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【フェアンヴィ】第6話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

第三王子

「今夜のうちにディーブ王子はお戻りになるでしょう。どうぞこちらでお待ちください」
 ルービスの付き人と紹介された女性は深々と頭を下げた。
 ルービスの家ほどの大きさがありそうな門を通過し、ビビデの街ほどの前庭を抜け、ルービスの持ち合わせている言葉では表現できない、荘厳な王宮の中に入り、ルービスはトーマンと別れた。
 王子の行動はすでに噂はされてはいたようだが、トーマンの再度の(結婚の)報告に、王宮全体がパニックを起こしたような騒ぎになっていた。
 ルービスの身なりにあわてた様子で奥に通され、風呂、整容と立て続けに休む間もなく清められ、ルービスはもともとの美貌が活かされ生まれながらのプリンセスのように変わっていた。
 すでに日は落ちかけていた。
「あの、北はどっちですか?」
 付き人はルービスに一番近い窓を示した。
「あちらになります」
 ルービスはすがるように窓に駆け寄った。眼下には広大な庭と、見たことのない街並みが広がるだけで、ビビデの街も白い塔も探し出すことはできなかった。
「私はドアの外に控えております。用事がありましたらなんなりとお申し付けくださいませ。このたびはおめでとうございます」
 再び深々と頭を下げ、付き人はドアの外へ消えた。
(おめでとう? なんて皮肉な言葉なんだろう。でも、普通に考えれば確かにこんな夢のようなことは起こりえない)
 夢、と考えルービスは突然胸が高鳴るのを感じた。
(もうずいぶん昔に捨ててしまった女としての幸せ。まさかこんな展開になるとは全く考えていなかった。万が一、勝負に負けたとしても帰る場所は自分の家。そして次のチャレンジを考える。自分があきらめない限り、挑戦は続くはずだった。普通の求婚であれば阻止できるが、果たしてこの状態を切り抜けることができるのだろうか)
 自分の着ているドレスを触れてみる。なめらかな布だ。透き通るような青。こんな色の布は見たことがない。初めての宝石。
 街の女たちを思い出していた。女としての魅力を最大限に発揮し、男を支えるため尽くす女たち。世界は狭くとも、知識の深く賢い女はより強い男と共に生きることができる。その頂点にいるのが王なのだろうか。
(不思議だ…私でも心が浮き立つ。私はこの状態が嬉しいのだろうか)
 
 この国では女の移動は勝手にはできない。街から街への移動も夫や父親の許可がいる。
 母親に白い塔と父親の話を聞かされてから、ルービスの心は外の世界に奪われていた。母親が話してくれた、もちろん母親も夫である父に聞いた、外の世界の女性の活躍。自立した女性。どこまでも自分の足で歩いて行ける自由。この国を、他の国をもっと知りたいとなぜこの国の女は思ってはならないのか。もっと知りたいとルービスは父親の帰りを待った。帰ってこない父親を想いながら、いつしか自分自身がその答えをつかみたいと思うようになった。
 母親に厳しく女としての立ち居振る舞いや家事全般を指導されながらも、活発なルービスは外で男の子たちに交じって剣や武道にも力を入れた。家を守るという視点からある程度の武道も女はたしなんだが、ルービスは度を超えていた。眉をひそめる人々の中からそっとルービスの手をとったのが隣に住んでいたタオの父親だった。タオの父は王宮の警備の仕事をする剣の名手だった。ルービスを自分の家の道場で稽古をつけてくれるようになった。
 母親が亡くなった後、どうしていいかわからないルービスを元気づけ、一人で暮らしていけるように導いてくれたのもタオの父だった。
 タオの父が、どんな思いでルービスを支えてくれたのかはルービスにもはっきりとはわからなかった。いつかタオの妻になるものと思っていたのか、ルービスはそれを言われるのが怖くて避けていた。自分の中で、揺るがない大前提として国外に出ていることが自分の人生の始まりだったからだ。女として着飾るのも、恋をするのも、結婚するのも、もちろんしたくないわけではなかった。憧れないわけでもなかった。ただ、スタートラインに立つまでは考えてはいけないことだったのだ。

(なのに、なんてことだろう)
 どこか、なにかを期待している自分を感じてルービスは焦った。
輿の布にかかったシルエットを思い出した。自分を初めて認め、チャンスをくれた人物。張りのある声。
(まだ顔も知らない相手に、運命を感じているのだろうか、ばかばかしい)
 ルービスは答えの出ない自分の気持ちをあれこれ考えていたが、いつしか居眠りを始めた。

 ルービスは人の話し声で目を覚ました。廊下で人々が囁き合う声や、パタパタと走り回る音が聞こえる。外を見るとすっかり日は暮れ、月が空に昇っていた。
 外の様子を確かめようとドアの近くまで行くと「王子」という言葉が聞こえ、ルービスは身を固くした。ドアに耳を近づけ、様子を伺う。少し離れたところで早口で何人かが話している。やはり、たまに「王子」という言葉が聞こえるような気がするものの、話の内容までは聞き取ることができない。

 ドアを開けて様子を聞こうと手をかけた時、廊下の空気が一変するのを感じた。
 突然の静けさ、遠くから何人かの足音が響く。こちらに向かっている。
 ルービスは思わずドアから離れ、部屋の中央まで戻った。王子だと思うとルービスの心臓は早鐘を打ち始めた。
 足音はドアの前で止まった。男の声が二言三言聞こえる。承知しました、という声も聞こえてきた。ますます王子であるに違いない。案の定、ドアのノック、一呼吸おいてドアが開き、付き人とともに男の姿が現れた。
 付き人は一礼すると、再びドアを閉めながら廊下へと消えた。

 ルービスは入ってきた男の姿に見入っていた。貴族というのはこういうことをいうのだと感じる。
 思ったよりも身長が高く、目鼻立ちがはっきりしている。どこまでも澄んだ緑色の服を着ている。街では見たことのない服だ。肩と襟に特徴的な飾りが付いている。当たり前だが高価な印象を受ける。髪はブロンドで短いが、後ろ髪を少量伸ばし結んでいた。
 ルービスはひとしきり観察し終わり、再び男の顔を見た時に、自分がずいぶん長い間観察にふけっていたことに気づいた。男はルービスと目が合うと、もう観察は終了かとでもいうように、破顔した。
「ディーブだ。D、と呼んでくれ」
 やはり王子だった。

次話 想い に続く…


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