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【フェアンヴィ】第37話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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 ディーブは美しく食事を摂る。優雅に、無駄なく、美しい。ルービスは久しぶりに見るディーブの食事姿に見惚れていた。以前は自分もマナーを習って付け焼刃ではありながらも同じように食事をしていたのが夢のようだ。ケディ達は、お世辞にもマナーが良いとは言えない。
「どうした? 今度は何が気になる?」
 ディーブはルービスが食事も忘れて自分を見つめているため、戸惑いながらも微笑んだ。
「ごめんなさい。久しぶりで」
 ルービスは我に返って自分の食事を始める。
「旅はどうだった? なにか聞かせてくれないか?」
 ディーブがワイングラスを片手にルービスを見つめた。
 ルービスは果物を口に運びながら考えたが、旅のどの部分を切り取ってみてもあまりディーブが喜びそうな話がない。散々ディーブを待たせた後、ルービスは一番最新の羽根の機械の話をした。ワインの効果も手伝ってか、ディーブは珍しく姿勢を崩して笑う。
「その機械に金貨を? …友だちが嘆くのは当然だ」
 ディーブは機械を手に取り、羽根を広げたり丁寧に布の張り具合を確かめている。
「きみの金銭感覚は問題ないと思っていたけど、なかなかのものだな」
 あまりの言われように、地図の話はしづらくなってしまった。ルービスは口を尖らせてディーブの手から機械を奪った。
「国の硬貨じゃないからわからなかっただけよ。ビビデでは堅実な生活をしていたんだから」
 ルービスは少し大げさに言った。節約をして生活をしていたのは事実だが、なにしろ一人住まいだ。自由にしていた部分も多い。
「あ…。そうだ言い忘れていた」
 ビビデ、という言葉にディーブは突然目が覚めたような顔をした。
「きみの…幼馴染。そう、タオだ」
「タオ?」
 意外な人物の名前が出てきて、ルービスも身を乗り出す。
「彼が行方不明なんだ」
「行方不明? どういうこと?」
「故意に脱出したのか、はぐれてしまったのかはわからないのだが、途中で姿がなくなったんだ。たしか、かなり手前の・・・まだネハ国にいる時だ」
「そんなに手前で? そんな! きっとはぐれたんだ!」
 ルービスはにとって、タオは昔からルービスの背中ばかり追いかけている弟のような存在の幼馴染だ。昔は方向音痴で道に迷っていたことを思い出す。
「5人ほど現地に残して一日捜索したんだが見つからなかった。チュチタに戻ったという報告もない。万が一なにか情報があったらと思ったが」
「見てないわ」
「そうか」
 ディーブはルービスのそばに行き、背中をさすった。
「知らせないほうが良かったか? 心配になるな…必ず捜し出すから」
「そんなこと。教えてくれて良かった。私も捜してみる」
 ルービスはディーブを見上げて、ディーブが怪訝そうに眉をひそめていることに気づいた。
「怪我をしたの?」
 ルービスははっとした。背中の切り傷が意外に深く、いまだに包帯を巻いているのだ。その包帯に気づかれてしまったのだろう。考えてみれば、右のふくらはぎにも矢が刺さった時の傷が深く残って包帯が取れないでいる。他にも治りきっていない傷は体のあちこちにある。
 ルービスはゆっくりとディーブから離れるように後退した。それをさせまいとディーブはルービスの腕をつかむ。
「何があったんだ。太刀傷なのか?」
「聞かないで」
 ルービスはなんとか体をディーブから遠ざけるように動いた。傷を見られればなにがあったのか話さなければならない。だがディーブには知られたくない話であるし、なにより自分も思い出したくない。
「大丈夫なの、もう治りかけなの。念のためまだ包帯を…」
「ルービス、父親を捜す旅でどうしてそんなことになるんだ」
「聞かないでったら!」
 ルービスはディーブの手を払って大きく離れた。はたかれた手を宙に浮かしたまま、ディーブはショックを受けた顔をしている。ルービスも思わず払ってしまった手を見つめた。
「話したくないの」
 ルービスはポツリと押し殺したような声で言うと口を固く結んだ。
ディーブは何度か口を開きかけたが、結局何も言わずルービスのそばに近寄った。
 ルービスが見上げると、ディーブはもう何も聞かない、とでもいうように静かに頷いて見せた。
「ルービス、笛を吹いてほしい」
「笛?」
 ルービスは自分の胸元にさがった小さな笛を触った。
「その笛は本来私の身に危険が起こった時に使うもので、笛に呼応する石がある」
 ディーブも胸元を探って青黒い手のひらに収まる石を取り出して見せた。真中に切れ目が入っている。
「笛を吹くとこの石が振動するんだ。私が必要な時に吹いてほしい」
 笛を持ちながらまじまじと見ていると、ディーブが手を重ねてきた。ルービスが顔をあげると、ディーブが何か言いたげな顔でこちらをじっと見ていた。
「必要な時に、吹くっていうことね。わかった。石が振動するなんて不思議ね…」
 理解したかどうかを知りたいのかと思い口にしたが、ディーブの熱のこもった表情がそうではない、と言っているような気がしてルービスは言葉を止めた。それを待っていたようにディーブが囁いた。
「今は…笛は鳴ってる?」
 ディーブの顔が近づく。ルービスは答えずに目を閉じた。

次話 凶報 に続く…


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