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逆噴射小説

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2023年の逆噴射小説大賞、皆様の素晴らしい作品です! ピックアップ記事やライナーノーツ、自分が小説を書く上で参考になった記事もまとめてあります。
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記事一覧

グリッチマン

グリッチマン

 叙ンは墓場に住んでいる。

 正確には、叙ンは墓場の座標からマイナス数ポイント下に位置している。いつからこうだったのかはわからない。彼はそうあるべしとして作られ、設置された。

 この墓場は所謂没データらしい。世界と繋がることなく、さりとて消されることもなく、プログラムの狭間でただ存在することを宿命付けられた叙ンは、唯一実装された墓を掘るモーションを繰り返し、誤った座標の下で足をバタつかせながら

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黄金ザクロ

黄金ザクロ

 誰もいなかった。たった独りきりだった。
 ウゥゥー……ウゥー……。
 荒涼とした大地に、呻きにも似た何かが木霊していた。言い知れぬ焦燥感とともに空を見ると、天頂には眩い光があった。耳元には囁く声。誰も、いないはずなのに。

 見えるか? あの輝きが。ぴかぴかとしたあの光が。わかるだろう? 俺とお前が求めてやまなかったもの。ありとあらゆる犠牲を費やし得ようとしたもの。俺とお前の生と死。終わりにして

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死ンデレラ

死ンデレラ

 昔々ある所に、死ンデレラと呼ばれる娘が、継母と二人の姉と共に暮らしておりました。意地悪な継母らは死ンデレラを虐めて家庭用原子炉の死の灰の掃除をさせるので、彼女は死の灰被りと呼ばれているのでした。
 ある日、王子様は長年争う帝国との決着をつける為、強者を選抜する武闘会を開くことにしました。
「死ンデレラ、貴女は留守番よ! だって貴女は何の取り柄もないからね!」
 王国の子女たる者、自らを兵器と成し

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青空の下で奴から離れ君に会う日は来るか?

青空の下で奴から離れ君に会う日は来るか?

 晴れ渡った青空は俺にとってこんなにも呪わしい。しかし、お前が死ぬ日が来るならこんな風にあたたかで気持ちの良い日であって欲しい。そう思いながらまた俺は死ぬ。これも、もう昔の記憶だ。



 六度目の俺は猫であった。名前はクロである。由来はもちろん黒猫だからだ。名前はあっても誰かに飼われている猫ではない。そのへんの爺婆や子供に適当にエサをもらって生きている。俺はもはや猫であるので、人間のようにたっ

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『ジグジグ』

『ジグジグ』

 アイツの告別式に会社からの出席者はひとりもおらず、自動生成の弔電が合成音声で読み上げられていた。息子の遺影と同じ顔の「俺たち」を見た老里親がギョッと顔を強張らせる。焼香を済ませた俺は里親に目礼をしてそそくさと式場を後にする。

 式場のはずれにある喫煙所に俺たちが集まってきた。黙って煙を吐き続ける。俺たちのロットは紙巻きを吸う最後の自律治具らしく(後輩ロットは、そもそも喫煙習慣を持たない)自然と

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悪魔の風の軌跡

悪魔の風の軌跡

 ディアブロ山から吹きすさぶ猛風が山火事の煙と炎を巻き上げ、雷雲を生み続けている。絶え間なく降りそそぐ稲妻と火の粉は、今日も原野のどこかで新たな火災を引き起こす。投入された消防士は2週間で6千人を超えたというのに、制圧率は上がらない。
 ゾーイはスコップを地面に突き立て、防火グローブの指先で腕時計の煤を拭った。
 午後3時、気温49度。
 軽くなった水筒で喉を湿らせる。
 新米のゾーイを含む受刑者

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ケルトの魔弾 #逆噴射小説大賞2023参加作品

ケルトの魔弾 #逆噴射小説大賞2023参加作品

題名:ケルトの魔弾

 妹が殺されたのはハロウィンの夜、裸体の腹がさかれていた。額にはケルト文字で呪いときざまれている。私は成人すると警察に入隊した。

「……タイキ……セヨ……」

 骨伝導イヤホンマイクは聞き取りにくい。警察用の簡易エスペラントでも、ノイズで消えそうだ。

 足下に小指ほどの火蜥蜴が私の落としたタバコの火を吸っている。大きくなれば厄介だが、今は見逃す。

(ハロウィンの夜よ、魔

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老婆と虫

老婆と虫

誰だ俺の頭を踏むのは!
しかもドシンドシンと力の限り踏みつけてる。
痛いような気もするがわからない。
と、ここで目が覚めた。

俺はカメムシになっていた。
記憶は人間のままだ。羽根があるな。飛んでみよう。

衝動のままに飛び始めると古い民家があった。
カメムシだからか古びた自然の残る家に引き寄せられたのか?
中に婆さんが1人いる。
俺はからかってやろうと二の腕にとまった。

「やだ!虫!」婆さんは

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アイ・オブ・ザ・タイガー

アイ・オブ・ザ・タイガー

「あっちだ!あっち!」「どこだ!見えんぞ!」「向こうにもいる!」マレーシアのジャングル奥地、小さな高床式の動物観察小屋ブンブン。その内から弱々しい懐中電灯の光と三人の男の怒鳴り声が響く。

 男達はいずれも高名な名士である。常ならばこの様な粗末な小屋の中で虎の恐怖に怯えている様な立場の人間では無い。

 一人目の男イライジャ。
アメリカ、ウォール街にて証券会社を営む社長。彼は日毎に何万ドルを稼ぎ、

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おお・マイ・ゴッド

おお・マイ・ゴッド

 散弾銃を相手の頭にぶっ放して黙らせる。相手の言い分など聞くだけ無駄だ。
 手早く死体を縁側の下に隠してから朝飯の準備にかからないと、銃声であいつが起きてきてしまうな。

 朝のニュースを聞きながら土間のある台所で朝飯をかっこむ。

『ネパール政府はクマリが神化したと正式に発表しました。これを受け中国政府は共産党の理念に反する紛い物だと即座に反応し、両国間の緊張が高まっています……』
 世界中で神

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海と脂

海と脂

 白み始めた水平線に追われるように、海面からかんじきを引きはがす。目指す船灯は遠く、小さく、頼りない。夜の海では熟練の漁師すら距離感が狂う。自分の位置を推し測る物差しは、融け始めた脂が放つ饐えた臭いと、足裏の柔な感触しかない。

 陸を離れ、もう長い。海を固める脂の大地は想像以上に緩く、欲をかいたキャラバンが沈む姿を何度も見た。”魚籠は軽く、引き上げは早く”……海上を歩く、渡りの鉄則は破っていない

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平等院鳳子を殺せない

平等院鳳子を殺せない

 鱈野エビスは息を呑んだ。
 横断歩道の向こう。桜並木に一人の少女が佇んでいる。桜舞う春の風に吹かれながら、少女の髪は艶めいて見えた。その凛とした佇まいは神々しく、畏敬の念すら抱かせる。
 平等院鳳子。
 私立夢殿学園のアイドル……いや、カリスマ。
 エビスは高鳴る胸を押さえた。チャンスだ。ようやく二人きりになれる。下校時のこのタイミング。今なら鳳子の取り巻きはいない……だから。

 やつを、殺せ

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おかみ様の遣わすもの

おかみ様の遣わすもの

 朝起きたらスマホが充電できていなかった。
 ケーブルを差し直しても再起動してもダメだった。残りのバッテリーは三十三パーセント。結構ヤバい。

「お母さん、スマホ充電できないんだけど」
「ウソ、あんた今日リモート授業あるでしょ。越島まで修理に行かんとあかんじゃん」
「えー、ダル……」

 愚痴っても仕方がない。先生に欠席を連絡し、出かける支度をした。

「行ってきまーす」

 いってらっしゃーい、

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ねずみのひかり

ねずみのひかり

テンダンに友はいない。五年も一緒に仕事をしていた友達はあっさりとテンダンを売った。文字通りテンダンの目と腎臓を片方ずつ。二つある臓器を両方取らなかったのは友情だったのだろうか。それはもうわからない。友達はテンダンを売って作った金を使う間もなく殺されてしまったからだ。
麻酔から目を覚ましたテンダンは友達の側に転がっていた幾ばくかの金を拾った。テンダンは薬物で眠らされていたおかけで殺されずに済んだ。い

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