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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その60


60.   口の周りについたカス



銭湯に来た。
髪型は一度寝て、
起きたけど変わってはいなかった。
覚めることのない夢。それが人生なのだろう。

私が仮眠を取っている間、
メデューサたちは緑茶でセンベイを食べながら
テレビを見ていたようだ。
口の周りが食べかすでいっぱいだ。
銭湯で洗うとしよう。



美容師さんに言われたことを思い出した。


「地肌を揉むように頭は洗ってくださいね。
ドレッドの髪の部分は・・・
そうだなー、えーっと・・・タワシ!
そう!タワシを洗うようにシャンプーを
少しだけ付けて、揉むように洗ってくださいね。プクク。」


最後に笑っていたような気がする。

銭湯の暖簾のれんをくぐった。

番台ばんだいには、いつもの
牛乳瓶の底の様なメガネをかけたおじいさまが、
【 私には全く何も見えていません 】という
吹き出しを頭上に掲示して座っている。



「370円・・・」


屁をこいたような声が聞こえてきた。


私はいつも、
ここで重たくなった財布を軽くしている。
10円玉ばかりの370円を数えようとして
こちらを見たおじいさまの
牛乳瓶の底の向こう側が初めて光った!


その光は私の髪の毛たちを見ている。
いや、睨み合っている!


このおじいさまには私のメデューサが見えるようだった。


それはまるで、
犬を散歩させていたら、向こうからやって来た散歩中の犬に
反応して吠え、まるで喧嘩のように吠え合うような感じだ。
ちなみに私は犬を飼ったことは一度もない。


砂埃すなぼこりの中にたたずむ
二人の会話が聞こえて来る。




「こんな所に居やがったのか!メデューサめ!」

「石化したはずなのに、まだほんの少し動けるようね!この老いぼれ!」

「くそう!お前のせいで私はこんな牛乳瓶の底の様なメガネを掛け、まるで石のごとくこの番台に座り、眼球を動かすことも出来なくなってしまったのだ!」

「あなたが女湯を覗くからよ。今度こそ本当の石にしてやろうかしら。」

「私は覗いてなどいない!ただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・・お前のことが・・・お前のことがぁー!」




あっ、次の人が後ろで待っている。
早くお風呂に入ろう。


服を脱いで全身を鏡で見た。


おー。
よく見たら親子になっているではないか。


それはまるでカンガルーの親子のように、
私のお腹の下の袋の部分に【子メデューサ】が
顔だけを出してキョトンとあちらこちらを見ている。


いつもはタオルで隠す【子メデューサ】を
今までなぜ隠していたのか分からなくなってしまった。
隠すなら親のほうだろう。


子供はまだ無邪気だし、無垢で純粋だ。
隠す必要など、どこにもない。


私は持っていたタオルを頭の上に乗せて
浴場に入っていった。


しっかりと銭湯が空いている時間を選んで来た。
計算済みだ。ほとんど誰も居ない。
もし混んでいたら両脇の人が私のメデューサに噛まれて
血だらけになるところだ。


私はおそるおそる髪を濡らした。
うん。髪がほどける気配は無い。
次にシャンプーを少しだけ手に取り、
束になった髪たちの根元に付けて、
優しく揉んだ。


三つ編みのままパーマを当てた髪が
ほどけることなくしっかりとくっついたままだ。
まるで固まりだ。
・・・なるほど、タワシだ。
もしくは綱引きの縄のような髪の毛の
根元からシャンプーでゆっくりとそして優しく、
もみ洗いをした。一本一本丁寧に。


これは、まずいぞ。
時間がかかりすぎる!
このペースでは、どんどんと人が増えてきて、
混む時間に突入してしまう!


よしっ、毛先はあきらめよう!
根元から半ば半分くらいまで来た所で
私は次のヤツに移動していった。
全員洗えたか?忘れられているヤツは居ないか?


ダメだ!目にシャンプーが入りそうだ!
下を向いた。
そこには、
子メデューサがまるでお腹が空いたと言わんばかりの
顔をしていた。


「もう少しの辛抱だ。なんせ初めてなんだから
しょうがない。慣れればこんなの楽勝だ。
右手で親メデューサを揉みながら、左手で
お前をワッシャワシャと洗ってやるからな!待ってろよ!」


お、重たい。


濡れたメデューサ達が4倍くらい重くなっている。
早く乾かさないと・・・
抜けたらエラいことだ。
早く帰ろう。


銭湯からの帰り道。


コンビニでビールだ。
コンビニの狭い通路を歩く。
向こうから来た人が私を避ける。


ありがたい。


この髪型にする前は
私はいつも避ける側だった。
私が目の前まで来ても誰も避けようとしない。
私がみんなを避けるのだ。
そうやって生きて来た。


でも今は違う!


みんなが私を避ける。
避けてくれるのだ!


私に道を譲ってくれるのだ!


まるで王様か殿様かロックスターになった気分!


私が道の真ん中を歩いても
通路の真ん中を歩いても
いいだなんて!


コンビニを出た。
夜の歩道を家まで歩く。


狭い歩道。
やはり向こうから来た人達が端っこに寄ってくれる!
なんて光景だ!
私はいつもの癖でガードレールに寄って引っ付いてしまった。
向こうの人も向こう端に体を寄せている。
ぽっかり空いた歩道の真ん中を見て私たちは笑う。


こ、
これが【愛】なのか!


ボブ・マーリーが世界の平和と愛を歌う気持ちが
少し分かった気がした、いつもの帰り道だった。



〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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