幕劇初夏

ことばが好きです。「宇井香夏」という名前で、詩誌や新聞歌壇等への投稿もしています

幕劇初夏

ことばが好きです。「宇井香夏」という名前で、詩誌や新聞歌壇等への投稿もしています

最近の記事

連作50首「ゆめの検証」

笹井宏之賞落選作です。

    • 連作「出立の日のこと」

      a 生きてると髪が伸びてこまるね あなたにお会いする日の朝は大抵前髪を切る 理由は単純。すこしでも伸びていると顔が暗く見えてかわいくないから。ぎんいろの重たい鋏をひらいて 髪を差し込んで 目に切り落とした髪が入ってはいけないから、瞼をかるく閉じながら あなたの視界に映るんならいつでも一番かわいいわたしでいたい、ゆっくり切り落としていくとき、 わたしはいつも晴れた日のことを思っている 前髪を長くしていると、よく晴れた日 太陽の切れ端を捕まえることができる。伸びた前髪って、いつ

      • ラブレター群

        ・風の神様になって、わたしがまばたきをする度に起こる強い風であなたを何度も何度も転ばせたい ・あなたが世界を素晴らしいと思って歩く夜道にて出会う占い師になりたい とても不吉な予言をあなたに贈って、時折思い出されてあなたの心を蝕む記憶になりたい ・とても美しい女の子になって、駅、待ち合わせであなたを待つあなたの彼女の数メートル隣に立ちたい 改札から現れたあなたは恋人の姿を探して駅前をぐるりと見渡して 半ば無意識的に美しいわたしに目を奪われる でもそれだけ、ほんの数秒視線がひ

        • ハイジャック犯はあなたと眠りたかった

           絢ちゃんの手が、ふっと力を失ったのがわかった。  その頬に流れている涙に触れると、頬はまだ暖かいのに、涙はひんやりとしていた。涙は、目から零れ落ちた瞬間すぐに冷え始める。死んだ瞬間から冷え始める人間の隠喩みたいで、それはとてもさみしいことだと思う。  繋いでいた手をゆっくりと離す。うっすらとひらいている絢ちゃんの目蓋を閉じてあげて、その身体にかけられている毛布をそっと取り払う。すこし力を入れて絢ちゃんの身体を仰向けになるように押して、その両手を胸の上で組むような形になおす。

        連作50首「ゆめの検証」

          お祭りに行った日のこと

          お祭りに行ったら魔法つかいが500円で魔法を売っていた 友達にちょっと待ってもらって、お金をわたして「魔法ください。」って言ったら魔法つかいは「からだに魔法をかけて欲しい?それとも心に?」と聞いてきたから わたしすぐ、「からだに」って言いました。 雑踏の中を歩いていく ああ なんとか浴衣で隠しているけれど 魔法で、胸のあたりがハートの形に光ってしまって 安物の浴衣だから生地が薄くて わたしは胸のあたりがピンクいろのハートの形に光ってる女の子としてお祭りの夜に居ました。すごく

          お祭りに行った日のこと

          おわかれ博覧会

          第66回短歌研究新人賞 落選作です。 スリのひとにもお花を見て欲しくて薔薇いっぱいのランドセル負う 常夜灯 アラームがいま母の手でスッと消されるだけの喪失 望郷 あめんぼの飴は舐めると脚だけが溶け残るって 忘れた? あ、ごめん ごめんと思うより先にごめんって言う娘に育ち 町にいるひと全員が友だちでロータリーから出られなくなる 教室でその後落ちた飛行機の映像みたくあなたと話す 後夜祭 671人は誰もが自分を1と思って 形あるものならすべてあの角を曲がった後で花火

          おわかれ博覧会

          日記(2023/06/20)

          最近、王冠を外される幻、幻というかかつて見た光景のフラッシュバック、によく見舞われる。友だちと会話をしている最中に突然王冠を外される。詩を書いていてとつぜん王冠を外される。挨拶をしようとして、エレベーターから降りようとして、昔もらった手紙を読み返そうとその封筒を開こうとして、陽がきれいな日だから外に出ようとして 王冠を外されて、突然それができなくなる、見えない手が私の頭に乗っている絢爛な装飾が施された重たい王冠を外してくる、そのとき ふっ、と頭が軽くなって、王冠は私の頭にずっ

          日記(2023/06/20)

          手紙

          靴を脱いでフラッシュバックする光景にぎゅっと目をつむる 尋常の生活の中にどうしようもなく地雷が紛れている 傷というのはつけることに意味があるのであって 実際血の流れるのは心の方なのである 血液の川は濁流を為し それはとっくに茶色に黒にくすんでいるというのにいやにみずみずしく 花は咲く、川辺に咲く、咲き誇って生命らしく大声を上げて笑い 私の耳には冬でも夜でも 塞いでも花の声が聞こえてくるのである うまいなあ 完璧でしたよ。 あの筆致 手紙一枚でここまで人のことを傷つけられるの

          月面世界とのおだやかな時差

           あなたの故郷の街はあちこちに墓地を有している。それぞれの墓地には20人くらいのひとが眠っていて、天体の名がつけられていた。  12月の中旬に届いた手紙には、「月で待っています」とだけ綴ってあった。封筒に書かれたわたしの名を読んでみると、なるほど、あなたのお姉さんからのものであると気がつく。年末にお休みを取ったので、あなたの故郷に行ってみることにきめる。カレンダーにそのことを書き込んで、もう一度手紙を見る。 「月で待っています」  その文字は一見ただの青色に見えるが、角度を

          月面世界とのおだやかな時差

          詩『方位磁針』

          乾ききった風が吹いたのは十二月のことだった いつも二人きりで執り行われるお茶会に知らせが舞い込んできて 私は精いっぱい嫌な顔をしてみせた あなたがそんな私から目線を外して 「水族館がつぶれるらしい。早く行こう」 と、そう言ったので 私はそれに従うことにきめた 水族館に到着してみると、水族館を運営する人々は皆で私たちふたりのことを迎えてくれた  わたしたちは既に水族館に組み込まれていた  私たちが水族館に組み込まれている、みたいなそういうことに、 気がつくのは そうだね 最後

          詩『方位磁針』

          日記(2023/01/31)

          人間は絶滅するのが正しいと、石碑に書いてあるのを読んだことがある。友達ができたら、絶滅ができるように固く手を繋いで 何をしたって離れないくらい固く手を繋いで、ごはんなんか食べるのやめて、2人で選んだかわいいリボンの右端と左端を持ちながら、それをどこに結ぶこともできずに、一緒にゆるやかに絶滅をしていくのがほんとうの幸せなんだって ずっと前に読んだから、ずっと前から知っている。 ・ 太陽に目を細めるその瞬間の落胆。太陽に目を細める生き物になんかなりたくなかったのに ゆっくりと目を

          日記(2023/01/31)

          日記(2023/01/08)

          バイトをしている。もうすぐ半年になる。色んな人に話しかけてそれがうまくいったりうまくいかなかったりして、稼いだお金で本を買ってバイトに行く前の日の寝るまえそれを読んで泣いてしまう。内容が何であろうと泣いてしまう。このところわたしはわたしが生きていることがとっても嬉しい。不思議で泣いてしまう。わたしはわたしが生きていることがこんなにも嬉しいだなんて知らないわたしを諦めることができたことが嬉しいことをわたしは誰かにどうにか伝えたくって、夜が、すこぶる長い…… ・ バイト先にとても

          日記(2023/01/08)

          会話したひと全員短歌にする

          2022年11月に大学構内にて会話したひとを、全員勝手に短歌にしました。 * 白椿 鉄の扉に塗りこんだ色水からの鉄の匂いだ 木製の柱時計にかける酸 眠り上手なあなたのための (兎からはじめましょうか。)きみが言い、祭壇の解体を受け入れる 手すりには手すりの規律あることを凛と説かれて足がすくんだ 泣き顔がエミューに似てて好きだから波線ひとつ書く供述書 自由律で歩いている、夏だから木陰をなくすとかどうですか? 招待状捨てて寝転ぶ 隣人が鳴らし続ける鐘の響きが 身

          会話したひと全員短歌にする

          まわれまわるな

          「行ってきます!」  玄関の扉を開きながら声を張り上げてそう言うと、行ってらっしゃあい、という母の明るく間延びした声が返ってくる。少しして、気をつけろよー、と父の声。扉を静かに閉めて、陽に目を細める。いつも通りの朝である。  自分の両親がいわゆる仮面夫婦であるということには、わりと早い段階で気がついていた。  小学生の頃だっただろうか。夏のある寝苦しい日、悪夢を見て夜中に目を覚ましてしまった僕は、水を飲んで心を落ち着けようとリビングへ向かった。自室は二階にあるので、一階にあ

          まわれまわるな

          日記(2022/12/05)

          バスに乗っていたら「閉店セール 50〜30」と窓に書いているお店があって、なんの数字だよ。と思った。街の中にわからない部分があることがすごく憎い日とすごく嬉しい日があって、今日は憎い日ほうの日ね、と確認ができた。冬は近づいてくるとき足音がしなくて、みんなに嫌われている ・ もしも私が本を出せるような日があったら、本だけでいい、タイムスリップさせて、小学生のころのクラスの学級文庫へそっと加えたい。それで、ほかの本とおんなじように いくつかのページを破って欲しい 朝の読書の時間を

          日記(2022/12/05)

          詩『万華鏡』

          ない宇宙のない星として 存在していたことがある 高熱で融かされるのはすごく気持ちの良いことであった 身体をうしなうって根源的に美しかった と今になってからは思う ずたずたのランドセル 引きずりながら合唱祭の うたが何に決定したのか予想してみる たぶん、わたしが投票しなかったほうの曲に決定したんだろう みんなで声を合わせ 事故に遭う 天文学的な 音波さえ残らない事故に 幸福なことだ 皆は、幸せが欲しくないのだろうか 言いなりになって幕が閉じる 生

          詩『万華鏡』