お祭りに行った日のこと

お祭りに行ったら魔法つかいが500円で魔法を売っていた 友達にちょっと待ってもらって、お金をわたして「魔法ください。」って言ったら魔法つかいは「からだに魔法をかけて欲しい?それとも心に?」と聞いてきたから わたしすぐ、「からだに」って言いました。

雑踏の中を歩いていく ああ なんとか浴衣で隠しているけれど 魔法で、胸のあたりがハートの形に光ってしまって 安物の浴衣だから生地が薄くて わたしは胸のあたりがピンクいろのハートの形に光ってる女の子としてお祭りの夜に居ました。すごく混んでたから魔法かけてもらってるうちに友だちとはぐれてしまって みんなのこと探してるつもりで歩いているけれど なんとなく、少なくとも今日はもう、会えないんだってわかってた。

胸のあたりがピンクのハートでぴかぴかです
なんか罪悪感。
足早にひととひととのあいだをすり抜けていく
それでね、小さい声で歌ってるの
わたしあなたのこと思ってるといつも小さな声で歌っちゃう
なんか 届く気がするんだよね
届いちゃう気がするの
届いちゃえって思ってる

もー いっしんふらんです。
なんとかキラキラのハート見せてあげなきゃならない
お祭りってこんなに人がいるんだから、
約束しなくても会えちゃう気がするの、
お祭りってこんなに人がいるんだから、
約束しなきゃ会えっこないって思う。
人をかき分けて無理やりその中を進んでいく。うそ。わたしに魔法がかかってるからみんな思った通りにすいすい退いてくれるの
魔法みたい。

胸に手を当てている 胸があんまりにも光るからわたしの手は血の色に透けている

魔法かけてもらってるとき 魔法使いのおねえさんに
「ね、魔法ってなんですか?」
って聞いたんだけど
「そんなことより あんたの胸に空いたこのおっきい穴 なに? こんなの初めてみたよ あたし魔法使いなのに。」
ってきかれて
「好きな人がいるんです」
って答えたら
「ふうん この穴に落とすつもり?」
って魔法つかいは笑って
「魔法ってね 頼り続けたら不安になっちゃう 使えない奇跡のこと言うんだよ」
ぽん、って魔法つかいがわたしの頭に手をのせる
「運命とか。」
わたしの胸はみるみる光りだす
「あんた たぶん幸せになれないよ。」

あー 思い返したら悔しくなってきた 魔法つかいがなんだっていうの 運命なのに!
下駄だけど全然足の裏が痛くならない だって身体に魔法かけてもらったんだもん、当然。あのときわたしが 心ではなくて身体に魔法をかけてもらったのには、意外でしょう、ちゃんと理由があって
心はもう十分きらめいているから あなたのもとへ走っていけるかわいささえあれば 叶うって思ってたんだ。

あっ
視力もすごく良くなってるみたい みつけた!
とても遠くにつやつやの髪がみえる
りんご飴買ってる……。
お祭りの夜を照らすひかりって 色んな出店が光らせてるそれぞれの電球の、それぞれ違ったひかりが混ざっていて 一歩あるく度に、自分に降るひかりの、その詳細な成分組成がめまぐるしく変化する。お祭り会場をあるいてると、あるいてるだけなのに楽しいのは、そのせいです。足の親指と人差し指の間が擦れてたぶん血が出てる 魔法って、血が出てても気がつかなくなっちゃう みたいなものをいうんだね わかってるよ
あなたに少しずつ近づいていく 近づいていく、お祭りの光に照らされてあなたの綺麗な髪がひかってるのが見える、身体にとてもかわいい魔法がかかってるからそれをあなたに見せてあげなくては
ならなくて、
魔法を、
免罪符に距離を詰める、
それって?
だっていつもすごく我慢してるよ
いろんな言葉を飲み下してるの
胸のあたりがピンク色に光ってる
の。話しかけてもいい?
500円かー でもでも 魔法だよ
全部変えてくれるかもしれないんだよ
運命の人なんだ 賭けてみてもいいと思わない?
……“あんた たぶん幸せになれないよ。”って
不正解です。魔法つかいのくせに
たぶん じゃないよ
絶対!
あなたの綺麗な髪にお祭りの光が反射している
あなたはそうっとりんご飴に齧りつく
きらきらと夜を映して、
ねえ 世界一すてきなひと
あなたには魔法がかかってないはずなのに
わたし完全に負けてる ね

踵を返して駅に向かった。あなたが居ない方向に進んだって全然うまくいかないんじゃないかって思ってたんだけど、そんなことはなかった、なんたって魔法がかかっているんですから。魔法をかけてもらってるからすっごく速く家に帰れた 魔法パワーで電車内きれいな姿勢で立ち続けて 魔法パワーで改札ぬけて 魔法パワーで自転車とってもはやく漕いで 魔法パワーで玄関はいった瞬間、わたしの胸から出るピンクいろの光が真っ暗な部屋を照らして それがとってもかわいくて とってもかわいくて 座り込んで泣いたの

浴衣を脱いでシャワーを浴びると魔法はあっさり解けてしまった。解けた魔法が排水溝に吸い込まれていくのを見ながら 疲れとか痛みが一気に身体を襲ってくるのがわかって 今日は早く寝よう、って思った。魔法つかいは魔法の解き方を教えてくれなかったけれど 魔法を 身体にかけてもらって、やっぱりよかった。心はシャワーを浴びられないけれど 心にかかった魔法って、どう解いたらいいんだろうね?


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