可能なるコモンウェルス〈44〉

 プルードンやシュティルナーはそれぞれ、自身の考える人間と人間との関係のあり方について、「交渉−交通」を意味する言葉を用いて語ったものであった。
 一方で柄谷行人によれば、上記二名の同時代人カール・マルクスもまた、その一時期において「広い意味において『交通』という概念を頻繁に用いていた」(※1)という。ただし厳密に言うならば、その例として柄谷が挙げている『ドイツ・イデオロギー』の中で、実際に「『交通』という概念が頻繁に用いられていた」のは、マルクスの盟友にして共著者でもあるフリードリッヒ・エンゲルスが執筆を担当した箇所においてではあった(※2)。とは言うものの、そこに短く書き込まれたマルクスの言葉などからも窺い知れるように、この「交通」という概念を彼らが高度に共有していたのは確かなことだったようだ。

 ところで、そのような「交通という概念を最初に提唱したのは、モーゼス・ヘス」(※3)という人物だったことを、柄谷は但し書きとして付け加えている。
 このヘスなる者とは、「マルクスより少し年長の青年ヘーゲル派(ヘーゲル左派)の哲学者」であり、その著作となる「『貨幣体論』という本で、交通という概念を提起」(※4)していた、というわけなのであった。
 ヘスの主張する論点は、以下のようである。
 まず彼は、第一に人間と自然との関係について「物質代謝(stoffwechsel)」という論点を呈示する。ドイツ語で「代謝(Wechsel)」は「交換」を意味するところから、そこから引いてきてヘスは、人間と自然との関係を「交換」あるいは「交通」という言葉によって表象させたのだ、ということである(※5)。
 さらにヘスは、「真に共同的であるような(人と人との関係性としての)交通形態は、資本主義経済の後においてのみありうる」というように考えた。当時の人々もすでに、資本主義体制下で日々の労働に追われていたわけなのだったが、そのような資本主義制度のみならず、むしろ根本から「資本そのもの」を廃棄し、労働者自身が自らの意志により互いに共同して働くようにすれば、そこからいわば「有機的共同社会」といったようなものが真に実現されることになるだろう、とヘスは提唱したのであった。これは、プルードンの呼びかける「アソシエーション」あるいは「共同組合的生産」の言い換えであり、そして実はマルクスもまた、このような考えを終生保持していたのだ、と柄谷は当時の思想的情況を解き明かしている(※6)。

 「交通」という概念とともに、「連合(アソシエーション)」という概念もまた、十九世紀中盤の同時代人たちに広く共有されていくところとなっていったと思われる。
「…人の目ざすべきは(…中略…)連合、連合化、すべての存立するものをたえず流動的に連合すること、なのだ。…」(※7)
「…現実的な共同社会においては、諸個人は彼らの連合(アソツイアツイオーン)において、かつ連合によって、同時に彼らの自由を手に入れる。…」(※8)
 彼らが提唱する「連合(アソシエーション)」なる概念が、その言う通りにまさしく「流動的」なものであったとして、むしろこの概念が指し示すところが、それ以上に「流動性そのもの」として語られていたものであっただろうということを、現代のわれわれは是非とも信じたいところではある。
 しかし言葉というものは、語られたその瞬間から「一定の状態に固定されてしまう」ものなのである。そしてその言葉を受け取る側では、まさにそういった「一定に固定された状態」のものとして受け取ることとなるのだ。これが「言葉=概念」なるものの宿命であり、不条理なのである。
 交換、交渉、交通、そして連合。たしかにそういった「言葉」が提唱されることはよい。それを受け取った者らが、その「言葉」に何らかの肯定的なイマジネーションを抱くこと、これもまたあってよい。
 しかし、もしそれらの「言葉」を受け取った人々が、その受け止めにおいて抱く肯定的なイマジネーションが、何らかの「目指されるべき一つの状態として固定される」としたら、また、それが「その実現の結果として手に入れられるべきもの」であるように考えられているとしたら、そこではすでに現実として、「交通は途絶えている」のではないだろうか?その「流動性」はすでに、せき止められていることにならないだろうか?そのようにして、途絶えた「交通」と、せき止められた「流動性」の結果として実現された、人々の「連合」とは、まさしく現実に樹立されてきた「社会主義−共産主義国家」なのではなかっただろうか?そこから鑑みれば、結局のところ人間の逐次的で流動的なイマジネーションがせき止められ、人間間の相互的な「交通」が途絶えるところから、「イデオロギー」なるものが発生してくるのだ、とは思われないものだろうか?

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 柄谷行人「世界共和国へ」
※2 マルクス−エンゲルス「ドイツ・イデオロギー」廣松渉編訳版
※3 柄谷行人「世界共和国へ」
※4 柄谷行人「世界共和国へ」
※5 柄谷行人「世界共和国へ」
※6 柄谷行人「世界共和国へ」
※7 シュティルナー「唯一者とその所有」片岡啓治訳
※8 マルクス−エンゲルス「ドイツ・イデオロギー」廣松編訳・小林補訳

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?