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#小説

冬乃くじ「国破れて在りしもの」感想

冬乃くじ「国破れて在りしもの」感想

「ありし」という表現から分かる通り、杜甫が現在を描いたのに対し、本作は過去を描いている。独裁的な市長によって、時を遡っていく一つの町……。だがこれは、「逆行」というよりも「変化」と捉えるべきかもわからない。終盤で、「冬にセミが鳴いた」からだ。
 物事は本質へと帰着する。瞬間的な情報は、集合し映像へと昇華して、編集により回帰する。人は無に、世界は自然に落ち着くだろう。それこそ、「春望」が冒頭の文で描

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「老人と海」感想

「老人と海」感想

 若かりし頃、優秀な漁師であったらしい老人は、その日、沖へと出かけていく。「一匹も釣れない日が、既に八十四日も続いていた。最初の四十日は少年と一緒だった。しかし、獲物のないままに四十日が過ぎると、少年に両親が告げた。あの老人はもう完全に『サラオ』なんだよ、と。サラオとは、すっかり運に見放されたということだ」。そういうわけで、彼はただ一人だった。
 物語の大半を占めるのは、巨大な魚と老人との戦いであ

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ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

ブンゲイファイトクラブ批評 グループC

★点数★

「おつきみ」 3点
「神様」   5点 →勝者
「空華の日」 2点
「叫び声」  4点
「聡子の帰国」2点

★総評★

六枚という短さで、人間の感情を表現するというのはなかなかに難しいことだと思う。作中に描く場面を大きく広げ、個々の人間が薄まっているような印象を受けた。私は物語を大きく分けるものの一つとして、「人間」と「それ以外」を考える(単純な二元論にはならないが、便宜上)。読後感

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Bグループ感想

・「今すぐ食べられたい」中原佳

食べられたい牛と食べたくない人間の倒錯した悲劇。世界に平和をもたらすだろうその美味と、(観光客がおらず沐浴する人もなくただ死体を焼いている)戦争に近い状態だろう人間界とが、対比される。誰も牛に手を出さず、ガンジスに流してしまうという結末からは、ある種のメッセージを読み取ることができるだろう。寓話だろうか。

・「液体金属の背景 Chapter1」六〇五

組織に腐

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ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

ブンゲイファイトクラブ一回戦Aグループ感想

・「青紙」竹花一乃

死へ赴くことを強要される「赤紙」とは対照的な、自ら生を選択する「青紙」の物語。非常に風刺的であると同時に、「自由」への批判が読み取れる。選択は幸福をもたらさず、そもそもハリボテに過ぎなかった。

・「浅田と下田」阿部2

男湯に入る女生徒浅田、家族の元から逃走する浅田の父親。「規範からの脱出」が描かれ、しかし彼らは、帰ることを強制される。脱出することを望まず、母親が嫌な顔をし

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吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

吉村萬壱「カカリュードの泥溜り」 感想

キラスタ教の支部長と、支部長の家に招かれた野球帽の男(浮浪者)を中心に、物語は進行していく。冒頭被害者であった野球帽が、結末加害者になるという、対照的な構造に包まれ、そこには、宗教という眼鏡を通した、多くの「逆転」が見出せた。

キラスタ教の教義の中に、「カカリュード」と「泥溜り」という概念がある。野球帽は他人に世話をしてもらう「カカリュード」そのものであり、他人の世話に依存して、罪の状態「泥溜り

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安部公房「燃えつきた地図」感想

安部公房「燃えつきた地図」感想

 都会——閉ざされた無限。けっして
迷うことのない迷路。すべての区画に、
そっくり同じ番地がふられた、君だけ
の地図。
 だから君は、道を見失っても、迷う
ことは出来ないのだ。
(安部公房「燃えつきた地図」)

   ※

 興信所の調査員が、失踪した男を追い始めるところから物語は始まる。依頼人であるアルコール中毒の女性、怪しげな組織に所属するその弟、失踪人の元同僚に、喫茶店「つばき」の関係者たち

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「族長の秋」感想

「族長の秋」感想

 カリブ海沿岸に位置する、旧植民地であったという架空の国家。欧米諸国が引き上げたのち、独裁者として権力を一手に握ったのは、肥大した金玉にヘルニアを患う男だった。残虐であったり、反対に良心的であったりする彼の行動を、さまざまな人の視点で描いていく。
 
 しかし、「さまざまな人の視点」と言っても、ただ単純に切り替わるだけではない。
 彼らは時に軍人であり、時に一人の平凡な市民、あるいは女学生であった

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「なめらかな世界と、その敵」感想————「時代」と「共存」

「なめらかな世界と、その敵」感想————「時代」と「共存」

2020年という大きな区切り、一つの時代の転換点が、目の前にある。本作には、まさにその「転換」と、「それ以前」を象徴するエッセンスが見られる。そしてしつこいくらいに追求されているのが、対立するものの「共存」。興味深いのは、作者は作中、あらゆる「転換」あるいは「幕開け」において、そこに少なからず希望を見出していることだ。各短編は全く別個に書かれたモノであり、こうした視点で読むことに疑いを持つことは避

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「青少年のための小説入門」感想───物語の力

「青少年のための小説入門」感想───物語の力

 この小説のストーリーを一言で言い表すならば、「才がもう一つの才に着火し、やがて自身は燃え尽きる」話だ。ディスレクシアという病気によって読み書きができない、けれど卓越した記憶力と発想力を持つ田口と、平凡な学生入江が出会うことから、物語は始まる。

 読み書きができない田口は、作家を志していた。だが、彼は小説を読むことができない。文字を読もうとすると、それがどうしても「鼻くそ」のように見えてしまうの

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安部公房「第四間氷期」感想 ───「未来」を考えること

安部公房「第四間氷期」感想 ───「未来」を考えること

 我々は、過去と比較し現在を評価する。ではやはり、我々も未来によって比較される存在なのではないか……。そして我々がその未来を良いと思うか悪いと思うかに関わらず、未来は自分自身を評価する。そこに、我々の主観が介在する余地はない。未来を過去の──部外者の基準、常識で語るのは大きな間違いであり、真に正しい、絶対的な評価とは言えないのである。そうでなければ、あらゆる時代はあらゆる種類の評価を受け、飽和した

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