「ジレンマフェイス」

電車の座席で僕は頭を抱えていた。仕事が面倒だからだ。繁忙期という事は分かっているがそれでも面倒くさい。

 諦めの境地に達して顔を上げると、目の前に中学生くらいの男の子がいた。制服姿で物憂げな顔をしている。何に悩んでいるのだろう。友人関係、家族、受験。まあ悩みなんて色々あるだろう。昔は僕もああやって悩んでいたものだ。いや、違う。正確には悩んでいる人間に憧れて、悩んだふりをしていたのだ。哲学者の本を読んでジレンマを抱いている人間に憧れて,いつしか真似事を始めた。ああ、人とはとか、人生とはなど、十数年生きただけのガキが一丁前にそんな事を考えていた。

 しかし、いつしか仮面は外れなくなっていた。いつしか本当に悩むようになった。思考の沼から抜け出せなくなっていた。次の駅に着いた少年が晴れたような顔をして、電車を降りた。少年の行き着く先には可愛らしい女の子がいた。僕が全く関わりがなかった悩みだ。だけど何だろ。こんなに胸が痛むのは。そんな僕の気持ちを無視するように電車が進み始めた。会社行きたくない。

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