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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その62

62.   目はカメラで瞼の裏がアルバム



めくるめく、
あくるあさ。



さっそく銀行に向かう。


昨日と同じ時間帯に決まっている。
目当てはホワイト・ビューティーだ。



私は昨日の同じ12時半きっかりに銀行に入った。
念のためにもう一度、ATMの機械で残高を確認した。
63万円。


よしっ!窓口だ。
河野さん河野さん。と。


あれれ?
居ない。


昨日と同じ窓口には別の人が座っていた。


「どうぞ、ご用件をお伺いいたします。」


「あ、いや、えーっと・・・あ!まだ番号札を取ってなかった!」



そう言って一旦その場を離れた。


仕切り直しだ。


他の窓口の女性も河野さんではない。
けっして見間違えたりはしない。


あの白さ。
あの髪のツヤ。
あの黒縁の眼鏡。
あの雰囲気。
なんとも言えない
何ものにも例え難い人。


下を向いたままでも雰囲気で分かる。
そう。雰囲気だ。
雰囲気がもう他の人とは全然違うのだ。
体の毛穴から一体何が出ているのだろうか。


純粋なまま綺麗で澄んだ空気と水がある田舎で
綺麗に育った河野さん。
たぶん。


あー河野さん河野さん。

あ、居た!

一番奥でも手前でもない真ん中辺りの列の机に座っている。


今日は窓口の担当ではないのか!
しまった!


いや待てよ。昨日名前を名乗ってくれたんだ。
また明日と言ってくれたんだ。
それはまた明日来た時に私に声を掛けて下さいね
という合図に決まっている。


私は待ち人数0人中の番号札の
機械の番号が書いた紙を取った。


待ち人数が1人に変わった瞬間、音が鳴った。


キンコーン♪


2番の窓口が点灯して窓口の女性が私を見た。


「どうぞ!こちらでお伺いいたします!」


もう行くしかない。


「本日はどのようなご用件でしょうか。」


「えーっと、実は昨日もここに来まして・・・」


「あ、はい。ありがとうございます。」


「で、河野さんという方に手続きをしてもらって
いたのです・・・けど・・・」


「河野ですね・・・」


そういってその女性は後ろを振り返った。


ふたりで河野さんの方を見ても、
河野さんは全くこちらに気づいていない。
忙しそうで、窓口に目が向くことはなさそうだ。


「少々お待ちください。」


その窓口の女性は立ち上がって席から離れ、
河野さんのほうへと向かった。


(よしっ!選手交代だ!これでまた河野さんと話せるぞ!)
心の声が漏れそうだ。


なんやら話している二人を見ている私。


下を向いていた河野さんが顔を上げて、
横に立っている女性を見上げた後、
すぐに私のほうを見た。


私と目が合った。
私は少し照れくさくなったが、会釈した。


河野さんの顔が笑顔になったのに気が付いた。
さっきまでの忙しすぎて無表情だった顔が
少し笑顔になった。
絶対に私が理由だ。
よしっ!イケるぞ!


ありゃ?
笑顔が消えた。


横に立って話をしている女性のジェスチャーから
状況を読み取るとしよう。

うーむ。なるほど。
きっとこうだ。


「いいよ!忙しいだろうから私が窓口対応するから!
そのままその仕事続けてて!
窓口のチェリーボーイは私に任せて!」


こんな感じの身振り手振りだ。


そんなよく動く女性の腕が
河野さんと私との間を邪魔して
私たちの目線が合わせられなくなってしまった。


結局、河野さんはその席に座ったままで、
よく動く腕の女性がこちらに戻って来た。


「すいません。河野は別件がございまして、
代わりにわたくしがお伺いいたします。
残高証明書の発行で宜しかったでしょうか。」

同じ夢はもう一度見れないのか。

無味無臭さを感じた。


なぜだろう?
なんでなんだろう?


この人も綺麗で可愛いかも知れないのに
河野さんの後ではもうダメだ。
何も感じない。
私がだ。私がもう何も感じなくなっていた。



それに、
この人からは何も出ていない。
毛穴からだ。



雰囲気が無いのだ。
感情が出ていない。
体の毛穴からは何も出ていない。
いや、毛穴が無いようだ。
そして私の用件だけが全てで
私の感情は伝わらない。
感情のやりとりは毛穴でするものだ。



鉄の毛穴に弾かれて床に落ちていく私の感情たち。
パチンコの玉のように。
ぽろぽろと。


同じように見える人間なのに、こうも違うのか。
雰囲気や空気や感情や、
目に見えない何かを読み取れる関係を築ける人と
そうでない人が居る。



そして?
やはり?
私の恋は実らない。


「また明日」にはもう出来ないのかな。
・・・・・・・・・・・・・・
ムリだ!
ここまで来たら、もう・・・。



それに、
また明日になっても
河野さんとやりとりできるとは限らない。


あー。この世は無情だな。
あー。ひとときの夢をありがとう河野さん。
あなたのような女性を
私は一生涯かけて探しつづけます。



「では、こちらが証明書になります。」


「あ、ありがとうございます。」


私は遠くはるか彼方に居る河野さんの
後頭部めがけて少し大きい声で言った。



彼女が振り返ることは、もうなかった。
なんとも言えない色の髪が見える。
黒でも茶色でも何色でもないように見える。
特別にしておきたい存在。
河野さんの雰囲気という髪の色。


そうだ!
私が今からこの銀行に就職するというのは
どうだろう?
どうすればいいのだろう?
どこからやり直せばいいのだろう?



冷静な目で辺りを見回した。
白い壁。
快適な空調。
雨風の関係ない職場。
広い天井。
待合所に置かれているテレビと観葉植物。
その横に置かれている雑誌や本や新聞。


新聞!!


そうだった!
もうすぐ夕刊を配る時間だった!



私にピッタリの相棒が待っているのだ!


お店のみんなの笑顔を思い出した。
大阪に居る友達の笑顔も足し。
家族の笑顔も足してみた。
そこに河野さんの笑顔を足した。



これからだ。


まだまだ未来で出会う人達の笑顔を
足していくんだ。


私の目で撮影した、みんなの笑顔。
いつまでも瞼の裏に焼き付いていますように・・・


〜つづく〜

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