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泣血哀慟して詠める歌
立秋までの一か月を「晩夏」と呼ぶ。
俳句では夏の季語、
夏の終わり、秋の気配が感じられる頃のことをそう呼ぶ。
読みは「ばんか」
「挽歌」と同じ読みになる。
秋山の黄葉を茂み惑ひぬる妹を求めむ山道(やまぢ)知らずも
歌聖 柿本人麻呂の挽歌。
「柿本朝臣人麻呂妻死し後泣血哀慟して作る歌」とある。
言葉の音とは不思議なもので、
意味が違う二つの言葉が同じ気持ちを心に残すことがある。
終わりを見る眼
秋刀魚苦いかしょっぱいか
暑さがようやく少し落ち着いてきたように思う。
少なくとも、朝晩の空気は涼しさを増してきたように思う。
茹っていた脳が少し蠢き始めてきた。
大変ありがたい。
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ
――男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり
さんまを食ひて
思いにふける と。
佐藤春夫「秋刀魚の歌」
この季節、秋の始まりの頃。
秋刀魚の話題が出ると思い出す一遍だ。
この詩