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長めのショートショート・短編小説

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1000字以上のショートショートや短編小説を集めています。 どこかの文学賞に出してあえなく撃沈した作品の供養も兼ねております😅
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記事一覧

この箱を開けたら〈5680字〉 光文社文庫Yomeba!第20回『箱』応募作

この箱を開けたら〈5680字〉 光文社文庫Yomeba!第20回『箱』応募作

「よう、兄さん。待ちなよ」

仕事帰りの雄司が疲れた体で振り返ると、薄汚れた身なりの老人が、既に日も暮れた道端で店を広げていた。怪しげな物売りかと素通りしかけると、後ろからしゃがれ声が追いかけてくる。

「そう邪険にしなさんな。あんたは今、ちょいと毎日が辛いんじゃねえのかい?」

思わずぎくりとして足が止まる。

「ほうら、図星だ。顔と歩き方見てりゃ、それぐらいのことは判るさ。そんな兄さんにはうっ

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おとしもの【#2000字のホラー応募作品②】

おとしもの【#2000字のホラー応募作品②】

「今日はお会いできて本当に嬉しいです。桜木さんのプロフィールを拝見してぜひにと思ったけど、競争率が高そうで半ば諦めてたので……」

桜木美緒は信じられない思いで目の前の男性、榊優一を見つめた。
三十六歳だというが、実際には三十過ぎぐらいにしか見えない。仕立てのいいスーツをきちんと着こなし、落ち着いた物腰と穏やかな笑顔はなかなかの好印象だ。

お決まりのホテルの喫茶店で、榊は手際よく自己紹介をした。

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棘 【#2000字のホラー応募作品】

棘 【#2000字のホラー応募作品】

老婦人は飾り棚の上にぽつりと置かれたサボテンの鉢に、深く皺の刻まれた手を伸ばすと、そっと語りかけた。

「もう生きていても仕方がない。おまえを置いていくのを許しておくれ」

――事の起こりは昨今、巷に蔓延る高齢者を狙った詐欺だった。
老婦人は決して不注意な人間ではなかったが、その生来の人の好さが災いしてか、まんまと詐欺グループの企みに引っ掛かり、多くはないが自身の生活を支えるにはまずまずの蓄えを根

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7月23日(土)#かとうひろみ真似まつり

7月23日(土)#かとうひろみ真似まつり

この記事は「かとうひろみ真似まつり」の参加日記です。

・きのうの夢。今は働いてないのに、見る夢はだいたい仕事の夢だ。すごく損した気分。
・夢に出てくるのは、なぜか昔苦手だった人たちばかりだ。ついてくんな。
・朝はいつもトースト半分と味噌汁(卵入り)。朝食の珈琲は夫しか飲まない。私はあとから小菓子と一緒にゆっくり飲む。
・朝のストレッチ&筋トレは結構過酷。でも数年前に体を壊してしまった私には必須の

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ハンバーガー回想記〈1730字〉

ハンバーガー回想記〈1730字〉

――突然、ハンバーガーが食べたくなった。

この前ハンバーガーを食べたのはいつだっただろう。
1か月?3か月?いや半年以上も前か。
若い頃はあんなに好きだったのに、今は滅多に食べなくなってしまった。
別に嫌いになったわけじゃない。でもあの頃の美味しさは、もう取り戻せない気がするのだ。
もっともそれは、ハンバーガーに限ったことじゃないんだけれど。

若い頃は部活が終わったあと、よくみんなで近くのハン

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今昔コロツケー奇譚 〈3998字〉第18回坊っちゃん文学賞撃沈作品③

今昔コロツケー奇譚 〈3998字〉第18回坊っちゃん文学賞撃沈作品③

表通りから離れた狭い路地の奥に、その小さな店はあった。
外の看板にはひとまずバーと謳ってあるが、入ってみれば壁中所狭しと品書きが貼ってある店内は、むしろ寿司屋のカウンターに近い。
ポテト・かぼちゃ・クリーム・さつまいも・カレーポテト・餅・チキンライス……

「ねえマスター。俺さ、この店通うようになってから、何だか元気になったみたいだ」
「ほう、そうですか」

客は若い男が一人いるだけだった。中年の

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令和青春恋絵巻 〈3997字〉第18回坊っちゃん文学賞撃沈作品①

令和青春恋絵巻 〈3997字〉第18回坊っちゃん文学賞撃沈作品①

「はあ……マジで無理……」
 紫苑は、ため息まじりに部屋の天井を仰いだ。頭の中に放課後の光景がまざまざと甦る。

「一之瀬さん、隣の席だからって中里君にベタベタしないで。目障りなのよ」
 誰もいない教室で、まるで般若のような形相の清原香澄に睨みつけられた紫苑は、才色兼備で名高い香澄の豹変ぶりに言葉を失った。
 確かに中里哲哉とは時折会話を交わすこともなくはない。だが顔立ちが良く性格も爽やかな上に、

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牙はなくとも 〈12518字〉~某児童文学賞応募作品

牙はなくとも 〈12518字〉~某児童文学賞応募作品

「ごめーん、ちょっとまわり見張っててくれる?もうめっちゃノド渇いちゃってさぁ」

突然足元から上ってきたカン高い声に驚いたキリンは、慌てて長い首を下に向けた。
キリンの足の半分の高さにも及ばない小さなインパラが、返事も待たずにさっさとキリンを追い越して目の前の川に向かっていく。キリンは仕方なく足を止めた。次から次へと続く彼女の仲間たちを踏んでしまいそうだったからだ。インパラの群れはそれぞれ川にたど

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文字盤のない時計店 〈8090字〉 ~眠気を誘う小説

文字盤のない時計店 〈8090字〉 ~眠気を誘う小説

 曲がりくねった路地裏の奥に、その不思議な時計店はありました。
 くすんだガラスのはまった古い木の扉をぎいっと押し開けると、チリリンとドアベルが音をたてました。店の中は薄暗く、どことなく埃っぽい匂いが漂っています。表の看板には時計店と謳ってあるものの、とても時計には見えないものばかりが大小様々店中いたるところに置いてあり、天井のランプの灯りがぼんやりとその影を浮かび上がらせていました。

「いらっ

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月のうさぎの宅配便 〈4144字〉

月のうさぎの宅配便 〈4144字〉

 ――このままじゃ間に合わない。
 暗い寝室のベッドの中で、謙介は焦りを募らせていた。
 応募する予定の文学賞の締切が一か月後に迫っているというのに、原稿はおろか物語の欠片すら浮かばないのだ。コンピュータの画面を前に、ただ空しく時間が過ぎる毎日が続いていた。

 俺、才能ないのかな……。
 謙介はため息をつくと、億劫に寝返りをうった。何だか窓から差し込む月明かりがいやに明るい。寝たままちらりとカー

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うどん大学キャンパスライフ〈1050字〉

うどん大学キャンパスライフ〈1050字〉

「よう、味噌煮込み。待てよ」
 うどん大学新入生の味噌煮込みは、学食でいきなり後ろから声をかけられてびくりと立ち止まった。恐る恐る振り返ると、そこには四年の讃岐と三年の伊勢がにやにや笑いながら立っていた。
 ――まずい。
 そう思ったが足が動かない。立ち尽くす味噌煮込みの行く手を阻むように、二人はずいっと一歩詰め寄った。

「おまえ、うどんで味噌ってマジ訳わかんねー」
 讃岐が乱暴に味噌煮込みの肩

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狐棲む杜 〈4166字〉

狐棲む杜 〈4166字〉

「じゃあ、みんな元気で夏休みを過ごして下さい。遊び過ぎて宿題を忘れないようにね」
 先生の声に、クラス中が歓声で応えた。
 いよいよ明日から夏休みだ。
 みんな両手いっぱいの荷物で、わっと一斉に教室を飛び出した。

「なあ。夏休みの自由研究、何やる?」
「オレ、父ちゃんと飛行機の模型作るんだ!ほんとに飛ぶやつさ。オレの父ちゃん、めっちゃ器用なんだぜ」
「僕んちは夏休みにヨーロッパ行くから、外国の言

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