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【フェアンヴィ】第43話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

人質

 ルービスはガチガチと歯を震わせながら「ちがう」と声に出した。だが、シオンはまったく意に介さない。
「あのやたらと平和な世界ばかり求める腑抜け王子…。女がいたとはな。なかなか甲斐性があるじゃないか、見直したぞ」
 ルービスの目の前まで進み、しゃがんでルービスの顔をじっくりと眺める。
「会っただろう? 腑抜け王子と。一晩過ごしたか? 大事な思い出にしておくんだな。やつもすぐに捕虜になる」
 ルービスは耳を疑った。ディーブが捕虜?
「愛しい王子は、カツタフォルネで捕えらる。安心安全のチュチタの行進~♪ そんな矛盾が通用しないことを思い知るだろう♪」
 シオンは愉快そうに左右に首をかしげながら抑揚をつけて歌うように話す。ルービスは頭が痺れるような感覚を覚えた。このままでは失神してしまう。だめだ、聞かなくてはだめだと歯をくいしばろうとする。だが歯の鳴りはおさまらず舌を噛みそうだ。
「ビビデも今頃は戦場だ」
 ルービスは懸命にシオンを見た。この男が嘘を言っているとその顔の表情から読み取りたかった。しかし狂気じみた笑顔でありながら、その瞳の奥に暗く冷徹な色をたたえるシオンからは、嘘とも真実ともわからなかった。
「サーブ王国とオクタリヌ様、ユリ様は同盟を結び、カツタフォルネにアムを送り王を暗殺した。チュチタの行進でチュチタの兵力が分散し、かつ砂嵐でマラハラが分断される、この機会に一斉に行動を起こしたのだ。チュチタは陸と海からサーブ王国が全軍を投じて一斉攻撃をしている」
 シオンはじゃがみ込みルービスに顔を近づけた。
「ルービスさん、あなたはいい人質ともいえる。悪いようにはしませんよ」
 ルービスの視界が真っ白に染まり、やがて暗転した。
 
 
 
 
 先頭をひた走っていたトーマンの馬がついに足を止めた。
 空に舞い上がる黒煙と炎が、事態を雄弁に語る。
 マラハラを抜け、カツタフォルネを突っ切ってたどり着いた先は目を疑う自国の戦火だった。
 トーマンは振り返らなかった。誰一人振り返ることなく、ただ正面に見えるチュチタ国の惨状を見つめていた。
「正面は無理だ、迂回したところに門がある。そこから入る!」
 ディーブの声にトーマンがはっとしてようやく振り返る。2人の視線が絡み合うが、お互いなんの答えも見いだせない。
 チュチタ国が戦場となっているのは明白だ。ここはまだ国境から離れているため、敵の軍旗も見えない。ただ、かすかに聞こえる大砲の音や、国境の塀からモクモクと立ち上がる黒煙と炎、ときおり空まで放たれた弓矢が見える。規模は国全体に広がっているようだ。
「敵に備えよ!」
 トーマンが声を荒げ、ふたたび先頭を走る。ディーブの周りに護衛の兵が並列し、隊列は戦闘を考慮に入れたものに変化し走り出した。
 トーマンの横に隊長が並走した。
「西門から入国する」
「承知いたしました。…ユリ領でしょうか」
「この規模ではサーブ王国の関わりがあるとしか思えんな」
 トーマンの答えに隊長の瞳に恐怖の色が差し込む。
「カツタフォルネでサーブ王国の国旗を見たというものが何人かいました…」
 隊長の報告にトーマンは自分の記憶をたどる。近道をしたため、カツタフォルネの本来の道程は踏んでいない。森の中を駆け抜けながら、木立の中に見える街を確認する余裕は先頭を走るトーマンにはなかった。報告を労った後、トーマンは指示を出した。
「今はまずチュチタだ。入国と同時に我々もすぐに応戦しなければならない。連絡と戦隊を頼む。私は殿下を王宮までお連れする」
「承知いたしました。お任せください」
 非常事態ではあるが、馬の蹄の音に乱れはない。国の危機を察して皆心一つになっているようだ。新兵が混じっているというのに、うまく指導ができていたようだとトーマンはホッとした。
(ユリ領のトラブル、カツタフォルネに引き続きこの事態。これは偶然ではない)
 トーマンは考えたくない最悪の事態を想像していた。
(新兵の行進で戦力が分断されるこの時を狙われた。…だとしたらカツタフォルネもサーブ王国が噛んでいるのか? サーブ王国だけで? そんなことができるわけがない)
 同盟。ひらめいた言葉に寒気がする。
 トーマンは馬をせかした。
(我々がのんびりしていればきっと捕まったに違いない。敵は背後から? それとも挟み撃ちか? どこからくる?)
 ルービスの笑顔を思いだし、胸が痛んだ。
(今頃はマラハラも…やはりルービスの手を離してはいけなかった。しかし、あそこでモタモタしていたら我々も危なかっただろう)
 トーマンは後ろに気を付けるよう後続に伝え、さらに馬を急かした。

  次話 戦火 に続く…


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