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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話

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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話番外編:誰だー映画監督は夢のある仕事だと言ってる奴は!!400万の赤字!!!

僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話番外編:誰だー映画監督は夢のある仕事だと言ってる奴は!!400万の赤字!!!

いや、こんなタイトルを打っといて、あれだが、別に俺はお金を求めてるわけではない。
普通に生きていけるぐらい監督で稼げれるようになりたいと言う野望はある。

あれは、去年の4月だったかな、中学の顧問の先生が定年退職するから、お祝いの会に言った時。
丁度ハッピーアイランドが公開したばかりで、福島では、結構取り上げてもらったりしたしてのも、あって俺の仕事は知っていた。
(と言っても、自主映画だし公開でき

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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(3.11東日本大震災・原発事故・風評被害・農家の祖父の思い・働くって)

僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(3.11東日本大震災・原発事故・風評被害・農家の祖父の思い・働くって)

僕は、福島県須賀川市出身です。
両親も福島が生まれです。
2011年3月11日あの事故が起こりました。

東日本大震災・原発事故僕は、卒業間近に控えた高校3年生でした。
といっても、高校の関係上、すでに決まっている就職先場所で研修を受けていたので京都のとある工場で研修を受けていました。
あの時、実は、京都でも揺れていたのです。
一応、工場から出て、と言われ、工場は何もなく、みなさん普通に働き続けて

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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(映画との出会い・いじめ・友達について)

僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(映画との出会い・いじめ・友達について)

僕は、特に映画に興味を持たない高校生だった。
強いて言えば、子供の頃に兄と一緒に金曜ロードショーをみるとか、兄が借りてきたDVDを一緒に見るぐらいのレベルだった。

あの頃の僕には、きっと「小津安二郎」「大林宣彦」「デビットフィンチャー」「リュックベンソン」なんて名前を言っても知らないくらいの1992年生まれの高校生だった。

そんな、高校生が映画と「本当の意味」で出会ったのは、高校2年生の夏だっ

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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(まずはじめに)

僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(まずはじめに)

2019年3月2日僕は、ユーロスペースhttp://www.eurospace.co.jp/という渋谷の映画館にいた。

ユーロスペースは渋谷の円山町に位置して、草食系男子の僕は、きっと映画を見に行かないかぎり行かない場所だろう。
数々の今や歴史に名を刻む映画監督たちがここでデビューを飾り、今や有名監督になっている。
ミニシアター系の映画館でも、敷居が高いとされている映画館である。

11時に上映

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