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平等院鳳子を殺せない

 鱈野エビスは息を呑んだ。
 横断歩道の向こう。桜並木に一人の少女が佇んでいる。桜舞う春の風に吹かれながら、少女の髪は艶めいて見えた。その凛とした佇まいは神々しく、畏敬の念すら抱かせる。
 平等院鳳子。
 私立夢殿学園のアイドル……いや、カリスマ。
 エビスは高鳴る胸を押さえた。チャンスだ。ようやく二人きりになれる。下校時のこのタイミング。今なら鳳子の取り巻きはいない……だから。

 やつを、殺せる。

 鞄に隠したナイフを握りしめ、エビスはゆっくりと歩を進めた。
 俺は知っているぞ、平等院鳳子。
 化学実験室の焼失。全校を震撼させた生徒会役員全員失踪事件。校内に蔓延する違法薬物。そして、久遠沙羅の自殺。エビスは静かに鳳子を見つめた。脳裏に冷たくなった沙羅の……幼馴染の少女の、無念の死に顔が浮かびあがった。
 俺はあの日、鳳子、お前の正体をはっきりと見た。そして理解した。すべての事件の背後には、お前がいたのだと。

 故に、俺はお前を――。

 エビスは駆けだしていた。思わず叫んでいた。

「平等院鳳子!」

「あぶなーい!」
 誰かの悲鳴が聞こえた。それからクラクションの音も。
「ん?」
 振り返るとトラックが迫っており……エビスは衝撃とともに宙を舞っていた。
 えぇ、なんで……?
 視界が回転し、幼き日の母の言葉が蘇る。

「エビちゃん、信号は無視しちゃダメよ」

 あ、そういうこと……。
 アスファルトに激突。糸が切れた人形のように転がる。そんなエビスを
「どしたん、鱈野」
 と覗きこむ少女がいて、それは鳳子だった。
「うちの名前を叫んでいたけど。もしかして……」
 陽光の下で、鳳子は艶やかな髪をかきあげる。

「うちに、告りたかったん?」

 は? 殺したかったんだが!?

「全然ダメ」

 薄れゆく意識の中で、久遠沙羅がチッチッと指を振っていた。
「鳳子はめちゃ運がいいんだって……神懸かり級ってやつ。ヤるには徹底しなきゃだよ」
 なるほどね。でもどうすれば……?
「たとえばさ……学校ごと爆破とか」

【続く】

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