見出し画像

(2) 罠に嵌める、 その2(2024.1改)

米沢市で高速を降りた時には、姉の由真は平常状態に戻っていた。
「通いつめていた風俗店で行為中に他界した」
という趣旨の故人のニュースが拡散しており、一方的に怒り捲くると「自業自得」と言い放ち、後は脳内スイッチを切り替えて、昼食にターゲットを変えたようだ。
逆に、寝起きの真麻の方が憂いた表情になっているのが引っ掛かった。
妹とも関わり合いがあったのか?それとも父方の親族の被害者を思っているからなのか?と。

姉妹が山形遠征に選ばれた理由の一つに「食」がある。
米沢市で遅い昼食を摂ると決めていた姉妹の最初の狙いは米沢牛だった。
2つ目の理由が「畜産アドバイザー」を姉妹は自称している。
動物の気配を察知する能力は由紀子・翔子の母娘の方が勝さるが、姉妹は動物の心情や心理の様な概念を汲み取る能力がある様だ。目に見える相違点として、動物は姉妹に寄って来るが、母娘には寄って来ないし、見向きもしない。

先月、姉妹が興味本意で訪れた千葉や岩手の観光施設的な牧場では、アドバイザーになって欲しい、転職しないかとトレーナー達から誘われたらしい。
牧舎内の最適な牛の頭数、餌の配合飼料の比率や量、室内温度や衛生管理などの生活環境全般に関して、牧場が長年培ってきたノウハウを姉妹が修正して、乳牛の乳量の増加や秋シーズンの出産頭数の増加に繋がった。

これを素で言うと、流石に牧場側も気持ち悪く思うので、AIタブレットで画面をカスタマイズして、「これまでの実績で・・」と紹介している。

カナダの牧場では由真がタブレットも持たずに「あーしろ、こーしろ」とアドバイスを初めていると牛が由真の周りに集まって来たので「Cow Girl !」と呼ばれていたらしい。
俗語では胸の豊かな女性という性的な意味合いがある。行為中に胸が揺れるほどの大きさが目安となるが、衣服の上からでも順当だとカナダ人も察したのだろう。
源家の娘達は、玲子を含めて3人ともFカップだ。

牧場よりもまずは昼メシだと入店するが、姉妹は当然のようにステーキを頼んだが、モリは豚の生姜焼きにした。オッサンの胃袋は確実に劣化している。

「あの、伯母様が新幹線で来ます。ご相談したい事がありまして・・」
「相談したいのは伯母様じゃなくて、あなたなんじゃないの?」
食べ終えてコーヒーを飲んでいる時に妹が切り出し、驚いたのと同時に、仲の良い姉妹の間に亀裂のようなものを初めて見た。

「朝は何にも言ってなかったから・・梅下氏の死去絡み ってところかな?」
週刊誌に掲載された写真は、梅下とは何の関係もないと否定していたのだが・・

「はい、そうです。申し訳ありません・・」
最近、妹の真麻が様子がおかしな所があり、それをカバーする母親の啓子、伯母の由紀子という場面も何度かあった。
源家が何かを隠しているのも、平泉家、村井家の面々も察している。祖母の由紀子が妊娠しているのは伏せているようだ・・

「えっとさ、真麻ちゃんもひょっとして?」 
言いながら、モリは自分の腹を擦る。

「はい。ずっと黙っておりまして・・申し訳ありません。お腹に赤ちゃんが居ます・・」
由真もモリと同じように目を見開いている。・・実の姉にも伝えていないのか、と驚く。

「あの・・先生の子です。鹿児島で安全日だと申し上げたのは・・すみません、私の嘘です・・」妹を叩こうと由真が手を上げたので、手を伸ばして由真の腕を掴んで首を左右に降る。
由真の腕の力が抜けたので、掴んでいた腕を開放する。

「なんで?なんでよ・・」
涙を流しながら由真が下を向いた。
真麻の両脇を後ろから持ち上げて立たせると、自分の隣に座らせる。由真は妹を涙目で見据えながら、怒りで震えている。

「なんで黙ってたのよ、あんた何様のつもり?
大好きな先生には何も相談しないでさ・・まさか、梅下の子として育てるとか、すっごく馬鹿な事を考えたりしてる?母さんとグルになって、先生を騙して身籠った? 真麻、答えなさい!」

「・・ごめんなさい・・」
姉の泣き顔が妹にも伝播したので、立ったまま妹の首に腕を回して体を寄せ、オリーブ系の香りを仄かに鼻腔で感じながら、油で処々汚れた店の天井を仰ぎ見ていた。

ーーーー

「オカシイと思ったんだ。
単なる表計算ソフトに数値を入れて、入力した数値と関係なさそうなコメントが出てくるんだもん。何時から動物と会話出来るようになったのって、エンジニア達とAIをからかってたの」

大学が冬休みになった幸が大森にやって来て、金曜が休日の叔母の志乃とお茶を飲んでいた。

「それが、それだけで済まない事態になってね・・」
言っていいのか悩みながら叔母が腕を組む。

「あ、それは樹里から聞いてる。樹里はそういうの直ぐに察しちゃうから。乗っ取ろうとしたんでしょ、元首相の家を。でも死んじゃったから、プランはご破算だね」

「それが、ご破算じゃないのよ。とっくにオン・ゴーイング状態なんだよ・・」

「まさか妊娠していて、先方も故人の子だって思ってるの?」

「うん。その診断書偽造に関与してるの、姉さんなんだ・・」

「あっちゃー、ダメでしょそれは・・先生に言われたら何でもやるんか、我が母は・・」

「違うの。先生もまだ知らないの。妊娠してるのも、乗っ取ろうとしてるのも。それと・・」

「え?まだあるの?あ、シノちゃんがおめでた?・・じゃあ、なさそうだね」
志乃が立ち上がってヒソヒソとサチの耳元で話す。家には2人しか居ないのに。

「ちょっと待って、鮎先生より年上でしょ、冗談だよね?」

「2人が妊娠した理由は、性交の後で動物を感知する能力が上がるからなんだ。翔子さんにも玲子ちゃんにも同じ能力がある。一番凄いのは翔子さん。3キロ先の豚の頭数が分かるの。姪っ子姉妹は方角に何かが居るのが分かる程度。それでも凄いんだけどね・・」

北米で一緒だった源家の3人は、精神的に疲れるのでローテーション制を取っていたが、志乃も含めて定期的にモリと野姦した。精を放つのは源家ばかりだったと志乃は回想し、股間が疼いた。

サチは叔母の話に呆然としていた。
ショックなのは、玲子にもあると知ったからだ。志乃が翔子も能力を持っていると知った際に落胆したように、サチも落ち込む。

実際、北米から帰ってきて、翔子と過ごす「時間」が増えたのを志乃は憂いていた。実は、2人は営んでいるのではなく、「ある計画」を立てている最中なのだが。

ーーーー

仕事を半休にして新宿オフィスから横浜にやって来た翔子は、モリと計画している内容を蛍に説明してから、母と姪の妊娠を告げた。卑怯だと思っていても母の妊娠を蛍に伝える時はそうしようとモリと決めていた。
プランの概要を知った蛍が動揺しているのが、痛いように分かる。「能力」が無かった頃の自分も訳が分からなかったからだ。

「先生のお爺様のご兄弟の話は、蛍さんもご存知ですよね? 先生には誰かがアドバイスしてくれるような閃きが湧いて出てくるみたいで・・この計画も夢が元になっているって明かしてくれました」

「翔子さんは怖くないの?2人とも生きて帰れないかもしれないんだよ。なんかおかしいよ。民間人がやる話じゃない、変だよ、絶対」

「大丈夫、ご安心下さい、私が先生を守りますから・・あの、守るっていうよりも身を隠すか、相手と接触しないだけなんですけども・・。
それでもカナダでの10日間で、グリズリーが沢山いる山で最低1kmはクマから離れて一度も接触しなかったですし、凄く自信が付いたんです」

「半径3キロのその先の情報は得られないんでしょ?もし大部隊がその先に居て捕捉されたら、3キロなんてあっという間に詰められちゃうでしょ?」

「それで米軍なんです。監視衛星で周囲100kmを絶えず監視して、静止通信衛星を経由して会話し続けます。平たく言えば、私は要らないのかもしれない。ドローンと私は、何らかのトラブルで衛星が使えなくなった際の万が一の保険みたいなもの、だと思ってください」

「でもさ、米軍は翔子さんの能力を知らないんでしょ?」

「はい、連中のモルモットになりたくありませんからね。私はあくまでも凄腕のドローン操縦士として、名ハンターを支えます」

「・・分かりました。でも、翔子さんに説明させるって事は、彼、自分に疾しい部分があるんでしょうね・・・ま、仕方ないか。翔子さんも、妊娠したの?」

「いえいえ、ちゃんと避妊してます。低用量ピルでも能力が発動するんです。ただ、それが分かったのは今回のカナダでして・・・その前が良くなかったです・・蛍さん、申し訳ございません!」

翔子が頭を上げてからの説明で蛍は驚いた。真麻の妊娠はさておくとして、由紀子が出産したら、ギネスブックに載るのではないか?と思った。

「2人とも私の子として育てます。
出産は蛍さんと鮎先生がお世話になった婦人科医の先生と幸乃に、お願いしています。だから、絶対に死ぬわけには行かないんです。生まれてくる弟たちの為にも」

翔子の決意した表情に、自分の過去を重ねた蛍はホロッとして翔子を抱きしめる。
「イラッとしなかった? 母親に先を越されて」

「はい、凄く・・憎たらしいです」

「私、あの人と母の子が生まれてきたら、面倒なんてとても見られないんじゃないかと思ってたんだ。それが不思議なの。感動して泣きながら抱っこして、思わず頬ずりまでしてたみたいで、化粧した顔で何してるーって、先生に叱られちゃった」

蛍の一言で涙が溢れてくる。翔子は蛍を抱きしめ返した。

ーーーー

富山、南砺市の山林の上空に米軍の衛星が2基静止し、山林中でテスト中のエンジニアを補足し交信し続けていた。最寄りの石川県小松基地と富山空港基地の自衛隊レーダーに周辺を索敵中のドローンは表示されていなかった。

米軍が訓練と前置きしてアラートを上げると、2人乗りの3輪バギーからエンジニア達が降りて作業を始めた。バギーを5分で変形させると第2エンジンを可動させて穴を掘り始める。
その模様を韓国駐留と岩国基地の米軍関係者と小松基地の自衛官がモニター越しに見守る。

深さ1.5m 直径2mの円錐状の穴を開けると、2人のエンジニアがカバーを持って穴に入った。バギーは新たに60cmの穴を掘ってゆっくりと穴に入るとエンジニアの一人が出て来てカバーを被せて、自分の穴に戻った。米軍も自衛隊も拍手喝采だった。

「こちらモグラ隊、時間は18分少々で良かったですか?」穴蔵の2人から連絡が届いた。

「岩国海兵隊のストップウォッチで17分56秒でした。おめでとう、モグラ作戦は成功だ。君たちが北朝鮮に行ってもいいと私は思ったよ」

「No thank you,Sir! ぜってえ無理だって、勘弁してよ〜」

エンジニアの悲痛な叫びに、観戦者たちは大笑いする。

赤坂の大使館でテストを見ていた米国大使とCIAのサミュエルアッガス本部長は、グータッチを交わした。
「彼らに託していいんだろうか、やはり我々がやるべきなんじゃないか?」

「AIに慣れていて、あれだけの射撃能力のある兵士は我が軍には居ない。それに、あの女性はモリとの相性も抜群だ。驚異的だっただろう?」

「ああ、ドローンがまるで生き物のようだった。今日のテスターはあんな操作は出来なかったな」

「あの二人なら仮に敵に遭遇しても、高確率で生き延びる。なんと言っても伝説の「Owl at dawn(旭日の梟)」の孫だ」

「ベトナムのヒーロー、ボブ・スワイガー(*)も足元に及ばない記録を持つという御仁か・・」

「おまけに孫と同じで絶倫野郎だった。頭をぶち抜いた将軍や将校達の愛妾を自分の女にして、戦後は女達を頼って点々と中国内で潜伏し続けた。数年後、女達は横浜に移動して一生を終えた」

「女達との間には子供は居なかったのか?」

「それが見当たらないんだ。種なしとは思えない、日本人の妻との間にはモリの母親が居るのだからね」

「戦争が終わっても暫く女の家に匿われていて、公式記録では死んでるんだ。奥方だって諦めてたんだろうし、誰の子か分からんよ・・」

「あの射撃能力と精力を見たら、遺伝を考えてしまうがねぇ」
アッガスが大使にタブレットを見せる。モノクロの色褪せた写真が表示されていた。
「孫にそっくりじゃないか・・」

「雰囲気は似てるな。身長は10インチ程小さかったみたいだ。孫のアレの大きさまでは知らんが、祖父は同じ部隊の兵士からはデカマラ少尉と言われていたようだ」
「デカマラ?」

「44マグナムって意味だよ」アッガスが銃を構えるポーズを取って笑った。

次はドルフィン作戦の検証作業となる。

(つづく)

*米国スナイパーもの小説の主人公


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?