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鈍行列車とバスで行く 白樺湖、霧ヶ峰高原の旅①

 今年の初めに、名古屋方面へと引っ越すはずが、事情により予定を変更せざるを得なくなってしまった。

東京国際フォーラムで行われた
"ふるさと回帰フェア"
全国各地の自治体が本気モードで参戦、
人口減少はどこも切実な問題

いろいろあったと言うか、なにも無かったと言うか、下見に行ったりそれなりに準備もしていたから、結構凹んだし、メンタルの回復にも時間がかかってしまい、なかなか筆を執る気にもなれないまま、いつの間にか5月を迎えてしまった。

何があったのかと、野暮な詮索はどうぞご勘弁を(笑)。

いい歳こいていても、人生の旅路は本当にままならない。
"アチラ"からのお呼びがかかるその日まで、多分こんな調子なのかもと思わずにはいられない…

全て振り出しだが、ため息ばかりついていても始まらぬ。

それに、引っ越し自体は諦めた訳では無かった。

ただ、理由は変わってしまったし、果たしてどこに着地したら良いのやら?

住み慣れた東京には後ろ髪を引かれるし、こちらでの人間関係においても浅からぬ関わりがあり、どうしたものかと逡巡もしていた。
 
50代に入ってから、気力体力の衰えをリアルに意識するようになったが、何一つ物事も決められないまま、時間は無情に過ぎて行く。

ネガティブに考えたくはないが、それでもあと何年、健康に仕事が出来るのだろうか?とか、物価の上昇上がらない賃金を思えば、ある程度備えは必要だと今更ながら心持ちも変わってきた。

 東京の生活コストは地方に比べると高い。
去年、"ふるさと移住フェア"に参加したところ、
例えば四人世帯の平均を比べると、東京と名古屋での一年当たりの差額は、おおよそ五十万円にも及ぶとのこと。

特に家賃は切実な問題だ。

リタイアするにはまだ早く、やりたい事もあるのだが、
最近は苗場の激安マンションや、八ヶ岳の山麓で一人暮らしをしている方の日常を綴った動画を良く観ていて、これが結構面白く、共感するところもたくさんあったりする。

先日観たニュースでは、現在、国中の至る所に凡そ900万戸の空き家があるそうだ。

実際、中古物件を扱う不動産のサイトを開けば、格安の別荘やリゾートマンションは結構出てくるし、人口減少に伴いそれは増え続けることが予想されている…

と、まあ、なんだか暗い話になってしまったが、
要は今後の人生のプランを練り直し、生活のコストを抑える為に、自分も早めに地方へ拠点を移そう、ということなのだ。

仕事については引き続き東京で"寮生活"や"リモート(スキルが有れば)"と言う選択肢(妥協案?)もあるから、そこは柔軟にと言うか、なるようになると思いたい(今までもなんとかなったし…)。


 何気ないキーワード


 妹と二人でアパート暮らしを始めた高校時代、下の階に猫好きのご家族が住んでいた。

我が家も(勝手に)猫を飼っていたのと、うちの家庭の事情を知った事で、そこのちょっとヤンキーっぽい感じで美人の奥さんが、妹をとても可愛がってくれたのだが、
当時、外国に行きたがっていた自分に、

「外国のことは判らんけど、霧ヶ峰や白樺湖もとても素敵だから、いつか行ってみんさい、」

と言われたのを、何故だかずっと忘れられずにいた。

 それから35年ほど経った3年前に(ややこしい)、やっとそこを訪れることが出来たが、お姉さんが言っていた通り、白樺湖や霧ヶ峰、車山高原の周辺は、驚く程に素晴らしいロケーションだった。

東京の便利さとは比べようも無い僻地だし、冬はマイナス15℃にもなるそうだが、日本とは思えない程の雄大な眺めは、一度訪れたら忘れられない絶景であるのは間違いない。

そして当地にも、バブル以前からの別荘地やリゾートマンションがあり、以前はそれなりに賑わいを見せていたらしく、不動産会社のホームページを見てみると、"苗場"程ではないにしろ、格安の物件がちらほら見つかったりする。

往々にして観光地は、これと言った産業が無かったり、居住には適さないかもしれないが、独身でもあるし、自然が好きで、ある程度の"覚悟"が持てるなら、今のご時世、その選択肢も有りだと思う。

 東京から麓の茅野市までは、中央道やJR中央本線もあり、高速バスや"特急あずさ"なら、割と短時間で行き来することも可能だろう。

ただ、茅野市や諏訪市などから白樺湖までは、バスで更に一時間弱はかかるのと、その本数が少ないのはネックだ。

それでもやはり、何故かここが気になってしまう。

移住促進センターの方の話では、スーパーも無いので麓への買い出しのために車は必須とのことだ。

資料も郵送して頂き、にらめっこの毎日。
しかし、土地勘が無いので実際はどうなのかを現地で確かめたかった。

 今回の旅も延々と先延ばしにしてきたが、当座の新しい仕事が決まったため、今後は自由な時間も取れそうにない…

 行くなら今しかない。

と言うことで、ゴールデンウィーク後の平日、重い腰を上げ、"鈍行列車"で出掛けてみることにした。

 宿に泊まるかテント泊か?散々まよった挙げ句、今回は素泊まり一泊¥2500という激安の"プチホテル"があったので、そちらをネットで予約。

やはりテント泊は荷物が嵩むので、向こうで自由に動きづらいし、キャンプサイトが意外と高かったのもある。

そのホテルは食事のサービスが無く、数少ないレストランは"観光地価格"だろうし、コンビニも高く付くから、朝早起きしてムスビを握り、卵を茹で、カップ麺や菓子パンなどもこちらから持ち込むことにした。

昭島市役所から駅までAバスに乗る。
料金一律¥100!
いつもの見慣れた昭島駅、
ここから"鈍行列車"の旅が始まる。

 初日

 午前中に家事を済ませ、昼に自宅を出発。
昭島駅から青梅線で立川駅へ、そこで中央本線に乗り換えて大月駅へと向かう。
乗客は途中、八王子駅で殆ど降りてしまい、そこから先はガラガラだ。

久しぶりにゆったりとした、列車の旅を満喫できる。

 高尾を過ぎた辺りからは殆ど山の中で、新緑が目に心地よい。
相模湖に差し掛かると再び視界が開け、周囲に広がる鬱蒼とした森林地帯を俯瞰して眺めることが出来た。
ギリギリ首都圏?でありながら、ちょっとした"異世界感"のある景色だ。

4月に釣りで訪れた時の梁川駅周辺
梁川大橋からの眺め
桂川の谷底までは相当の深さがある

 線路は上野原から猿橋のあたりまで、
相模湖上流の桂川と並走しているが、
谷が深く、川面が見えるのはごく一部だった。
それでも、都内を走る車窓からの味気ない景色とは違い、飽きずにずっと眺めていられた。

1時間程で列車は大月駅に到着、ここから茅野駅までは更に2時間の乗車を要する。

山梨県の大月駅で乗り換え
松本行きで茅野駅へ向かう

桂川の支流、笹子川に沿って進むと、トンネルを抜けた先は甲府盆地だ。

 都内を走る鉄道は、JRも私鉄も"詰め込み"優先のロングシートと呼ばれる縦長の座席だが、地方のローカル線ではまだ、ボックスシートの車輌が主流なのだろうか。
乗客も少ないので、その一角を1人で専有できるのは、贅沢な気分だ。
少し周りに気を遣いつつ、持参したゆでで卵と、鶏飯に昆布を混ぜたムスビを頬張る。
子供の頃はキオスクでも、網に入ったミカンやゆで卵を売っていたのを懐かしく思い出した。

線路沿いに広がるぶどう畑
さすがフルーツ王国の山梨県


 ローカル線で、知らない駅を訪れるのも楽しい。
ホームで乗り降りする、その地域に住む人たちと同じ時空を共有するひとときは、
今後も殆ど関わる事はないと思うと、なぜだかとても尊く感じられる。
漏れ聞こえてくる世間話や学校での出来事などに、新鮮さや懐かしさを覚え、
様々な情景が脳裏に浮かぶ。

一期一会の縁にノスタルジーを覚えるのは、もしかすると前世のどこかでも、その人たちと出会ったことがあるからかもしれない。

 甲府を過ぎた辺りで線路は北西へと向かい、西側から南アルプスが眼前に迫って来る。


甲府盆地の端から急激にそびえ立つように見える、巨大な緑壁の山頂や沢筋には、少しばかり残雪が覗える。

しばらく走ると、今度は右側の窓から八ヶ岳が見え始めた。
こちらには広大でなだらかな裾野が放射状に広がっており、その成り立ちが火山である事が想像できる。

 この対象的な山脈と山塊は、それぞれが古い地層、新しい地層に属しており、その境目は、日本を東北と西南に分ける中心線、"糸魚川ー静岡構造線"と呼ばれ、今、列車はその上を走っているらしい。

可愛らしい名前の無人駅

昭島駅を出て41駅目、約3時間半で茅野駅に到着。

思ったよりも早く感じた。

いつもの窮屈な夜行バスに比べ、リラックスできたので疲れも殆ど無い。
しかし、ホームに降り立つと、夕方とはいえ5月とは思えないような寒さに身震いする。

バスの時間までは一時間以上もあるから、それまで駅の周りをブラブラしてみる。
駅前には立派な駅ビルがあるものの、空きが目立ち、入居している飲食店も平日の昼間は時間外なのか、都内のような賑やかさは無い。
今の日本の、典型的な地方都市の駅前、と言った風情だ。

7年に一度、諏訪大社で執り行われる
"御柱祭"
1200年の歴史があると言う
茅野市には237箇所もの
縄文遺跡があるのだとか
国鉄C12形蒸気機関車
冷たい風に、温かい駅そばが恋しくなる。

 駅ビルの一階にアルピコ交通があり、その前がバス停だった。
 カウンターで乗車の確認をすると、
この通勤通学バスは、地元住民への優遇措置として片道¥500だが、平日の夕方に白樺湖方面へ2便、朝は逆に茅野駅方面への2便しか無いらしい。
 土日や他の時間帯の便は旅行者向けで¥1500。
そこに住む前提だと、やはり車が無ければ不便だと念を押された。

 定刻の10分ほど前には、帰宅の学生さんたちが、ちらほら集まり始めるも、乗客は数えるほどしかいない。

茅野駅から車山高原へと向かう
通勤通学バス

 茅野市の標高は770m、既に結構な高さだが、白樺湖はおおよそ1400m、更に600mも高い位置にあるので、気温や服装も気になるところだ。

走り出したバスが街を抜け出した辺りから、窓越しにずっと八ヶ岳が見えている。

小さな頃から、こうした大自然に抱かれて生活していると、優しさや芯の強さ、包容力など、人の心の有り様に、きっと良い影響があるに違いないと思えてくる。

バスから見る夕暮れの八ヶ岳

 約1時間ほどバスに揺られ、宿に着いたのは午後7時頃、日も落ちてかなり寒かった。

辺りは、バブルの頃に建てられた、今は廃墟となった周囲の建物と相まって、
殺風景という言葉がピッタリの場所だった。

売店のカウンターにいた主に声を掛けると、今朝は雪がチラついていたと言う。

テント泊は止めて正解だった。

2泊分の宿代を前払いで済ませ、門限が10時であることや給湯設備、風呂などの説明を受ける。

買い物が出来るのは、ここから歩いて30分ほどのローソンだけで、そこもホテルと同じく閉店は10時だとの事。

することもないので、部屋に荷物を降ろしてから、さっそくコンビニへと向かうと、
そこ"だけ"は、煌々と明かりが灯っており、モダンで"都会的"な外観は、
周囲とはまるで異質にも感じられたが、
新しく再建された向かい側のホテルと共に、
町が寂れていくのを押し留めているようも見えた。

 さて、明日は1日ロケハンだ。
先ずは目星をつけておいた物件を見て回り、それから湖のほとりを散策してみよう。
 直ぐにではないにせよ、もしかしたらずっと住む事になるかもしれないし、できるだけ良い所も悪い所も見ておきたい。
 土地との相性、"フィーリング"はとても重要だから。

 幼い頃から数え切れないほど引っ越しをしてきたが、果たしてこれが最後、安住の地となるのだろうか。

他に客もいない、静まり返ったホテルの一室で、ノンアルコールビールを空けながらこれからの事を考えていると、去年の苦い記憶も薄れて行き、再び上を向いて歩き出せるような気がして来た。


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