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【フェアンヴィ】第17話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

国境

 一睡もできなかったディーブだったが、まったく眠気はやってこなかった。ようやく長い夜が明ける。もうすぐ起床の時間だ。トーマンが戻ってきていなければ作戦の失敗を意味する。ドアを開け入ってくるものがトーマンでなければならない。
 時間通りに起床を促すノックが聞こえ、扉が開いた。息をするのも忘れ、入ってくる浅黒いトーマンの顔を認めた時、ようやく一晩の疲れがやってきた。大きなため息をつく。
「殿下、起床の…おや、もうお目覚めでしたか。」
 短いアイコンタクトをして、二人は微笑みあった。
 後ろから他の世話役もぞろぞろと入ってくる。ディーブは手早く着替え、出発の支度を整えた。外にでると、兵士たちが敬礼をしてディーブを迎えた。みんな引き締まった良い表情をしている。隊長に向かって小さくうなずく。
「問題はないな? すぐに出発を」
 トーマンが指示をする。隊長はそれを聞いて、てきぱきと出発の準備を始めた。朝の静かな空気に活気がみなぎってくる。
 その様子を確認し、「殿下も中へ」といつものように馬車へと促す。トーマンは、緊張した面持ちのディーブを見て顔を緩めた。
 前方から「前進」の号令が聞こえ、それに応え兵士たちのリズミカルな足音が始まる。トーマンも馬車へ乗り込む。
 馬車が動き出すと、ディーブは待ちきれない様子でトーマンを見た。
「乗っているのだな」
 囁くように確認する。「もちろんですとも」とトーマンが答える間もなく、ディーブは目の前にある人がすっかり入れるほどの大きさの衣装箱の蓋を開けた。
 そこには疲れ果て熟睡するルービスの姿があった。ボロボロの服に加え泥だらけになっていたが、その姿に腰が砕けほどの安堵を感じる。
「働きに感謝する。お前も疲れたろう」
「とんでもございません、お役にたてて光栄です」
 ディーブは蓋をそっと閉め、改めてトーマンのやつれた顔を申し訳なさそうに確認した。トーマンはディーブの気持ちを察したのか眉をあげ、なんでもない、とでもいいたげな顔を見せる。

 馬車の速度が落ち、ガタガタと揺れ始めた。
「…おっと、もう国境を通過しますね。起こしましょう」
 言うが速いか、トーマンは乱暴に蓋を開けルービスの頬をはたき始めた。ディーブは驚いて止めようとしたが、逆にそれをトーマンにさえぎられる。
「国境で起こしてほしいと言われていたのです。自分が国を出る時をきちんと見たいのでしょう」
 そういいながら、ルービスの頬が赤くなるほど乱暴にはたいている。ディーブがやはり止めようとトーマンの肩に手を置いたとき、ルービスが不愉快そうに顔をしかめ、トーマンの手を払った。
「国境ですよ、見つからないように、そっと外を覗いてみなさい」
 トーマンが囁くと、ルービスは雷に打たれたようにガバッと半身を起こした。馬車の窓に掛けられているカーテンをトーマンが示す。ルービスは寝起きのためかよろよろと箱から半身出しながら、カーテンに手をかけ隙間から覗いた。
 すでに国境は超えていた。国境を示す、見上げる高さの塀が目の前に広がっている。国の反対側から見る塀の景色に感動する。
「出た」
 ルービスは掠れた声で一言言った。眠気は一気に覚め、足元から頭の方にゾクゾクと悪寒のように興奮が駆け上がってくる。
 すぐ横で見守るトーマンの首に抱きついた。
「ありがとう、ありがとう」
 トーマンはルービスの背中をポンポンと優しく叩いた。
「殿下の前です、それくらいにしないと」
 その言葉に素早い反応を見せ、ルービスはトーマンを離し奥にいるディーブを見つけ顔を赤らめた。突然自分の身なりを気にし始める。
「寝てしまっていて…こんな格好で」
 ディーブがゆっくり首を振りながら「おめでとう」と言うと、ルービスは満面の笑みを見せた。トーマンもディーブもつられて思わず笑ってしまう。
「ありがとう、D、トーマン」
 ルービスは何度も言った。何度言っても足りないと感じた。なにか他の言葉で、どれだけ自分が感謝しているか伝えたかったがまるで出てこなかった。小さな頃から願い続けたことが、今ここに実現している。小さな頃からの思い出がルービスの頭を駆け巡った。
「さあ、休めるのはあと少しです。次の休憩でお別れとなります。まだ体を休めなくては。中で横になりなさい」
 トーマンは「ありがとう」と繰り返すルービスをなかば強引に箱の中に押し戻した。
「いいですね、目を瞑って」
「眠れないよ」
「大丈夫」
 トーマンはルービスの目の上に自分の手のひらを重ねた。ブツブツ言っていたルービスだったが、しばらくすると寝息を立て始めた。
 その様子を見ていたディーブは心配そうにトーマンに尋ねた。
「大丈夫なのか、ずいぶん疲れているんだな」
「無理をさせました。しかし、大丈夫でしょう。…それに、あまりここに置いておいてもお互いに危険が増すだけです。すぐに彼女がいなくなったことを知って人がやってくるでしょう。その時にここにいてはおしまいです」
「すぐに来るだろうか」
「もちろん、すぐに来るでしょう」
 トーマンは蓋を閉め、ディーブに向き直った。
「後悔はなさってないのですか?」
「今さら何を」
 ディーブの本心であった。夢に向かって話す時や、あの国境を越えた時のルービスの表情を見れば少しの心の揺れも起こらなかった。ただ、胸の奥がちくりと痛む。
「お似合いだと思いましたのに」
「そうか、私もそう思った」
 二人は顔を見合わせ微笑みあった。それからトーマンはルービスと城を抜け出し馬車へ到着するまでをかいつまんで話した。ディーブは嬉しそうに耳を傾けていた。

次話 別れ に続く…


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