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写真と散文 「豊洲奇譚」 1回

「何を撮っていますか」
若い男の声だった。背後からかけられた。
ふりむくといぶかしそうな表情で私を見ている。
青年の表情にはまだあどけなさが残っている。
豊洲のとあるオフィスビルの前のことだ。
私は少し返答に困ってしまう。
カメラのレンズはオフィスビルの壁にむけていた。
口で説明するよりは見てもらった方がと思い、私は指をさす。
豊洲のオフィスビルは、どのビルもガラスの壁面だ。
その壁面に、空があり、雲がうつろい、向かいのビルが映り、作業クレーンが鉄骨をはこぶ。


青年の瞳も虚像に合わせて壁面を見る。
顔に柔らかな笑みがうかぶ。
「ちっとも気がつかなかった」
私もつられて表情がゆるむ。
青年の視線は、飛んできた鳥を新たに追いかける。
表情が険しくなる。
一直線にガラスの壁に衝突し、落下する。
鳥もまたガラスの壁面に映った空を本物だと見紛った。
地面に落ちてバタバタともがく鳥。
じっと見ている青年の額に、血がにじむ。


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