腐るお金 (1分小説)
紙幣や硬貨に、賞味期限がつくようになった。
経済を回すためだという。
究極のミニマリストで、1日1食の私は、心底困っている。
財布を開けると、1万円札の福沢諭吉が言った。
「早く使ってくれよ。今日で賞味期限が切れてしまうだろ」
プーンッと酸えた匂いがする。
1万円札は、半年以内に使わないと、食材のように腐って消滅してしまうのだ。
近くのスーパーで、食べもしない、5枚切り158円の食パンを購入。
1万円札は、店員さんに手渡したとたん、瞬く間に新札に変わった。
「ギリギリセーフでしたね」
お釣りをもらう。
新札の5千円札1枚と、新札の千円札4枚、そして真新しい硬貨数枚。
「アタシの賞味期限は3ヶ月。だんだんと化粧が崩れてくるの」
5千円札の樋口一葉は、早めの使用を促した。
「いやいや、1ヶ月で消えてしまうボクらの方が先だろ」
千円札の野口英世たちも、黙ってはいない。
私はとりあえず、賞味期限が1週間しか持たない硬貨を、すべて募金箱に入れた。
そして、1ヶ月間で千円札4枚を全て使い、お米や野菜、冷凍食品を購入した。
5千円札で何を買おう。
そう思っているうちに、賞味期限の3ヶ月目の日がやってきてしまった。刻一刻と、タイムリミットが迫ってくる。
消滅まで、あと10秒。
財布を開けると、化粧がハゲ落ち、酸えた匂いを放つ樋口一葉がいた。
「でも、私たちは、腐るだけまだマシなのよ」
そして、彼女は悲しく微笑み、完全に消えてしまった。
ああ、なんというもったいないことを。
ガランとしたフローリングに、私はへたりこんだ。
腐るだけまだマシ、か。
部屋にポツンと置かれた食パンは、まだ、ふっくらと柔らかく、真っ白いままだった。
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