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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その46


46.   シフトチェンジ


拡張恐怖症になってしまった。
足が一向に動かない。


契約してもらった後に何かの誘いがあるかも
しれない。


それは断りにくいし、行ったらまた大どんでん返しを喰らうかも
しれないと思ったら、二の足を踏んでしまう。


もらった分は返さないといけない。
それがこの世界のルールだったのだと知る。


5ポイントなんて夢のまた夢。
あと1週間で4ポイントなんて
白くて大きなフカフカのソファーの真ん中に座り
両脇に美女を抱えて赤ワインを飲みながら葉巻を吸うようなもんだ。
石油王が成せる技だ。


とりあえず無理だと伝えよう。
あの二人に。
そんな事を真剣に考えながら
視線で路面に穴を開けながら夕刊を配達した。


「ただいま。」


「おかえりー!遅かったね、大丈夫?」


「はい。」


私はいつもビリッケツだ。
食堂が貸し切りである。


「なんか悩んでる?めずらしくそんな真剣な顔して、どうかしたの?」


優子さんが私の単純な表情を見抜いて
声を掛けてくれた。


私は自分でお皿についだご飯の上に
たっぷりとカレーを掛けながら答えた。


「そうなんです。悩んでるんです。」


「なになに?」


「あと4ポイントが取れないんです。」


「拡張?」


「はい。拡張。」


「なーんだ。簡単じゃん!」


「か、カンタン?」


「そうよ!カンタン!だってどんな契約でもいいんだよ。
4ポイントだったら4件だよ。日曜日の午後にささっと回ったら4件くらいすぐ取れるよ!」


「その『ささっと』回りたくても、みんな良い人だから長いんですよ。
一日じゃ終わらない。」


「あー、なるほど。真田くんは人がいいから、みんなついつい話をしちゃうんだねー。わかるわかる。」


「どうすれば・・・」


「ん?そうだなー。私も最初はお客さんの長い話とか誘いとか、のってたなー。懐かしいなー。」


「ほうほう。」


「優に『何やってたんだよ!』ってよく怒られたなー。」


「ほうほう。それで?」


「新聞の契約しに行ったらその家の人も新聞屋さんだったの。
んで、私も新聞の契約されられちゃったりとかー。新聞取りが新聞になったの!なんてね!」


「ほーほー!それから?」


「おっ、元気出てきたじゃん真田くん。」


「優子さんにもあったんですねー。そんな経験が!」


「あるある!最初はわけわかんないけど、そのうち、だんだんわかってくるよ。気をつけないといけない家が。」


「その『気をつけないといけない家』を教えて欲しいんですけど。」


「んーと、こればっかりは感覚だからねー。匂いというかなんというか。
玄関入った瞬間『ここはダメ。やばい。』ってわかるんだよねー。なんとなくだから説明できないなー。ごめんね。」


「経験積むしか無いって事ですね。」


「そうだねー。数こなすしか無いねー、って真田くん!
どっかで何かあった?佐久間さんちで何かあったんじゃない?」


「いやいや、無いですよ。佐久間さんちでは何も。」

裏佐久間さんが出現した事は言わなかった。


「誰?誰んちであった?」


私は一部始終、優子さんに
この前の日曜日の晩のディナーの話をした。


「あっはっはっは!おっかしい!」


「いや、めっちゃ笑うじゃないですか、優子さん。」


「あー、おもしろい・・・日曜日に一人で何やってるの?はははは!」


今はじめて私は『相談』しているのだと知る。
私はあまり誰かに相談しないで行動してしまう。
行動した後に相談だなんて、よっぽど臆病風に吹かれていたみたいだ。
優子さんが思いっきり笑ってくれたおかげで自分を取り戻せた気がした。
仲間がいるって素晴らしい。
一人で悩むなんて馬鹿げている。


「ちょっと地図、見ようか。待ってて。」


そう言って優子さんは奥の部屋に行った。
そして、すごく大きな地図を持って帰ってきた。


「これ住宅地図。一軒一軒誰が住んでるかまで書いてるんだけど・・・」


「あー、知ってます。昔ピザの配達のバイトしてたから。」


「うん。真田くんが配ってる6区だけで全部で何世帯あると思う?」


「新聞を配達してる家じゃなくて全世帯数?」


「そう。」


私は目をつむって考えてみた。


「地図見てもいいよ。」


そうか。私は何を想像しようとしてたのだろうか。
目を開けて地図を見た。


私の配達している区域だけでも、すごい広さだ。
地図が細かくて、どこに居てるのかすぐ見失う。


「ダメです。迷子になりました。」


「素直でよろしい。河田町だけで1000世帯以上あるんだよ。
6区だけで3700世帯くらいあるんじゃないかな。
そして真田くんの他にもう8人居てる。」


「3700世帯カケル8!僕はそのうちの170軒ほどしか配ってないのか!」


「そうそう。まあ、だいたいそうなのよ。他の新聞を取っている世帯と新聞を取ってない世帯が周りにいっぱい!拡張し放題だよ!」


あ、そっか。
世界はこんなにも広いんだな。
そんでもって、言うセリフは決まっている。
『新聞とってください』だ。
誰にでも分かる『新聞様』をだ。
説明も要らない。


なんか肩の力が完全に抜けてゼロになった。
何を悩んでいたんだっけ?


「今からちょっとだけ、一緒に拡張行ってみる?」


「え、今からですか?」


「30分だけ行ってみようか?はい!行こっ!」


「は、はい。」


いきなり何も持たずに自転車に乗った優子さん。


「あ、そうだ!」


自転車から降りて事務所の机の引き出しから
何かを取り出してポケットに入れたと思ったら
またすぐに自転車に乗った優子さん。


「早く!行くよ!」


「あ、はい!」


私も自分の自転車に飛び乗って、
優子さんの後をついて行った。


すっかり暗くなった夜の道を飛ばす優子さん。
全然私の知らないマンションに止まった。


「ここなら大丈夫だな。」


そう言いながら自転車を降りて
マンションの中に入って行った。


エントランスのインターホンの前に立った優子さん。
101とボタンを押して、いきなり呼び出しボタンを押した。
ピンポーンと2回、音が鳴る。
インターホンには101とだけ数字がデジタル表示されていて画面は無かった。


私は体も心も付いて行くのに必死だった。


ガチャガチャっと音がしてインターホンから声が聞こえた。


「はーい?」


女の人の声だ。
優子さんがマイクに顔を近づけて話し始めた。


「あ!すいませーん!〇〇新聞ですけど。今、新聞取られてますか?」


「新聞?新聞は結構でーす。ガチャガチャ」


インターホンの101の表示が消えた。


優子さんはすぐに102と押して呼び出しを押した。


ピンポーン!ピンポーン!


反応がない。留守のようだ。
優子さんはもう一度102と押した。


ピンポーン!ピンポーン!


やはり何の返事もない。


優子さんはすぐに103と押し直した。


ピンポーン!ピンポーン!


反応なし。


103と、もう一度押した優子さん。


ピンポーン!ピンポーン!
ガチャガチャ・・
「はいはい・・・」


低い声の男の声だ。だいぶ年配だろう声。


「あのー、すいません!〇〇新聞ですけど・・」

「新聞?新聞は要らん」

ガチャガチャ・・・


103の表示も消えた。


優子さんはすぐに105と押した。
表情も変えず、気分も変えずに
ひたすら呼び出しボタンを押す優子さん。
私たちが居るこの空間の空気が変わっていないのは
優子さんの気分が全く変わっていないからだろう。
私は次々に呼び出す優子さんの拡張にドキドキしていた。


ピンポーン!ピンポーン!


「はいはーい!どなた?」


今度は優しそうな中年の女性の声が応答した。


「すいませーん!〇〇新聞の者ですけど、今新聞取られてますか?」


「新聞屋さん?集金?」


「いえ、集金じゃなくて・・今どこの新聞読まれてますか?」


「え?△△新聞の人じゃないの?」


「はい!私は〇〇新聞の者なんですけど、△△新聞の契約終わってからで良いので〇〇新聞取ってもらえませんか?」


「うーんと、この前契約更新したばかりだから終わるのは大分、先だけど、
いつまで契約したか、今ちょっと忘れたわ。」


「あのー、その契約書ってありますか?そこに書いてるはずなんですけど。」


「契約書ねー。どこにしまったかしらー。ちょっと待ってて。」


しばらく無音のインターホン。


「ちょっと上がってきてくださる?」


「はい!わかりました!」


そう言うと、すぐ横のマンションの自動ドアが開いた。


私たちは入った。
105号室を探してドアのインターホンを押した。


「はーい。」


ガチャ。
すごく忙しそうな女の人が出てきた。


「ごめんなさいね。ちょっと、なんかいっぱい出てきて・・・」


新聞の契約書を5枚ほど持っている。


「えーっと、これかな?あ、これは古いね。これかな?」

「いや、これじゃないですか?」

「あ、これね!はいはい!」


おっ!見つかったのか!
ずっと傍観していた私は、やっと参加しようと
契約書を覗き込んで見た。


来年の7月までの契約書だった。
もう契約してしまっているのだから仕方ない。
諦めて帰るか。
それにしても優子さんはすごいなぁ。


優子さんが大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「この次の来年の8月からで良いので〇〇新聞の購読お願い出来ませんか?」


な、なんと!
終わらないのか!
そんな一年も先の契約をしてしまっても良いのか不安になっている私は
明らかに青くさかった。


「んー。いいわよ。でも忘れちゃわないかしら?」


「大丈夫です!ちゃんと近くなったら連絡しますから!」


「そう、じゃあお願いするわ。」


いやっほーい!
契約成立だ!
すごーい!
優子さん天才だ!


「あなた達まだ若いわね?学生さん?」


「はい!まだ18歳でーす!なんちゃって!」


優子さんが初めて嘘をついた。
でも、すぐ撤回し始めた。
振り返って私を見た。


「この子はまだ学生なんです。私はもう結婚してます!」


「えーっ?奥さんなの?見えないわ!なんでそんなに元気なの?」


本当だ。元気すぎる。


「バカだから忘れてました!年取るの!なんちゃって・・・」


「はっはっはっは!」
「はっはっはっは!」


お客さんと一緒になって笑ってしまった私。
ぺろっと舌を出している優子さん。


「ここにハンコもらえますか?」

「はいはい。あー、おかしい。」


笑いながらハンコを取りに行く奥様。


契約書の契約担当者の所に私の名前が書いてあった。


「あれ?僕の名前になってますけど・・・」

「これで1ポイントじゃん!良かったじゃん!楽勝でしょ!」


これは貴重な1ポイントだ。
100ポイント分の価値はありそうな1ポイントだ。


優子さんはこんなにも仕事が出来る人なのに、
私は何をやってたんだ。


帰り道の信号待ちで自転車に乗ったまま、
私の肩を掴みながら優子さんが教えてくれた。


「サクサクと数をただただこなすほうが良いのよ。断られても気分変わらずに済むからね。でも拡張行く時は言ってね。一人で勝手に行っちゃあダメだよ。行ったらダメなマンションとか家もあるからね。このマンションは誰も新聞取ってないって知ってたから来たんだからね。あと3ポイントだね!トルコ料理まで・・・・はっ!言っちゃった!ごめーん!今の聞かなかったことにして!なし!なし!わー!」


世界三大料理ってトルコ料理だったのか!


信号は青に変わった。
優子さんが自転車を漕ぎ出すまで待つ。
そして、その後ろから付いて行く私。


目隠しは持参することにしようか。


私は失敗を恐れて何もしないまま年を取る線路から、
とにかくやれば、なんとかなる線路へと
走っている線路が変わったような気がした。


〜つづく〜

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