【フェアンヴィ】第1話~2024年創作大賞応募作品~
あらすじ
女性の移動制限のある国に生まれたルービス。夢は家の屋上から見える白い塔に行くこと。ルービスが生まれる前に旅立ち、音信不通となった父が目指していた場所だからだ。「父に会いたい」「女性が自由に動ける世界をこの目で見てみたい」という気持ちから、ルービスは国を脱出する決心を固めた。
ビビデの街
人口が約2万人、島の南に位置する温暖な気候に恵まれた小さな国「チュチタ」は他と違った国風があった。
「女は内に住み内を守る」というのがそれで、女は16歳になると親の決めた男に嫁ぎ、そこで一生を終える。
男は妻子を守るべく働き、時には兵士となる。この国で成人として認められるためには、女は嫁、男は力で認められるしか術はなかった。その力を発揮する場は一年に一回開かれるパズバと呼ばれる祭典の中にある。パズバはあらゆる技術の競い合いの場であり、その中でも剣技の競い合いの場は国中の注目を集めていた。
今年もパズバが迫っていた。
「タオ! そんな腕では今年も成人になれないぞ!」
ルービスの軽やかな笑い声が広場にこだました。
タオの剣をよけて左右に動くたび、きらめく汗がルービスの体から零れ落ちる。疲れていないはずはないのに、ルービスの息は落ち着いている。タオが懸命になればなるほど、ルービスの動きは軽やかになっていくようだった。とうとうタオの息は乱れた。
「もらった!」
ルービスの高い声と同時に、タオの胸にルービスの剣が刺されていた。
タオはその場に尻をついて、ため息をもらす。
「負けたよルービス。とてもかなわない」
「やっと認めたな」
ルービスは満足そうに笑って、着けていた兜を取った。
そこには美しい女の顔があった。きらきらと光る大きな瞳、長い睫、整った眉、緩やかな鼻、紅い唇。さらさらとした細い髪の毛は、光の陰影に、ルービスが動くたびに姿を変えた。汗も艶やかな肌を強調する演出と見えてしまう。
何度見てもその女性美に目を奪われてしまうタオだったが、その美しさと連動して憂鬱なことを思い出す。
「・・・でも、もうパズバに行くのはよしなよ」
タオは兜を取って立ち上がる。まだ若い青年だ。
「自分の実力を認めてもらうことの何がいけないの? 私は絶対にこの国を出る。女に自由のないこんな国、出てやるんだ」
「だからってパズバに行くことはないだろう」
「女に移動の自由がなく国から出られないのだから、兵士として認めてもらって出るくらいしか方法はないじゃない」
うんざりした表情で自分の荷物を抱え、ルービスは歩き出した。「私なんて剣くらいしか取り柄がないんだし」
「ルービス、待って」
タオも急いで荷物をまとめる。
「タオもみんなも、この国の男は同じ。『女は内に』! 冗談じゃない」
通りを闊歩しながら叫ぶルービスにやっとタオが追いついた。
「でも、もう5回目だろう? 今まで相手にされたことがあった? また笑われて門前払いだ」
「今度はそんなことさせない」
「無理だよ、この国はそういう国なんだ。もうあきらめるんだ。嫁に行けなくなるぞ」
「うるさい!」
ルービスの剣が抜かれ、タオの鼻先にあたった。これは練習用ではなく本物の剣だ。
荷物の落ちる音が通りに反響する。タオがとっさに両手を挙げたのだ。通り沿いの家の窓はすべて開けられ、好奇心旺盛な野次馬が2人を見守っている。
「・・・」
ルービスは剣をしまって駆け出した。怒りが足音に表れている。
野次馬は事が終わってしまったことに残念がりながら、窓を閉め始めた。タオは落ちた荷物を拾いながら得意そうに話す夫人の声を聞いた。
「またルービスだよ。14歳の時に母親が死んでから一人で暮らしてる変わり者さ。もう21になるはずだよ。あの娘に未来はないね。あんなことをしていて嫁の貰い手があるわけがないもの。どんなに器量がよくてもあれじゃあね」
タオは唇を噛み、歩き出す。少し前まではルービスの悪口を言う人間に食ってかかっていた。でも今は、それにも疲れてしまった。
(今は、オレも同じことをルービスに言ってしまってるしな)
2人のいるこの街は、チュチタ国の中でも最北端にある小さな街で、名をビビデという。高い建物の屋上からなら国境を示す塀を抜けて隣の国を覗くこともできた。
ルービスは幼いころからよく屋上に上っては北を眺めていた。
人々は隣の国の様子を見ているのだと思っていたが、実は違った。白い塔を見ていたのだ。
ルービスがこの国を出たい理由は、「自分の力で生きること」の他にもう一つあった。
それは父親に会うことだった。ルービスの母親はチュチタ国出身だったが父親はそうではなかった。どこの国から来たのかは母親も知らないと言っていたが、わずかながら手がかりはあった。
ルービスが生まれる年に「あの塔へ行ってくる。必ず戻ってくる」と言い残して去っていったというのだ。
塔はルービスの街から晴れた日に微かに見える白い尖ったそれだった。ルービスにはあの塔に行けば父親に会えるのだという確信があった。
タオにとって一歳年上の幼馴染であるルービスは憧れだった。
運動神経が良く、快活で優しい。美貌も国一番といって過言ではないだろう。剣の名手であるにもかかわらず線は細く、女らしい体つき。
いつかは自分の嫁にしたいと男なら誰でも思った。事実16になった年から嵐のようなプロポーズがルービスを襲ったが、ルービスはそれを片っ端から断り、17の時初めてパズバに出向いた。
ルービスはパズバに来ていた男たちに笑いものにされ、役人に追い返された。ルービスの剣は一度も抜かれる機会を作れずに終わってしまったのだ。
次の年も、その次の年も、そのまた翌年も扱いは同じだった。
タオは何とかしてルービスにあきらめてほしかった。このままではルービスの一生は台無しになってしまう。血のにじむような努力をしたが、剣で説得できるほどの腕前にはなれなかった。
(剣でも叶わない、年下のオレのところに嫁にきてくれるわけもない)
自分の不甲斐なさにため息を吐くしかできなかった。
次話 パズバ に続く…