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【フェアンヴィ】第38話~2024年創作大賞応募作品~

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

凶報

 袖口のカフスをはめていると、控えめなノックの音がした。まだ部屋は暗く、明かり取りの窓からの光源も部屋のすべてにいきわたっていない。きっとまだ寝ていると思っての配慮のあるノックなのだろう。
 ドアを開けると、すでに支度を整えているディーブを見て驚いた表情のトーマンが立っていた。
「早朝から申し訳ありません」
 言いながら視線を奥に走らせている。
「ルービスならもういない。トーマンにはよろしく伝えてくれと言っていた」
 ディーブは身を整えながら告げた。
「すぐに発てるか?」
 トーマンの肩越しに荷物を馬車に運び入れている兵士の姿が見え、眉をひそめた。予定の出発時間は2時間先だ。
「…なにかあったのか?」
 「殿下」、と緊張した声で呼びかけられる。トーマンのこの声色は悪い知らせだ。ディーブは嫌な予感を胸にうなずく。
「昨夜入った情報です。…このようになるのなら、昨夜お知らせするべきでした」
 トーマンが表情を硬くさせると、顔がより黒ずんでいるように見えて不気味だ。
「カツタフォルネの王族が暗殺されました」
 ディーブは目を瞬かせた。
「…なに? なんて言った? 王族?」
「はい。王を含めた、王族全員です」
 今度は瞬きも忘れてトーマンの顔を睨んだ。
「役人のアムによるクーデターです」
「あの悪趣味な役人だな。ここのところ力が強まっているとは聞いていたが…」
 好きになれなかったアムの顔を思い出し、ディーブはため息をついた。
「すぐにチュチタに報告をしてカツタフォルネに軍を…」
「いえ、殿下」
 トーマンがディーブを遮る。
「アムもまた民衆によって殺されました」
「民衆によって?」
「民衆を扇動したのは以前からアムに対して反乱を起こしていた男性7人のチームと、美しい女性剣士だったと」
 ディーブは息を呑んでトーマンを見つめた。
 しばらく見つめたあと、「まさか」と口にする。トーマンはゆっくりうなずく。
「首謀者の名前はケディ。昨夜のルービスの連れは2人でしたし、2人の名前は違いましたが…」
 ディーブは額に手をやり目をつぶった。「赤毛のケディだな」と呟く。
「名乗ったのは偽名だろう。ルービスはケディと呼びかけていた」
 ディーブは両手を握りしめた。背中の太刀傷、ルービスのうろたえ方、なぜか語らなかった旅の話、ユリ領の話をした時の目の色の変わり方。全てが繋がる気がした。
「殿下…いますぐルービスの行方を」
 トーマンが外へ向かいそうになるのをディーブは慌ててその肩を掴み止めた。
「それはいい」
「よろしいのですか? 殿下。ルービスは今どこに向かっているのです?」
「サーブ王国だ」
 トーマンは目を剥いた。血の気の引く音が聞こえるような表情をする。
「正気ですか? すぐに止めなければ」
「今は、止められない」
 トーマンは信じられない、というような顔をした。
「それよりも、カツタフォルネの今の状況は不安定だろう。どちらにしろ、すぐに国へ戻らなければ」
「殿下…私を残してください。私がルービスのそばに」
 必死に訴えるトーマンの視線を受け止める代わりに、ディーブは軽く首を振る。トーマンはさらに説得にかかった。
「カツタフォルネの騒動は異常事態です。ルービスは経験がなさすぎる。このような混乱を上手く乗り越えられるとは思えません。いいように利用されているのかもしれません」
 ディーブは唇をかみしめた。
「何を利用するというんだ。彼らに他に目的があるというのか」
「わかりませんが…。ルービスは22歳になるとは思えないほど世間を知りません。殿下も感じたはずです。何も分からない女性を扇動に担ぎ上げるなど信用できる輩ではありません」
 トーマンは必死に食い下がった。
「22歳…?」
「? はい。今年22歳になるはずです」
「私と2歳…2年」
 ルービスは自分が生まれる前に父親が出て行ったと話していたはずだ。ディーブはルービスの話を懸命に思い出す。やはりルービスの父親は国交が途絶える前にサーブ王国に入っている。
「異国の男…」
「なんです? 殿下?」
「トーマン、急ぎで現在のサーブ王の事を調べてくれ。わかること全てだ。大小洩らさず報告してくれ。それからルービスの父親についてもだ。出身、年恰好、なぜシンボル塔を目指したのか」
 トーマンはわけがわからない、という顔をしながらディーブの言うことをメモに取る。
「殿下…ルービスは…」
「彼女は大丈夫だ。…大丈夫に決まってる。いいか、今言ったことはなによりも優先させろ。…早急にチュチタに戻る! 荷物は置いていく。全員早馬に乗って全速力で戻る」
 ディーブの迫力にトーマンは何も言えずに従った。夜も休まず馬で駆け抜ければ1~2日でチュチタに到着できる。ディーブはその上を求めてくるかもしれない。トーマンは今からしなければいけない問題を整理した。

次話 心の内 に続く…


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