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掌編小説または詩

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記事一覧

アケミちゃんのこと

アケミちゃんのこと

アタシいじめられてんのよ、とアケミちゃんが笑う。

アンパンマンのようなまん丸い顔にびっくりするくらい
濃ゆいパープルのアイメイクと青みがかったピンクの口紅。
昼間に顔を合わせるのはチョット時間を間違えたかな、と
思わせるような気合いの入ったお化粧は、かなり時代も
間違えてるかも、しかしそれがなんとも彼女には自然と
馴染んでいて妙なのである。

この間友達の結婚式に出るという話をしたら、アタシが

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手紙と記憶

手紙と記憶

おぼえていないよおぼえていない

よみかえしても、よみがえらない

けれどもたしかにそのときはあった

手紙にはつづられていた

わすれないとおもっていたけど

水面

水面

波紋が広がっては
消え

広がっては消え

その繰り返しの中に
つながれている安堵

ちいさいけれどもそれはうねり
さざなみ

なにかを届ける

だれかにいつか

満ちる

満ちる

ほかにどう伝えたらいいか解らないんだ

つぼみが笑うみたいに

きみの頬に触れるよ
ふんわりと 溶けて

その日の夕焼けはあたたかく空を包んで
満ちる

きのう、知ったの。
ことばにできないきもちがあるんだね。
唄ってないと泣いちゃう
ような

どんな名前をつけようかしら、
呼んでくれる?
暗くなったら探しにきてね。
ラララハミングしながら

きみの頬に触れて溶けた
名前を呼んで

ゆうやけこやけ

未来

未来

ほらごらん、坊や

この雲を抜けたら
青い空がどこまでも広がっているんだ
七色の虹だって架かってるのさ

本当とうちゃん?

この雲を抜けた先に
何があるかなんて
どうして
未来のことが解るのだろうなあ

かあちゃんはねえ

たとえばこの雲の向こうに
烈しい雷雲がまたどこまでも広がっていて

おまえがそこへ飛び込んでいっても

いつかは美しい虹と出会えることを
識っているのよ

そうか、
じゃあぼ

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ふたり

草いきれがむっとする
息を吸い込んだ
笑いが止まらなくってさ
駆けていくよ
手をつなご
あなたの右手と
私の左手

海が好き?山が好き?
海は詩人で
山は哲学者だよ

さみしいときは海に行った
どうしてさみしかったか忘れちゃったけど
センチメンタルは嫌いだから黄昏れたりしなかったよ
大声で泣いたかもしれないな
夕日は美しかった

山には行きたくない
でも遠くからこうして眺めていたい
春のはじめのも

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ヴァケーション

その手を腰にまわすのはやめてと願うけれど
彼の欲望はこれぽっちも耳を貸そうとしていない。
おそらく、だ。
聴こえない声は聴こえるはずなのだ。
ただ手をつなぎたいと、言葉に出せばよかったのか。

息を吸い込む。
9月にあじさいが咲くなんて知らなかった。
信号機の三色が縦に並んでいる意匠も
はじめて見た。

どこに行ったってあじさいは梅雨になったら当たり前に
咲くんだろうという想定しかできない想像力の

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ときめきといたみ

ときめきといたみ

といきのかすかな温度
きこえたママの子守歌

めをさませばあなたが眠っていて
きのうとはたしかに違う夜

ときどきは傍にいて
いつまでも傍にいて

たとえばそんな日々もやがて
みうしなってしまうというのに

今日の気持ち

今日の気持ち

明日どんなきもちでいるのか
想像出来ない
どんなきもちでいたいのか
決めることも出来ない
どんなきもちでも
生きていく
あしたのあしたのあした
私が笑うために

昨日どんなきもちでいたか
思い出せない
どんなきもちでいたかったのか
も忘れてしまいたい
だから生きていく
またあしたのあしたのあした
私が笑うために

旅の記憶 キューバ

菜奈はヒネテーロの誘いを快諾した。タクシーを拾い要塞跡地のバーへと繰り出し、酒を飲みサルサのリズムに酔い、勢い男の家についていくと言い出した。

いつの間にか私の傍らにもバスケットボール選手を名乗る男が恋人然と寄り添っていた。家の扉が開いて上半身裸の老人が私たちを出迎える。「パスタをゆでるわ」と台所に入ったとたん、シンクから立ちあがる悪臭に反吐が出そうになって涙がでた。

リビングに戻るとすでに菜

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ぴちょぴちょ神社

ぴちょぴちょ神社

とても神秘的な体験ができる神社がある。
新潟県の弥彦山に鎮座する彌彦神社をご存知だろうか。古くは万葉集にも歌われた霊験あらたかな神社である。

御神体は神仏の遣いである雨照大猪(あまてらすおおいのしし)様である。猪突猛進と言われる素早い動きや、水浴びは嫌いだがなぜか泳ぐことができるその尋常ならざる能力に、昔の人々はなにか特別なものを感じたのであろう。

この神社の御神廟には、世界でたったひとつの由

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この道のうた

この道のうた

鈴虫のなく、風の気配、夏の名残の風鈴の音。りんりんりんりん、となびいて響く。夜道をぽつんと歩いていると、自分の足音にしんと怯える。駅からの帰り道はいつもどこか足早になってしまう。同じ道を朝はなんだか安心感に包まれているような気分で通るのに、降り注ぐ朝陽のせいだろうか。

この夜の不安げな気配とはまるで違う。今は果たして家に無事辿り着けるのかすら心もとない。ゆるやかに登る坂道の先に果てなく広がる闇夜

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静寂

去年メキシコを旅したとき、シレンシオと呼ばれる場所に行った。もう長いこと、世界中の人たちから愛され続けてきたプレイスなのに、あいにくガイドブックには載っていない。

そこに何があるかって、ぬくぬくとした金色の日差しやよどみなく流れる澄んだ空気。躍動するリズムと旋律で落ちる滝の音。芳しい花の香りもあったかもしれない。とにかく言葉は失われるほどに、じっと感じ入り続けたいような、沈黙をため息で破ることし

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