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【フェアンヴィ】第19話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

最初の夜

 それにタオが気付いたのはまったくの偶然だった。
 目的地ナビスに到着し、宿舎に荷物を入れる作業も終え宿舎にもう体半分入っていた時、たまたまタオの背中に背負った荷物から飲み水を入れた水筒が落ちて道の方に転がっていった。
 水筒を拾い顔を上げた時、遠くの通りを、馬や荷馬車の向こう側を、駆け抜けていく少年のような姿が目に入った。
 タオの体を電流が突き抜けた。
(ルービス!!)
 タオはすぐに駆け出した。荷物はすべて投げ出した。
 フードを被り顔も見えない、いやフードを被っていなかったとしてもほとんど後ろ姿だし、遠い。しかし、走り方、背中の形・・・。今まで毎日追いかけていた後ろ姿だ。間違えようがない。ルービスは決してあきらめるわけがない。ここに来ていると思っていたのだ。
 と、突然体が後ろに引き戻された。
「おい! 新兵! 正気か!! 脱走する気か!」
 追いかけて来ていた上の兵士にすぐに襟ぐりをつかまれていた。
「あ…。違うんです」
 タオはまだルービスを目で追いながら兵士の手を外そうと試みた。
「おい! ふざけるなよ! 次はないと思えよ」
 強引にタオを自分の方に向け、兵士は忠告した。鬼気迫る兵士にやっとタオは状況を飲み込んだ。
「す、すみません。脱走なんて、そんなつもりではなかったんです。知り合いに似ている人がいて」
「今は国の仕事で来ているんだ。身勝手な行動は慎め。今度こんなことをしたら、強制送還だぞ」
 タオは手荒く体を抑えられ宿舎に戻された。ちらりともう一度ルービスの走り去った方を見ることを忘れなかったが、すでにその姿はなかった。
 
 
 ルービスは日が暮れる前に国境にたどり着いていた。
 トーマンの指示を守り、ルービスは速度を弱めることはあっても走り続けた。街中を走り抜ける時には奇異な目で見られることもあった。目を引く店や、家々、人々の集まりなど好奇心旺盛なルービスには誘惑も多い。しかし、できるだけ遠くまでいかなければならないとトーマンの浅黒い顔が脳裏から離れず、ハイペースな移動を続けた。もともと国境に近い街だったのか、国自体が小さいためなのか、ところどころに国境検問所の案内の看板が立っており、走る先を考える必要もなかった。
 検問所が視界に入り、動きを止めると長時間走り続けた反動で土を踏む足の感覚がふわふわとして気持ちが悪くなる。予想より早い到着だ。
 汗で服はもちろん、背負っていた荷物まで濡れていた。ルービスは身なりを整え、検問所へ向かった。
 役人に通行書を渡す。
「1人?」
 役人は面倒臭そうに通行書とルービスを見比べた。
「フードを取って顔も見せなさい」
 トーマンは通行書さえあれば国境を通過することは問題ないと言っていたのに、とルービスはしぶしぶ顔を隠していた布をずらした。
「女?」
 フードと布によって目の部分しか露出していなかったルービスの美しい顔が現れ、役人は目を瞠った。
 ルービスは乱暴に通行書を役人の手から取ると、布を再び顔に巻きながら早足で通過した。
 舌打ちが後ろから聞こえたが、追いかけてくる気配はない。やはり通過して問題なかったようだ。役人の言葉によって顔をさらしてしまったことを後悔した。女が国境を超えることは珍しくはないことだと思うが、印象を残してしまっただろうか。
 ルービスは離れた位置からもう一度検問所を振り返った。
 あの役人は他の役人と談笑している。こっちを気にする様子もない。ルービスはホッとして再び歩き出した。荷物からパンを取り出して口に入れる。

 辺りは検問所の近くだからか閑散としていて建物もまばらだ。人の影もない。小高い丘が点々と存在し、その間を一本道が続いている。あの先に町があるのかもしれない。ルービスは先を急いだ。少し動きを止めると肌寒い気がする。今まで生きてきた土地より、これからどんどん北上するのだ。
 自然と顔がほころぶ。たしかに自分は国を出て、すでに2カ所も他国の土を踏んでいる。爽快な気分になる。
 丘を駆け上がった。すでに夕暮れが近い。暗くなりかけた空を必死に見つめる。白い塔は見えない。街の建物なのだろう、ところどころニョキニョキと屋根が見えるが、ルービスのいつも見ていた塔は残念ながら見当たらなかった。それでもルービスの心は晴れていた。大きく息を吸って空を仰ぐ。
ため息をついて白い塔をながめていた自分を思い出す。こんな日が来るなんて、夢みたいだ。
 先ほどの不安は心からすっかり取り除かれ、楽観的ないつもの調子を取り戻したルービスは再び軽い足取りで進み始めた。
 
 夜になってもルービスは歩き続けていた。まばらに建物と人の行き来が見られるようになってきたが、町の中心には程遠い印象だった。道は複雑に入り乱れ始めている。考えずに歩き続けるには不安だ。
(人の目から隠れることができて、安定していて、雨風から身を守れる場所)
 最初の夜は野宿をするようトーマンに指示されていた。ルービスは野宿に適した場所をブツブツ繰り返しつぶやきながら、周囲を見回した。
(今日はあそこで寝よう)
 ルービスが寝場所に決めたのは壊れた汽車だった。
 汽車を目にするのは初めてだったが、本で見たことはある。しかし、この汽車は一両しかなく、下にレールもなく、やや傾いている。窓はところどころ割れていてどう考えても現役ではない。他の建物からそこそこ離れていているとこともちょうど良い。
 汽車の周りを何度もまわりながら、ルービスは心を決めた。問題はどうやって中に入るかである。入り口は閉まっている。手をかけてみたがビクともしない。窓はところどころ割れているが、手さえ届かない位置にある。
 ルービスは完全にガラスがなくなっている窓の前に立ち、荷物からフックの付いた縄を取り出した。狙いをつけて窓に掛ける。一発で上手くはまる。
「?」
 ルービスは周囲を見回した。なにか強く人の視線を感じる。汽車に背中を付け、しばらく周囲を伺った。
 いつの間にかさっき感じた視線はなくなっている。
 それでも十分すぎるくらいルービスは動かずに待った。闇が深まっていく。物音一つしない。虫の声まで申し訳なさそうに時折聞こえるくらいだ。
 ルービスは再び動き出した。今度は一気に縄を使って窓まで登り飛び込む。2回ほど汽車の腹を蹴りあげる音がしたが、我ながら静かな侵入だったと思う。
「!」
 だが入った瞬間、ルービスの毛は逆立った。その空間は殺気に満ちていたのだ。

次話 襲撃 に続く…

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