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【フェアンヴィ】第33話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

文化の国

 マラハラ国までやってくると、さすがに気候の違いを感じた。夕方近くになり、風の冷たさも手伝って今まで経験したことのない身震いを経験する。ルービスは震えながらも食い入るように地図とにらめっこしていた。
 今ルービスが見ている地図は、トーマンにもらった地図ではなくケディの地図だ。トーマンからもらった地図は国境や国の形など詳細に描かれているが、ケディの地図はその辺りはアバウトだが、入り組んだ道や住宅の並びや店の位置、夜になると栄えるところ、隠れ家に最適な場所など、その土地に生きている人々の生活が感じられるものだった。今まで自分がたどってきた行程を振り返ると、様々とその様子が思い出されて面白い。
「おいルービス、前を向いていないと危ないぞ」
 ケディが何度目になるかわからない注意を促した。
 ルービスはその声に反応して顔を上げる。
 フードを深く被り顔を布で覆っているため、しっかりと顔を上げないと周囲の状況がわからない。道の両脇にたくさんの店が立ち並ぶ賑わいのある通りだ。ケディのいう通り、油断をしていると人にぶつかったりはぐれたりしてしまいそうだ。
「ここは豊かで平和なんだね」
 この大きな通りはまっすぐに伸びていて、先には橋が見えるだけだ。地図によるとその橋の先も同じように店が立ち並んでいる。民衆は一様に穏やかな笑顔を湛え、物を売買する威勢のいい声が飛び交っている。チュチタも平和で穏やかな国であったが、このような規模の賑わいは初めて見る。
「そうだな、国自体は小さいが一番商業が発展していて金持ちだな」
「一番小さいんだね? こんなに豊かなのに」
 ルービスは再び地図に視線を落とした。
「ああ・・・位置が悪いんだ。両脇をユリ・オクタリヌという2つの領地に挟まれていて緊張が絶えないし、加えて災害も多い場所なんだ。それでなかなか領土を拡大できないんだろう、もったいないことだ」
 地図をよく見ると、マラハラ国のほぼ中央に《嵐》と書いてある箇所がある。嵐とはなんのことだろう、とルービスは首を傾げた。北の方は砂漠と書いてある。
「ねえ、この地図ってもらうことできる? あ、もちろんお金を払うから」
 もう2度と離したくないという表情でルービスはケディを見上げた。
 ケディは鼻で笑う。
「よせよ、結構苦労するんだぜ。上等な紙を使ってるしインクだって特殊なものだ。それに・・・」
 ルービスは金の硬貨を1枚出した。
「・・・」
 ケディはそれを見てしゃべるのも忘れて立ち止まった。エクシードもルービスの手のひらで輝く硬貨を見て動きを止める。
「これでいい?」
 ルービスは不安げに言った。
「お・・・」
 ケディはようやく掠れた声を出した。
「お前これ一体これどこで手に入れたんだ!?」
「え?」
「これなら色付きの地図作ってやるよ!」
「オレに任せてくれればサイン入り!」
「バカ! ルービス、オレは絵描き志望だったんだぜ!」
「嘘つけ! ルービス、オレが一番安心だぞ!」
「バカ野郎! オレが書くんだ!」
「オレだよ!!」
 取っ組み合いを始めてしまった。
「ちょ・・・、ちょっと・・・」
 ルービスは声をかけるタイミングを失ってしまい2人の周りをうろうろとするしかなかった。周囲の人々は、慣れていることなのかあまり気にした様子もなく取っ組み合いを眺める人、大きく避けて先を急ぐ人と呑気な空気だ。
「へ・・・へへ・・・、色付き地図に決まりだぜ!」
 やがてケディが鼻血を出しながらもルービスまで戻り、手を握った。エクシードは鼻血を出して倒れている。
「ハハ・・・、よろしく」
 ルービスは苦笑いをした。
 
 地図を作製するため、ルービスたちはヨサという町に滞在した。
 ケディが必死に部屋に籠って地図作製に汗水垂らしている間、エクシードとルービスはすっかりヨサの町を楽しんでいた。
「ルービス、菓子が売っていたぞ」
 エクシードが飴をたくさん抱えて部屋に戻ってきた。
「インクを買いに言ったんじゃないの?」
「ついでついで!」
 飴をテーブルに置いて、インクをケディに届けに行く。インクなど足りないものを頼むたびに余計な出費が出ていることに気づいているはずだが、ケディは毎日なにかと物を頼んだ。
 この調子で金を使っていたら、ケディの手元にきちんと報酬が残らないのではないかと心配になりながらも、ルービスの目はたった今目の前に置かれた飴たちにくぎ付けになっていた。
「まさか飴玉を見たことがないなんて・・・」
「飴くらい食べたことあるよ!」
 時折見られるルービスの無知っぷりを最近は面白がっている2人はルービスを見てニヤニヤした。
 ルービスの言葉には偽りなく、もちろん飴をなめたことはルービスも小さいころからあった。それでも釘付けになってしまうのは、その包装にあった。色とりどりの、そして細かい模様や絵が描かれている。飴を食べるよりも包装に夢中になって、ルービスは飴を一つ一つ確認していた。
「ちょっと出かけてくるね!」
 ルービスは堪えきれずに部屋を飛び出した。後から「気を付けろよ!」という声とともに上着が飛んでくる。どうもルービスは上着を忘れてしまう。出て行ってから寒いことに気づくのだ。
 マラハラ国は珍しいものであふれている。好奇心旺盛なルービスはとても部屋でじっとしていられない。
 角を曲がるとすぐに広場が開けていて、そこにはたくさんの人が賑わいを見せている。
 ルービスが背伸びをして遠くまで見渡していると、上から人が落ちてきた。ぶつかる寸前だった。

次話 価値 に続く…


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