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「シグルイ」武家社会の本質、日本人の本質を描いた野心作

今回は、「シグルイ」というアニメについて書きたい。
さほどメジャーではないが、私の中では非常に印象深いアニメのひとつ。
制作は、マッドハウス。
WOWOWアニメでありR15指定でもある為、おそらく地上波放映はされてないだろう。
なぜR15?
うん、実はこの作品の監督は浜崎博嗣で、彼が「シグルイ」を作る3年前に作ったのが、あの「TEXHNOLYZE」だということから何となく意味を察してくれ。
ようは、異様なほど残酷なんですよ・・。

この作品の原作は少年チャンピオンの漫画で、連載途中でのアニメ化ゆえ、ぶっちゃけストーリーとしては完結してません。
俺たちの闘いはこれからだ!的なやつでもない。
ただ普通に、ストーリーの流れがぶつっと途切れてるだけ。
こういうパターンなら2期があって当然のところだが、実はこれ2007年の作品なので、思えば放送終了から早17年を経過したことになる・・。
ぶっちゃけ、もう2期はないだろう。
普通、こういう未完の作品はただ風化して埋もれていくのみの運命だろうに、なぜかこの「シグルイ」は今なお記憶され、一部では「隠れ名作」認定までされているという、極めて稀有な作品である。
まぁ、その理由は作品を見てもらえば理解できると思うよ。
というのも、これは物語が完結してないことさえ除けば、アニメの完成度としてほぼ完璧だから。
浜崎監督の作品といえば「STEINS;GATE」が最も名前が知られてるものの、最高傑作といえるのはこの「シグルイ」の方なんじゃないか、と思えるほどである。

物語は寛永6年、駿府藩主・徳川忠長の御前で催された「駿府城御前試合」その第1戦、藤木源之助vs伊良子清玄、このふたりが立ち会うところから全てが始まる。
まず驚くのは、藤木は左腕を失っており、右腕のみで剣を持つ隻腕の剣士であること。
対する伊良子は盲目で、さらには足にも障害があるらしく、歩行すら困難な様子。
ただならぬ両者の登場に周囲は驚くんだが、どうやらこのふたり、以前から浅からぬ因縁があるっぽい・・。
というのがイントロで、そこから物語は過去回想に入る。
というか、この作品は過去回想=本編なのよ。

藤木源之助
伊良子清玄

藤木と伊良子、ふたりは同じ道場の門下生で、どうやら宿命のライバル関係だったっぽい。
道場主は岩本虎眼というレジェンド級の剣豪で、その腕前は将軍家指南役・柳生宗矩をも凌ぐとさえ一部で噂されている。
実際、バケモノなんですよ。

岩本虎眼

いわゆる「居合斬り」というやつだろうか、射程距離の外から瞬間移動的に一瞬で間合いを詰め、即座に顔面を両断してしまう「秘剣・流れ星」という奥義を持っている。
ただ、この人はご高齢ゆえ、痴呆症を患ってるんだね。

だから普段は、こんな感じ
痴呆ゆえ、池の鯉を生で食べちゃったりするお茶目さん
これは覚醒状態だが、かえってヤバいともいえるわな・・

虎眼道場では、こんなボケ老人が絶対的権力者として君臨し、門下生たちは誰ひとりとして虎眼に逆らおうとはしない。
虎眼はごく稀に正気に戻る時があって、そういう時にまとめて指示を出し、その後にまた痴呆に戻るという、おかしなルーティーンでこの道場の運営を回してるわけだ。
はよ引退して次の後継者に道場を託せや、と思うところだが、虎眼には男子の後継ぎがおらず、ひとり娘の三重がいるのみ。
よって、三重の婿になる者=次期後継者という流れになっており、ちなみに門下生の中で候補者は2名。
それが、前述の藤木源之助、伊良子清玄の両名である。
虎眼が候補者に求めるのは「強い種」であって、いかにして三重に強い子を産ませるか、ということにしか関心がない。
我が娘の意思とか、幸福とか、そんなのはどうでもいいんだろう。
大事なのは岩本家という「家」のみであり、それは我が娘・三重であろうと「強い種」を受胎する器にすぎない。
可哀相なのは、親に「器」としか見なされてない三重である。

三重は、かなりの美女

三重本人としては、藤木源之介に想いを寄せてるっぽい。
ただ藤木は剣の鍛錬にしか関心のないストイックな堅物ゆえ、三重のことをどう思ってるのかもよく分からん。
一方、伊良子清玄は藤木とはタイプの異なる野心家で、岩本家に入り婿し、実権を握り、これを足掛かりに立身出世していく気マンマン、つまり三重を姦る気マンマンである。
ある日、虎眼は道場にて三重を門下生たちに取り囲ませ、ここで伊良子の種を受けろ、とムチャなことを言い出す。
何とかその場から逃げようとする三重だが、それを行かせまいとする藤木を見て、さらに深く絶望する彼女・・。
「傀儡・・」
と彼女は呟く。
男は「傀儡」、女は「器」、それが虎眼道場の本質であって、三重はそれが我慢ならなかったんだね。
彼女は、ちゃんと自分の意思で動く男を求めてたがゆえ、こうして「傀儡」になってる藤木の姿を見て絶望したんだろう。
思わず自殺を図らんとした三重を配慮して、種付けは中止に。
しかし、この一件以降、彼女はだんだんと情緒不安定になっていく。

病んでいく三重

なんと異常な一門だ・・と思うかもしれんが、案外これは武家社会の本質をついてると思う。
いや、もっというならば、日本人の本質をついてると思う。
これを単に家族の問題と捉えると「いまどきは、こんな酷い処遇あり得ないよ」と感じるかもしれんが、おそらく江戸時代における「家」は現代でいうところの「会社」であり、そこに本人の意思や幸福やらを介入させられない現実は今だってさほど変わらんと思うんだよね。
ボケ老人が絶対的権力者として組織の頂点に君臨してる構図だって、そしてその権力者に盲目的に従ってるだけの「傀儡」ばかりの構図だって、今の我々の近辺でいくらでも見かけるものじゃないか?

基本、傀儡ばかりの虎眼一門

出る杭は打たれる」という言葉がある。
この作品の中で、例外的に「傀儡」ではない門下生が伊良子清玄であり、彼は作中で悪役っぽく描かれてはいるものの、肥大した野心こそあれ、彼だけが自分の頭で考えて自分の意思で行動をする、ちゃんと個のパーソナリティを有した個人である。
多少キャラが腹黒いのはあるにせよ、私にはそこまで悪い奴とは思えんのだ。

妙にセクシーな伊良子清玄

ところが、伊良子は一部の門下生の密告により、虎眼から制裁を加えられることとなる。
その原因は、虎眼の愛妾とエロいこと(しかも変態プレイ)してたんだから自業自得ではあるものの、しかしその制裁がエゲツない。

眼を斬られ失明

結局、彼だけが「傀儡」でなかったからこそ、出る杭として打たれたんだね。
こういうのは、学校や職場でのイジメの構造にも似ている。
ムラ社会の中では、ちょっと目立つと「イキってる」として制裁の対象となる。
というか、いまどきの学校は、いかにして「イキってる」と思われないようにして集団生活を送るのか、そのスキルを身につける場といえるんじゃないだろうか。
学校には、それこそ士農工商のごとくカーストが存在してるわけで、つまり皆が思ってるほどには、今だってサムライの時代からさほど進歩してないのよ。
哀しいことだが、「傀儡」のような生徒、「傀儡」のような社員、そういうのが今の世にもどれほど多いことか・・。

盲目ながらも秘技を編み出した伊良子

カーストの中で、最も理想的な人材が藤木源之介だろう。
従順でストイックで私心はなく、ただ虎眼流の為のみに生きてる男だ。
師匠にやれといわれたらやるし、死ねといわれたら死ぬ。
お上にとっては最も扱いやすい臣下で、サムライの鑑ともいえるけど、でもどうなんだろうね。
ストーリー展開を見る限り、明らかに虎眼一門は崩壊の一途を辿ってるわけで、その原因はボケ老人の当主+盲目的に当主に従う傀儡たち、という構図にこそある。
こんなの、太平洋戦争に至るまで破滅の道をまっしぐらだった日本軍国主義そのまんまじゃないか。
だから、本作の藤木源之介vs伊良子清玄の構図を、ただ単純に善vs悪というふうに捉えてるようではマズいんですよ。
「でも伊良子、生意気だし~、空気読まないし~」と排除したがるムラ社会こそが、実は組織論として最悪の癌なんじゃないか?

さて、冒頭の御前試合の結果はどうなったのか?
本作は、肝心のそこが描かれません。
それどころか、藤木がなぜ隻腕になったのか、伊良子がなぜ足が不自由になったのか、そのくだりですら作中で描かれることはなかった。
普通、こんな中途半端で終わらせるぐらいならアニオリで多少はツジツマを合わせたりもするもんだろうに、それがなかったところを見るに、WOWOWとしては後に続編を制作するつもりだったのでは?
それが頓挫したってことは、多分グロ表現が問題になったんだろうね。
まぁ、確かにグロさでは「TEXHNOLYZE」をも凌いでたし・・。
とはいえ、たとえ物語が完結せずとも「シグルイ」が名作たる所以は、そのグロ表現を含めてのことである。
このグロは単なるインパクト狙いというより、真面目に「人を斬る」という現実の描写だと思うよ。
テレビの時代劇の殺陣は多くが血すら出ていないけど、あれもおかしな話でしょ。
世界一鋭利ともいわれてる日本刀で斬り合う以上、そりゃ身体の欠損なんてむしろ当然のことだし。
グロ耐性がある人には、ぜひこれを見てもらいたいと思う。
剣術バトルとして以上に、「日本人論」として最良のテキストのひとつだよ。
ネットで「SHIGURUI」と検索すれば、すぐに無料動画が見つかると思う。
でもって、これを見て考えてもらいたいんだ。
藤木源之助、伊良子清玄、果たして自分はどっちだろう?
どっちの生き方を支持するだろう、
ってね。


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