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書評 / U-NEXTオリジナル書籍

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U-NEXTオリジナル書籍に関する「書評」を集めました。選者のみなさんがどう物語を読んだのか、さまざまな視点をお楽しみください。
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記事一覧

30歳までに読みたいお仕事小説|『レイアウトは期日までに』書評(評者:朱野帰子)

30歳までに読みたいお仕事小説|『レイアウトは期日までに』書評(評者:朱野帰子)

「社会に出た当初は、三〇歳までにひとかどの人物になりたい、なんて思っていたけど、現実にはまだまだ中途半端だ」
 本書を読みはじめてまもなくこの一文に出会い、30歳手前の自分を思い出した。
『レイアウトは期日までに』の主人公の赤池めぐみは27歳、デザイナーをめざしていて、実用書系の中堅出版社で契約社員をやっている。文字の修正やデザインの直しなどのオペレーター的な仕事から始め、ようやく単行本のデザイン

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『め生える』書評|高瀬さんは、容赦がない(評者:加納愛子)

『め生える』書評|高瀬さんは、容赦がない(評者:加納愛子)

容赦がない。
高瀬さんの小説を読んで、そう思うことは私にとって喜びの一つだ。

しかし今回は、手放しで喜んでいる場合ではない。
みんなハゲる。

世界中の人間が、成人すると髪の毛が抜けるようになる。原因がわからないまま、ハゲである自分と他者の存在を認識することが日常化する。でもその日常は、頭皮とウィッグの間のように湿度があって、乾いておらず、息苦しい。主人公の真智加も、中学生の琢磨も、友人との関係

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『うどんリープ―香川に帰ったらタイムリープから抜けられなくなった件―』書評|故郷と都会の時間の差(評者:要潤)

『うどんリープ―香川に帰ったらタイムリープから抜けられなくなった件―』書評|故郷と都会の時間の差(評者:要潤)

読み始めた時、まさか自分自身のストーリーが描かれているのかと思った。

高校卒業を機に故郷を出て、都会の喧騒に紛れながら仕事もプライベートも関係なく、どんどんと都会の垢が身に纏わりつき、自分を見失いそうになった時、思い立つとよく故郷に帰省した。地元香川県は海と山の距離が近い。実家に向かう海岸沿いにある浜街道なんかを車で走り、目の前に広がる瀬戶内海の水平線をぼんやり眺めていると、穏やかな波が静かに自

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『コンビニエンス・ラブ』書評|矛盾とともにある“アイドル”について今こそ考える本(評者:西森路代)

『コンビニエンス・ラブ』書評|矛盾とともにある“アイドル”について今こそ考える本(評者:西森路代)

映画『バービー』の中で、バービーと彼氏のケンの共通の友人であるアランという登場人物がいる。彼は、人間社会にふれてトキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)に染まってしまったケンについていけず、バービーたちと行動をともにしていた。

アランは劇中、「イン・シンクはみんな僕なんだ」と言っていた。そのあとさらに、「ほかの彼らも…」と続けていたところを見ると、アイドル的な人気のあるボーイバンドのメンバ

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『窮屈で自由な私の容れもの』書評|軽やかな「袋」となれ(評者:桜木紫乃)

『窮屈で自由な私の容れもの』書評|軽やかな「袋」となれ(評者:桜木紫乃)

 女の体は、自身で守っていないとさまざまなものが入り込んでくる。「おふくろ」とはよく言ったものだ。「お」をつけたって袋は袋、入り口だけで出口がない。
「女」と名付けられた袋を、作者は「窮屈で自由な私の容れもの」と呼ぶ。タイトルとしてこれ以上のものはないだろうと、ラスト一行まで息を詰め読んだあとに思った。
 現実の痛みは忘れても、神経から遠いところに鈍痛が残っているのは人の常。水ぼうそうのウイルスが

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『ドライブイン・真夜中』書評|まなざしを、借りる(評者:荻上チキ)

『ドライブイン・真夜中』書評|まなざしを、借りる(評者:荻上チキ)

 そう遠くない、未来の「この国」。多くの飲食店では、店内接客が無人化されており、注文、調理、配膳などが、自動化された機械によって行われている。一方で、低価格な飲食店の中には、機械化されていない諸作業を、移民労働者が担う場合もある。「わたし」が働くドライブイン・レストランもまた、そのひとつである。
「わたし」が仕事を終え、帰宅しようとしたある日のこと。レストランの外で一匹の珍客と遭遇する。犬である。

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『キリング・イヴ』書評|愛は雷撃、さだめはその先(評者:斜線堂有紀)

『キリング・イヴ』書評|愛は雷撃、さだめはその先(評者:斜線堂有紀)

 自分の身を貫いた雷撃が一体何だったのか、それを確かめにいく物語である。ドラマではユーモラスな部分やサスペンスの部分が強調されているが、小説はハードボイルドな恋愛小説だ。
 物語の主人公・イヴはMI5の職員である。退屈で刺激の無い日々を過ごしていた彼女は、ある日MI6のロシア部局長に依頼され、完璧に創り上げられた美しき暗殺者──ヴィラネルを追うことになる。一方のヴィラネルも自分を追うイヴの存在を認

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『うどん陣営の受難』書評|私たちとベストじゃない選挙(評者:小山田浩子)

『うどん陣営の受難』書評|私たちとベストじゃない選挙(評者:小山田浩子)

「私」が製図係として働く会社で四年に一度の会社代表を決める選挙が行われる。候補者は業績健全化のため社員の減給を訴える現代表の藍井戸、合併先の現地採用の人々のリストラを図る黄島、給料も人員も減らすべきでないと主張しお花畑と揶揄される緑山、過激な紫村、若手の桃野原……「私」は緑山候補を応援しているが投票の結果緑山は僅差の三位で敗退、藍井戸と黄島の一騎打ち決選投票となる。二者の支持率が拮抗しているため緑

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『単語帳』書評|生きた言葉と生きる分身たち(評者:鴻巣友季子)

『単語帳』書評|生きた言葉と生きる分身たち(評者:鴻巣友季子)

 グレゴリー・ケズナジャットの作品で初めて読んだのは、京都文学賞を受賞した「鴨川ランナー」だった。もともと同賞の「海外部門」(日本語の非ネイティヴを対象とする)に応募して最優秀賞に決まったが、結果的には、「一般部門」(応募者のほとんどは日本語ネイティヴ)の最優秀賞もダブル受賞することになったという。
 この授賞は日本においては画期的なことだった。だれしも自分の言語は無二のものと思っているが、わけて

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『コンバッチ!』書評|悔しさの味わい(評者:柚木麻子)

『コンバッチ!』書評|悔しさの味わい(評者:柚木麻子)

 読み終わった後、ブラジリアン柔術について、必死で検索し続けている読者は、きっと私ばかりではあるまい。本短編は「体をつかったチェス」と呼ばれるブラジリアン柔術の魅力をあますことなく描きながら、四十五歳目前の漫画家・苑香が自分の中に流れている生命力を意識し直す物語だ。

 十歳離れた夫から突然の離婚を言い渡され、漫画家としての仕事もうまくいっていない。

 若い頃に描いた作品は今なお評価されているも

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『犬小屋アットホーム!』書評|クマへの詫び状(評者:村井理子)

『犬小屋アットホーム!』書評|クマへの詫び状(評者:村井理子)

 犬を愛する人の多くは、犬に関する忘れられない思い出を持っている。
 私が小学生のころの話だ。兄が突然一匹の子犬を拾ってきた。生後一ヶ月ぐらいの黒い犬で、胸のあたりに少しだけ白い毛が生えていて、それを見た母が「ツキノワグマみたいだから、クマって名前にしよう」と言い、その雄の子犬はその日からクマとなり、わが家のペットになった。
 クマはとてもかわいくて、明るくて、愛嬌のある子で、私はひと目見て大好き

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『ドトールにて』書評|大切な人を失ったあとで(評者:カツセマサヒコ)

『ドトールにて』書評|大切な人を失ったあとで(評者:カツセマサヒコ)

あのドトールである。

言うまでもなく、物語において舞台設定は重要な項目である。その上で、本作はスターバックスでもサイゼリヤでもなく、皆さんのお近くにあるあのドトールを舞台にしている。

読み始めればすぐにその設定にも納得できる。主人公は還暦を間近に控えた五十代の男性ふたりだ。保育園からの幼なじみである宗茂とケン坊は、半年ぶりの再会でも大きく盛り上がることはない。そのやりとりは地元駅のドトール

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『令和枯れすすき』書評|一読忘れがたいほどの衝撃(評者:豊﨑由美)

『令和枯れすすき』書評|一読忘れがたいほどの衝撃(評者:豊﨑由美)

 早川千絵の監督・脚本作『PLAN75』が、第75回カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰という栄誉に輝いた。75歳以上が自らの生死を選択できる架空の制度を媒介に、社会的弱者に易しくも優しくもない現状に大きな「?」を投げかける問題作だ。でも……、正直言うと、還暦を迎えたわたしは老後が不安でたまらず、「PLAN75」が実現されてほしいと願ったりもしている。ニッポンはもう、長生きしたいと思えるような国

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