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読書日記 ボルヘス

「ロセンド・フアレスの物語」


アルゼンチンの無法者のひとりであるフアレス自身が酒場で会った作家の「わたし」に語りだす。告白の形式で、作家が記述する。

 フアレスは、自分にまつわる話が色々と出回っているようだが、その中には誇張や尾鰭のついたものが多い。肉屋殺しの件は知られているが、あんたを知っているから自分から話しておこうと話し始めた。
生まれたのはマルドナード川の近く町だった。お針子をしていた母の名前はクレメンティーナ・フアレス。堅気の女だった。だが、父の名前は知らない。当時は特別なことではなかった。
子供の頃は喧嘩に明け暮れていた。一端の無法者になったのは、酒場で喧嘩を売られて相手をナイフで殺害したことがきっかけだった。相手は酔っ払ったガルメンディアという奴で酒場でしつこく絡んできた。外に出たが単なる喧嘩で終わりそうになかった。相手の様子から生命のやりとりになることを覚悟した。
相手もナイフ使いで揉みあった末に勝ったのだが、自分も傷を負ってしまった。ガルメンディアの指から宝石の指輪を奪った。殺害の証拠にもなったが戦利品のつもりだった。
逃げることもなく警察に捕らえられたが、署長に取引を持ちかけられる。地方で行われる選挙で党の有力者のために働けば放免されるといわれた。選挙といっても名ばかりで力づくで投票させた。フアレスは期待以上の手腕を発揮した。広く知られ、投票には欠かせない男となり党の有力者の用心棒になった。
あるとき友人のルイス・イラーラの愚痴を聞いた。かなりの年配で滅多にいない良いやつだった。女房のカシルダに逃げられ悲嘆にくれて酒に浸り、一緒に逃げた男のルフィーノ・アギレラを憎んでいた。そんな女放っておけと忠告したが、ルイスは今さら愛情はないが男が許せないと憤怒にかられた表情で語った。女に逃げられた不甲斐ない男。女を奪った男に何もしない腰抜け野郎。周囲の者たちの目に耐えられなかったのだろう。忠告も無駄に終わり、ルイスはルフィーノに喧嘩をふっかけ逆に殺されてしまった。
フアレスはこの頃からこれまでの張り詰めた生活に飽ようになってきた。闘鶏を見ても興味が持てない。それだけでなく訳もなく闘う鳥たちに嫌悪感を抱いている自分に気がつく。
締めくくりは女とダンスに行った夜の出来事だ。バンドがはいって盛大な仲間から肉屋と呼ばれ、この夜闇討ちで命を落とすことになる男が羽振りもよく派手にふるまっている。どこか若い頃の自分に似ている。酔いがまわってきて絡んできた。罵倒されたが相手にしなかった。見ている者たちはフアレスをけしかけるが腰抜け野郎とでもなんとでも言え。
フアレスはこの夜をかぎりに足を洗いこの町にやってきて馬方をやって暮らしている。


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