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【フェアンヴィ】第7話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

想い

「昼間の格好も勇ましくて良かったが、なかなかドレスも似合うじゃないか。とても綺麗だ」
 声も間違いなく、あの輿の中から聞こえていたものだったが、近くで聞くと心地よく感じられた。それは自然な微笑や、話し方からくる印象なのかもしれないとルービスは思った。
 ディーブの物腰の柔らかさ、所作の華やかさに目を奪われた。彼が話すたび、動くたびにまるで光を放つようだ。
(まるで光に包まれているような人だ)

「怪我の具合は? 大丈夫かい?」
 すっとディーブがルービスに近づいてくる。近づかれると、纏った光に気圧され緊張から動けず、声も出てこない。
 目の前に来たディーブは、ルービスの顔を何度も覗き込みながら、右手を両手で包み込んだ。ディーブはルービスが話すのを待っているのか、無言になってしまった。ルービスは間近にきたディーブの顔を見ることができず、うつむいたままだった。
「食事をまだとっていないんだろう?」
 あきらめたのか、そう言ってディーブはテーブルへ歩いて行った。ワインを手に取る。「飲めるか?」
 ルービスは返事をしようとしたが、まだ声が出ない。必死でうなずく。
「…なぜ、わざと負けた?」
 ディーブがワインを注ぎながら言った。ルービスが驚いて顔を上げると、真剣なまなざしで見るディーブと目が合う。先刻のトーマンと同じ目をしていた。
「わざとなんて」
 やっと出た声は裏返っていた。自分の声ではないみたいだ。
「君が負けるほどの男ではなかっただろう。現に、途中までは優勢だった」
「…」
「結局はそれほど兵士になりたかったわけではなかったのか?」
「それは違う!」
 ディーブはワインを置いて、しっかりとルービスに向き直った。
「どれほどあの時を待ち望んだことか…! だけど…」
「…だけど?」
「…タオは私の幼馴染だ」
 ルービスは声を落とした。
「…なるほど、私の人選ミスだったか」
 ディーブも声を落とし、悲しげな表情をした。
「私に…勝ってほしかったの?」
「勝つと思っていた」
 ディーブはワインの入ったグラスをルービスに差し出した。
「兵士になりたいというのはこじつけだろう?」
 ルービスは途端に目を泳がせた。わかりやすい反応だった。
「この国にいながらパズバに乗り込んでくるぐらいだ、よほどの理由があるんだろう?」
 ディーブはそう言って椅子に座った。ルービスが顔を上げると、もう一つの椅子を手の平で示した。
「話してくれないか、興味だけで聞くつもりはないよ」

 ディーブの言葉には偽りは感じられなかった。ルービスはゆっくりともう一つの椅子に腰を下ろして語り始めた。父親が語っていた自立した女性への憧れ、未知の世界に飛び出したいという知識欲、そして父親への思い。
「白い塔?」
「ここからは見えないけれど、ビビデの街からは見える白い塔。そこにいると思う。…父は私が生まれた年に母を残して塔に向かって…。だけど、戻ってこなかった」
「場所がわかるのなら、捜してくることはできる」
「自分で行きたいの。父の歩いたところも見てみたい。だからお願い、国から出して」
 ルービスはすがるようにディーブのほうに体を乗り出した。
「この国が嫌いなのか? 確かに女性には窮屈に感じるかもしれないが、大切にされる。それが男の義務だ。この国は女性にとって素晴らしい国だと言われているんだ。他の国からもここに住みたいと移住を希望する女性が後を絶たない。外では確かに自由だが、自分の身を自分で守るということは女性にとって並大抵のことではない」
「知ってる。私ももちろん、この国はすばらしいと思っている。…だけど、私の生きるところではない」
「外は厳しいぞ」
「わかっている…つもり。だけどここにいて後悔するよりはいい」
「母親も君のように?」 
 ルービスは首を振った。
「母は、この国の女よ。模範的なね。母を否定するわけではないけど、あれだけ愛していた父を、結局自分の足で捜しだそうとはしなかった。私には理解できない。…もちろん、私がいたということもあるだろうけどね。…本当は、生きて会わせたかった」
 ディーブの顔が、再び悲しみに染まった。
「私が14の時に母が死んで…だけど親類もいなかったし。幸い貯金がたくさんあって、タオのお父さんが後継人になってくれて、ずっと一人で暮らしてきた」
「なるほど、それで一人で生きていくという自信があるというのか」
「まさか、自信なんて。私は守られ、楽しんだだけ。厳しさは知らないもの」
「…よし! わかった!」
 ディーブが突然大声を出したため、ルービスは飛び上がりそうになった。話をしながら表情を変えていくディーブに誠実さを感じ、すっかり自分の心の中に入っていたルービスは、その声で現実に引き戻された気分だ。
 驚くルービスにお構いなしに、ディーブは腰から剣を抜いてルービスに差し出す。
「取れ」
 反射的に差し出された剣を手にすると、ディーブも自身の剣を抜く。
「本気でかかってくるんだ」
 ディーブはもう立ち上がっていた。

次話 リズム に続く…


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