詩『方位磁針』

乾ききった風が吹いたのは十二月のことだった
いつも二人きりで執り行われるお茶会に知らせが舞い込んできて
私は精いっぱい嫌な顔をしてみせた
あなたがそんな私から目線を外して
「水族館がつぶれるらしい。早く行こう」
と、そう言ったので 私はそれに従うことにきめた

水族館に到着してみると、水族館を運営する人々は皆で私たちふたりのことを迎えてくれた 
わたしたちは既に水族館に組み込まれていた 
私たちが水族館に組み込まれている、みたいなそういうことに、
気がつくのは そうだね 最後まであなたの方だった

窓口でチケット(770円)を買う 小さな紙にペンギンが二羽描かれていて嬉しくなり、
あなたにそのことを言ったらあなたもあなたのチケットを見せてくれた
そっちのチケットにはイルカが一頭描かれている 私たちはくすくす笑って 
一緒に係員のおねえさんにチケットを差し出す
私のペンギンは一羽と一羽に引き裂かれ
あなたのイルカはおなかのあたりで真っ二つにされた
「水族館は初めから終わりに向かうために建造されたの」
おねえさんは言う

水槽と水槽の間を足音もなく歩く
その間には冷たい風が吹いていて
水族館の匂いがしている
神様みたいなあなたの微笑が風のすきまにパッと光って
私たちはどこへも行けず、廃されてしまうからこその私たちで
今、傾いていく日に追いつこうと靴のまま泳いで
仮に海へ到達することができたとして

どうして
どうしてあなたがそんなこと聞き入れてくれようか?

水族館の中心にたどりつく
しろくまが居る
「え、水族館ってしろくまいるっけ?」
あなたは頷く
「水族館にはしろくまが居るよ。しろくまはお金がかかって仕方がないから、
この水族館はなくなるんだよ」
確かにしろくまはすごい速度でなにかの卵を食べまくっていた
どうやら
水族館が街にあるせいで水族館に行きまくって生活が破綻していた
私たちの毎日も
しろくまが真っ平らにしてくれたみたいだった
私たちは北極の偽物がここにあることを手を繋いで確かに確認した
それだけで充分だったのかもしれない

水族館の真ん中にぐっと引き寄せられる
しろくまのどんよりとした目
あなたと繋いでいた手が離れる
胸の奥に針があることに気がつく
もう、どうしようもないってこともわかっているけれど
力いっぱい振り向いて
私はあなたにキスをしてみた あなたは至極満足そうに泣いて
私はまたこれから取り壊される水族館の中心に引っ張られ
わかってるよ
それは紛れもなくあなたに貰った針だった 
懐かしい匂いがあたり一面していて私たちはもう二人でどこへも行けなかった

背中をガラスにびったりつけて
あなたが水族館から出て行くのを見つめている
見えなくなっても見つめ続ける
しろくまが
私のすぐ後ろで卵を食べ続けているのなんか見なくてもわかる
ポケットに手をつっこむとペンギンが一羽死んでいて
私はそれをひたすら撫でた
水族館が取り壊されるまで撫で続けていた

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