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短編小説集

84
短編小説を挙げています。
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#ショートストーリー

予知夢

予知夢

 今にも雨が降りそうな曇天。文則は目の前にいる姿を見つめていた。
「文則、私と別れて良かった?」
 真剣な表情でキミは不意に尋ねた。
 文則は返す言葉を模索して、口をつぐんだ。
 オレは後悔しているよ。
 心に引っ掛かったまま本音は言える訳もない。それは決して口にしてはいけない言葉。分かっている。仮に口に出してしまえば。ダムが崩壊したかのように感情が溢れ出すことは想像に容易だった。
 キミは、文則

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抜け落ちた記憶

抜け落ちた記憶

「あと、何回殺せば、救われますか?」
 誰もいない明け方の公園のベンチで誰に向けた訳でもない私の言葉は、頭の中で跳ね返ってくる。自棄にでもなりそうだ。いや、もうなっているか。
 殺して、殺し続けたのかを考えるだけで胸の辺りが締め付けられるような痛みが走ることにも慣れつつある自分がいる。心臓なのか心と言う未確認因子なのかは分からないままに、不意にやってくる痛み。付き合っていくことが宿命めいているのは

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紫煙

紫煙

 敷地の端に追いやられた喫煙所。灰皿も撤廃され、今はボロボロになったベンチが二つ並んでいるだけの空間に立ち上る紫煙を見つめながら、ピーマンみたいな会議で挙がった話題を思い浮かべた。
「五年目を対象とした研修の内容は何が良いですかね? 皆さんは五年目の時何を思っていましたか?」
 僕にとってのその時期は四年前、僕は右も左も分からない場所で一人で仕事をしていた。引き継ぎなんて名ばかりで本質を抜け落ちた

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不毛な恋

不毛な恋

「今年は大恋愛を経験するでしょう」
 正月を過ぎた頃、酔った勢いで立ち寄った路上の占い師に言われた一言が胸に残っている。冴えない日常に差し込む希望は、少しばかりの活力になっていたことは否定できない。
 それから日々の過ごし方が変わった。本質的には何も変わっていなかったが、外出するときには僅かばかりの期待を抱いていた。でも春が訪れようとした頃、世界は不穏な表情を浮かべ始めた。僕も例外では無くて、不穏

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ミスターいい人

ミスターいい人

「どう思う? ミスターいい人」
 いつの間にか浸透した二つ名は、僕を見事に形容している。受け入れるのに時間が掛かったのは、いい人という単語の中に組み込まれた幾つかの意味のせいだ。文字面は良いけれど、言ってしまえば蔑みに近い。
 優しいし、いい人なんだけど。
 そんな告白の断り文句は耳にタコができるほど聞いた。僕のことを傷つけないようにする彼女たちのぎこちない優しさには時差があって、時間が経つにつれ

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周波数

周波数

 家に帰ることには日付が変わっている。代わり映えのない日々を過ごしていると、感覚が麻痺してしまうことを社会人になって知った。学生時代、日付が変わる深夜の時間帯はワクワクしていた。ゴールデン番組とは異なる深夜番組、寝静まった街の景色、飲み会帰りの浮ついた足取り。どれもが同じ時間軸であると信じたくないほど、冷たくなった夜。そんなことも最近では慣れ始めている。静かで暗い雰囲気をぶち壊す明るい車内にいると

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夏空

夏空

 今日が猛暑日だとラジオで知った。スマホ一つで簡単に情報を調べることのできる昨今で、昔から存在しているツールを通して、かつ誰かの声で情報を得ることは時代錯誤のように思えた。
 窓辺の指定位置に置いたラジカセ。周波数を安定的に捉えるために伸ばしたアンテナは、少し前の携帯電話を彷彿とさせた。あの頃の携帯電話に収縮自由のアンテナが標準装備されて、笑ってしまうほど長いアンテナで電話をしている人がいた。多分

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観覧車

観覧車

 夏休みに入って、二週間が過ぎた。普段、キャンパスで顔を合わせる仲間との一時的な別れが寂しく思えるくらいに、僕の大学生活は鮮やかだった。
 久し振りの再会は、葛西臨海公園だった。リーダーが言い出したバーベキュー大会は、これで四回目。大学生活の夏はバーベキューという変な刷り込みに従順な僕は、良くも悪くも青春を謳歌していた。そうでもなければ、スーツ姿で京葉線に揺られることはなかったと思う。開始時刻は1

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きっと貴女は遠くで泣いているから

きっと貴女は遠くで泣いているから

 当たり前が当たり前じゃ無くなった。失って気付く幸せなんて、よく分からなかったけれど、突然目の前に現れると大きさに自覚的になってしまう。僕はきっと傲慢で、無頓着だ。
「今年の花火大会、中止らしいよ」
 電話口で彼女は寂しそうな声を漏らした。今年の春に上京した彼女は、地元に残っている僕よりも地元のことに詳しかったりする。不思議な感覚に陥るけれど、軽いホームシックのようなものに苛まれているのだと勝手に

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剥げたメッキ

剥げたメッキ

 スケジュール帳を見ていると、自然とため息がこぼれてしまった。
「こんなに予定があっても楽しくない」
 自然と呟いたのは、本音が理性を越えてしまった証拠だろうか。大学を卒業して五年。もう27歳。描いていた社会人ライフは縁遠くて、毎日同じような作業の繰り返しに疲れている。理想と現実の差は、思った以上に大きかったみたいだ。
「お客様が笑顔になるお手伝いをしたいです」
 第一次面接の一言、確かに抱いた想

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飲み会

飲み会

 味の抜けたビールを飲みながら、くたびれた表情を浮かべる旧友の愚痴に耳を傾けていた。高校卒業をして十二年。青春時代の前半戦を共に生きた仲間は、それぞれ違う生活を営み、そして変わっていた。
グループのリーダー的な存在だったアイツを除いて。
「もうね、金が無いの」
 結婚して数年、子育てが生活の軸になっているBは、隙があればこの言葉を口にする。金が無い、金が無い、金が無い。脳内で文字起こしをすれば明日

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きっかけ

きっかけ

 タバコが無くなって随伴反射のように外出の準備をした日曜の朝。街は休日を訴えるように静かさと独特の高揚感を混ぜ合わせた空気が漂っていた。この空気、僕は正直苦手だ。なんだか、お前の居場所はどこにある? と問いかけられているような感覚に呼吸が少しばかり苦しくなるからだ。
 住宅街を抜け、大通りに出ると普段よりも車が多い。ニュースでは、越県が可能になったと報道していた。自粛という我慢大会から解放された人

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ハムレット

ハムレット

「久し振りだな」
 右手を申し訳ない程度に挙げて、彼は微笑んだ。会っていなかった空白の時間なんてものは存在しなかったのではないかと疑ってしまうくらいにフランクで、それこそ昨日一緒に居たかと思わせるほど普遍的な彼の姿に僕は彼に倣うように左手を挙げることしかできなかった。右手に持ったゴミ袋が不意に重くなった気がした。
「まだ、ここでバイトしてるのか?」
 彼は近づきながら問いかけた。僕はゴミ収集場所に

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空虚な目をして何を思う

空虚な目をして何を思う

 何故、自分自身に満足できないのだろうか。
 ベッドの上に身体を預け、ぼんやりと考えてしまった。考えてしまったら最後、僕は設問を解くために腐っている脳みそを動かして答えを探してしまう。泥沼に嵌まったような時間だ。精神的にも追い込まれる。考えている間は設問にばかりに意識がいく。無意識で緊張する身体はこわばっていく。結果的に疲弊して、せっかくの休日が過ぎ去ってしまうことを分かっていながら、僕は答えの見

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