハイジャック犯はあなたと眠りたかった
絢ちゃんの手が、ふっと力を失ったのがわかった。
その頬に流れている涙に触れると、頬はまだ暖かいのに、涙はひんやりとしていた。涙は、目から零れ落ちた瞬間すぐに冷え始める。死んだ瞬間から冷え始める人間の隠喩みたいで、それはとてもさみしいことだと思う。
繋いでいた手をゆっくりと離す。うっすらとひらいている絢ちゃんの目蓋を閉じてあげて、その身体にかけられている毛布をそっと取り払う。すこし力を入れて絢
お祭りに行った日のこと
お祭りに行ったら魔法つかいが500円で魔法を売っていた 友達にちょっと待ってもらって、お金をわたして「魔法ください。」って言ったら魔法つかいは「からだに魔法をかけて欲しい?それとも心に?」と聞いてきたから わたしすぐ、「からだに」って言いました。
雑踏の中を歩いていく ああ なんとか浴衣で隠しているけれど 魔法で、胸のあたりがハートの形に光ってしまって 安物の浴衣だから生地が薄くて わたしは胸の
日記(2023/06/20)
最近、王冠を外される幻、幻というかかつて見た光景のフラッシュバック、によく見舞われる。友だちと会話をしている最中に突然王冠を外される。詩を書いていてとつぜん王冠を外される。挨拶をしようとして、エレベーターから降りようとして、昔もらった手紙を読み返そうとその封筒を開こうとして、陽がきれいな日だから外に出ようとして 王冠を外されて、突然それができなくなる、見えない手が私の頭に乗っている絢爛な装飾が施さ
もっとみる月面世界とのおだやかな時差
あなたの故郷の街はあちこちに墓地を有している。それぞれの墓地には20人くらいのひとが眠っていて、天体の名がつけられていた。
12月の中旬に届いた手紙には、「月で待っています」とだけ綴ってあった。封筒に書かれたわたしの名を読んでみると、なるほど、あなたのお姉さんからのものであると気がつく。年末にお休みを取ったので、あなたの故郷に行ってみることにきめる。カレンダーにそのことを書き込んで、もう一度
日記(2023/01/31)
人間は絶滅するのが正しいと、石碑に書いてあるのを読んだことがある。友達ができたら、絶滅ができるように固く手を繋いで 何をしたって離れないくらい固く手を繋いで、ごはんなんか食べるのやめて、2人で選んだかわいいリボンの右端と左端を持ちながら、それをどこに結ぶこともできずに、一緒にゆるやかに絶滅をしていくのがほんとうの幸せなんだって ずっと前に読んだから、ずっと前から知っている。
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太陽に目を細めるそ
日記(2023/01/08)
バイトをしている。もうすぐ半年になる。色んな人に話しかけてそれがうまくいったりうまくいかなかったりして、稼いだお金で本を買ってバイトに行く前の日の寝るまえそれを読んで泣いてしまう。内容が何であろうと泣いてしまう。このところわたしはわたしが生きていることがとっても嬉しい。不思議で泣いてしまう。わたしはわたしが生きていることがこんなにも嬉しいだなんて知らないわたしを諦めることができたことが嬉しいことを
もっとみる会話したひと全員短歌にする
2022年11月に大学構内にて会話したひとを、全員勝手に短歌にしました。
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白椿 鉄の扉に塗りこんだ色水からの鉄の匂いだ
木製の柱時計にかける酸 眠り上手なあなたのための
(兎からはじめましょうか。)きみが言い、祭壇の解体を受け入れる
手すりには手すりの規律あることを凛と説かれて足がすくんだ
泣き顔がエミューに似てて好きだから波線ひとつ書く供述書
自由律で歩いている、夏だから木陰を
日記(2022/12/05)
バスに乗っていたら「閉店セール 50〜30」と窓に書いているお店があって、なんの数字だよ。と思った。街の中にわからない部分があることがすごく憎い日とすごく嬉しい日があって、今日は憎い日ほうの日ね、と確認ができた。冬は近づいてくるとき足音がしなくて、みんなに嫌われている
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もしも私が本を出せるような日があったら、本だけでいい、タイムスリップさせて、小学生のころのクラスの学級文庫へそっと加えたい。そ