【映画評】「悪人」 誰が悪人なのか
若い女性が、陰惨な殺人事件に巻き込まれ、真冬の福岡の峠で遺体として見つかる
事件にはもちろん、被害者(満島ひかり)と加害者(妻夫木聡)が存在するが、この事件には、もうひとり、事件への間接的で、そして本質的でもある契機を生み出す、いわば「第三の男」が存在する
一体、誰が【悪人】なのかー
被害者である保険会社の営業職の女性ー相手に合わせて笑顔を使い分け、裏表が激しく、見下した相手はたぶん、どれだけ傷つけても構わない
加害者である土木作業員の男性ー”行き止まり”と称する長崎の海沿いの田舎町で祖父母と同居し、孤独を埋めるため、出会い系サイトで女漁りを続ける
「第三の男」ー裕福な老舗温泉旅館の息子で、きわめて自己中心的、加えて、傲慢
この三人の、限りなく細い糸が絡まり始め、危険な歯車として回り出した時に破滅への疾走が始まる
一体、誰が【悪ー
この三人の運命の陰影をさらに際立たせることが出来るのが、加害者である男が、やはり出会い系サイトで知り合い関係を持つようになった孤独な女
(深津絵里)の存在かもしれない
耐え難いほどの深い孤独を抱え、自転車で紳士服店へ通勤し、男性経験がほとんどない30代の女性
加害者が事件を起こした後に、何も事情を知らずに加害者と肌を重ね続け、ようやく傷のような孤独が癒され始めた矢先に・・・
他にも、加害者の祖母(樹木希林)を取り巻く老人を狙ったヤクザまがいの詐欺師たちの存在、療養施設に通う祖父、被害者の女性の同僚は被害者の虚言癖を疑い、被害者の父は刑事に喰ってかかりー
母はひたすら泣き崩れー
加害者の叔父は甥の境遇に強い共感を寄せてー
重層的に構成された人間の在り様ー群像劇がひとつの結末に向かうときに
妻夫木聡と深津絵里は、まるで世界の果てを思わせる灯台へと逃避行をはじめる
原作は吉田修一の「悪人」
そのタイトルが示しだすとおりに、一体、誰が【悪人】なのかを鋭く問いかける名作
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