記事一覧
水辺のビッカと月の庭 二十八回 バスは夜の橋を渡る II
ビッカとムンカは窓ガラスにはりついて外を見る。
「暗いね。うっすらとしか見えないね」
「今は夜だぞ」
「もう、橋を渡っている最中ですよ」
影男が穏やかに言う。
「バス停もないですよ」とつけ加える。
「橋に一本の街灯もないなんて」ムンカは窓に顔をはりつけたまま言う。
「お月様はどこに行ったかな」ビッカも夜空を見上げて言う。
濃淡のある闇がカーテンのように揺れている。
「大きな川を渡ってるんだね。水の
水辺のビッカと月の庭 二十六回 背中合わせのトッシュ Ⅳ
「公園に一人で追い出されたらどうなるかわかるかい?」
赤のトッシュが問う。ヒロムはかぶりを振る。
「すたすたと真っ直ぐ出口に向かえば出られる。うろうろきょろきょろすれば」
そこまで言ってぐっとヒロムをにらむ。
「公園を歩いているうちに木の葉がくっついて虫にされるか、砂場の鯉の餌になるかだよ」
ヒロムの表情は歪みみるみる青ざめる。
「そうだったんだ」
沈んだ声で言う。
『帰れなかった子はまだ公園にい
水辺のビッカと月の庭 二十五回 背中合わせのトッシュ Ⅲ
歌い終わって上機嫌の赤のトッシュは尋ねる。
「キルカは何をしていた?」
口頭試験のような口調だ。
『キルカさんはキルカしていました』
声に出す前に胸の内で言ってみる。言ってみると間抜けな答えだ。何をしているかちっともわからない。言い方を考える。『寝ていました』も印象がよくない。怠け者だと言ってるみたいに聞こえる。
「僕を公園の外まで送ってくれた」
「それが答えかい?」
赤のトッシュは不機嫌そうに言
水辺のビッカと月の庭 二十四回 背中合わせのトッシュ II
『顔がひとつしかない』
ヒロムは心の中で繰り返す。当たり前のことなのに、なんだか情けない気持ちになる。
「おいボウズ、何か言ってみろ」
言いたい放題言われてもヒロムは声を出せない。
キルカは一人だけだった。でも今度は二人分を相手しなくてはいけない。
「トッシュさん、ぼくは」
ヒロムは二人に呼びかけようと声をかける。途中まで言うと、トッシュのからだが震えだした。声を揃えて叫ぶ。
「その呼び方はやめろ
写真と散文 「豊洲奇譚」 1回
「何を撮っていますか」
若い男の声だった。背後からかけられた。
ふりむくといぶかしそうな表情で私を見ている。
青年の表情にはまだあどけなさが残っている。
豊洲のとあるオフィスビルの前のことだ。
私は少し返答に困ってしまう。
カメラのレンズはオフィスビルの壁にむけていた。
口で説明するよりは見てもらった方がと思い、私は指をさす。
豊洲のオフィスビルは、どのビルもガラスの壁面だ。
その壁面に、空があり
水辺のビッカと月の庭 二十三回 背中合わせのトッシュ Ⅰ
「ここが出口だ」とキルカは言った。キルカの公園の明かりの薄れゆく場。
キルカが小屋に戻ると明かりは海辺の砂浜にしみこむように消えていく。
次に暗闇が大波のように押し寄せてくる。
暗闇に包まれると天と地さえも不分明になる。
動こうとするとからだが傾きふらついてしまう。
真っ直ぐ立っていられない。
血の気が下がっていく。
ヒロムは膝を抱えて座りこむ。
キルカは「迎えが来る」と言ったが、いつ来るとは言わ
水辺のビッカと月の庭 二十二回 ここにいないヒロム Ⅲ
影男の作業着までも膨らんだりしぼんだりする。じっと見ているムンカが尋ねる。
「気になることがありそうだね」
フードがムンカの正面にむく。
「不思議なところだ。ボクが知る限り一度だって落ちたことはない」
真剣に聞いているムンカが口を開く。
「公園でなくてどこか別の場所ってことだね」
「そうなるなぁ」
影男がつぶやくように言う。
「心当たりは?」
ビッカは強い口調で言う。影男は作業着の中のからだを震わ
水辺のビッカと月の庭 二十一回 ここにいないヒロム Ⅱ
二十一回 ここにいないヒロム Ⅱ
ビッカの赤い目玉はグルグル回りだし、ムンカの尻尾はパタパタと空を叩く。
次に向いあって顔を見あわす。
「ヒロムの話しとくい違っているよ」
不愉快そうにムンカが言う。ビッカもますます困った表情になる。️
影男は右手を振りながら、
「あの子は好きなブランコは大事にするけれど、そうじゃないのは」
と言って焼け残りのブランコを見る。
ビッカとムンカは呆然とする。
「あんた
水辺のビッカと月の庭 十九 キルカの公園
キルカは再び壁の前に立つ。短い両手を一箇所に手を差し伸べた。
「ここがヒロムの出口だ」
壁だと見えていたところが扉になった。
「隠し扉みたいだ」
「三つあるそのうちの一つだ」
キルカは扉を開ける。小屋の光が左右に開いた間から前庭を真っ直ぐ一筋にさした。
「さあキルカの公園だ」
ヒロムの肩に手をやりかるく押しだす。扉を離れて歩を進めて行く。
ヒロムは辺りを見回す。小屋からの光が吸い取られるように弱く
水辺のビッカと月の庭 十八 キルカの眠り Ⅳ
「どうだ痺れは無くなっただろう」
摩擦をうけていた手も足も痺れはかすかに残っている。
ヒロムはうなずきながら言う。
「でもからだ全体がだるい」
「これから家に帰ってもらう」
ヒロムの表情は明るくなる。
キルカは動かしていた目玉をピタリと止める。
「それが当然だと思われると困る」
ピシャリと言う。ヒロムに不安の表情が浮かぶ。
「キルカは落ちた子に二つの権利を持っている。聞きたいか?」
返事にためらう